DRI テレコムウォッチャー


米国FCCブロードバンド計画報告書の概要(1)

− 定まった米国ユニバーサル・ブロードバンドの定義

2010年3月15日号

 FCCは、2010年3月17日に米国ブロードバンド計画(National Broadband Plan)についての報告書を議会に提出する。
 しかし、2010年2月中旬以来、すでにこの報告書の主要内容が明らかになっている。
 FCC委員長Genachowski氏は、業界団体の会合、記者のインタビューへの回答等の場を捉えて、この報告書の概要、意義を積極的に周知している、また、FCCの一部職員も報告書の内容をジャーナリズムに漏らしている。
 報告書の発表を数日後に控えた今回のテレコムウォッチャーでは、報告書の主要点を紹介する。次回、4月1日号では、報告書の原文(300ページを超えるという)に即して、さらに正確な紹介を行う。次回の紹介では、現在、未だ明確になっていないブロードバンド計画実施の所要資金見積り額およびFCCの規制政策が主内容となろう。なにしろ、FCCが、1年有余、総力を挙げて作成し、今後の米国IT・電気通信業界に深甚のインパクトを及ぼす政策ガイドラインである。当面、2回続きのシリーズで、資料を紹介、解説に当りたい。

 今回の報告書の最大のハイライトは、Genachowski委員長が、高らかに、2020年までに100メガビットの高速ブロードバンドを米国の1億世帯の家庭に提供するという、壮大な目標を打ち出したことである(注1)。2名のFCC民主党委員(長年にわたり、徹底したユニバーサル・ブロードバンド論者のCopps委員、また、最近ユニバーサル・サービスに関するFCC・州公益事業委員の合同委員会の議長に就任した Clyburn委員)を擁しているFCC委員会ではある。さればといって、米国民のすべてにブロードバンドを使用させるなどという目標を掲げるのは、あまりにも非現実である。10年先に、1億家庭にブロードバンドを提供するという目標は、利害関係者に対し、実現可能だと説明できるギリギリの政策目標であろう。一億の家庭とは、米国全家庭の90%にあたるという。他方、Genachowski氏は随所で、"ユニバーサル・ブロードバンド" という言葉を使っている。つまり、90%程度の米国民に、高速ブロードバンドを普及することが、FCCが定義する米国版ユニバーサル・ブロードバンドなのである。
 実のところ、報告書の議会提出時期は最悪である。オバマ政権の支持率は下がっているし、最近、議会通過の見通しが高まってきたものの、政権の命運が掛かっている健康保険法案が、無事大統領の署名にまで至るか、定かではない。
 しかし筆者は、FCCがこの報告書で要求する投資金額(目下、不明)が議会で否決されても、FCCは、このブロードバンド計画の達成に邁進するであろうと考える。FCCは、全員5名中3名が民主党委員でマジョリティーを有しており、共和党委員2名の反対を押し切れる。また、議会から追加資金の支出の承認を受けないでも、FCCは、周波数帯オークション実施による資金およびコスト削減により、強引に目標達成に邁進するであろう。
 米国のブロードバンド普及率が、世界の先進国中で遅れを取っている点についての危機感は、前大統領(共和党)ブッシュ氏も共有していた。共和党議員といえども、FCCのブロードバンド計画自体を覆す法案を提出し、これを断念させることはできない。米国の威信にかかる問題だからである。


米国ブロードバンド計画の骨子 - Genachowski FCC委員長の講演内容(注2)

高速ブロードバンドの品質向上、大量普及の必要性
 ブロードバンドの普及の促進は、雇用を増大させる。中小企業の競争力を強める。未来の雇用、産業を創り出す(ブルッキング研究所、MIT、世銀の調査から)。
 さらに、ブロードバンドは、すべての米国人に社会的な便益を増大させ、生活の質を向上させる。
 米国はブロードバンド普及率においてトップの国々に遅れを取っている。家庭におけるブロードバンドの普及率は、韓国95%、シンガポール88%であるのに対し、わが国は65%に過ぎない。
 これをさらに具体的な人口数で示すと、インターネットにアクセスできない米国人が約1400万人いる。アクセスできるのにもかかわらず利用していない国民は、1億人を超える。
 つまり、わが国は、インターネットを創始したのにもかかわらず、世界のトップを切っていない。ブロードバンドを制する国は世界を制する。それほどに、ブロードバンドは有用なツールになっている。

