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EU委員会、新たな電気通信改革方針を確定
 ― EU単一電気通信市場形成の完成に向けて

2009年12月15日号

 2009年11月23日、EU議会は、EU委員会が提案したEU域内電気通信改革方針を採択した。
 本文では、この新政策方針策定の意義およびその骨子を説明する。


EU新通信政策方の意義

 EU委員会は、電気通信の単一市場形成に向けて、1980年代後半から継続的な努力を続け、今日に至っている。1998年1月1日に整備された電気通信市場への競争導入のための各種指令が発出され、EU電気通信市場は、単一化に向けて大きく進展した。EU諸国全域におけるEUのGSM統一規格によるEU諸国における携帯電話の普及、拡大は、その大きな具体的成果であった。
 上記各種指令が発出されて以来、10年余りの年月が経過した今日、EU電気通信市場を巡る環境は著しく変化した。その最大のものとして、強力な電気通信インフラとしてのインターネットの出現と拡大、携帯電話の普及・高度化、インターネット普及に伴ってのプライバシー保護の問題等が挙げられよう。
 今回の新たな改革方針の確定は、このような電気通信市場の変化に対応するためのものであり、今後、次の5件の指令により具体化される。

  • EU Framework Directive
  • EU Access Directive(インターネット・アクセスの拡大、高度化を目的としたもの)
  • EU Authorization Directive(加盟国規制機関がオープンに協議をする組織。 BERECの設立に関するもの)
  • EU Universal Service Directive(加盟国に対し、インターネット・アクセスの分野にまでユニバーサル・サービスの拡大を認めたもの)
  • EU e Privacy Directive(インターネット普及にともなうプライバシーの保護を定めたもの)

 EU新通信改革方針を報じたEU委員会のプレスレリースは、次のように、その意義を高らかに報じている(注1)。
 「EU委員会の電気通信市場改革により、より安価で、良質の通信サービスが提供されることとなろう。また、新電気通信規則を実施に移そうとする努力は、新たに設立されるBERECによる支援を受けるだろう。競争担当のEU委員会委員、Reding氏の言を借りれば、"今回の改革は、EUの電気通信市場が分断されており、EU消費者から、電気通信分野における国境をまたがった競争の利益が不在であるという問題の核心を突くものである。"」
 1998年における前回のEU通信改革は、おおむね、米国FCCの競争政策を踏襲 したものであった。これに対し今回は、少なくとも規則制定作業について、幾つかの分野で、EU委員会の方が米国のFCC規制より先行し、また斬新な規制内容(たとえばプライバシー保護)を折り込んだように感じられる。
 しかし、今回のEU電気通信改革政策がEU委員会の指令に折り込まれるのは、2010年7月ごろである。さらに、その内容が実施に移されるのは、加盟各国がそれぞれ、EU指令に基いて国内電気通信法規を整備した後のこととなる。EU委員会は、国内法整備を指令発行後、18ヶ月以内としているから、EU規制改革が加盟国に浸透していくのは、2013年初頭以降のことになろう。
 総じて新規制は、消費者保護の点で、かなり行き届いた内容となっている。それだけに、業者に対しては、多くの負担が掛かるものであり、加盟各国での、この規制内容の国内法規化の段階、さらには実施履行の段階で、なお多くの問題が生じることは確実である。


EU新通信改革の概要 − EU議会、理事会、EU委員会の合意内容から

 以下、EU委員会、欧州議会、欧州理事会が締結した新通信改革についての合意の概要を掲げる。(注2)。細かすぎる内容、詳細過ぎる説明は省略したが、大綱は紹介したつもりである。

