FCC委員長のGenachouski氏は、2010年5月6日、米国の将来のブロードバンド計画を律する骨格をなす規制についての見解を発表した(注1)。
今回は、この文書の骨子と、どうしてGenachouski氏がこのような内容の見解を発表せざるを得なかったかの背景(Jay Rockefeller氏をはじめとする一部議会民主党委員たちからのブロードバンド規制化の強い要請)、益々高まりつつあるFCC規制化案に対する反対について解説する。
このはしがきでは、ブロードバンド規制のこれまでの背景と今後のブロードバンド規制の見通しについて少し私見を述べさせていただく。
2005年末から2006年暮れにかけて、Googleが主導するIP企業は、議会にネットニュートラリティを議会に法制化させる強力な運動を展開したが、AT&T、Verizon等電気通信キャリア側のロビイング活動の前に、法制化そのものの企ては失敗に終わった。しかし、FCCに対し、ブロードバンドに対するある程度の監督を行わせること(ネットワークのガイドラインを定めさせることによって)には成功した(注2)。
実のところ、現在、展開されているFCCによるブロードバンドの規制問題の根底にあるのは、ブロードバンドインフラをできるだけ低料金で自由に利用したいとするIP事業者と、FCCからの規制、監督をできるだけ排除したいと考えるブロードバンドインフラ提供事業者の生死を賭けた争いである。その本質は、2005年、2006年当時となんら変っていない。
つまり、今回のブロードバンド規制の背景には、第1ラウンドにおいて、初期の目的を一部しか達成できなかったGoogleをリーダとするIP事業者側が、ブロードバンド規制に理解があるObama民主党政権設立(議会の民主党優位、FCCの民主党支配)、さらには、FCCによるブロードバンド計画策定という好条件の下で、第2ラウンドで、完全な勝利を収めたいという強い動きが働いている。AT&T、Verizon、Comcast等キャリア側は、これに対し、FCCの規制、監督がブロードバンドサービスに加えられることがないよう、防衛に必死である。
今後、議会において、民主、共和両党から、それぞれ、FCC規則によらず、議会の立法により、ブロードバンドの規制を行うとする法案、FCCのブロードバンド規制の骨抜きを目的にする法案が幾つも提案されるであろう。しかし、中間選挙がある上に、幾つもの難題を抱えた米国議会が、これら法案を十分に期間を掛けて審議し、可決に持ち込む可能性は皆無に近い。
筆者は、よほどのハプニングが無ければ、FCCは、審理過程において、反対側の主張にある程度妥協をすることはあったとしても、本年内にブロードバンド規制(中心は、限定された項目について、ブロードバンドに対し、電気通信と同等の規制を課すること)の規則化に向けて、邁進するものと観測する。苦難の多い道であり、その間、幾つかのハプニングも予想されはするが。
FCC委員長提案の骨子
FCCのGunachouski委員長は、2009年4月上旬のワシントン連邦巡回控訴裁判所の判決によって、FCCによるブロードバンド業務への介入が法的に否認されたことにより、現状のままでは、政府の今後のブロードバンド政策の遂行に著しく支障がある事態、新たな法的枠組みの構築をしなければならない旨を率直に認めた。この結果、これまで、“情報サービス”と定義されていたブロードバンドサービスの一部を“電気通信サービス”に格付けするものの、その規制は最小限にとどめる方針を定めた。FCCは、これを“第3の道”(The third way)と名づけている。
Gunachouski氏の説明によれば、(1)第1の道は、なんらの措置を講じることなく、現状の法的枠組みのままで、ブロードバンドに対するFCCの権限を行使していくやり方(2)第2の道は、ブロードバンドを現状の“情報サービス”の位置づけから、“通信サービス”の位置づけに変更して、規制を強化することである。
しかし、第1の道は、裁判所との係争が長引くことが予想されるためFCCの運営が不安定になり、到底、持続することが不可能である。また、第2の道は、ブロードバンドを軽い規制(ライトタッチ)の下に置こうとして、これまで両党合意の了解の下に進められてきたFCCの基本方針に反するものであって、到底、採用できない。それぞれ、実行上の隘路を含んでいる。
このような状況の下で、FCCは、次のような規制方針(第3の道)を提案する。この新たな規制方針は、次の要件からなるものである。
- ブロードバンドアクセスのうち伝送部分を取り出し、この部分のみを“電気通信サービス”に指定する。
- 通信法第2部(電気通信サービスの規制範囲、方法を定めた部分)のうち、今回の控訴審判決が出された前から、FCCの管轄に入ると広く認められているほんの1部の条文(201条、202条、222条、254条、255条)のみを適用する。
- ブロードバンド・アクセスサービスには、上記以外の不必要、不適当と認められる条文は、適用しない(適用を差し控える)。
- 規制が行き過ぎないように、差し控えの対象となる事項は、あらかじめ定めておき、規制対象、非規制対象の区分を明確にしておく。
FCCに強力な圧力を加えた議会民主党とOIC(Open Internet Coalition Group)
ところで、今回のFCCによるブロードバンド規制のあり方の決定に当たっては、民主党の一部有力議員と2005年にネットニュートラリティ原則の法制化を求めて、激しいロビイング活動を行った新興IT事業者による業界団体、OICからFCCに対する強い働き掛けがあったことが明らかとなっている。
この間の事情を報道しているのは、ビジネスウィークのネットである(注3)。
以下、このネットにより、どのような背景で、FCCの見解が土壇場で修正されたかの背景を紹介する。
FCCは、米国ブロードバンド報告書の作成に当たり、大掛かりの規制を掛ける意図を有していなかった。
