DRI テレコムウォッチャー


EU委員会、高速ブロードバンド構築促進政策をキック・オフ

2010年10月1日号

 EU委員会は、2010年9月20日、高速ブロードバンド(つまり光ファイバー網)構築に関する勧告を発表した(注1)。
 同委員会は、2010年5月、ディジタル時代の到来に対処するため、ディジタル技術をフルに活用し、ディジタル商品・サービスをEU全域で流通させるための単一市場(Single Market)設立を提唱したアクション・プラン、“Digital Agenda”をすでに発表している(注2)。
 このプランには、幾つもの目標が設定されているが、その目標の1つに、“高速・超高速アクセス回線への接続”があげられている。今回の高速ブロードバンド構築の勧告は、このアクセス・プラン目標達成の方策を示したものである。
 今回は、EU委員会の上記2つの文書を紹介する。
 周知のとおり、EU諸国における光ファイバーへのアクセスの整備は、わが国、韓国はもとより、米国に比しても遅れている。これまで、EU委員会では、この案件について、充分に検討を進めてきたものの、指針を出すのを躊躇していた嫌いがある。すでに、テレコム・ウォッチャーで紹介済みであるが、EU委員会は、2009年12月に確定した新たな電気通信改革方針において、次世代アクセスネットワーク促進の項目を、末尾に置いた。しかも、その内容も投資条件の整備に触れたにとどまった(注3)。
 しかし、産業界からは、カパーワイアを使ったADSLでは、いかにもスピードが遅く、データ、映像等新たなコンテンツを伝送するのに能力が不足していること、カパーワイア自体が老朽化して取替え時期に来ていること、それに、EU諸国が韓国、日本、米国等の光ファイバー先進国に遅れていることの焦りがようやく感じられてきたこと等の事情から、光ファイバーへの投資を求める声は、2009年中にはようやく相当に強くなっていた。たとえば、スイスのある論者は、2009年半ばの論説の冒頭で、“欧州は、光ファイバー時代の入り口にある。2009年こそが、新時代の始まりであろう”と述べている(注4)。EU委員会が、今回、高速ブロードバンドについて勧告を行ったのは、上記のような情勢を踏まえてのことであろう。

 今回の勧告について、ネット上で幾つもの論評が見られる。これらの論評は、おおむね、勧告の主な意図を、EU委員会は加盟各国の電気通信規制機関に対し、(1)投資に対しある程度の資金の支援をする(2)規制は、原則として、基本交換ネットワークの場合と変わらないが、投資リスクを考慮に入れ、充分、採算が取れるよう取り計らうとの枠組からして、投資を買ってでる事業者(既存の大手通信事業者、ケーブル事業者等)に、光ファイバー投資へのインセンティブを与える意図が強いと見られる。さらに、光ファイバーサービスが、今後、進展するかいなかは、ひとえに、ファイバーネットワークへのアクセス料金をどの程度の水準に設定できるかに掛っているとの考え方も共通している(注5)。

 最後に、EU委員会が、高速(すべての市民に30Mbps)、超高速(半数の市民に100Mbps)について設定した2020年次の到達目標は、EUの高速ブロードバンドが現在のほとんどゼロの水準からスタートする点からしても、今後、EU経済(ひいてはグローバルな経済)の急速な回復が期待できそうもない点からしても、不可能な数値であると筆者は考える。10年後、目標数値と実際の達成価との間に、大きな乖離がでるのではないかが懸念される。


EU委員会、ディジタル・アジェンダ勧告発出

 EC委員会は、2010年5月19日、欧州の繁栄を促進し、福祉を向上するためのアクション・プランとして、ディジタル・アジェンダを発表した。以下に、このアクション・プランの内容である諸目標(原文の完訳)を示す。

