DRI テレコムウォッチャー


VerizonのSeidenberg会長による固定電話見限り発言 ― その背景
2009年11月1日号

 Verizonの会長、Seidenberg氏は、2009年9月17日、Goldman Sachsが企画した投資家対象の会合の席で、”私は、もう固定電話加入者の減少がいつ止まるだろうというようなことに関心はない“と宣言した。
 同氏はこの他にも、(1)今後、当社はビデオ、インターネット、ワイアレスのパッケージを事業運営の中核にしていく(2)これまで、私は長年にわたり勤務してきたベル系電話会社のしがらみに拘束されてきた。それが重荷になっていたが、今回の宣言によりこの拘束から離脱してせいせいした気分だなどと述べている旨、報道されている。
 Seidenberg氏の宣言は、米国の幾つかのネット紙もおおむね、センセーショナルに報道している(注1)。なお、Seidenberg氏は、この発言を裏付けるかのように、組織の面でも固定電話部門を重視しない方針を固めた。それは、これまで、それぞれ独立事業部門であったBusiness Landline、Consumer Landlineの両部門を2009年末に単一のLandline事業部に統合するというものである。
 もっともSeidenberg氏は、2004年当時から、事業の中核はインターネットとビデオであるとして、この目的達成に向かって邁進していた。この過程において、固定電話に比し携帯電話のウェイトが十分に高くなった現在の時点をとらえ、今回の発言に至ったものである。従って、筆者には、Seidenberg氏の発言は、なんら唐突の感じがしない。
 本論では、Seidenberg発言がどのような背景でなされたかを探るため、いかにVerizonが、これまで主としてルーラル地域の固定電話の売却を実施してきたか、また、どのように、米国のユーザが固定電話離れに向かい動いているかを説明する。


着々、固定電話の売却を進めてきたVerizon−反対の強いFrontierへの大型売却(注2)

表 近年における他事業者へのVerizon固定電話設備売却の実績、予定
固定電話売却の事例売却の概要買取先の破綻状況等
Fairpointへの売却2008年末、Fairpointに、160万の電話回線、23万の高速インターネット回線を売却した。この結果、30万の加入者を有していたFairpointは、事業規模を約6倍拡大し、米国第8位の電話会社となった。Fairpoint社は、システム統合に伴い、料金システムを刷新することを試みたが、これが成功せず、サービスは低下している。また、負債が返せず、現在、破産申請をすべきか否かを検討中である。Fairpoint社がサービスを提供しているメイン、ニューハンプシャー、バーモント3州の知事は、同社に対し、財務問題もさることながら、早急に顧客サービスを改善するよう、勧告している。
Carlyleへの売却2005年、ハワイの電話事業を投資会社、Carlyleに16.5億ドルで売却した。VerizonからCarlyleが引き継ぎ、運営しているHawaiianTelecom Communications Incは、経営不振で、2008年12月に破産申請を行った。その後の状況は不明。
Frontierへの
大幅な資産売却
2009年5月、Frontier Communicationsに14州における電話施設を売却することで、合意。Verizon、Frontier両社による合意は、現在14の各州の公益事業委員会、司法省、FCCからの承認(2010年になる見込み)を待っているところである。しかし、本表上記の2事例が示すとおり、Verizonの最近の設備売却が、買い手側で破綻を招いていること等の理由からして、強い反対行動が起こっている。従って、このM&Aが実施に移されるか否かは疑問視されている。

 ここで、注目すべき点のひとつは、Verizonは、すでに2005年当時からルーラル地域における固定電話事業を継続する意図を放棄し、機会を見て他社に販売する方針を実施に移していたということである。上表に掲げた3件の売却案件(実施済み2件、未実施1件)は、この方針の端的な実行行為である。
 今、一点は、CarlyleにしてもFairpointにしても、Verizonから買収した固定電話事業の運営が失敗し、経営破綻に追い込まれていることである。結果からして、Verizonは巧妙に売り抜けているといってよい。これは、Verizonの交渉力がすぐれているのか、買収した両社の経営力が脆弱であったのか、あるいは、その双方の要因が複合したということであろう。いずれの場合も、サービス低下により、ユーザが被害を蒙っているのであるから、この点について、Verizonが批判を受けるのも止むを得ない。
 現在、進行中のVerizon固定電話事業の13州におけるFrontier売却における両社の契約額は85億ドルである。売却する資産も、480万の電話回線、100万のブロードバンド回線(ほとんどがDSL回線)、これにVerizon社従業員11,000名も移籍するという大規模なものである。Verizonは、この売却が、同社大規模固定電話売却の総仕上げであるとしているし、買い取る側のFrontier(230万加入者を有する)の方も、今回の買収で一挙に事業規模を3倍にし、両社ネット統合のメリットを得ることを期待している。
 両社の合意は、各州の公益委員会、司法省、FCCの承認を得なければならないのであるが、両社の労働組合、一部消費者団体等から、強力な反対運動が起こっている(注3)。
 9月末には、ウェストバージニア州の司法長官Darrell McGraw氏が詳細な理由を付して、両社の合意に対する異議をバージニア州当局に提出した。
 2010年に予定されている州公益事業委員会、司法省、FCCの承認に向けての反対運動は、まだ始まったばかりである。従来の実績、Frontierの財務基盤が脆弱であること、民主党政権の出現により、M&A案件についての審査が厳しくなることが予想されること等からして、Verizonが、果してこの最後の大規模な固定電話資産の売却をやり遂げることができるかどうかに、興味が持たれる。


