2010年4月中旬、AT&T、Verizonは、相次いで2010年第1四半期の決算を報告した。両社ともに、全般的に事業は順調に伸びていると強気の姿勢を崩していないものの、少し分析をしてみると、2010年最初の決算として、決して幸先の良い内容ではない。
両社とも、わずかながら前年同期に比し増収であったのは、慶賀すべことだが、利益は大きく減少している。また、ワイアレス部門の成長率も鈍化傾向である。
本号では、AT&T、Verizon両社の最新の決算内容の紹介のほか、次の3点の事実の提示に焦点を当てた。
- 両社のワイアレス加入者のサービス選択が、主流をなすポストペイドから、プリペイドへと急ピッチに移行していること(ユーザの節約、契約で縛られることを嫌う自由度を求める志向の顕在化による)
- ネット接続機器(connected device)利用の加入者数が増大しており、両社とも、この機器利用加入者をプリペイド加入者に繰り入れ、加入者数の見せ掛けの増大に使用していること。
- MSO両社(Comcast、TimeWarnerCable)との加入者獲得競争では、AT&T、Verizonの劣勢が進んでいる。これは、ブロードバンド加入者数の増数の差異、基本加入者(AT&T、Verizon両者では音声住宅用加入者、Comcast、TimeWarner Verizonではビデオテレビ加入者)の数の減少の差異に際立って現れている。
筆者は、上記の諸点は今後大きく進展し、本年のIT、通信業界に大きなインパクトを及ぼすものであると考える。
なお、次回のテレコムウォッチャー(2010年6月1日号)では、再び、NBP(米国ブロードバンド計画)の案件に戻り、最近、FCCが公式に打ち出したブロードバンドサービスの規制強化方針とその方針に対する利害関係者の反応の状況を紹介する。
AT&T、Verizonの収支状況(表1、表2、表3)
AT&T、Verizon両社の2010年第1四半期の決算は、いずれも昨年同期に比し大きく純利益を減らした、厳しいものであった(注1)。
両社ともに、総収入、利益では、似通った業績を上げているが、なんといっても、純利益率が10%を切っているのが特徴的である。米国IT諸企業は、同時期において大きく好決算を発表し、経済不況が未だ完全に回復していないさなかにあって、あたかも、ITブームが再開したかのような勢いである。たとえば、アップル社の同期の業績は、売上高約約135億ドルに対し、純利益は約30億ドル、純利益率22.8%である。また、基本OSの販売以外では、ここ数年、必ずしも多角化に成功していないかのように見受けられたマイクロソフト社は、約145億ドルの売り上げに対し、純利益約40億ドル(純利益率27.6%)と、アップル社を押さえ、商売上手の同社の存在感を遺憾なく、際立たせた。IBM、インテル、Google、Yahoo!等、主要IT企業はいずれも、増収、増益を発表し、純利益率で10%を切るところなど、一社もない。
AT&T、Verizon両社は、これまで各四半期に報告してきた将来の業績見込みについて、一切触れていない。それほどまでに、将来の展望が描けないのであろう。
相対的にみると、Verizonの不振が際立つ。詳しい説明は避けるが、それは、(1)AT&Tに比してのワイアレス部門の成長率の低さ(2)ワイアライン部門における収支の極端な悪化(営業利益が極めて低く、すでに純利益はほとんど無いのではないかと考えられること)に現れている。
ワイアレス・ユーザのサービス利用状況の変化 ― 急激に進むプリペイドサービス利用への動き(表4)
ショッキングなAT&T、Verizon両社のポストペイド加入者の販売数激減
表4に、2010年第1四半期、AT&T、Verizon両社のワイアレス部門の加入者数の伸びを示した。この表から、次の事実が読み取れる。
- 両社ともに、ワイアレス部門の柱であるポストペイドの加入者数の増が、著しく減少したこと(両社は、毎期、100万を越えるポストペイドの加入者数獲得を誇示し、競争してきたものである)。それが、今期はAT&T、Verizonがそれぞれ51.2万、42.3万へと半減以下になった。
- 上記と関連するが、加入者数のうち、プリペイドの占める地位が一気に高まり、販売の主流になった(プリペイドの比率、AT&T:72.4%、Verizon:72.7%)
- AT&Tは、プリペイド加入者数は、connected device(注2)の加入者数を含むことを認めている。もっとも、同社が公表しているネット接続端末増加数のすべてが、プリペイド加入者増数134.5万に組み込まれているかどうかが不明である。Verizonは、自社の過去1年間のネットワーク接続数を公表しているが、プリペイド加入者数に、この接続数を組み込んだかいなかは不明である。ただ、その可能性は高い。
