前回、本テレコムウォッチャーでドイツ最大の通信事業者、DT(ドイッチェテレコム)の業績を紹介してから、1年半の年月が経つ(注1)。
今回、久しぶりに、DTの四半期(2010年第2四半期)決算を報告するのであるが、昨今の同社業績の落ち込みは著しい。表題の通り、DTは、懸命に業績悪化を食い止めるのに努力しているのであるが、競争の激化に一大不況が重なって、その効果は実っていない。なにしろ、配当資金を調達するために債券を発行するという状況であるから、同社財務の窮状も危機的状況にきている。
大赤字を出して辞職したRICKE前会長の後を受けた民間出身のObermann会長は、就任以来、4年近くとなる。就任直後の従業員合理化の実施は多少の評価を得た模様であるが、その他の点では、氏の評価はあまり芳しくない。今回の決算報告でも氏の発言は、細部の財務数字に(財務担当者が発言すべき内容)終始しており、DTの業績をどのようにすれば、改善できるかの方向が見えない。
ついでながら、DTの不振に比し、Telefonica(スペイン最大の通信事業者)の成長が目覚しい。毎年、収入、利益が伸び、欧州において最大、最強の通信事業者にのし上がっている。最近、財務資料の公開を渋るようになってきたのは難であるが、折を見て、同社業績の紹介も行いたい。
固定部門、携帯部門を統合したDT
これまでDTは、固定部門をT-Homeで、また、携帯部門をT-Mobile Deutschland Gmbhで運営してきた。しかし同社は、2010年4月1日から、両部門を統合したTelekom Deutsche Gmbhで運営することとなった。従って、新会社、Telekom Deutsche Gmbhは、固定電話サービス、携帯電話サービスはもちろんのこと、ブロードバンドの販売、IPTVサービスの提供に至るまで、DTのほとんどのサービスを一手に取り扱う。
これ以外の主要部門は、ビジネス向けのコンピューティング、データ通信を取り扱うシステムズ・ソリューションズ(Systems Solutions)部門である。
DTは、今回の事業統合は、固定、携帯の融合が進みつつある時代の進展に即応したものだと強調している。この説明は、一応、理にかなったものではあるが、他面、ユーザの立場からするとサービスごとの経理内容の分析がますます難しくなる欠点を含んでいる(注2)。
縮小する収入、低下する利益(注3)
表1 DTの2010年第2四半期収支状況(単位:100万ユーロ)
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
総収入 | 15,531 | 16,238 | −4.4% |
国内 国際 | 6,781 8,770 | 6,817 9,421 | −0.8 −6.9% |
営業利益 | 1,711 | 2,012 | −15.0% |
純利益 | 475 | 521 | +9.7% |
総負債 | 46,250 | 44,966 | +2.9% |
従業員数 | 251,258 | 261,373 | −3.9% |
表1に、2010年第2四半期におけるDTのトータルの収支状況を前年同期と比較して示した。
この表から見えるのは、収入、利益の減少から抜け出すことができず悪戦苦闘する巨大企業、DTの姿である。
- 収入の減は、4.4%と著しい。DTは今や、国内収入より、国際収入の比率がはるかに高いグローバル企業に変貌しているのであるが、国外事業も、需要の飽和、不況の影響等により、大きく収入減、利益減となった。
- DTは、ネットワークの改善、M&Aの実施等の投資等に当てるため社債発行に大きく頼っており、負債が増大している。今期、DTは、負債増分のうち、38億ドルを配当支払いに当てると決定した。
- 従業員数は、今期、相当数減少してはいるが、財務規模に比し、絶対数が大きすぎる。総収入が、NTTの7割弱程度で、NTTより多数の従業員数を抱えているのであるから、これだけでも生産性の水準に問題があることが明瞭である。
表2以下において、DTの事業別の収支状況、営業利益を掲上する。
表2 DTの事業部門別2010年第四半期収入(単位:100万ユーロ)
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
総収入 | 15,531 | 16,238 | −4.4% |
ドイツ | 6,197 | 6,220 | −0.4% |
ヨーロッパ | 4,030 | 5,065 | −20.4% |
米国 | 4,188 | 3,918 | +6.9% |
システムズ・ソリューションズ | 2,242 | 2,179 | +2.9% |
本社等 | 583 | 612 | −4.7% |
部門別調整(重複削除) | −1,709 | −1,756 | +2.7% |
