2009年7月中旬から下旬に掛けて、米国IT各社は、相次いで4月から6月の決算を報告している。激しい競争と不況のさなかにあって、その業績はおおむねさえない。
パソコンのOSで今なお、圧倒的な強みを発揮しているMicrosoft社も、この期の収入、純益は、昨年同期比−17%、−29%と2ケタ台の減収、減益となった。ネット検索でGoogleに次いで業界第2位のYahoo!も減収を続けており、しかも利益率のきわめて低い企業になってしまった。この期、同社の収入は前年同期比−13%、利益は+8%(利益率8.9%)。
増収増益が衰えを見せないのは、広告収入が依然好調な検索エンジン業界第1位のGoogle(収入+2%増、利益+19%増)とApple(収入+12%増、利益+15%増)の両社である。特に、この期、Apple社は2009年6月19日に発売を開始したiPhoneの新バージョンiPhone3GSが爆発的な売れ行きを示し、同社の収入、利益は大きく伸び、収入増でGoogleを抜いた。
Apple社が、iPhone端末により、競争の激しいsmartphone業界に参入したのは、わずか2年前、2007年7月のことであった。当初の端末は、2.5世代のネットに対応しており、3Gネットで利用できないこともあり、また国際市場での利用もさほど進まなかった。しかし、2008年7月、待望の3G対応のiPhone3Gが市場に登場するや、その売り上げは急ピッチで伸び、iPhoneは短時日のうちにsmartphone業界の中で、確固とした地位を占めることとなった。
2009年6月19日、ビデオ、カメラの機能が著しく改善され、Macノートパソコン、Windowのノートパソコンとの共有(ネットテザリング)が可能になった待望の新バージョン、iPhone3GSが市場に出るや、iPhoneの人気はますます高く、新機種登場のつど、Apple社の新製品について、毎回起こる現象であるが、需要に対し供給が追いつかないという現象が、米国のみならず、全世界で生じている。
なぜ、これほどまでにiPhone3GS製品が売れるのか。様々な理由はあろうが、ある米国のジャーナリストは、その利便性を次のように、簡潔に表現している。
"私は、これまで、携帯電話とカメラとiPodを財布に入れ外出していた。これは、いささか厄介なことであった。ところが、今では、iPhoneだけを携えていれば良い(注1)。"
Apple社は、4月から6月までの3ヶ月で、iPhone520万台を販売した。片や、米国におけるiPhoneの専売メーカ、AT&Tは、同時期にiPhoneを240万台駆動させたと称している。してみると、iPhone販売発祥の地である米国における売り上げシェアは、今や、50%を割っている(45.8%)。米国外の諸国におけるシェアの方が高い事態が生じているのである。本文でも触れるとおり、Appleは2009年夏の終わりにでも世界80ヶ国にiPhoneの販売対象を広げる計画であるから、今後、米国のシェアは、一層下がり、この端末の世界商品化が一層進むだろう。
本文では、Apple社の4月から6月期(Apple社では2009年第3四半期)の決算の概要およびその中で、iPhoneの収入、利益が占める地位について説明する。次ぎに、Apple社の急成長が今後は難しいという趣旨のウォールストリート社の記者による論説を紹介する。
なお、米国では、iPhone3GSの一部サービスの品質が、著しく不良であるとして、Apple社から、排他的なiPhoneサービス提供の権利を取得しているAT&Tが現在、大きな批判を浴びているという実態もある。
この件については、2009年8月15日号でAT&T決算の概要を紹介する際に併せて、解説する。
過去最高の業績を示したApple社の2009第3四半期(2009年6月27日までの3ヶ月)決算
Apple社の2009年第3四半期の収入利益は、次表に示すとおりである(注2)。
表 Apple社の2009年第3四半期の収入利益(単位:億ドル)
| 2009年6月27日までの 3ヶ月間 | 2008年6月27日までの 3ヶ月間 |
収入 | 83.37(17.0%) | 74.64 |
営業利益 | 16.72(20.1%) | 13.92 |
純利益 | 12.29(11.46%) | 10.72 |