AT&T、Verizon等の既存通信キャリアから、再三再四、規制(特に料金規制)は絶対に反対である旨の牽制球を投げられていたためもあり、それに、FCCとしては、ネットニュートラリティは、ネットの開放性(Openness)を中心に、これを制度化すれば十分との考え方であったようである。
ところが、この案件について、民主党の重鎮であり、同時に上院商務委員長の要職にあるJay Rockfeller、および、同じく民主党上院議員、Henry Waxmanの両氏は、強い規制を折り込むべきであるとの強い要請を行った。
両氏は、FCC委員長、Genachouski氏に書簡を送り、
- インターネットサービスに電話会社並みの規則を適用すること
- インターネットに対し、“ライト・タッチ”の規制を適用すること
- 議会は、FCCを強化するための法案を提出する用意があること
を通告したという。
他方、OICも同様の主張を提起して、緊密に共同してRockfefeller、Waxman両議員と気脈を通じた行動を行った模様である。5月3日、OICの幹部が、ホワイトハウスを訪れ、Obama大統領の顧問たちと会談している(注4)。
このような経緯から、2010年5月6日に発表されたFCC委員長、Genachouski氏のブロードバンド規制についての基本方針の骨格が、議会民主党代表2名が提示した基本原則と酷似する内容になったものである。
FCCブロードバンド規制方針に対し高まる不満
上記FCCのGunachouski委員長の提案に対する批判は、日を追うごとに高まりを見せている。
実のところ、FCCのインターネット規制に反対する利害関係者は、ブロードバンドに対し、電話会社並みの規制が課されることに対しては、前々から、徹底的に反対するとの警告を発していた。
FCC提案は、これら反対に配慮した内容のものではあるが、基本的に、ブロードバンドサービスを現在の“情報サービス”から、“基本電話サービス”に格付け変更した点が、強い反感を招いている。すでに、一部議員(民主党議員を含む)、AT&T、Verizon、Comcast等の電気通信キャリアは、強烈な反対活動を開始している。以下にその要点を紹介する。
下院共和党議員、法案提出の構え(注5)
フロリダ州選出の下院共和党議員、Cliff Stearns氏は、ブロードバンド規制についてのFCC規制反対のため、近々法案を提出する予定であるという。同氏は、下院のエネルギー・商務委員会の幹部メンバーである。
この法案(Internet Protection、Investments and Innovation Bill)は、FCCに対し、ブロードバンドに規制を掛ける根拠(たとえば、市場の失敗があるかどうか)を詳しく調査した報告書の提出を求め、この報告書を審査した後でなければ、規則制定を認めないというものである。
既存大手電話会社ならびにComcastによる強硬反対(注6)
ブロードバンド規制で最も大きな影響を受けるAT&T、Verizon、Comcastの3社は、軒並み強硬に、FCC提案に反対している。
3社の代表者は、それぞれ幾つかの反対理由を挙げているが、3社に共通している反対意見は、FCCが約束するように、たとえば3社がもっとも恐れる料金規制は、確かにGenschouski氏自身が約束するように、同氏の委員長在任期間は、規制の差し控えの措置により、実施されることはあるまい、しかし、代が変った後の委員長の規制実施を拘束するものではないから、規制を受けるキャリアの立場は、不安定だということである。
それに、サービス開始以来、長年にわたり、規制から自由であったインターネットについて電話会社並みの規制―当面、多くの差し控え措置により実害はないもののーを受けるのは、納得できないとの憤りが根底にあることは、否めない。
(注1) | 2010.5.6付け、FCCのプレスレリース、“The third way: a narrowly tailored broadband framework.”、および、この見解の法的根拠付けをさらに説明したFCC顧問のAustin Schlick氏の解説、”A third way legal framework for addressing the Comcast Dilemma.” |
(注2) | 2006年5月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「FCCが仕切る米国のネットニュートラリティー政策」。この号で解説したとおり、OIC(Open Internet Coalition)の主要メンバーは、Google、Amazon、E-Bay、Skypeなど、成長著しいIT企業をも会員に含む業界組織である。 |
(注3) | http://www.businessweek.com/news/2010-05-05, "FCC Should Consider All Options on Web Rules.Two Democrats Say." |
(注4) | 2010.4.13付け、http://www.businessweek.com/news、"FCC Should Reassert Web Authority, Open Internet Coalition Says." |
(注5) | 2010.5.12付け、http://www.fiercewirelss.com, "Legislation aims to slow FCC's net neutrality push." |
(注6) | 2010.5.07付け、http//www.fiercewireless.com, "Sound off: The FCC's 'third way' on net neutrality's." |
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