今回は、2010年7月下旬に発表されたAT&T、Verizonの決算報告に基づき、両社の最新の財務、経営状況を示す。
表面的には、AT&Tの増収、増益と、Verizonの減収(−0.5%)、減益(久方ぶりに赤字計上)が、際立った対照となった。しかし、単なる四半期単位の決算で、にわかに両社の業績の優劣を判定するのは、時期尚早であろう。Verizonは、ワイアレスネットワークの性能の優秀さでは、AT&Tより大きな潜在性を持っている。
2010年5月、筆者が2010年第1四半期におけるAT&T、Verizonの決算を紹介したときにも、両社のワイアレス、ワイア部門のサービス需要に大きな変動が生じているのではないかを示唆した(注1)。今回、第2四半期決算の分析においても、この推測の信憑性は、ますます強まるばかりなので、本号のタイトルも、5月のテレコムウォッチャーのタイトルを踏襲させて頂いた。
前回と重複する点も多いが、ユーザの新たな需要変動の現象は、次の2点である。
- ワイアレスでは、ポストペイドから、SIMカード利用によりキャリアへの長期契約に縛られないですむプリペイドへの利用が急増している。AT&T、Verizonはプリペイドの加入者増を好まず、APRUの高いポストペイド利用者中心のマーケティングを中心に事業運営を行ってきたが、急遽、その方針を変更した。再販業者とも契約し、ともかく、ワイアレス加入者の獲得に狂奔しているさまが伺える。
- AT&T、Wirelessともに、ワイアライン(固定通信)部門の不調は、さらに著しいものとなっている。両社ともに、年間10%を超えるアクセス加入者数の減少が継続しているのであるが、これに加えて、今期、ブロードバンドは過去最低の加入者数獲得にとどまった。
特に、AT&Tワイアライン部門は、販売に力を入れているU-Verseの販売数が、初めて、ライバルVerizonのFiOSInternetの加入者数を上回ったのにもかかわらず、ブロードバンド加入者は9.4万の純減を記録した(注2)。
ところで、数日前に発表されたばかりのComcastの2010年第2四半期の決算報告によると、同社の高速ブロードバンド加入者数の伸びは大きく落ち込んでいる。私は、この期におけるブロードバンド(大手電話会社、MSOのいずれを問わず)の加入者増の停滞は、米国におけるsmartphone売れ行き増大と連動した現象ではないか、すなわち、利用者がワイアラインブロードバンドからワイアレスブロードバンドに移行しつつある現象の兆候ではないかと見ている。
財務の業績 ― 対照的な好業績のAT&Tとワイアライン不振のVerizon(注3)
総収入・総利益
表1 AT&T、Verizonの総収入、総利益(2010年第2四半期、単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
総収入 | 30,808(+0.6%) | 26,773(−0.3%) |
営業利益 | 6,114(+11.2%) | 2039(−53.8%) |
純利益 | 4,101(+25.2%) | −189 |
純利益率 | 13.3% | −0.7% |
営業利益率 | 19.8% | 7.6% |
(括弧内の%は、前年同期に対する増減比率である。表2以下の表の場合も同様)
AT&Tは、わずかながら総収入を増やしたほか、純利益、営業利益においても、2009年同期に比し大幅な増を示した。
これに対し、Verizonは、総収入がわずかながら減少し、純利益がマイナス(つまり、赤字)となった。
Verizonは、赤字計上の理由として、有利な条件の下での、早期退職に応じた退職者に対する退職手当、引当金の支出増が大きいと弁明している。
同社は、一人当たり退職金50,000ドル、退職後の健康保険利用の優遇措置等の条件により、ワイアライン部門早期退職者を募っている。今期、11,000名の退職者に対し、23億ドルの支出、引き当てを実施したので、これが赤字を生む大きな原因になったという。
ワイアレス部門の収入、営業利益
表2 AT&T、Verizonのワイアレス部門の収入、営業利益(2010年第2四半期、単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 14,242(+7.7%) | 16,006(+3.4%) |
営業利益 | 4,102(+24.7%) | 4,842(+8.6%) |
