iPhoneの快進撃は、2009年第3四半期になってもなお続いている。米国の一部観測筋は、Apple社の今後の増収増益も確実であり、2010年には同社の株価(現在185ドル程度)は235ドルに達するものと予測しているほどである(注1)。上記の予測には、Apple社とChina Mobileとの長期にわたる交渉が現在大詰めを迎えており、Apple社が念願とする世界最大の携帯電話大国、中国におけるiPhoneの販売が早晩実現する可能性が高まったことが、かなり影響しているものではあるが。
ところで、iPhoneサービス提供の発祥の地、米国では、3Gネットワークで使用できるiPhoneの最新機種、iPhone3GSが2009年6月19日に販売が開始された。それ以来、その性能の優秀さが讃えられながらも、(1)明らかにAT&Tのネットワークに起因するサービスの低下、サービスが利用できないこと(2)他のスマートフォンでは利用できる一部の重要なアプリケーションが利用できないこと等の問題が生じている。
2009年8月から9月におけるAT&T側の改善に向けての懸命の努力により、この問題はかなり改善されている。しかし、利用者からの不満は依然として強い。
サービス低下の原因は、明確である。ほとんどのアプリケーションに対応できる万能端末iPhone3GSの登場は、大方のデータ、ビデオの利用が定額料金で無制限に出来る料金制度の導入とあいまって、大量のトラヒックをAT&Tの3Gネットワークに流し込んでいる。その結果、ネットワークが過負荷を恒常的に消化できなくなっているのである。端的に言えば、新サービス実施に伴うAT&Tのシステム・エンジニアリングのお粗末さを示したものというべきだろう。
iPhone3GS端末自体は素晴らしいものであるが、AT&Tネットワークが対応し切れていないことを察知したユーザの多くは、現在、AT&T批判にその矛先を向け、早期にiPhone端末を他の携帯電話キャリアに開放するよう要求している。
そもそも、AT&TによるiPhone端末の排他的契約は、2007年6月にiPhone端末が米国市場に登場して以来、疑問視されてきたものであった。FCCは、かねてから、共和党マーチン委員長の下でも、端末、ネットワークの市場開放(固定端末、固定ネットワークでは、ほぼ実現されているので、実際には、携帯端末、携帯ネットワークが主な対象)を推進してきている。最近、Net Neutralityの実現を目標に掲げたGenachowski氏の下でのFCC当局が、AT&T、Apple両社連合による排他的契約に拒否的なスタンスを取ることは、当然、予想されることである。
今後、AT&T、Apple両社によるこの政策が来年(2010年)以降の契約切れ時点以降も継続される見通しは、きわめて暗いという他はない。
ただ、不況下にあって事業のほとんどすべての分野で、収入が減少、収益率が落ちているさなかにおいて、iPhoneからの収入は大きくAT&Tの事業を支えている。しかも、端末の販売価格をできるだけ安く抑え、コストを毎月の料金から回収して行く企業戦略を取っているAT&Tにしてみれば、コスト回収はこれから始まるところである。2007年から始めたばかりのユーザ囲い込み政策を2年で打ち切られるということは、同社に大変な打撃となりかねない。特に、米国最大のワイアレスキャリアであって、最大のライバル、VerizonにiPhone加入者が大量に流出する可能性は、同社には悪夢である。
AT&Tは、2009年から2010年に掛け総力を挙げ、Apple社、FCC等規制機関を説得、また、サービス改善の努力を傾注して、800万を超えていると見られるiPhoneユーザに対するPR作戦を展開するだろう。
本論では、上記の問題について、より詳しく説明する。
iPhoneサービスに挙げられている苦情の概要
次表に、iPhone3GSサービスに、どのような苦情が挙げられているのか、代表的な事例を幾件か挙げておく(注2)。
表 iPhone3GSに対する利用者の苦情概要
利用者の苦情の種類 | 苦情の概要 |
通話切れ | 苦情の中で、音声通話については、通話切れの苦情が多い。ユーザが報告している通話切れは、想像を超えるものがある。2、3の事例を挙げる。● | 1日のうち、少なくとも5回は通話切れが起こる。場合によれば、1回の通話中に、5回通話切れが起こる場合もある。 | ● | 1回の同一人に対する25分の通話時間中に10回通話切れが起こった。 |