米国ブロードバンド計画の目標
 長期目標としてFCCが提案する最初の勧告は、100×100推進計画(100Squared Initiative)である。これは、少なくとも100メガビットのブロードバンドを米国100万ミリオン(1億人)の世帯に提供し、世界最大の高速ブロードバンド・ユーザを創設し、米国に新規事業が生み出されるようにすることを意味する。
 第2は、超高速ブロードバンドの試作品(Broadband Testbed)を作り出すことである。これは、世界で未曾有の超高速ブロードバンドの開発を助成して、米国が、将来のアイディア、産業を作り上げ、それを定着させることとなる実験を指す(注3)。
 第3は、米国の子供にディジタルの機会(Digital Opportunity)を与えることである。ブロードバンド利用率を65%から90%超に引き上げることにより、米国のすべての子供たちが高校を卒業するまでに、ディジタルリテラシイ(Digital Literacy)を身に付けさせるようにする。

高速ブロードバンドがもたらす便益
 ブロードバンドをより高速にすることにより、雇用が増し、イノベーションがより進み、経済成長が、より促進される。
 米国ブロードバンド計画は、前進するための地図を明確に描いたものとなろう。これにより、ブロードバンドは、雇用創出、経済成長、知識の拡大、市民参加の拡大、持続的な健康の増進を支える恒久的なエンジンとなる。
 私は、ユニバーサル・ブロードバンドの機会を探求することこそが、共通の目標であると信じる。米国の技術の将来は、われわれが創り上げることができるし、まだ作り上げなければならないものである。


ユニバーサル・ブロードバンドを実現するためにFCCが実施する施策

 前述のGenachowski氏の講演では触れられていないが、他の資料により、米国ブロードバンド計画に織り込まれることが確実になっている諸施策を次に紹介する。

緊急時保安対策用ワイアレス全国ネットワークの構築(注4)
 2001年9月11日の集団テロ事件以降、緊急事態に迅速に対処できる緊急時保安対策用ネットワークの必要性が指摘されてきたが、実現に至らなかった。
 FCCは、ブロードバンド計画策定の機会に、10年の期間を掛けて、懸案のネットワーク(Nationwide Public Safety Network)を構築する。資金所要額は、120億ドルから180億ドル。

ワイアレスの周波数不足解消対策(注5)
 今後、ワイアレス・ブロードバンドの急激な進展とともに、その周波数が大きく不足する。周波数不足解消のための施策として、FCCは "Mobile Future Auction" を提案する。この施策は、現在、周波数が余っている周波数利用者(典型的な例はTV業界)の周波数をオークションにより周波数を求めるユーザに提供させるというものである。オークションにより得た収入の一部は、周波数提供者に還元する。

USF基金(ユニバーサルサービス維持のための補助金)(注6)
 この基金は、固定電話のユニバーサル・サービスを保持する目的のために設定されているものであるが、2012年から逐次、この基金(80億ドル程度)をブロードバンドのユニバーサル化保持の目的に振り替えていく。


FCCの米国ブロードバンド計画に対する賛否両論

 米国ブロードバンド計画は、まもなくその全貌が明らかになる予定であるが、発表の前から、通信・IT、社会、経済、投資活動等々米国の諸分野に深甚なインパクトをもたらす可能性があるこの一大事業に対する利害関係者の関心はきわめて大きく、すでに、大量の賛否両論の意見がネットを駆け巡っている。以下に、その一部を要約する。

賛成論
 FCCのGenachowski委員長が打ち出した“10年間で米国世帯の90%に100メガビットのブロードバンド提供を可能にする”という、一見実行不可能と思われる壮大な計画は、予想以上に業界、利害関係者から評判が良い。
 AT&T、Verizon、Comcast等のブロードバンド提供事業者、ワイアレス事業者(AT&T、Verizonのほか、SprintWireless、T-Mobile USA、Frontier Broadband、Century Link等の中堅電気通信事業者も、ルーラル地域のブロードバンド普及率向上のため、多額の政府資金が提供されると見込まれるので、FCC のブロードバンド構想には、諸手を挙げて賛成である。
 ブロードバンド計画は、米国政府による莫大な投資計画であるから、この計画に通信事業者が賛成するのは、当然であるが、これら業者は、10ヵ年計画の達成におおむね、楽観的であるからでもある。
 目標の質的部分の100メガビットは、米国で提供されているブロードバンドの速度が、おおむね、数メガビットから、せいぜいで数10メガビットである現状からすると、到底、到達不可能な数字であるかのように見える。しかし、Verizon、Comcastは、それぞれ、ネットワークの刷新により、近々、100メガ台のサービスを提供する予定であるし、ネットワークが4G時代に突入すると、10年後に100メガビットのブロードバンドの実現を目標とするのは、決して、無理な予測とは考えられないという(注7)。
 目標の量的部分、10年後、90%の世帯米国世帯への高速ブロードバンド普及の可能性については、次図を見ていただきたい(注8)。

 この表からするとブロードバンド・インターネットは、2000年8月の4.4%から、2009年10月の63.5%まで着実に、しかも、2000年代の後半につれて、スピードを早めて成長している。この推定を将来の年次にトラポレイトすれば、ブロードバンド・インターネットは、2020年末には、優に90%の水準に到達するであろうと考えられる(注9)。