1.迅速なキャリア変更の権利を保障
 ユーザは、固定キャリア、携帯キャリアのいずれに対するものでも、申し込んでから作業日1日以内に 現番号持込で(すなわちナンバー・ポータビリティにより)キャリア変更ができる。
2.ユーザの一層良質な情報取得
 ユーザは、加入するサービスの内容、そのサービスによって何ができ、何ができないかについての知識が得られるようになる。契約約款には、最低限のサービス品質水準、この水準が達成できなかった場合の賠償、払い戻しについての情報が記載されなければならない。加入者のオプションは、電話帳に明記されねばならない。また、キャリアは販促に当っては、これに伴う、制約条件も明示しなければならない
3.新インターネットの自由条項によるインターネットアクセスについての市民の保護
 電気通信網を通じてのインターネットへのアクセス、インターネットの利用、アプリケーションに関する加盟諸国のいかなる施策も、EU協定、EU法で保障された市民の基本的権利と自由を尊重しなければならない。この趣旨は、新通信規則に明記される。
 特に、無知の推定、プライバシーの権利は、尊重されなければならない。インターネット・アクセスに関し加盟国が行ういかなる施策に対しても、市民は、公正かつ不偏の訴訟審理を受ける権利を有する。
4.開放的かつ一層ニュートラルなネットの保証
 ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)は、ネットマネージメントにより、様々なデータ伝送を差別化し、特定の伝送サービスの品質を耐えられない程度まで下げたり、特定の利用者の支配的地位を強化することすらできる力を持っている。このような権力行使をさせないよう次の趣旨の規定を設ける。
EUの消費者が、競合しているISPの選択肢を広げることができるようにする。
"ネット・ニュートラリティ"、"ネット・フリーダム" を促進するため、伝送サービスの最低品質を定める権限を加盟国規制機関に与える。
 契約締結以前に、ISPはトラヒック管理技術、トラヒック管理がサービスに及ぼすインパクト、その他の制約条件(接続スピードの上限等)を含むサービスの内容についての情報を加入者に通報すること。
 なお、EU委員会は、インターネット・ニュートラリティーの原則が遵守されているかどうかを確認するため、監視を行ない、その状況をEU議会、管理委員会に報告する。
5.個人データ情報侵害、スパム(迷惑メール)からの消費者保護
 新通信規則は、EU市民のプライバシー保護の優先順位を高くする。
 電気通信事業者、ISPの顧客の氏名、Eメール・アドレス、銀行口座の情報が偶然あるいは、故意に悪人どもの手中に入るようなことがないようにする必要がある。 
 事業者は情報に蓄積、処理に伴う責任を負わなければならない。このため、新規則は、個人データ処理違反の件数を通告する義務を課する。すなわち、電気通信事業者は、規制機関、顧客に対し、個人情報に影響を与えるセキュリティー侵害を通告しなければならない。
6.緊急サービスへのアクセスの拡大、改善
 緊急サービスへのアクセス要件を従来の電話から、新技術によるサービスにまで、拡大する。また、発信人の位置情報を緊急機関に通報する事業者の義務を重くする。上記を規定した通信規則により、緊急サービスに対するEU市民のアクセス改善が保証される。
 さらに、身障者に対する緊急サービスのアクセスは、異なった方法によるものの、健常者と同一水準のレベルまで、引き上げる。
7.加盟国電気通信規制機関の独立性強化
 加盟国政府による当該国規制機関に対する日常業務への干渉は、排除される。また、規制機関の長の恣意的な罷免に対する保護規定も定める。これにより、加盟国電気通信規制機関の独立性が強化される。
8.BERECの創設(注3)
 新規則では、BEREC(Body of European Regulators for Electronic Communications)を創設する。現在、EU加盟国の電気通信規制機関が非公開の場で、EU全体の規制問題を討議し、調整する緩い連合組織は存在する。新組織は、その活動をより組織化し、実効あるようにする目的で設立されるものである。
 BERECの決議は、加盟国規制機関が通告した規制措置についてのEU委員会の分析に関する案件については、単独過半数で、また、その他の案件については、3分2の多数決により、有効となる。
 BERECの創設は、単一EU電気通信市場を実現するための重要な手段に他ならない。
9.電気通信市場に対する事業者の矯正措置についての新たなEU委員会の発言権
 EU委員会は、加盟国規制機関が通知する規制についての矯正措置について、監督権を有する。
EU委員会は、BERECと共同して、加盟国規制機関が通知する規制についての矯正措置の草案が単一市場の障害になると考えた場合には、この草案の修正あるいは撤回を勧告することができる。
EU委員会は、EU諸国全域において、矯正措置の実施について、差異が長期にわたり継続した場合は、勧告あるいは、指令の形で調和(harmonaization)を図る措置を取ることがありうる。
10.競争上の問題を克服する手段としての業務の分割
 加盟国規制機関は、新規則により、最後の矯正手段としての電気通信事業者の業務分割を強制しうる手段を有する。
 業務分割は、市場の競争促進を加速するとともに、新ネットワークへの投資のインセンティブの効果を維持することができるものである。
11.EU市民全員に対するブロードバンド・アクセスの加速
 EUのルーラル地域においては、現在、ブロードバンドにアクセスできる市民の比率は70%に過ぎない。新規則では、無線周波数管理を改善し、ファイバー、インフラの敷設のコストが高い地域におけるワイアレスブロードバンドを効率的に利用することにより、また、狭帯域だけでなく、広帯域インターネットアクセスのユニバーサル・サービスをも認めることによって、加盟国の "ディジタル・ディバイド" の克服を支援する。
12.次世代アクセスネットワークへの競争、投資の促進
 次世代アクセスネットワーク(内容的には、EU諸国で通常使われているADSL方式に対し、導入の初期にある光ファイバー、ワイアレスによる高速アクセスネットワークを意味する)の重要性を再確認するとともに、リスクを勘案して、このネットワーク投資の見返りを確実にするような措置を取る。


(注1)2009.11.13付け、EU委員会プレスレリース、"EU telecoms reform-one market for consumers."
(注2)2009.11.24付け、EU委員会プレスレリース、"Agreement on EU Telecoms Reform paves way for stronger consumer rights, an open internet,a single European telecoms market and high - speed internet connections for all citizens."
(注3)BEREC創設の経緯は、Viviane Reding氏(現競争担当EU委員会委員)の活動と切り離して語ることはできない。彼女の主張は、EU単一電気通信市場形成のためには、加盟国の個別の規制機関を指導し、これら加盟国の規制について拒否権を行使できるいわゆる「凡EUスーパー規制機関(pan−Europian superregulator)」を設立すべきであるというものであった。しかし、この構想には、加盟国規制機関からの反対があまりにも強く、辣腕でありため、畏怖の念すら抱かれているReding委員(ルクセンブルグ出身)も妥協し、協議機関的な権限しか有しない組織設立に応じざるを得なかった。
2009.4.2付け、http://www.mobilenewscwp.co.uk, "Marylou: What point BEREC."


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