  • ディジタル時代の便益を伝達する新たな単一市場の形成
    EUの市民は、国境を越えて、商用サービス、文化的娯楽を享受できなければならない。しかし、EUのオンライン市場は、未だに、障壁により分離されている。このため、汎欧州電気通信サービス、ディジタル・サービス、ディジタル・コンテンツへのアクセスが妨げられている。たとえば、米国でのオンラインによる音楽のダウンロードは、EUの4倍の分量である。EUは、コピーライトの手続き、管理、国境を越えた認可取得の手続きを簡便にして、法律で保護されたオンライン・コンテンツへのアクセスを開放する考えである。その他、電子支払いの簡略化、オンライン取引についての紛争解決についても、アクションを取る。
  • ICTの標準設定、相互運用性(Interoperability)の改善
    われわれは、EUの人々に創造、結合、改善を行ってもらうため、ICT製品・サービスをオープンにし、相互運用性があるものにする必要がある。
  • 信頼とセキュリティーの向上
    欧州の人は、信頼しない技術は使わない。彼らにオンラインへの自信を持ち、安全を感じてもらうことが必要である。欧州の共同対応を改善すること、個人データの保護についての法制強化が、ある程度の解決の解決策となろう。
  • 高速、超高速インターネットへの欧州人のアクセスを高めること
    2020年における達成目標は、次のとおり。

    すべての欧州市民に30Mbps以上のネットへのアクセスを、また、半数の市民に100Mbsのインターネットへのアクセスができるようにする。
    ちなみに、現在、欧州市民が光ファイバー・ベースの高速インターネットを利用している比率は1%に過ぎない。利用率が、日本:12%、韓国:15%に比し、著しく遅れている。
    超高速インターネットは、強力な経済成長、雇用、繁栄の創出、市民が望むコンテント、サービスへのアクセス確保のため肝要である。EUは、とりわけ、クレディットを高める仕組みの構築を通じて投資の誘引を強めることを狙う。また、ファイバーネットワークへの投資勧奨についてのガイダンスを提供する。

    ICT分野における最先端の研究、革新の振興
    欧州は、R&Dへの投資を増やし、最善のアイディアが市場に届くようにしなければならない。このディジタル・アジェンダは、とりわけ、欧州の地域資金、EUの研究開発資金を通じて、民間投資のてこ入れをする。この施策により、欧州が競争諸国に伍するだけでなく凌駕することを狙う。ICTへのEUのR&D投資額は、米国の半分に満たない。(2007年のR&D投資額は、米国の880億ユーロに対し、EUは370億ユーロ。)

    すべての欧州市民が、ディジタルの技量、オンライン・サービスへのアクセスの技量を身に付けること
    日常、インターネットを利用する人の数は、欧州市民(人口2.5億人)の半数を超える。しかし、30%の人々は、全くインターネットを使ったことがない。現在、商業、公共サービス、社会サービス、医療サービス、学習、公民生活のすべてが、オンラインに移る傾向にある。このような環境下で、老いも若きも、また、社会階層のいかんを問わず、すべての者が、ディジタル時代に参画できる資格を持つようにならなければならない。

    ICTの潜在力を解き放ち、社会に益するようにする
    われわれは、エネルギー消費の削減、老齢化する市民の支援、患者の体力向上、障害者によるアクセスの向上を目的として、技術のスマートな使用、インフォメーションの活用のため、投資を行うことが必要である。目標の1つとして、2015年までに、EU地域のどこに住んでいようとも、オンラインで、治療記録にアクセスできるようにすることがあげられる。このアジェンダは、また、エネルギーを節減するICT技術の振興も行う。
    たとえば、SSL(Solid State Lighting Technology)を使えば、商用電力の場合に比し、70%もエネルギーが節減できる。

    欧州全域へのディジタル技術の伝播
    最大の課題は、上述の目的達成のための手段を早急に採用し、これを実行に移すことである。多くのEU委員は、EU諸機関、利害関係機関と共同し、このディジタル・アジェンダを実現に移す作業を行う。


EU委員会による光ファイバーのキック・オフ勧告の概要

 ここで、著者は、EU委員会勧告の原文を多少、編集し直して紹介した。“2”は、通常の文を箇条書きに整理したし、最後の部分、“3”は、原文では、Q&Aの方式になっているが、冗長なので、回答部分の要約に留めた。しかし、全体として、原文の概要は、充分に紹介したと考える。