奇妙なことは、上記のとおり、2010年第1四半期のワイアレス加入者数の、プリペイド加入者数増分が、AT&T、Verizonの総加入者数のそれぞれに占める比率が、それぞれ72.4%、72.7%と酷似していることである。両社があらかじめ打ち合わせた(談合)かのようである。
ポストペイド加入者数減少の原因
VerizonのCEO、Seidenberg氏は、同社のワイアレス加入者の急減に危機感を感じており、この件について、「将来、今期より、プリペイド加入者の増に見切りをつけたわけではない」と釈明している。AT&Tは、同社の不振には触れたがらず、ネット接続加入者数を加えた水増しの加入者数報告を鼓吹している有様である。
ところで、業界アナリストたちは、上記の現象について、すでに、飽和に達したワイアレス業界に、ユーザサイドから、ワイアレス・サービスの購買行動に変化が生じているのではないかとの見方をしている。ここでは、ネット紙を通じて、New Millennium Research Communications(電気通信分野のシンクタンク)の結論を紹介しておく(注3)。
同社の報告書によると、家計を引き締めているユーザは、契約を伴うポストペイド契約方式のワイアレス加入に背を向けて、ますます、料金が安く、契約に縛られないプリペイド加入に移りつつある。この傾向は、経済の落ち込みが大きくなるにつれ、さらに大きくなっていくという。
ちなみに、Verizonは、プリペイド加入者の獲得についてはもちろん、リセラー業者を大きく頼りにしている。同社最大手のリセラー業者は、Wal-Mart傘下のStraight社である。Verizon以上にプリペイド加入者の比率が高いAT&Tも幾社かのリセラーと提携しているはずであるが、それに関する情報は得られない。
MSOへの敗退が続くAT&T、Verizonのブロードバンド部門(表5)
これまで、DRIテレコムウォッチャーでは、AT&T、Verizon両社とComcast、TimeWarnerの競争の進展を大きなテーマとして、幾回も報道してきた。AT&T、Verizon両社は、電話回線を利用してのADSLでは、ケーブルTV会社に対抗できないと見るや、それぞれ、独自の光ファイバー方式(それぞれ、U-Verse、FiOS)により、営業免許取得についての前面的なバックアップを受けて、競争を挑み今日に至った。
しかし、表5に示した2010年3月末における両陣営のブロードバンド加入者数および、過去1年間に獲得した加入者増からすると、どうやら、上記の競争は、AT&T、Verizonの敗色が濃厚であると断言してよい。表から汲み取れる結論を要約すると次のとおりである。
- ブロードバンド加入者数の順位は、Comcast、TimeWarner、AT&T、Verizonであり、電話事業者陣営は、ケーブルTV陣営の後塵を拝している。
- 年間のブロードバンド加入者増数で比較しても、上記の順位は変らない。
- 両陣営ともに、本来の基本サービス加入者数を減らしている(すなわち、その多くは、相手陣営からの市場参入によって)のであるが、その減少度合いは、AT&T、Verizon側の方が、格段に大きい。
2010年4月15日号のテレコムウオッチャーの図5においても解説したところであるが、両陣営のブロードバンドインフラの格差は、圧倒的なブロードバンドインフラの格差に起因する(注4)。すこしくどいが、前回行った説明を繰り返しておく。
今後2年後、ケーブル会社が、同社の高速ブロードバンド標準、Cable Docsis3.0でカバーするブロードバンドのアクセス地域は、米国全土の95%である。これに対し、AT&T、Verizonが、それぞれ、ADSL+光ファイバー(U-VerseまたはFiOS)でカバーできる地域は、それぞれ75%、60%に過ぎない。
参考:AT&T、Verizon両社の収入・利益等の比較を示した諸表(表1-表5)
表1 2010年次第1四半期におけるAT&T、Verizonの総収入、総営業利益(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
総収入 | 30,649(+0.3%) | 26,913(+1.2%) |
営業利益 | 6,010(+4.8%) | 4,351(−7.3%) |
純利益 | 2,562(−20.0%) | 2,284(−28.8%) |
純利益率 | 8.4% | 8.5% |
営業利益率 | 19.6% | 16.2% |
(括弧内の数値は、対前年同期比増減比率である。表2、表3についても同様) |
表2 2010年次第1四半期におけるAT&T、Verizonワイアレス部門の収入、営業利益比較(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 12,850(+10.3%) | 15,783(+4.4%) |
