AT&Tは、2010年6月7日から、同社の新規smartphone加入者が使用するデータサービスについて、従量制をベースにした2層料金の適用を始めた。
AT&Tは、新料金制度が、ビット量の少ない大方の利用者について、料金引き下げになると力説している。しかし、ユーザ、消費者団体等からは、データ利用が将来増大する傾向にある今日、この料金制度は、明らかに、ほとんどのユーザにとって料金引き上げを意味すること、さらに、各メーカが、多様なアプリケーションを搭載できるsmartphone機器を市場に投入してワイアレスブロードバンドの効用が益々増大している現状からすると、AT&Tの新料金設定は、歴史の歯車を逆転させる行為であると強く批判している。
他方、AT&TのライバルであるVerizonは、当初、AT&Tの料金戦略に同調するかの意向を示していたが、当面、同社の最強smartphone機種、DroidX(7月15日発売予定)のデータサービスについて、従来どおり定額掛け放題の料金を維持すると発表した。
大方の強い批判の下にスタートしたAT&Tの新料金制度は、同社にとって一種の賭けである。この賭けの吉凶は、AT&T、Verizon両社の激しいsmartphone販売合戦の過程を通じて、明らかとなろう。
本論では、上記の点について、さらに詳しく紹介する。
新規加入者を対象にしたAT&Tの新smartphone料金の詳細(注1)
AT&Tのsmartphoneの旧データ料金は、かけ放題、月額20ドルであった。その料金は、新規加入者について次表のとおり、改正された。
表 AT&Tsmartphoneデータの新2層料金概要
| Data Plus プラン | Data Proプラン |
料金の概要 | 200MBまで15ドル200MB超の場合、200MBごとに15ドルを加算 | 2GBまで25ドル2GBを越えた場合、1GBごとに10ドルを加算 |
対象加入者 | 6月7日以降に契約申し込みをした新規加入者。新規加入者は、自由に、Data Plus、Data Proいずれの料金プランも選択できる。しかし、tethering(テザリング、smartphoneをモデムとして使用し、PCのデータを使用する機能)を希望する加入者は、Data Proを契約しなければならない。 |
両料金の相互乗り入れ | Data Pro料金とData Plus料金の相互乗り入れは自由である。たとえば、当初、Data Plusに加入していたが、早々に、使用ビットが多いため、料金支払い額が嵩むことが確実になった人は、料金月内にData Proに乗り換えることができる。Data ProからData Plusへの乗り換えについても同じ。次の料金月に、元の料金プランに復帰することも自由。 |
料金利用状況の情報の提供 | 加入者は、どれだけの料金をAT&Tに負っているか、どれだけのビットを使用しているかを常時、メール等で把握できる。また、AT&Tは、各加入者が支払い限度(キャップ)をオーバしそうな場合(キャップの80%、90%、100%)加入者に対し、この旨を警告する。 |
テザリング提供の条件(注2) | ●Data Plusへの加入 ●契約時20ドルの加入料支払い |
賭けに出たAT&T
AT&Tは、今回の料金改定について、smartphone加入者の利用実態を説明し、これら加入者の65%までが、月間200MBの利用で済んでおり、33%の加入者は200MB超2GBの利用、2GB超の加入者は、わずか2%に過ぎないと主張する。このような議論をベースにして、AT&Tは、● 大多数の加入者にとって、料金改正は月々20ドル→15ドルへと料金引き下げとなる。● 料金値上げとなるのは、それ以外の加入者層であるが、本来的に商品というものは、利用した量に比例して料金が定まる(従量制料金)のが自然であって、AT&Tの料金は、この常道に従ったまでのことだという。上表に示したとおり、AT&Tは、テザリングを利用する加入者については、20ドルの加入料を契約時に徴収するのであるが、この点については触れていないし、また、次項で説明するごとく、AT&Tの説明は、いささか強引でしかも、建設的でない。筆者は、AT&Tの料金制度改定は、増収と同時に、懸案であったテザリング解禁断行の一石二鳥を狙ったものだと考える。では、この時期に、AT&Tは、どうしてこのような賭けに出たのであろうか。以下、想定される理由を列挙する。
第1点は、AT&Tの懸命の努力にもかかわらず、同社の業績が低迷しており、将来の展望が切り開けていないことである。この点については、テレコムウオッチャーで、再三再四取り上げているところなので、これ以上、付言を要しない。最近のエコノミストにも、「米国の著名な電話会社は、新たな延命工作を模索している」との副題を掲げた論説が掲載されている。この論説では、AT&Tが収益を生み出す最大の源となっているワイアレス部門すら、需要が飽和しつつあり、APRU(加入者一人当たり収入)を吊り上げる以外、方策がないことが暗示されている(注3)。
第2点は、2層料金を設定しても、FCCが介入する恐れがないとAT&Tが判断したことである。テレコムウオッチャー前々号でも紹介したように、FCCは、新たに、ブロードバンドサービスを現在の情報サービス(規制を受けない)から、基本音声サービスと同様、規制を受けるサービスに格付けを変更する趣旨の調査告示を発出したのであるが、同時に、ブロードバンドの料金規制を当面、行わない旨を確約した。AT&Tは、このFCCの態度に、大きな安堵感を抱いたに違いない(注4)。
第3点は、AT&TがApple社と排他契約を結んでいるiPhoneの評判が、高まるばかりであり、6月25日に発売された新型モデルiPhone4もすでに、需要に対し、供給が追いつかない状況になっている。AT&Tは、このような状況を自社にとっての追風と捉え、かねてから懸案となっていたiPhoneのtetheringの解決(20ドルの一時加入料を条件)をも含め、これらを一挙に、強気で解決する政策に打って出たものであろう。
AT&Tの2層料金制に対する強い批判
今回のAT&Tによるsmartphoneの2層料金制については、大方のユーザ、アナリストたちからは、強い批判が巻き起こっている。
