前回のテレコムウォッチャーでは、米国ブロードバンド計画報告書(NBP)の最重要長期目標、「10年間における1億世帯への高速(100MHz)ブロードバンドのアクセス」が設定された意義とその背景を紹介した(注1)。
今回は、NBPの今ひとつの最大長期目標、「10年間における米国すべての世帯に対するブロードバンド(現在のブロードバンドの平均速度である4MHz程度による)のアクセス」を紹介する。
この目標の主な達成手段は、FCC、あるいは時には米国議会が長年議論し、改革案を積み重ね、解決に至らなかったUSF(Universal Service Fund)の改正である。従って、本稿では、NBPに盛り込まれたUSFの改正計画が主なテーマとなる。
ところで、FCCは、NBPを実施に移すべく、フルスピードでその準備を進めている。米国議会上下両院では、まだ、NBPに関する公聴会が終了していない。また、ComcastがFCCを相手取って行った訴訟と関連して、連邦控訴裁判所から最近、判決(FCCは、提供事業者のブロードバンド運営に関与すべきではないという趣旨のもの)が下されたため、NBPの一部の内容が、この判決に抵触するのではないかとの疑義も出ている。しかし、このような状況にもかかわらず、FCCは、NBPの内容を今後、順次、法的手続きを踏んだ上で(個別の調査告示の発出→利害関係者の意見聴取→FCC裁定の実施)規則制定を進めて行けるものとの自信を強めている。
FCCの決意のほどは、さる4月15日、USFに関する最初の調査告示を発出したことからも伺われる(注2)。この調査告示は、FCC委員5名全員の賛同により、発出されたものであって、しかも、NBPの内容をきわめて多く、引用している。FCCのGenachouski委員長は、NBP報告書提出以来、機会あるごとに、“NBPは単なる報告書ではない、行動計画書(action Plan)である”と強調してきたのであるが、まさに、この言葉を裏書するようなFCCの素早い行動であった。
Genachouski委員長は、機会あるごとに、米国民によるブロードバンドの利用拡大が米国の経済、社会の発展社会の発展にいかに不可欠のものであるかを訴えている。はしがきの最後に、筆者が共感を覚えた、同氏の最近の説明の事例を紹介する(注3)。
- 求人窓口をオンラインに限っている企業が、益々増えている。失業者は、ブロードバンドにアクセスできないと、再就職の機会をつかむことができない。
- 子供たちは、益々、オンライン・アクセスを必要とする宿題、調べ事の課題を与えられるようになっている。家庭で、ブロードバンドに接続できない子供、学校でブロードバンドへの接続が不十分な子供は、不利益を受ける。
わが国でも、事態は類似しているように思われる。
USFの変革 ― 音声サービスへの補助から、ブロードバンド・3Gワイアレス網の構築、運営の補助へ(注4)
収支計画
ブロードバンドサービスの提供にコストを要する地域、あるいは、そもそもブロードバンドが提供されていない地域に対しては、サービス提供業者の採算が取れず、財務補助が必要である。
米国では、ブロードバンドが提供されていない地域の住民が1400万人いる(筆者注:ダイアル・アップによるインターネット利用は、もちろん、ブロードバンドサービスには含まれない。従って、無ブロードバンド地域住民の相当数が、ダイアル・アップのインターネットは利用できている)。
従って、これら地域に対するブロードバンドの手頃な料金でのサービス実施、ブロードバンドインフラの整備は、もっとも重要なFCC施策である。
FCCは、長距離電話、携帯電話の利用者から徴収する納付金により運用されるUSF(Universal Service Fund)基金により、電話サービスについては、この高コスト地域の電話サービスを維持する政策を遂行してきた。
NBPでは、ブロードバンドについての同様のサービス保持、サービス未実施エリアへのインフラ構築の需要に対し、USFを音声サービスに対する補助に加えて、ブロードバンドへの補助を提供していくという長期計画実施により、対応していく政策を打ち出した。要は、ブロードバンドにアクセスできない地域に、ブロードバンド網を設置し、運営するということである。
表1 ブロードバンド・3G携帯電話の無い地域を根絶する目的のため、要する経費、財源(単位:億ドル)(注4)
投資・運営に要する資金 | 料金収入 | ネットの所要資金 | 資金の供給源 |
初期投資 182 運営費 152 計 334 | 91 | 243 | USF:155 支援法、州プロジェクトから 86 |
(表1は、NBP 第8章 Availabilityに掲載されたグラフ、"Exhibit 8-B" を表にまとめたものである。) |
ブロードバンドの無い地域を根絶、その上、未整備の3Gワイアレス網に至るまでの整備を行おうというのであるから、当初、米国ジャーナリズムは、FCCは、多額の政府資金を期待するはずだと報道した。