表2に示すように、DTの2010年第2四半期の収入で、前年同期を上回っているのは、「米国」と「システムズ・ソリューションズ」だけであって、他の部門は、軒並み低下している。
なお、「ドイツ」がほぼ、昨年同期並の収入を上げたのに対し、「ヨーロッパ」が大幅に収入を下げたについては、DTの会計操作が関連している。つまり、今期から、DTは、100%子会社を自国会社とみなし、その収入を本社所在国ではなく、ドイツにすることとしたことによる。
さらに、表3で事業部門別の営業利益を示す。
表3 DTの事業部門別2010年第2四半期営業利益
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
総営業利益 | 1,711 | 2,012 | −15.0% |
ドイツ | 1,327 | 1,274 | +4.2% |
ヨーロッパ | 166 | 464 | −64.2% |
米国 | 600 | 654 | −8.3% |
システムズ・ソリューションズ | 56 | 27 | +215% |
本社等 | −426 | −344 | −23.8% |
部門別調整(重複削除) | −12 | −63 | +81.0% |
表3によると、営業利益での前年同期比の落ち込みは、収入の場合よりさらに大きい。「ドイツ」がほどほどの向上を示した他は、軒並み、大幅な成長減である。
以下、表4から表7までに、2010年第2四半期における各事業部門別のサービス回線数を表示する。
表4 2010年第2四半期における「ドイツ」部門のサービス回線数(単位:100万)
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
固定ネットワーク 固定ネットワーク回線 小売ブロードバンド回線 卸売りブロードバンド回線 アンバンドル・ローカル回線 卸売りアンバンドル回線 | 25.5 11.8 1.4 9.3 0.7 | 27.2 11.2 2.0 8.7 0.4 | −6.3% +5.4% −30.0% +6.9% +75.0% |
モバイル通信 モバイル加入者数 | 37.0 | 39.1 | −5.4% |
ドイツ部門のサービス別回線の年間販売数の推移が、表4から汲み取れる。
旧来の固定ネットワーク回線数は、競争のインパクトで、大きく減少している。アンバンドル(ローカル回線の機能ごとの切り売り)による販売(小売、卸売りのローカル回線)は、競争業者が、DTのローカル回線設備を使って、ユーザにローカルサービスを提供するものであって、この分の増が、固定ネット回線の減とほぼ見合う。しかし、DTにとり、減収をもたらしていることは、間違いない。
ブロードバンドの分野では、DTは加入者数を伸ばしてはいるが、その増率は低い。ただ、卸売りブロードバンド回線数の減は、DTが競争業者から、ブロードバンドを奪い返しており、競争業者より優位に立っていることを示すものであろう。ついでのことながら、DTは他の先進諸国に比し、光ファイバーの導入が遅れている。これは、投資余力がないことを示すものだと思われる。
DTは、モバイルでは、ドイツで最大の事業者である。しかも、iPhoneの排他的販売権を取得しており、これが加入者増に寄与しているはずであるが、年間販売数が減少している。
表5 2010年第2四半期における欧州部門のサービス回線数
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
固定ネットワーク 固定ネットワーク回線 小売ブロードバンド回線 卸売りブロードバンド回線 アンバンドル・ローカル回線 | 11.7 4.1 0.2 4.3 | 12.7 3.6 0.3 0.9 | ―7.9 13.9 −33.3 477.8 |
モバイル通信 モバイル加入者数 | 60.5 | 60.6 | 0.2% |
表5は、DTが所有あるいは、資本参加しているギリシャ、ルーマニア、ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア、オランダ、クロアチア、オーストリア、その他諸国(ブルガリア、アルバニア、マケドニア、モンテネグロ)の国々のサービス回線数の合計したものである。国別の内訳資料もあるのだが、ここでは、掲載を省略した。
表4との対比で表5からは、次の諸点が読み取れる。
- 固定ネットワークの落ち込みは大きく、ドイツ部門を上回っている。これは、欧州諸国においても、急速に固定電話離れが進んでいることを示す。
- ブロードバンド回線の伸びは、ドイツ部門に比し高い。卸売りブロードバンド回線数は、減少している。これは、欧州諸国で、ブロードバンド競争事業者の力がさほど、強くないことを示す。
- モバイル加入者数の伸びはわずかであって、横這いに近い。これは、需要の飽和化が近づいている事のほか、深刻な経済不況の影響もあろう。