進行が急ピッチで進んでいる固定電話から携帯電話への移行―見逃せない電話番号持ち運び制の影響

ユーザもキャリアも共に、固定電話→携帯電話への移行を指向
 ユーザが携帯電話を選択しつつある点については、最近、実施されたJ.D.Power社の調査結果が、その状況をよく示している(注4)。
 この調査によると、通常の携帯電話加入者で、固定電話から携帯電話に切り替えたユーザの比率(%)は27%、これに対し、Smartphoneから固定電話に切り替えたユーザの比率は40%に達しているという。
 Smartphoneは、これまで、購入に費用が掛かるという理由で一般需要が喚起されなかったきらいがあるが、Apple3GSが199ドル(8GB対応)で販売されているし、他のSmartphoneの価格も大同小異のものであるから、今では割高感はない。しかも、万能端末であるSmartphoneを持てば、VoIP(アプリケーションの一つ)を利用して、固定電話を廃止することも可能である。最近、米国では、”cut the cord”(コードを切る、つまり固定電話の利用をなくす)という表現が日常会話でよく使われるようになってきたという。Smartphoneは、固定電話に比し、利便性からいっても、料金面からいっても、十分、代替を考えるにふさわしい時期に来ており、それゆえ、上記の調査が示すように、固定電話からの乗り換えが増えている。
 これまで、AT&T、Verizonの両巨大電話会社は、MSO(大手ケーブルテレビ会社)に比し、Triple Play、Quad-Playの現状、将来展望について、さほど大きく喧伝をすることをしなかった。しかし、ネット情報、PCWorldによると、両社ともに、サービスの組み合せ販売を強化し、MSOに反撃を開始するという(注5)。
 同紙によれば、Verizonは、ビデオ、インターネット、音声、ワイアレスの各サ−ビスを組み合わせたQuad-Playサービスを開始し、総通信費を節減したいというユーザの囲い込みを計画中であるという。なお、AT&TはすでにQuad-playを提供中であるが、その成果は定かでない。
固定電話から携帯電話への番号持ち運び制の実施
 上記のように、米国では、特に最近、固定電話から携帯電話への移行が、急ピッチで進んでいるのであるが、この動きには、番号持ち運び制(number portability)により、促進されている面も大きい。また、これまで、Triple Playの構成要素である音声サービスは、固定電話端末によるものであったが、Verizon、AT&Tともに、携帯音声サービスに置き換えたいのではないかとの予想も為されている。
 FCCは、すでに2003年10月末に、キャリアに対し、固定電話、携帯電話のそれぞれについてだけでなく、固定電話から携帯電話についても番号持ち運び制の適用を義務付けている(注6)。
 この制度が固定電話→携帯電話への移行を促した効果は、きわめて大きいと考えられる。米国では、ユーザが固定電話の利用から、携帯電話の利用に切り替えた場合、通話相手になんら通知を要しない。そのユーザに対し、通話を発信する加入者は、元の番号でまた場合によっては、携帯電話に通話をしているのだとの意識がなく用が果たせるという。


(注1)この事業再編は、VerizonでSeidenberg氏に次ぐ地位にあるDennis Stigle氏の退職時にあわせて実施される。Landline Operationの責任者には、すでに、Daniel Mead氏が指名されている。
2009.10.6付け、http://online.wsj.com、"Verizon Merges Wireline Units, Shuffles Ranks.”
(注2)ここでは、次の2つのネット紙を紹介しておく。
2009.9.17付け、http://bits.blogs.nytimes, ”Verizon Boss Hangs Up on Landline business” by Saul Hansell.
2009.9.27付け、http://www.post-gazette.com, ”Are phone land lines fading? ”By David Radin.
なお、Hansell氏は、記事の冒頭に、”Roll over in the grave, Alexander Graham Bell”(Bellさんよ、お墓の中で身をよじってください)と皮肉な感想を洩らしている。周知のごとく、Seidenberg氏は、電話会社に線路工として入社して以来、ベル系会社の階梯を急スピードで駆け上り、様々のM&Aの立役者として、現在の地位を築いた立志伝中の人である。固定電話の接続を最初の職に選んだ同氏にとり、40数年を経た今日、脱固定電話宣言をすることとなったのは、多分に感慨深いことであろう。
(注3)本稿では、主として2009.10.4付け、http://www.nypost.com, ”Making Ivan Seidenberg sweat.”を参照した。
(注4)2009.10.25付け、http://www.tmcnet.com, ”Forty Percent of Smartphone Users Say They Have Completely Stopped Using Landlines for Voice.”
(注5)2009.10.20付け、http://www.pcworld.com, ”Verizon’s Quad-Play Bundle.”
(注6)2003年12月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「全面実施が始まった米国電気通信分野の番号持ち運び制度」


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