しかし、上表にあるとおり、NBPでは、詳しい計算根拠が示され、FCCは、合理化による節減と、2009年1月に可決された財務支援法からの補助、さらに、恒常的になっている農務省等の官庁が実施しているルーラル地域におけるブロードバンド振興のための経費をすべて充当すれば、とりわけ、それ以外の政府援助を得ないでも、この一大プロジェクトが実現できるとの結論を出している(表の最右表の数値、86億ドルは、文中の幾つかの数値を積算して出したものであるが、これでは所要資金は5億ドル不足してしまう。どこかに誤りがあるかとも考えるが、ご容赦頂きたい)。
なお、最新のUSFの年間予算額は87億ドル程度であり、この予算レベルが今後も維持されるとすると、10年間で、予算規模は870億ドルとなる。155億ドルの支出削減は、17.8%(節減率)となるが、削減不可能な比率とも思えない。
支出削減の詳細はここで省略したが、要は、高コスト地域のルーラル地域キャリアに対し、これまで実施されていた非常におおらかな経費補填制度(たとえば、公正報酬率による規制の下での利益を認めていたのなどはその一例)を抜本的に刷新することを意味する。しかし、この改革は、これまで、高コスト地域に対するUSF補助金に大きく頼ってきたキャリア(主として、ルーラル地域のキャリア)に深刻なインパクトを与えることとなろう。
USF改革の段階的実施
表2 3段階にわたるUSF基金の変革 ー USFからCAFへ
第1期(2010-2011) | 第2期(2012-2006) | 第3期(2017−2010) |
● | USFの効率性、アカウンタビリティーを高める | ● | インフラ構築、運営を補助するための基金(Connect America Fund、CAF)を創設する | ● | 3Gワイアレス網構築、運営のための基金(Mobile Fund)を創設する |
| ● | CAFからの資金支出を開始する | ● | ユニバーサルサービス補助の醵金基盤を広める | ● | ICC(Intercarrier Compensation、キャリア間相互接続料金補償)における従量制(分単位課金)を段階的に廃止する |
| ● | USF(広義)の資金規模を現状程度に収める | ● | 高コスト地域への支援中心の現制度をCAF中心に移行させる | ● | 従量制課金を廃止することにより、ICCの料率の軽減を継続する |
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(表2は、NBP 第8表の記述を表にまとめたものである。) |
現在、USFのなかで、高コストの地域での音声サービス、携帯電話サービスを提供している通信事業者に対する資金援助は、大きな地位を占める(もう1つの大きな項目は、学校、図書館に対するブロードバンド拡充のための補助基金、E-rateである)。NBPでは、このUSFの運営が非効率的であること、先に述べたように、ブロードバンドを有しない地域を全廃するための投資が最優先順位となったことにより、抜本的なUSFの改革を提案している。
その基本点は、次のとおり(表2の記述と重複するが)である。
- 既存のUSFのなかに、それぞれ、固定通信網、3Gワイアレス網を構築、運営する目的のための基金、CAF(Connect America Fund)、Mobility Fundを創設する。
USF、Mobility Fundは、USF基金および、政府資金(主として、2009年経済回復・再投資法)に基づく投資資金、州の資金の双方を基金として運用する。
- 高コスト地域に対する資金補助は、補助の仕組みの改正により、その金額を逐次、減らして行き、2020年末には、高コスト基金自体を廃止する。
- 現在、USF基金の財源は、長距離事業者、携帯電話事業者の従量制料金に対する賦課(ユーザから見れば、一種の税金)により、まかなわれているが、徴収対象の拡大を行う(筆者注:たとえば、ブロードバンドの利用者にも、賦課するとか)。
- 2020年末後、USFの高コスト地域に対する補助制度は、新たなCAFに衣換えをすることになるが、基金総額は、現状程度に押さえる。
普及率が低い層に対するブロードバンド利用向上対策
これまで、全米をカバーするブロードバンド網の構築の計画を説明した。ところで、せっかく、ブロードバンドへのアクセスが可能になっても、利用者が増えなければ、網を構築する意味が無い。NBPは、第9章(Adoption and Utilization)のなかで、その対策について、詳細な説明、多くの勧告を行っている。以下に、その骨子を紹介する。
階層別ブロードバンド利用状況
表3 各階層別のブロードバンド利用比率(普及率)
階層名 | 利用率(%) |
ルーラル地域の米国人 | 50 |
低所得層(年収2万ドル未満) | 40 |
低教育層(中卒までの学歴) | 24 |
高齢者層(65才以上) | 35 |
*体に障害を持つ人 | 42 |
アフリカ系米国人 | 59 |
スペイン系米国人 | 49 |
米国人平均 | 65 |
(NBP 第9章 Adoption and Utilization冒頭にある表、Exhibit9-Aを訳したものである。)* 原名は、people with disabilityであり、直訳しておいた。ブロードバンド利用率が比較的高い点からして、日本語で身障者というのより、範囲が広いと思う。 |