  1. 勧告の必要性
    1. NGA(次世代アクセス)ネットワークの構築は、EU各国において、まだ初期の段階にある。しかし、既に多くの国の規制機関が、電気通信市場検討の一部として、MGAへのアクセス問題と取り組んでいる
    2. EU委員会が適切なガイダンスを示さないと、EU加盟国のアクセス市場相互間に格差が生じる。
    3. EUは、今後、ディジタルの分野でも単一市場を目指しているのであるから、加盟国の規制機関において、個別の規制を行うことは当然であるが、標準的な方針については、EU委員会が勧告したガイドラインに従うことが好ましい。
    4. EU委員会の勧告により、加盟各国の通信規制委員会の決定に一貫性、明確性が保たれるようになる。EU単一市場の全領域において、ブロードバンドサービスに対し、タイムリーかつ効率的な投資がなされ、また、競争が導入される。
  2. EU委員会が、特に、加盟国規制機関に遵守してほしい事柄
    • 支配的事業者に対し、規制の休暇日(holiday)を与えてはならない。しかし、他方、ファイバーネットワークへの料金規制は、充分に投資リスクを反映したものとし投資を行う事業者が、魅力的な利益を得ることができるものとする。当該の将来投資額の大きさおよび、現在、多くの金融資産の利子が定率である状況からして、上記の枠組みは投資意欲のある事業者にとっては、有利なものであろう。
    • 加盟国の規制機関は、フルセットのアクセス方策を行使し、自国の市場状況に応じたやり方で、市場参入、設備ベースの競争を促進するため、適切なアクセス方策の組み合わせを行使しなければならない。
    • 光ファイバー構築に当たっての事前規制は、全体市場内の個々の市場、あるいは、地域(ルーラル地域が都市部か) 相互間の競争度合いの差異を反映したものでなければならない。たとえば、競争が激しい場合は、軽い(ライトタッチ)規制にする要があろう。
    • 本勧告は、NGAネットワークにおける共同投資の取り決めを強く支持するものである。また、長期契約、従量制契約を受け入れるなら、それとの引き換えで、光ファイバーのアンバンドル・ループに割引料金を設定することを認める。
  3. 加盟国電気通信規制機関に対するその他の注意・参考事項
    1. NGA勧告の効力、加盟国電気通信機関の責務
      加盟国規制機関は、2002年に制定された枠組み指令に基づき、業務の遂行に当たり、最大限、NGA勧告を考慮に入れなければならない。規制機関が勧告に従わない決定をした場合は、書面による説明書をEU委員会に提出しなければならない。EU委員会は、BEREC(Body of European Regulation for Electronic Communications) と協力し、このガイダンスを日常の規制業務に繰り入れ、実施に移していくことを期待する(注6)。
    2. 光ファイバーにカパーワイアと同じアプローチを採用した理由
      EU委員会の方法は、インフラの種類に応じ、アプローチ(競争に委ねるとか規制を行使するとか)を定めるものではない。サービス、市場の分析結果に応じて、アプローチを定める方式である。したがって、カパーワイアで取られているやりかたをそのまま適用するということではなく、来るべき光ファイバー市場の実態に応じたアプローチを創り上げてほしい。
    3. 著しい市場支配力(Significant Market Power、SMC)を有すると判定した事業者に対する規制
      特定事業者がSMCを有すると判定したからといって、すぐさま、その事業者の報酬率を規制するなどというやり方は、慎んでほしい。提供するサービス種類を規制するとか、柔軟性のある(フレクシブル)料金を設定するなど、弾力的な規制方法を取ることが、好ましい。
    4. EU委員会がアクセス料金を均一化をしなかった理由
      アクセス料金の規制は、当該NGAの経済条件を反映して行われるべきものである。これには、予想される投資上のリスクも含まれる。したがって、料金設定は、加盟国の各規制機関が、個々の市場についての完全な経済分析をベースにして、行うべきものである。


(注1)2010年10月10日付け、EUプレスレリース、"Broadband :Commission sets out common EU approach on ultra-fast broadband network."
(注2)2010年5月19日付け、EUプレスレリース、"Digital Agenda:Commission outlines action plan to boost Europe’s prosperity and well-being."
(注3)2009年12月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「EU委員会、新たな電気通信改革方針を確定 ― EU単一電気通信市場形成の完成に向けて」
(注4)http://www.rdm.com/en/desktopdefaolt.aspx/tabid-1578、”FTTH; Europe in the Fiber Optic Age."
(注5)要領の良いすぐれた解説として、2010.9.13付け、FT.com、"EU set to open up access to new web system."
(注6)BEREC(Body of European Regulators for Electronic Communications)は、2009年に創設された規制機関である。EU加盟国規制機関相互の規制案件を調整する機能を有する。


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