営業利益率 | 28.8% | 30.3% |
Verizonは、収入、営業利益の絶対額、利益率において、AT&Tを抜いている。AT&Tは、Verizonを激しく追跡しており、収入、営業利益の伸び率は、Verizonを上回る。
ワイアレス市場は、通常の携帯電話が飽和に達しており、競争の主点は、smartphoneに移行している。AT&Tは、周知のとおり、Appleが提供するiPhoneシリーズの発売開始が始まった2007年7月以来、この世界でもっとも名声が高いsmartphoneの好調な売り上げに支えられて、ワイアレス収入を大きく伸ばしてきた。今期もその例に洩れない。これに対し、Verizonも、さまざまの機種のsmartphoneを市場に投入し、成果を収めている。特に、最近Googleが提唱したAndroid標準のsmarthone、Droidシリーズ(モトローラ製造)を同社の主要機種と位置づけ、AT&Tに対し強力な巻き返しを行っている。
ワイアライン部門の収入、営業利益
表3 AT&T、Verizonのワイアライン部門の収入、営業利益(2010 年第2四半期、単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 15,396(−3.7%) | 11,112(−3.3%) |
営業利益 | 1,884(−0.7%) | 214(−61.4%) |
営業利益率 | 12.2% | 1.9% |
ワイアライン部門の収入、利益は、AT&T、Verizon両社ともに悪化している。
基本的には、両社ともに、基本交換サービス加入者数の低落が継続しており、しかも、低落率が年間10%台を越え、やや増大傾向にあるやに見受けられる点に、原因がある。 (2010年6月末における基本交換サービス加入者数、前年同期に比しての減少率は、それぞれ、2578万(−11.2%)、1,740万(−11.4%)。)
しかし、特に大きな問題を抱えているのは、Verizonである。同社は、その営業利益の額、比率からして、ワイアライン部門はすでに赤字に転落しており、(退職者へのプレミアム支出を支払わなくても)、好調な同社のワイアレス部門から内部補助を受けているはずである。
ワイアライン部門の主軸となっている両社のブロードバンド架設の状況については、後段において説明する。
サービス加入者数、アクセス回線数
表4 AT&T、Verizon両社のサービス加入者数・アクセス回線数(2010年6月末、単位:万)
項目 | AT&T | Verizon |
ワイアレス ポストペイド加入者数 プリペイド加入者数 リセラー業者による加入者数 ネット接続機器 総計 | 6697〔+8.7%〕 588 (+5.8%) 1057(+14.9%) 668(+21.5%) 9010(+13.2%) | 8157(−1.3%) 460(−11.4%) 589(+18.0%) 768(+10.5%) *1 9974(−0.4%) |
ワイアライン 住宅用アクセス回線数 ブロードバンド加入者数
ビデオ加入者数
| 2578.0(−11.2%) *2 1392.5(+3.5%)
衛星 205.3(−7.1%) U-verse 250.4(+58.8%) | 1730.5(−11.4%) 933.8(+2.5%) FiosInternet381.4(+23.8%) ADSL 552.4(−8.3%) FiosTV 320.3(+27.3%)
|
*1 | Verizonは、2009年同期に比し、ワイアレス加入者数を減らしている。決算資料では、M&Aによる加入者数減少分約200万分が計上されており、これが影響したためであろう。同社は、Alltel(米国中堅のワイアレス企業)を買収に伴い、FCCから、同社の特定地域におけるワイアレス設備(加入者も伴い)を手放すよう指示されたことによる。 |
*2 | AT&Tのブロードバンドの数字には、ADSL、衛星、U-verse、3GLapTopCardの総和である。筆者は、これまで毎期、各サービス加入者数の内訳を解明する努力を行ってきたが、AT&Tの隠蔽体質が強いため、特にADSL加入者の推計ができず、今期から、分計の数値を出すことをあきらめた。 それでもなお、推計によれば、AT&TのADSL加入者数は、Verizonの場合同様、減少していることを指摘しておく。 |
