2009年12月3日、ComcastとGEは、GE傘下のメディア会社、NBC Universal(以下、NBCUと略称)を両社の合弁会社にして、Comcast、GEが、それぞれ、その資本の51%、49%を取得することで合意した。この合意には、将来、Comcastがさらに、GEが取得するNBCU株式49%を買い取り、同社を完全合併する条項が含まれている。
Comcastは、1964年、同社の先代の会長、Ralph Roberts氏が数千の加入者しか有しない零細ケーブルテレビ会社の創設からスタートし、今日、米国最大のケーブルテレビ会社にまで成長した企業である。Ralph Roberts氏は、長男のBrian Roberts氏に会長兼CEOの座を譲っているが、87歳の今日なお、息子の指南番であるらしい。今回のNBCU経営権取得の合意が最終段階に達した2009年7月、同氏は、GE会長兼CEOのJeff Immelt氏と堅い握手を交わした(注1)。同氏人生の最高の瞬間であったであろう。
今回の合意は今後、FCC初め規制機関の承認を得なければならないが、幾つかの条件は付されるにせよ、否認されるとは考えらない。多分、1年から1年半後には正規の契約調印を経て、実施に移されるものと思われる。
メディア業界のみならず、IT業界、通信業界に大きなインパクトをもたらす今回の両社合意がもらすインパクトは、きわめて大きい。
本論では、ComcastとGEの合意の概要、およびその意義等について解説する。
ComcastがNBC Universalの経営権を取得するについての同社とGEの合意概要
2009年12月3日、ComcastとGEがNBCUの資本参加について合意した概要は、次の通りである(注2)。
- ComcastとGEはそれぞれ、NBCUの株式の51%、49%を取得し、合弁会社を設立する(現在、NBCUは、GE、Vivendi(フランスのメデイア会社)がそれぞれ、80%、20%の資本を持つ合弁会社である。GEはすでに、Vivendiから、同社のNBCU株式20%のすべてを58億ドルで取得することで合意済み)。NBCU事業の評価額は、300億ドル。
- Comcastは、上記合弁会社に、自社のコンテンツ、プログラミング関係の事業をすべて移管する(評価額72.5億ドル)。移管する事業は、ケーブルネットワーク(この名称は誤解を招きやすいが、ケーブルネットに番組を配送する事業を意味する)、その他デジタル関連の資産等である。Comcastの本体であるケーブルテレビ事業、インターネット事業、音声電話事業はComcastに残る。さらに、Comcastは、NBCUに現金65億ドルを拠出する。
- GEは、合弁会社に現NBCUのすべての事業(幾つものケーブルネットワーク、
娯楽テレビ・映画に関する事業、テーマパーク等)を移管する。同社はまた80億ドルの現金を得る。この金額の大半は、ComcastにNBCU株式51%を売却する対価である。
- Comcastは、NBCUの経営権を取得する。しかし、経営権取得後の合弁会社のCEOには、NBCUの現会長兼CEO、Jeff Zucker氏が就任する。Zucker氏は、ComcastのCOOであるSteve Burkeに報告する。また、Comcastには、他部門(ケーブル事業部門、インターネット部門等)と対等の地位に立つ新NBCU対応の組織Comcast Entertainment Group)が設立される(Jeff Zucker氏が現在の地位を保持できるのは異例のことであるが、上述のとおり、Comcast本社側にお目付け役ができることからして、新NBCUにおける同氏の経営面での自由度はさほど高いものだとは考えられない)。なお、新合弁会社の役員は、Comcast、GE双方からそれぞれ3名が派遣される。
- GEは、新合弁会社設立後3年半後に持ち株の半数を、また、7年後には残余の株式を売却することができる。
ComcastによるNBCU経営権獲得の意義
ComcastによるNBCU経営権取得に関するGEとの合意は、放送・メデイア・通信業界にとって、きわめて大きな意義を有する。
今回の合意により、まず、大きなメディア企業が誕生する。さらにComcastは、かねてから、TIME Warner社とともに、"TV Everywhere"(ケーブル会社のVideoをインターネット上でも見ることが出来るようにすること)を推進している。合意実現によるケーブルチャネル事業の充実は、この目的のための必要不可欠な前提条件であったと見ることもできる。
以下、この両面から見た合意の意義を考察する。
大総合メデイア会社の形成、Videoの製造・プログラミング・配送の垂直統合会社の実現へ
現在、Comcastは、米国最大のケーブルテレビ会社(加入者数2380万)である。特に、ここ数年来、高速ケーブルモデムによるブロードバンド回線を利用してのインターネット分野への参入に成功しており、この領域で、巨大電話会社AT&T、Verizonを凌ぐ実績を収めている(加入者数1530万)。このインターネット回線を使っての音声通信サービス加入者の増加も著しく、現在、その加入者数は740万に達しており、今や、Comcastは、AT&T、Verizonに次ぐ米国の音声サービス事業者となっている。
ところで、上記のVideo配送、インターネットサービス、音声サービス提供の業務は合弁会社に移管されず、Comcast本体に残る。合弁会社に移るのは、1ダースほどもあるケーブルネットワーク(ケーブル会社が提供するVideoサービスのコンテンツを提供するサービス)が主体である。
これに対し、NBCUは、主事業である放送事業のほか、Comcastより勝るケーブル
ネットワーク、さらに、2つのテレビステーション、テーマパーク等も有しており、総合メディア会社であるといってよい。
上記両社が合併することにより、資本金約280億ドルの一大メディア、娯楽会社が出現する。メディア王、Murdock氏のNews Corpの資本金が230億ドルであるから、ほぼこれに匹敵する規模である。因みに、米国最大のメディア会社、Walt Disneyの資本金は、570億ドルである。
ComcastがNBCUに眼を付けた真の狙いは、ソフトビデオの充実
NBCUは、ともすると3大放送会社(他の2社はABCおよびCBS)に属する。従って、今回の合意をもって、Comcast、ケーブルテレビの運営で満足せず、TV会社の経営に乗り出すつもりなのかと考えたくもなる。しかし、実のところ、米国では、新聞、雑誌と並び、旧来のTV放送会社は、今や斜陽事業である(実は、わが国の実情も同様であるが)。これに対し、利益率の高いのは、ケーブルネットワーク事業であって、NBCUキャッシュフローの82%は、この事業から生み出されている。Comcastが眼をつけたのも、正にこのケーブルネットワーク事業なのであって、NBCUの本来の事業、テレビ放送はお呼びではなかったのである。
この点について、Comcastの会長兼CEOのBrian Roberts氏は、"NBCUの成長率が高く、高収益を上げているケーブルネットワークは、当社の主事業であるVideo配送事業を大きく補完してくれる" と述べている。
"TV Everywhere" 戦略実行のための強力な布石
Comcastは、2009年6月に、Time Warnerと共に、“TV Everywhere”構想を打ち出し、それぞれのインターネット加入者に対し、Videoアクセスを可能なものにするよう、提携を結んだ。
この構想は、インターネット加入者だけでなく、携帯電話利用者へのアクセスも視野に入っている。しかし、携帯電話は、周知の通り、ケーブルテレビの最大の競争相手であるVerizon、AT&Tの金城湯池であって、この分野への浸透は容易ではあるまい。
Comcastは、2009年12月15日、Time Warnerに一歩先んじて、自社のVideo加入者に対し、インターネット使用を契約した場合は、ビデオを無料で見ることができるXfinityサービスを開始した。インターネット加入者獲得の戦略として考えるとDual Play(ケーブルテレビ+インターネット、PCテレビ)の拡充と見ることもできる(注3)。
Videoソフトの充実を目的として、合意された同社によるNBCUの支配権獲得が、ComcastのTV Everywhere作戦に大きく貢献することは、間違いない。
Comcastの果敢なNBCU獲得行動についての批判
今回のComcastによるNBCU経営権獲得についての同社およびGEの合意について、合意当事者は、諸手を挙げて、この合意のメリットを自画自賛している。たとえば、Comcast経営傘下に入っても、引き続きNBCUの経営責任者になることが確定したJeff Zucker氏は、“今回の合意は、NBCUに取り、新時代の始まりを意味する。わが社のすべての消費者は、今回の取引の結果として新規のまた、改善された形で提供される高品質の製品からの利便を受けることになろう" と述べている。
しかし、米国のメディアはComcastが果たしてNBCU社のVideoコンテンツを取り込むことにより、同社、消費者のメリットになるかをおおむね疑問視している。
ひとつには、2001年6月、鳴り物入りで、その成果が喧伝されたTimeWarnerとAOLの巨大メディア会社2社統合の失敗がある。周知の通り、両社は、主として両社の社風の相違が災いして、その後、分離するに至り、AOLはもはや、昔のような力はない。また、TimeWarnerにしても、旧来のメディア界の王者の管理が失せ、Comcastのような新興メディア企業に押されている。以来、メディア企業の合併は巧くいかないという見方が定説になってしまった。
さらに、コンテンツ会社を統合して、寡占化の状況に置くと、ただでさえ俗悪な番組提供に傾きがちなVideo番組が、ますます劣悪になってしまうという消費者サイドからの真剣な反対論もある。
ある論者は、第1に、強力なコンテンツ業者の出現により、Video配信業者(いまや、Verizon、AT&Tも大手のVideo配信業者である)は、Video料金を吊り上げられ、これを消費者から徴集しようとするので、結局、消費者は、高いVideo使用料を払わされると指摘する。この論者は、さらに、Comcastがすでに、展開を着手したTV Everywhereサービスについて触れ、同社は、必ずや、このサービスの一部コンテンツを排他的に自社加入者向けだけに配送するであろから、結局、消費者は、好みのVideoを見るため、ComcastのDouble Play契約に加入せざるを得まいと論じている(注4)。
FCCはもちろんのこと、一部議員も、今回の合意には関心が強い。
FCC民主党長老委員のCopps氏は、声明を発表し、"すべての市民が、この問題には利害を有している。FCCの審理に当って、指針とすべきなのは、公益だ“と述べている。
また、議会でも、幾人もの議員たちが、この案件について、公聴会を開催すべきだとの意見を出している。従って、ComcastのNBCUへの経営参加の案件が規制機関により、クリアされるまでには、かなり期間を要するのかもしれない(注5)
(注1) | 2009.12.6付け、Time Online、"Comcast's cable guy Brian Roberts tries to turn into a media king." |
(注2) | 2009.12.3付け、http;//Hartford.dabusinessnews.com、"Comcast and GE to Create Leading Entertainment Company." |
(注3) | 2009.12.15付け、USA Today、"Comcast puts cable TV on the Internet for its subscribers." |
(注4) | 2009.12.8付け、The Philadelphia Inquirer、"Comcast-NBCU merger could hurt consumers." |
(注5) | 2009.12.4付け、The New York times、"G.E Makes it Official : NBCU Will Go to Comcast." |
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