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メール、ボイスメールの遅れ | メール、ボイスメールの遅れも凄まじい。次の事例に示すように、数時間から、数日に及ぶ場合があると報告されている。● | 友人から、私の妻(Blackberry使用)と私(iPhone使用)に同文のメールが届いた。妻には、2分。私へのメールは、13時間掛かった。 | ● | 発信メール、着信メールともに、数日掛かる。ボイスメールは、数週間経って着く場合がある。 |
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サービスが利用できない | 上記は、サービスが細々でも提供されている事例である。そもそも、幾日にも渡って、発着の音声サービス、メールを利用できない苦情も、数多く、申告されている。 |
地域的にまだらなサービス | サービスの劣化には、大きな地域差がある。ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコといった大都市は、深刻である。不思議に、ロサンジェルスは良い。サービス低下が全然、起こっていない地域もある。 |
上記の他、Apple、AT&T連合に対しては、他社が提供している有益なアプリケーションが利用できないと言う苦情もある。
その好例の一つが、GoogleVoIP、今一つは、他社のマルチメディア社のサービスを一挙に利用することが出来る便利なアプリケーション、MMSである。AT&T、Apple両社はこれら2種類のサービスに付き、FCCに対し、一部、トラヒック上、競争上の理由から、サービス提供を遅らせたことを認める答弁をしている。
MMSのサービスは、ようやく2009年9月25日から提供されるようになった。Google Voiceは、まだ、提供していない模様。
iPhone3GSサービス低下の原因とAT&Tの対策
iPhoneサービス低下の原因
では、どうして、AT&Tの3Gネットワークは、その機能が麻痺したのであろうか。
2009年8月末から9月初めに掛けて、AT&Tもジャーナリズムもこの疑問に対する分析結果を発表し始めた(注3)。
原因は、AT&Tが今や800万程度の加入者を有するに至ったiPhone加入者から生じるトラヒックを過少見積りしたのであって、ネットワークは、過負荷に耐えられない状況が続いているということに尽きる。
iPhone3GSは、スマートフォンの一種だとされているが、今や、音声、ビデオ、メールの送受、インターネット検索のすべてを可能にする万能端末である。むしろ、携帯PCを兼用していると言ってよい。iPhoneは当初、特定のアプリケーションのみを搭載するという方針であった。しかし、FCCの回線開放方針に、いちはやく、これに追随する声明を発表したAT&Tの宿敵Verizonの動きに押されて、今や、Appleは、自社直営のアプリケーション・ストアにおいて、有無料により、iPhoneに搭載する大量のソフトを販売している。当然、この端末から発信されるトラヒックは大きく、通常のスマートフォンの2倍に及ぶと見られている。
AT&Tは、同社の3Gネットワークにおけるトラヒックの伸びは、過去2年間、毎年350%の増であり、今後も、この増勢は続くものと予測している。
AT&T、大幅な設備投資により、サービス改善を推進
AT&Tは、将来は新4Gネット網、LTEで対応するが、当面、新技術、HSPA 7.2(名称が示す通り、この技術により、伝送速度は現状の倍、7.2メガになる)を導入することにより、サービスのスピードを速め、トラヒック混雑を解消する方針である。
2009年末までに、サービス低下が著しい6都市(シカゴ、ダラス、ヒューストン、ロサンジェルス、マイアミ、シャルロット)に、この技術を導入する方針である。
2010年末までに25都市に、さらに、2011年までに3Gの90%をカバーしたいとしている。
AT&Tが計画している3Gネットに対する投資金額は、170億ドルから180億ドルと莫大な額に登るが、この経費のうちの相当部分が、サービス改善に当てられる予定である。
AT&Tは、2010年以降も、Appleから、iPhoneの排他的販売契約を継続できるか
AT&TとAppleは、2010年の次期契約改定時までに、現在の排他的iPhone販売協定を継続するかどうかを決定しなければならないが、今のところ、継続は難しいと言う観測がもっぱらである。その理由は、次のとおり。
ユーザの強い希望
ユーザの多くが、iPhone3GSサービスの低下は、AT&Tのトラヒック管理の拙劣から起こったものであって、他社にもiPhone販売を認めることを強く主張している。特に、米国最大のワイアレス事業者であって、AT&Tの最大のライバル、VerizonへのiPhone販売の期待が高まっている。
