DRI テレコムウォッチャー


Net Neutralty6原則の規則化を推進するFCCのGenachowski委員長
2009年10月15日号

 FCC委員長、Genachowski氏は、2009年9月21日、ワシントンのブルッキングス・インスティテューションにおいて、インターネットのありかたについて講演をした(注1)。格調の高いこの講演は、インターネットがこれまで開放されたネットワークであるがゆえに驚異的な発展を続けてきたこと、しかし、最近のネットワークプロバイダの行動からすると、将来、この開放性が縮小されていく傾向が現れている。FCCとしては、この傾向を阻止するための所要の措置を講じる必要があるという趣旨のものであった。この目的のため、FCC委員長は、10月中にインターネットユーザの利益を保護するための調査を開始する予定である旨を明らかにした。
 FCC委員長の提案の結論は、(1)1995年にFCCが定めたインターネット利用の自由についての4項目の原則(2)最近のインターネットプロバイダの動き等から必要となった新たな2つの原則(「コンテントおよびアプリケーションについての非差別の原則」、「ネットマネージメント情報の透明性の原則」)の計6項目の原則をFCC規則にするというものである。
 FCC委員長は、今回、Net Neutralityという単語を一切使っておらず、FCCの意図は、あくまでもユーザの立場に立ってインターネットを最大限、利用しやすいものにするため監視を行うことだと強調している。
 しかし、この案件は特に、2006年、2007年の両年にわたり、その原則を法定化すべきか否かの問題として米国の上院、下院で幾つもの法案が上程され、議論されたNet Neutrality問題についてのFCCの側からの解決案にほかならない(当時、DRIテレコムウォッチャーは、相当の号数を割いてこの問題を論じた。煩瑣であるのでレファランスは省略させていただく)。
 Genachowski氏は、Net Neutralityの案件に内蔵されている利害関係者の対立関係(できるだけ、自由にインターネットの利用条件を定めたいネットプロバイダはNet Neutralityに反対、安く、できるだけ平等の条件で、インターネットを利用したいとするコンテンツ、アプリケーションのプロバイダおよび、一般ユーザは、Net Neutralityによる規制に賛成)を表面に出さず、ユーザの目線からして、インターネットをできるだけ使いやすいものにするとの平易にして、説得力のある論理を展開した。これは、巧妙なレトリックだと評価できる。
 さらに、視点を変えて、この問題を見れば、当初、新規サービスであり、非規制のまま推移したインターネット(ワイアレスによるインターネットを含む)が今や、固定ネットワークに置き換わろうとするほどに成長を遂げている。このような現状からすれば、最小限の規制(FCCは規制でない、監視であるといっているが、これまた巧みなレトリックではある)は止むを得ないとの考え方は、規制を受ける立場にあるインターネットプロバイダ側にも、ある程度、芽生えてきつつあるようである。
 上記のような背景からして、長期にわたり議論されてきたNet Neutrality問題も、ようやく、解決される条件が整いつつあるようである。議会の立法によらず、FCCの規則制定(言葉を変えればFCC規制)によって。
 本論では、FCCのGenachowski委員長の提案、FCC各委員のコメント、この提案がAT&Tに及ぼしたインパクトについて説明する。