営業利益 | 4,156(+20.4%) | 4,554(+6.6%) |
営業利益率 | 29.9%(+26.9%) | 28.9%(28.2%) |
表3 2010年次第2四半期におけるAT&Tワイアライン部門の収入、営業利益(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 15,421(−4.6%) | 11,232(−2.9%) |
営業利益 | 1,710(−16.9%) | 172(+691) |
営業利益率 | 11.1%(+12.7%) | 1.5%(+6.0%) |
表4 2010年第1四半期におけるAT&T、Verizonのワイアレス部門の加入者数等
項目/キャリア | AT&T | Verizon |
収入(単位:100万ドル) | 12,850(+10.3%) | 15,783(+4.4%) |
加入者数(単位:1000) ポストペイド プリペイドペイド 計 | 65,108(60,535) 21,879(17,697) 86,987(78,232) 上記のほか、ネット接続端末が 580万加入ある。 | 87,811(84,095) 4,990(2,427) 92,801(86,522) 上記のほか、ネット接続顛末が 730万ある。 |
2010年第1四半期の加入者増 (単位:万) | ポストペイド 51.2
プリペイド 134.5 計 185.7 (上記、185.7 万加入にはネット接続端末が含まれているとの記述が見られる。2010年第1四半期のネット接続端末の増は110万であるが、そのうち、どれだけの数が、同期の販売数として、組み込まれたか否かは不明。) | ポストペイド 42.3 プリペイド 115.3 (Verizon直販によるプリペイド 加入者数は、13.9万の減) 計 158.4 (ネット接続端末を総計730万有しているとの記述がある。上記158.4 万加入者に、この端末加入者が含まれているか否かには、触れていない。) |
Churn(取消し率) | 1.3% | 1.4% |
表5 2010年3月末における大手電話会社2社、ケーブルテレビ会社2社のブロードバンド、基本サービスの加入数比較(単位:万)
項目/キャリア | AT&T | Verizon | Comcast | TimeWarnerC |
B加入者数 両社計 | A:956.7 U:229.5 計 1186.2 | A:569.2 F:361.8 計 931.0 | 1632.9 | 951 |
2167.2 | 2583.9 |
B加入者増分 両社計 | A:-24.3 U: 96.6 計 72.3 | A:-45.4 F: 93.9 計 48.5 | 107.1 | *50.1 |
120.0 | 157.2 |
K加入者数 両社計 | 2663.3 | 1787.1 | 2410.4 | 1281.7 |
4450.4 | 3692.1 |
K加入者増数 両社計 | -333.6 | -241.4 | -62.7 | -21.2 |
-575 | -83.9 |
1. | 上表中、左欄のB加入者数はブロードバンド加入者数、K加入者数は基本サービス加入者数(AT&T、Verizonの基本サービスは音声サービス、Comcast、VerizonはCATVビデオサービス)である。また、表中の、AはADSL、UはU-verse、FはFiOSInternetを指す。 |
2. | 表には加えなかったが、Comcastの音声加入者数は789.5万(年間の増数は112.4万)である。また、TimeWarnerCableの音声加入者数は423.9万で、両社合計1000万加入を優に上回っている。 |
3. | 本稿の数値はすべて、AT&T、Verizon、Comcast、TimeWarnerの決算報告によった。資料名の紹介は略する。 |
(注1) | 決算数値は、すべて末尾の「参考」の項にまとめて表示した。 |
(注2) | Connected deviceは、未だ、定訳はないようである。仮に、「ネット接続用機器」と訳しておいた。ネットに接続し、検針、位置測定、図書検索(e-book)等、主として単能的なサービスを提供する端末である。ほとんどが、カードを購入することにより、プリペイドで利用される。 |
(注3) | 2010年4月23日付け、http://www.journalgazette.net, "Cell users turning to prepaid." |
(注4) | 2010年4月15日付け、DRIテレコムウォッチャー、「米国ブロードバンド計画報告書の概要(3)−ブロードバンド拡充長期目標設定の狙い」。 |
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