Appleにとり、排他的販売が有利となると見られる予測
Appleは、現在のところ、iPhone排他契約の継続の可否については、なんらの意思表示もしていない。
現在のところ、米国市場において、Appleは、iPhone販売から巨額の利益を得ているのであるが、これだけAT&Tの排他的販売への批判が高まっていると、このユーザの動向を無視するわけにはいかないだろう。
また、排他的契約の継続の可否は、グローバルな問題ともなっている。欧州主要国の状況を見ると、英国、フランス、ドイツでは、それぞれ、O2(テレフォニカの子会社)、Orange(フランステレコムの子会社)、T-Mobile(Deutsche Tekekomの子会社)がiPhoneサービスを排他的に販売している。しかし、EUは通信市場の徹底的な開放を進めているため、2010年には、上記キャリアは、それぞれ、排他的権利を放棄せざるを得ない模様である(注4)。すでに、フランスの規制当局は、2010年からiPhoneをOrange外のキャリアにも開放する方針を定めている。
このような国際情勢からすると、Appleとしては、2年以上にわたり、iPhoneを共同で販売してきた盟友であるAT&Tとの従来の契約を一応清算し、AT&Tを複数の提供業者の地位に退いてもらう交渉も行いやすくなろう。
Net Neutralityを徹底する方針を打ち出したFCC
2009年9月21日、FCCの新委員長、Genachowski氏は、Brooking Instituteにおいて講演を行い、従来から、FCCの規則に取り入れるべきか否かで、論議が続いていたNet Neutralityに対し、きわめて積極的なスタンスを表明した(注5)。早晩、FCCは、この件に関する調査を開始し、規則化の結論を下す方向に向けての調査告示を發出するものと見られる。
AT&Tは、今後、四面楚歌のなかで、(1)批判を受けているサービスの早期改善(2)排他的サービス提供が、FCC規制と矛盾しない旨の釈明等のPRプロジェクトを推進し、しゃにむに、iPhoneの排他的提供を維持する努力を続けるであろう。
しかし、FCCは、今回のNet Neutrality規則化の方針からすると、AT&Tの上記努力に対し、きわめて冷酷な判断をする可能性が強く、この案件についてのAT&Tの見通しは暗い。
(注1) | アナリストCharlea Wolf氏の予測。2009年9月17日付 http://www.macnewworld.com, "Analysts Set High Bar for AAPL" による。なお、Apple社の最近の業績がいかに好調であるかについては、2009年8月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「Apple社の増収増益決算、IT他社を圧倒 - 需要に追い付かぬiPhone3GS端末」で詳しく説明した。 |
(注2) | 表は、次の2つのネット資料記事から作成した。● | http://www.nytimes.com/2009/09/03, "Customers Angered as iPhones Overload AT&T." | ● | http://blogs.zdnet.com, "UPDATED: "AT&T customers speak out over poor service." |
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(注3) | 最も具体的かつ明快なのは、以下のビジネス・ウィーク・ネットの記事であった。本項の記述は、大方、この記事によった。 http://www.businessweek.com, "Can AT&T Meet iPhone Network Demands?" |
(注4) | 2009年9月9日付け、http://online.wsj.com, "Europe Operators Face Dilemma With iPhone Deal." |
(注5) | 2009年9月21日付け、FCCプレスレポート、"Prepared Remarks of Chairman Julius Genachowski FCC "Preserving a Free and open Internet: A Platform for Innovation, Opportunity and Prosperity." |
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