反対論
リアリストの目から見た財務面、収支面から見た実行不能論
 上記の賛成論は、現実のデータをベースにし、冷静な分析を加えて導き出した結論に依拠するというよりも、多分に、楽観的に過ぎる将来の技術進歩によるブロードバンドスピードの増大、ブロードバンド構築のコスト節減、さらに“為せばなる”の精神論をも、自らを励ますアペリティフに活用しているように思えないこともない。
 すでに、幾人もの論客がネット紙上で活発な論説を発表している。煩雑なので、詳細な紹介は避けるが、たとえば、Computerworldに寄稿したGrant Gross氏は、(1)2009年の後半期に当のFCC自体が、全国ブロードバンド網の構築には、その速度に応じ、200億ドルから3,500億ドルの投資を要するとの見積もりを行っていた。上限の3,500億ドルのコストは、まさに、100メガヘルツ帯についての見積もり金額であった。FCCは、90億ドルで(周波数帯の売却資金を考慮に入れる)全国網を構築できると称しているが、その資金量では、到底、ネットワーク構築はカバーできない(2)同様に、(1)の問題は、ブロードバンドの料金設定と有効需要が創出できるかいなかの問題を提起する。
 現在、ブロードバンドサービス需要の伸び悩みは、不況下にあって、多くの世帯が、ブロードバンドを高嶺の花だと考えているところに、大きな原因があるのだが、FCCの施策では、この難問に対処できるように思われない(注10)。

FCCによるブロードバンド規制、オープンネットワークの規則設定に対する反対
 事業者たちがFCCのブロードバンド計画に諸手をあげて賛成しているのは、FCCが事業者の業務に干渉せず、ましてや、規制を強化することがないということを前提にしてのことである。事実、FCCに、事業の業務運営に干渉しないよう強く、牽制球を投げている。
 具体的には、第1は、FCCが規則制定を望んでいるオープンネットワーク(FCCは最近、従来使用してきたネットニュートラリティに換えて、オープンネットワークの言葉を使っている)を、軽微なものにとどめてほしい(たとえば、すでにFCCが提案しているように、ユーザへのサービス内容の周知、徹底を求めるとか)と考えている。第2に事業者たちが最も恐れているのは、ブロードバンドサービスに対する規制である。換言すれば、前FCCのMartin委員長は、ブロードバンドサービスを "情報サービス" と位置づけ、原則的に規制を撤廃した。現在もこの体制が続いている。これを変更しないでほしいということである。
 Gunachowsi氏も、彼の下で働いているFCC官僚もこの件について明言を避けている。
 しかし、ブロードバンド報告書に折り込まれたほどの大仕事をFCCが規制なしでやりうるはずがない。筆者は、FCCが多分、"ブロードバンド" の法的位置づけの変更をも含めた規制強化策を打ち出すものと見ている(注11)。


(注1)筆者は、2010年1月末に発表されたFCCの中間報告を一読して、FCCブロードバンド報告が、当初から、利害関係者の思惑を斟酌した妥協的なものになるのではないかを危惧したが、これは杞憂であった。
2010年2月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「FCCのタスクフォース、米国ブロードバンド計画の中間報告を発表」
(注2)Genachowski氏の講演は、Broadband gov.blog(米国政府のブロードバンド計画の進行状況を掲示するFCCのブロッグ)の2010.2.17付け、"America 2020 Broadband Vision" によった。
(注3)すでにグーグルは、ワイアレスにより1ギガのブロードバンドを開発しており、これの試行サービスを開始すると宣言している。FCCの勧告は、一部、このグーグルの先端的な行動に触発されたものである。
(注4)2010.2.25付け、 "FCC Chaiman: Congress Should Pay for Public Safety Network."
(注5)2010.3.3付け、FCCのプレスレリース、"FCC Comissioner Michael J.Copps Remarks to the joint center for political and economic studies media and technology policy forum national press club Washington,DC March 3,2-10."
(注6)http://online.wjt.com, "Broadband Plan calls for up to 25billion in new spending."
(注7)2010.3.10付け、http://news.cnet.com, "100Mbps broadband may be closer than you think."
(注8)"Digital Nation 21st Century America's Progress Toward Universal Broadband Internet Access An NTIA Reserch Preview February 2010." P4
(注9)このような説明を筆者が読んだわけではない。ただ、多くの論者は、この表から、筆者と同様の予測をするだろうと考え、紹介した。
(注10)2010.3.12付け、http://www.computerworld.com, "FCC's national broadband plan:what's in it?"
(注11)2010.3.3付け、http://washingtonpost.com, "FCC Chairman Genachowski confident in authority over broadband,despite critics."


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