低所得層に対するLifeline、Link-upの拡充、強化
ブロードバンドを使用していない35%の米国人の8割程度の人々は、費用を負担することができないということをその理由に挙げている。従来から、電話サービスを利用することができない低所得者に対する補助制度としてLifeline(月々の基本料に対する補助制度)、Link-up America(架設料に対する補助)があるので、この制度をブロードバンド加入の際にも、適用できるようにする。
両制度は、1980年代から実施され、電話のユニバーサルサービス拡充に大きな役割を果たしてきた。この結果、1984年に80.1%であった電話普及率は、2008年に89.7%へと向上した。現在、所得20,000ドル以下の米国民のブロードバンド普及率は40%、これに対し、75000ドル以下の普及率は93%である。Lifeline、Link-upをブロードバンドに適用することにより、ブロードバンド普及率は大きく向上することが期待される。
両制度適用によるブロードバンド拡大施策の基本方針は、次のとおり。
- FCC、各州は、ブロードサービスを提供するキャリアに対し、すべてのサービス、基本電話サービスを含むすべての組み合わせサービスに対し、Lifelineが適用になる加入者に料金割引を行うように要請する。
- FCCは、Lifeline、Link-upを州や地方自治体が行っているe-governmentの施策と統合する方策を実施すべきである。
- FCCは、効率的、効果的な長期ブロードバンド支援機構を作るため、情報を提供するパイロット計画を実施しなければならない。
Digital Literacy 向上対策
アンケート調査によれば、ブロードバンドを使用していない米国人のうち、その22%がブロードバンドを利用するための(PC操作ができないものを含む)支出を負担できないと述べている。すなわち、米国では、Digital Literacyの欠如がブロードバンド普及率の低下に大きく作用している。
NBPは、州政府に対し、Digital Literacy向上のためnoプログラム(National Digital Literacy Programm)策定を要請し、これにより、Digital Literacy向上対策の周知、推進のための組織として、(1)Digital Literacy Corpの設立、(2)Digital Literacyのポータルの設置をも求めている。
身障者に対するブロードバンド利用向上対策
表3に示されるとおり、米国の身体に障害がある人のブロードバンドアクセスの率は42%であり、米国人平均の65%に比し、かなり低い。
ブロードバンドのハードウェア、ソフトウェア、サービス、ディジタルコンテンツは、障害者に対し、大きな機会を提供するものである。
連邦政府は、身障者がブロードバンドに不釣合いな料金を請求されることがなく、健常者と同等なサービスが受けられるよう努めなければならない。
少数民族地域に対するブロードバンド拡大政策
表3には、少数民族地域におけるブロードバンド普及率についての数値がない。これまで、ブロードバンドの統計数値が得られないほどに、この地域に対するブロードバンド政策がなおざりにされてきた模様である。
NBPでは、こういう事情にかんがみ、連邦政府と少数民族地域政府との連携を密にし、今後、この地域におけるブロードバンドの強化、普及を図るべきだと勧告している。
(注1) | 2010年4月15日付け、DRIテレコムウォッチャー、「米国ブロードバンド計画報告書の概要(3)−ブロードバンド拡充長期目標設定の狙い」。 |
(注2) | FCCは、この目標を一定の人々に対する現実の利用率(普及率)にするか、米国人すべての人に対するアクセスサービスの提供にするか、最後まで迷った模様である。その結果、すべての人に対するアクセスサービスの提供に落ち着いた。現に実施されている電話サービスのユニバーサルサービスの目標は、普及率100%であるが、実績は90%前後の程度なので、それとのアナロジーからすれば、ブロードバンドもユニバーサルサービスの定義も、これに合わせることが好ましいのであるが、仮に達成目標90%(当初の案)としても、現在の35%を10年間で90%にもっていくことは、かなり困難なことである。多分、このような事情からして、上述の結論が下されたものであろう。 |
(注3) | 2010年4月15日付け、FCCプレスレリース、"Written Statement of Julius Genachouski Chairman of FCC Reviewing the National Broadband Plan." |
(注4) | 本文のうち、「収支計画」、「段階的なUSF改革の実施」の項は、NBP 第8章 Availabilityを、また、最後の「段階的なUSFの実施」の項は、NBP 第9章 Adoption and Utilizationを,資料として利用した。翻訳に近い部分もある程度あるが、全体の構成、文のほとんどは、筆者の書き下ろしである。 |
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