Genachowski氏提案の骨子

Net Neutrality第5、第6原則の追加、規則化
 FCCは、Net Neutralityガイドラインにおいてすでに4原則を定めているが(注2)、今回、これに加え、次の2原則を追加する。
第5原則:非差別の原則(non-discrimination principle)。ブロードバンド・プロバイダは、特定のインターネット・コンテンツあるいは、インターネット・アプリケーションを差別してはならない。つまり、これらプロバイダが、自社のネットワーク上で、正当なトラヒックをブロックしたり、あるいは、加入者の家庭からの接続に当り、特定のコンテンツ、アプリケーションを他のコンテンツ、アプリケーションより、優先扱いをしてはならない。また、プロバイダは、特定のインターネットサービスをそのサービスが、自社の類似サービスと競合するからという理由で、不利益な取り扱いをしてはならない。
 この原則は、プロバイダが、理にかなったトラヒックマネージメントを行うことを妨げるものではない。また、ネット上で不法なインターネットの流通を禁じるのは、当然の措置である。Net Neutralityの原則は、適法なサービス、コンテンツ、アプリケーションにのみ適用される。
第6原則:ネットワーク・マネージメント実施についての透明性の原則(transparency principle)。プロバイダは、ネットワーク・アクセス実施に当って、インターネットへのアクセスを透明なものにし、マネージメントに関する資料をできるだけ、開示しなければならない。
 Comcastが、peer-to-peerのアプリケーションに大きな影響を与えるネットワーク・マネージメントをこのアプリケーションのユーザに通知を行わずに実施したことは、ネットワークマネージメントがユーザに大きな影響を及ぼすことを示す好例である(注3)。

FCCは2009年10月中に、この件についての調査告示を発出
 FCC委員長、Genachowski氏は、この件についてのFCC調査を2009年10月中に開始する旨を明らかにしている。新政権の下での行政は、徹底的に民意を吸収して行うことは、Obama大統領の大統領選挙戦での約束である。FCC新委員長も、Obama大統領の意を受けて、この規則制定過程自体を公平、透明なものとし、事実に基づきさらに事実により駆動したものにする点を強調している。

党派別に賛否が分れたFCC委員5名の意見
 この件についてのFCC委員5名の意見を次表に示す。

表 5名のFCC委員の意見の骨子
委員名賛否意見の骨子
Julius Genachowski
(民主)
インターネット・ネットワーク運営の基本原則は、インターネット商用化以来、オープンかつ自由にユーザが利用できるということである。しかし、この原則は、現在、幾つかの挑戦を受けている。10月中に開始が予定されるFCCの調査は、この挑戦に応じるためのものである。
Michael J.Copps
(民主)
FCC委員長の本日の大胆な声明は、インターネットの自由を保護するため、さらに大きな投資をすることを意味する。私は、これに賛同する。
Mignon L.Clyburn
(民主)
FCC委員長の声明は、インターネットが将来にわたって、活力を維持させようとするための規則制定の第一歩である。私は、これに賛同する。
Robert McDowell
および
Meredith A. Baker
(共和)
インターネットを開放的かつ自由なものにしようとのFCC委員長の目標には同意する。
しかし、FCCは、インターネットの統治、ネットワーク管理といった本来、技術の専門家が扱うべき問題に介入しようとしている。これは、従来のFCCのやり方を逆転させる官僚的な手法ではないか。
そもそも、まもなく発出されるFCC調査告示は、事実に基づいたものであるというよりも、最初に結論ありきで、スタートするのではないかを危惧する。われわれは、今後のFCCのアクションが、インターネットの瑣末の問題を取り上げるだけでなく、各インターネットにより、投資、イノベーションがさらに創り出される雰囲気を醸し出して頂くよう希望する。

 上表で、特色的なのは、共和党の両名のFCC委員が、連名で今回のFCC委員長のNet Neutrality政策を痛烈に批判したことである。Baker委員は新人であるから、この意見はおおむね競争原理至上主義的立場から、これまでも、特異な少数意見を提示してきたMcDowell氏が主導したものであろう。この意見は、次項で紹介する共和党委員の批判と通底するところがある。