表4は、表1から表3までのAT&T、Verizon両社の財務実績のベースをなすサービス別加入者数とその前年同期対比増減率を示したものである。
財務面の場合と同様、加入者数の面でみても、ワイアレス部門でのVerizonの優位、ワイアライン部門におけるAT&Tの優位が際立つ。
ワイアレス端末販売はVerizon優勢
表5 AT&T、Verizon両社のワイアレス端末加入者増減数(2010第2四半期、単位:万)
項目 | AT&T | Verizon |
ポストペイド | 49.6 | 66.5 |
プリペイド | 30.0 | −21.1 |
リセラー | −33.0 | 89.6 |
ネット端末 | 89.6 | 9.5 |
総計 | 156.2 | 161.4 |
表5は、2010年第2四半期のワイアレス端末の増減数でAT&T、Verizonの両社を比較したものである。この表からすると、この四半期については、次に箇条書きで示すように、Verizonの販売実績が、AT&Tよりはるかに良好である。
- 加入者数の総計で、わずかながらVerizonがAT&Tを上回っている。
- 加入者のなかで、もっとも重要なのは、ARPU(月別料金実績)の高いポストペイド加入者であるが、ここでも、VerizonはAT&Tを上回った成果を収めている。これは、Verizonが、熾烈なsmartphoneの販売合戦において、AT&Tに勝利を占めていることを示すものであろう。AT&Tは、2010年第2四半期に、320万個のiPhoneを稼動させたと称しているが、その大半は、自社加入者の機種変更だったのである。
- AT&Tの販売数の半数以上は、ネット端末であるが、iPod、iPad、e-book等のこれら端末は一般の携帯端末より、はるかにARPUが低い。AT&TもVerizonもそろって、ネット端末加入者をワイアレス加入者に加え始めた。これは、少しでもワイアレス加入者数を多くみせかけようとの意図に他ならない。
- この四半期だけで見ると、Verizonのほうが、リセラー業者の販売努力に頼る点が多いようである。これまで、自社販売に力を入れてきたVerizonからすると大きな転換であるといわなければならない。
A&T、Verizonのアクセス回線・ブロードバンド加入者数の減少、成長鈍化
表6 AT&T、Verizonのブロードバンド加入者増減数(2010年第2四半期、単位:万)
項目 | AT&T | Verizon |
ブロードバンド加入者増減数 | *−9.2 | FiOSInternet:+19.6 ADSL:−16.8 計 2.8 |
ビデオ加入者増数 | U-Verse +20.9 | FiOS TV :+17.9 |
* | AT&Tは、ブロードバンドの各サービス別の数値を発表していない。−9.2万は、唯一AT&Tが発表したADSL+U-verse+衛星+3GLapTopCardの減数である。
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表6から読み取れる主な事項は次のとおりである。
- AT&T、Verizon両社ともにアクセス回線の減少は続き、両社ともに、四半期単位で3%を優に超える高率に達している。
- ブロードバンド加入者数は、AT&Tで初めて、四半期単位の減を計上した。Verizonの増も、きわめてわずかのものである。
- ビデオ加入者は、増加しているものの、その絶対数は、たかだか両社ともに20万内外で、増勢は弱い。U-verseの加入者増数が、この期はじめてFios加入者増数を上回った点が注目される。
(注1) | 2010年5月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「転期に立つAT&T、Verizonの事業経営 − 同社の2010年第1四半期決算報告から」。 |
(注2) | AT&Tは、この大事な情報を決算報告プレスレリースの目立たない箇所に、さりげなく掲載している。冒頭のハイライトに表示すべきであろうに。 |
(注3) | 表1から5までの数値は、2010年7月23日および7月24日に発表されたAT&T、Verizonの決算報告の財務資料に基づくものである。個々の資料名は省略する。 |
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