DTが、最初は、狭義の欧州諸国さらには、中欧、東欧諸国の通信キャリアに果敢なM&A戦略を展開したのは、強い競争業者の出現のため奪われた収入、利益を国外で奪還しようとの意図によるものであった。現にDTは売り上げの過半を海外市場でえているのであるから、その意図は十分に達成できているとの見方もできる。しかし、予想外であったのは、海外諸国も熾烈な競争が続き、さらに、近年の不況が追い討ちを掛け、利益が減少しているのが問題である。
表6 2010年第2四半期における米国部門の収支.・回線数(単位:100万ユーロ)
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
モバイル加入者数 | 33.6 | 33.5 | +0.3% |
収入 | 4,188 | 3,918 | +6.9% |
営業利益 | 600 | 654 | −8.3% |
(モバイル回線数の単位は、100万である。)
米国部門とは、旧T-Mobileの米国子会社、T-Mobile USA(AT&T 、Verizon Wireless、Sprint Nextelに次ぐ米国第4位のモバイル会社)のことである。
モバイル加入者数は、前年同期に比し、わずかながら増大した。
2010年第2四半期の収入は6.9%の増を示したが、これは為替変動が同社に有利に働いたものである。現地貨幣ドル表示では、1.2%の減少となった。
純利益は公表されていないが、営業利益のレベルからして、プラスになったとしても、わずかなものに過ぎないと見られる。
米国では、他の主要携帯電話会社3社が、いすれもここ1、2年でネットワークを4Gに切り替えつつある。これは、DTが有するモバイルネットワークのすべてについていえることであるが、まだ4G計画がないのは、先進国として情けない。
このような状況から、いずれDTは、T-Mobile USAの売却に追い込まれるのではないかとの観測すら出始めている。
表7 2010年第2四半期におけるシステムズ・ソルーションズの収支およびサービス提供設備等
項目 | 2010年第2四半期 | 2009年第2四半期 | 増減率(%) |
収入(100万ユーロ) | 2,242 | 2179 | 2.9% |
営業利益(100万ユーロ) | 211 | 200 | 5.5% |
新規受注額 | 4,450 | 4,325 | 2.9% |
運営・サービス中サーバ数 | 48,564 | 34,626 | −11.1% |
運営・サービス中の ワークステーション数 | 196万 | 151万 | 29.8% |
システム・インテグレーション 課金時間(100万) 利用率(%) | 4.7 82.4 | 4.8 80.7 | −2.1% 1.7ポイント |
システムズ・ソルーションズの部門は、DTで唯一といってよいほど、収入・利益、新規受注額が、ともに成長している部門である。この部門は、国内・外国の合算した数値が入っているが、残念ながら、国内・外国の分計の数字がない。
サービス提供設備では、サーバ数が急減しているが、これは、サーバの統合によるものであって、業務縮小に伴うものではない。
(注1) | 2009年4月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「2008年次のDT決算、コスト削減限努力により減収の下での増収を達成」。 |
(注2) | ついでながら、DTとFT(フランステレコム)は、英国におけるそれぞれ両社の携帯電話会社、T-MobileUKとOrangeのネットワークを統合し、新会社を設立する合意を結んだ。設立される携帯会社の名称は、“Everything Everywhere”である。
このネットワーク統合は、2010年10月5日から実施される予定であるが、DT、オレンジ共に、統合拡大された携帯網を利用できる利点がある。ユーザが便宜を得ることは、もちろんである。
規模の拡大を求め、国籍、国境を異にする企業が相互乗り合いする協定は、国際的に民間航空会社において、むしろ当たり前のように行われるようになってきたが、“Everything Everywhere”の例に見られるように、同様の事例が、電気通信業界でも生じてきたわけである。
http://everythingeverywhere.com/2010/09/06、"UK's biggest mobile coverage boost enables 30 million people to use phone in more places than ever before." |
(注3) | 本稿の表1から表7までの数値はすべて、2010年8月5日にDTが発表した2010年第2四半期の決算報告によった。また、説明の多くの部分も決算資料に依存した。 |
テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから