データリソース社は、21年度、財団法人機械振興協会経済研究所からの委託により、「クリーンエネルギー変換技術としての圧縮空気技術の課題と展望調査」を実施し、エア・カーの開発状況と普及の課題をとりまとめました。
DRレポートで、その内容の一端を報告致します。
エア・カーの性能
(1)エネルギー効率
空気を圧縮すると、熱くなります。熱くなった空気を常温まで冷やすと、圧力が下がります。1気圧まで下がるわけではなくて、例えば、空気の体積が半分になるまで圧縮して常温に戻すと、2気圧になります。中学の理科で習うボイルの法則です。
さて、このとき、圧縮するのに使ったエネルギーはどこへ行ったのでしょうか。
理想気体の内部エネルギーは、モル数と温度で決まり、圧力や体積には関係しません。体積半分、気圧2倍にしても、温度が同じなら、内部エネルギーは変わりません。高校の物理で習います。
結局、圧縮に使ったエネルギーは、空気を常温に冷やすときに、全て熱となって環境中に放出されることになります。
以上のことから、「圧縮に使ったエネルギーが100%熱になって逃げてしまうのだから、圧縮空気がエネルギー源になるわけがない」という誤解をされる方もいます。
しかし、この考えは誤りです。圧縮された空気は、膨張するときに、外部に対して仕事をすることができます。膨張仕事の最大値を、「圧力エクセルギー」と言います。大学で教えています。
圧縮に必要なエネルギーのうち、どれくらいを「圧力エクセルギー」に変えられるでしょうか。理想的な圧縮(等温圧縮)では、100%です。圧縮に使ったエネルギーの100%が、「圧力エクセルギー」として圧縮空気に蓄えられ、同時に、同じく100%が熱エネルギーとして環境中に放出されます。エネルギー保存則に反しているわけではありません。
理想的な圧縮−膨張サイクルでは、エネルギー効率は100%です。圧縮に使ったエネルギーの100%が仕事として取り出せます。
既存の技術では、ピストン型空気圧縮機の効率が50%、圧縮空気エンジンの効率が40%、掛け合わせてサイクル効率20%程度のエネルギー効率になります。
この値に火力発電の発電効率とかけあわせると、Well-to-Wheelで10%程度のエネルギー効率になります。ガソリン車も、Well-to-Wheelのエネルギー効率は10%程度です。
つまり、ガソリン車も、エア・カーも、エネルギー効率はあまり変わりません。
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図1 電気自動車とガソリン車のエネルギー効率 (出典:日本経済新聞、2008年12月14日、11面(慶應大 清水浩教授試算より)
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図2 圧縮空気自動車のエネルギー効率 (出典:データリソース社試算) |
(2)エネルギー密度
圧縮空気にはあまりエネルギーが蓄えられそうにない印象があります。実際、そのとおりなのですが、具体的に計算してみましょう。
仮に、300気圧、300リットルの高圧タンクがあるとします。この中の圧縮空気が持つ「圧力エクセルギー」は、37メガジュール(10.4kWh)です。空気の重量は約100kgです。圧力タンクの重さを、仮に50kg程度とすると、圧力タンク込みの重量エネルギー密度は、70Wh/kg程度となります。
電気自動車に搭載されている二次電池と比べてみましょう。例えば、三菱自動車のiMiEVには、重量200kgのリチウムイオン二次電池(バッテリー)パックが搭載されていて、バッテリー容量は16kWhです。重量エネルギー密度を計算すると、80Wh/kgです。
上の数字を比較すると、圧縮空気よりリチウムイオン電池の方が、少しエネルギー密度が高いように見えます。しかし、そうではありません。
圧縮空気は使えば使うほど、軽くなります。100%充填状態から0%まで使いきるとすると(現実には少しタンクに残るのですが)、走行中の平均重量エネルギー密度は100Wh/kgとなります。リチウムイオン電池は、放電が進んでも重量は変わりませんので、平均すると、iMiEV搭載のバッテリーよりも、圧縮空気の方が、重量エネルギー密度は高くなります。
圧縮空気には、二次電池よりも優れた点がまだあります。たとえば、二次電池は残量がはっきりとは分かりませんが、圧縮空気は、残量が非常に正確に分かります。また、圧縮空気は高速充填が可能ですし、充填−放出サイクルを繰り返しても、高圧タンクは劣化しません。もちろん、価格も二次電池と比較すると圧倒的に安いです。
自動車に搭載するエネルギー蓄積媒体として、二次電池より圧縮空気の方が優れている点があるというわけです。
(3)走行距離
以上みてきたように、エア・カーは、エネルギー効率はガソリン車並み、エネルギー密度は電気自動車並みなのですが、整理すると次のようになります。
- ガソリン車は、エネルギー効率が低く、エネルギー密度が高い。
- 電気自動車は、エネルギー効率が高く、エネルギー密度が低い。
- エア・カーは、エネルギー効率が低く、エネルギー密度が低い。
エネルギー効率もエネルギー密度も低いエア・カーは、いったいどれくらいの距離走れるのでしょうか。
MDI社のAIRPodは、スペック上は走行距離が140-200kmです。案外よく走ると思われる方も多いと思います。走行距離が長い主な理由は、車体が軽いことから来ます。スペック上は車体重量が220kgということで、1トン程度ある電気自動車と、同じくらいの距離を走ることができます。
MDI社がスペック値を満たす製品を開発できるかどうかはまた別の話ですが、84リットル・200気圧のタンクを積んだ重量460kgのプロトタイプ車の走行距離が20〜30kmなので、200リットル・350気圧のタンクを積んだ重量220kgの商用車ができれば、200km走っても、そんなにおかしくはありません。
(4)燃費
Well-to-Wheelの燃費(投入エネルギーあたりの走行距離)で比較してみましょう。
MDI社のAIRPodは、100km走るのに必要なエネルギーが2.8kWhだそうです。一方、三菱自動車のiMiEVは100km走るのに10kWh必要です。
両者のエネルギー効率を勘案して計算すると、投入エネルギーあたり、AIRPodは45km走り、iMiEVは33km走ることになります。つまり、エネルギー効率の悪いエア・カーの方が、燃費が良くなります。
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図3 Well-to-Wheelの燃費比較
(出典:http://ecars-now.wdfiles.com/local--files/why:energy-efficient/welltowheel.png にiMiEV及びAIRPodを加筆)
(5)最高速度
エンジンを圧縮空気の膨張速度より早く動かせないという制約はありますが、ギアで増速すればスピードはでます。しかし、以上みてきたように、エア・カーは車体を軽くできることがポイントなので、実用上は、風にあおられない程度の速度が上限になります。例えば、AIRPodのスペック上の最高速度は80km/時です。
エア・カーで高速道路を走るのはあきらめた方が良いでしょう。
効率や性能はそこそこですが軽量で安価なエア・カーは、「高価で重い電池を効率よく運べる」電気自動車と競合可能な技術、と言えるのではないでしょうか。
さて、エア・カーが技術的には可能だとして、いったいどのような用途に使えるのでしょうか。簡単に普及させられるのでしょうか。
(次回に続く)
この事業は競輪の補助金を受けて実施しております。