下院保守党議員連、Genachowski委員長提案に反対

 これまで、Net Neutrality規則(法制化も規制化も)に反対を続けてきた議会の共和党議員たちは、早速、Genachowski氏の今回の提案に反応を始めた。下院での動きを以下に紹介する(上院の動きについての情報は、今のところ得られない)。
 下院では、共和党議員のリーダであるJohn Boehner氏とEric Cantor氏の両名は、2009年10月初旬、Obama大統領に書簡を送り、FCCによるNet Neutrality規則化を中止させるよう要望した。
 両氏は、Net Neutralityによる規制により、インターネット・プロバイダは、投資意欲をなくしてしまい、将来のネットの拡充ができなくなるとの従来からの共和党の持論を再び展開している。また、FCCは、現在、インターネットを抜本的に見直し、効率的なものにする全国計画を実施しているところであり、そのデッドラインは、2010年2月17日と切迫している。この大事業をクリアするために、FCCは、このプロジェクトにすべてのリソースを傾注すべきだとも論じている(注4)。
 さらに、下院の通信・インターネット小委員会の委員長、Stearn共和党委員も、市場競争の現状との関係で、FCC委員長の提案に対し慎重論を唱えた。
 Stearn氏の意見は、インターネットの利用実態を調査した結果、もしも、"市場の失敗" の事実があるのならば、その失敗を是正する範囲内において、FCCがインターネットを規制することもやむを得ない。しかし、市場の失敗の事実がない(裏を消せば、インターネット市場において、競争が機能している)なら、規制の必要はないというものであった。これまで、Net Neutralityに対し、理屈抜きで、民主党は賛成、共和党は反対という風潮がもっぱらであった。市場の実態に即して、Net Neutralityの是非を定めようというStearn氏の意見は、より説得力があるようである。


早くも効を奏したFCC提案の影響 ― iPhoneへの他社のVoIPアプリケーション利用を認めたAT&T

 AT&Tは、2009年10月6日、同社の3GネットワークにおいてiPhone上で他社のVoIPアプリケーションを認める旨、発表し、即日、この旨をApple社、FCCに通知した。
 この発表を行うに当り、AT&Tワイアレス部門の長、Ralph dela Vega氏は、"当社は、顧客の期待、他の端末機器に対し、iPhoneが有している有用性を勘案して、今回の決定を行った" と述べている(注5)。
 AT&Tが一部アプリケーションをいかにブロックしているか、これに対し、FCCがどのように聞き取りをしているかについては、DRIテレコムウォッチャー前号において、多少触れた(注6)。
 AT&Tにしてみれば、9月21日のFCC委員長によるアプリケーション自由化に対する強い姿勢(FCC規則化する)を感知して、これまでの抵抗方針を変換、自ら、他社のアプリケーションを3Gワイアレス網にも受け入れる姿勢を明らかにしたものであろう。
 しかし、Google VoIP、Skype、Vonageといった強豪事業者からの音声収入を減少させることが確実な、このアプリケーション開放措置は、AT&Tにとっては、大きな痛手となろう。


(注1)2009.9.21付け、FCCプレスレリース、"Prepared Remarks of Chairman Julius Genachowski  FCC Preserving a Free and Open Internet: A Platform for Innovation, Opportunity and Prosperity."
(注2)筆者も今回、初めて知ったことであるが、2005年7月、前FCC委員長Martin氏の時に定められた4項目のガイドラインの原型は、前年2004年2月にMartin氏の前任者、Powell元FCC委員長が提案していたものであった。Genachowski氏の前記演説からすると、氏は、4項目ガイドラインをPowell氏が提案した4つの "Internet Freedom" で置き換える方針のようである。
ここで、Powell元FCC委員長が提案したInternet Freedom4項目の表題だけを列挙しておく。
コンテンツへのアクセスの自由(Freedom to Access Content)
アプリケーション利用の自由(Freedom to Use Application)
個人の機器取り付けの自由(Freedom to Attach Personal Devices)
サービス・プラン情報取得の自由(Freedom to Obtain Service Plan Information)
(注3)FCCは、2009年夏、この件についてComcastのネットワーク・マネージメントのありかたを批判し、是正を求めた。2009年9月15日付け、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、ワイアレス通信分野における消費者保護実施についての調査告示を発出」を参照頂きたい。
(注4)2009.10.4付け、http://www.mediapost.com, "GOP: Net Neutrality Rules Will Thwart Broadband Investment."
(注5)2009.10.6付け、AT&Tのプレスリリース、"AT&T extends VoIP to 3G Network for iPhone."
(注6)2009年10月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「AT&TによるiPhoneの排他的販売は継続できるか」


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