第1に、AT&Tが根拠とするSmartphone利用者の利用ビット数が果たして、正確かいなかについての疑惑が表明されている。たとえば、調査会社のNielsenは、200MB以下の利用者が総利用者の65%未満だというAT&Tの見解に対し、同社の調査では、平均的なiPhone加入者は、400MBのブロードバンドを使用していると主張している(注5)。
第2に、仮にAT&Tのsmartphoneユーザの利用実態が正しいとしても、ユーザのブロードバンド利用がデータ中心に動いている傾向からして、今後、ユーザが利用するビット量は、急増して行くと多くのアナリストが論じている。たとえば、Bloomscomのある記事によれば、2009年におけるsmartphone利用者の平均使用ビット量は、150MBであったが、2013年には、これが、2GBに成長するという。そして、2GBにキャップを置いた新料金を適用すると支払い額は、現料金の月額30ドル→35ドルへと11.7%の値上げになると論じている(注6)。
第3の批判は、AT&Tの新料金制度が、そもそも、ワイアレス分野においてブロードバンドを豊富に安価に供給し、米国民の社会、経済の発展に資するようにすべきだとの国の政策目標(米国ブロードバンド政策)に反し、逆に、ブロードバンド利用節減の誘引をユーザに与えることになると懸念されることであろう。たとえば、そもそも動画の送信は多くのビット量を消費するものであって、3GネットでNetflix(映画放映のソフト)を1時間使用すると、168MBが消費される。つまり、これだけで、15ドルで200MBの限度量の84%が使用されてしまう。周知のごとく、AT&Tの花形smartphoneであるiPhoneは幾万ものソフトから、ユーザが好みのソフトを選択できるのであって、これが、この機種の評判を高めている大きな理由のひとつでもあるのだが、新料金の下では、ユーザは、自然、自分の懐具合と相談して、サービスを恐る恐る利用するというビヘイビアを生むこととなりかねない。
AT&Tは、大半の利用者は、従来の月額20ドルから15ドルへと料金が下がるとして、この新料金制度を弁護するのであるが、そもそも、200MB程度の利用で満足するような利用者は、将来、smartphone加入者の本流にはなりえないと思われる。端的にいえば、利用者にブロードバンドの利用を抑制するような料金制度しか生み出せないような料金制度は、ブロードバンドに関するビジネスモデルとしては、破綻しているとすら言えよう(注7)。
Verizon、当面、掛け放題料金制を継続すると発表
AT&Tが6月早々、smartphoneについて、掛け放題に代えて定額制を導入した2層料金制導入を発表すると、同社最大のライバルであるVerizonがこの案件について、どのような戦略を取るかが、注目されるようになった。
Verizonは、6月中旬までに、現在の料金制度は、維持できないような状況に至っているという幹部からの意向をジャーナリズムに伝えた。たとえば、同社CFOのJohn Kilian氏は、「わが社は、多分、料金制の再構築を行う必要があろう。その場合、一定料金、掛け放題の現在の制度は維持できまい」と発言した。しかし、料金改定を検討するかの時期については触れなかった(注8)。
その後、1週間にして、Verizonは、7月15日に市場に出す同社最新smartphone機種のDroidX(Motorola製、OSはGoogle Andriod)の料金について、現行smartphone料金(30ドル掛け放題)を継続する旨を明らかにした(注9)。
これまで、Verizonは、smartphone販売競争において、各種新鋭機種を投入し、AT&TのiPhoneに対抗してきた。しかし、現在までのところ、iPhoneは、熱狂的なユーザの支持に支えられ、また、毎年、新しいモデルを発表しては、売り上げを伸ばしている。現在、発売中のiPhone4(予約を募集中、小売店での販売は7月から)も、すでに、需要に対し供給不足がうわさされているほどである。
これに対し、Google、Motorola、Verizon連合が起死回生の願いを込めて市場に出すのが、DroidXである。iPhone、Droidの両機種の販売合戦は、AT&T、Verizon両社が対照的な料金制度を採用することにより、同時に、smartphoneの料金についてのユーザの好みを判定する絶好の機会ともなろう。
(注1) | 2010.6.4付け、Cnet News、“What AT&T’s tiered pricing means for you." |
(注2) | AT&Tはこれまで、iPhoneによるテザリングの使用を禁止してきた。しかし、今回の新料金で、AT&Tは、新型iPhone4について 他のsmart phoneと同様に無制限のテザリング(加入者側から見て、高料金の支払いを伴うことにはなるが)を認めた。 |
(注3) | 2010.6.10付け、http://www.economist.com、”Of atrophying flesh and phones.” |
(注4) | 2010年6月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「多難をきわめる米国ブロードバンド規制の前途」。 |
(注5) | http://www.fiercecio.com、”AT&T tiered pricing brings data usage into spotlight.” |
(注6) | Bloomberg,Com、2010.6.27付け、”AT&T’s money-saving plans wlll cost users more, Analist says.” |
(注7) | この趣旨の論説は、ネットで幾つも見られる。たとえば、消費者団体Free Pressの2010.6.2付けの声明、”AT&T Tiered Pricing Is Anti-Consumer.” |
(注8) | 2010.6.18付け、http://www.cbsnews.com、” Verizon Hint to Customers:Get Ready to Pay More.” |
(注9) | 2010.6.23付け、http://news.cnet.com、”Verizon keeps unlimited data for new DroidX.” |
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