Apple社の主製品は、Macコンピュータ、iPodおよびiPhoneである。しかし、同社でもっとも新しい製品のiPhoneが、すでに総売上の20%を超える(16.9億ドルで総収入の20.3%)までに成長している。
特に、6月19日に発売し始めたばかりのiPhoneの高次機種、iPhone3GSがApple社の良好な業績にかなり貢献していると見られている。Apple社は、上記3機種別の売り上げ個数と前年同期に比しての増減数のみを発表している(iPhoneの収入は、決算前のコンファランス・コールによるもの)。
Mac コンピュータ | : | 260万(+4%)、収入は−8%減 |
iPod | : | 1.020万(−7%) |
iPhone | : | 520万(+626%) |
上記決算の発表に当り、AppleのCEO、Steve Job氏は、次のように自社の業績を誇示した。
"当社は、これまで、もっともイノベイティブな製品を製造してきており、公衆は、これら製品を歓迎している。今期、520万台のiPhoneを発売でき、また、ユーザが当社のアプリケーション店から15億ものアプリケーションをダウンロードしたことは、喜ばしい。"
iPhone3GSの売り行き等に関する数値(注3)
- iPhone3GSの販売個数は、発売を始めた週末までに100万個超となった。
- iPhone3GSは、現在、18ヶ国で入手できる。本年夏の終わりまでには、利用可能国は80ヶ国になる予定。
- これまでに、Fortune100社のうち20%近くが、10000台超のiPhone3GSを発注している。
- 幾つかの政府機関は、これまでに、25000 超のiPhoneを購入している。
- 300超の教育機関が、iPhone3GSの購入を認めている。
- Apple社は、世界には、80超の国があるといっている。これは、同社がなおも、iPhone 販売相手国の増加を目指していることを示す。
- 現在の低い供給水準では、いつ、iPhone3GSの需給が均衡するか予測できない。しかし、次期決算期末(3ヶ月後)までには、提供国80ヶ国の大半の国で、需給不均衡を解消しなければならないと考えている。
Appleの成長は、今後、ダウンするか、維持できるか(注3)
このように、好調な業績を背景として、Apple株の値上がりも著しい。過去5年間に同社の株式は、年率56%の値上がりをした。一般株式が、低下あるいは低迷に喘いでいる昨今、素晴らしい成果であるというべきであろう。
事実、同社の株式時価総額も今や、1350億ドルに達しており、売り上げ規模が比較的小さいにもかかわらず、米国10位に伸し上がった。世界でも、第19位の時値総額企業となった。
しかし、株価がこれまでの年率とは言わないまでも、年率10%で上がり続けるとしても、資産総額は3330億ドルにも達し、EXXonMobilより資産価格が大きい企業になってしまう。これは考えられない。
ウォールストリート・ジャーナルのBrett Arend氏は、このように前置きした上で、次のような理由により、Appleの高度成長には、今後、抑制が掛かる可能性が強いと指摘する。
まず、iPodは、その機能がiPhoneに吸収されており、その売り上げは今後は減少の一途を辿るであろう。これは、すでに示したように、今期、昨年同期に比し7%の減少を示していることから、明らかである。
次に、Macコンピュータは台数の面では、前年同期に比し、260万(+4%)と一見好調である。事実、大方のPCメーカが熾烈な価格競争の下で、安い機器を市場に出すことに狂奔するのに比し、1000ドル台を割るPCを出していないメーカは、Appleぐらいだろうといわれている。しかし、同社にしても、多少の価格引下げを行わずには済まされず、このため、売上高は、8%減少してしまった。
つまり、今回、Appleが大幅な増収増益をあげることが出来たのは、ひとえに、iPhoneの好調な業績に支えられたからのことである。換言すれば、すでに2009年第3四半期(Apple社の会計年次、一般の社は2009年第2四半期)から、Apple社は、業績測定の観点からすれば、いつのまにか、smartphone端末メーカになっているといってよい。
そこで、Arend氏は、smartphone端末業界が、まことに苛刻な競争の業界であって、たとえ、Apple社がシェア争いにおいて、今後も有利な地位に立つとしても、これまでのような利幅が得られるかどうか、すなわち、大きな利益を生み出すことが出来るかどうかに、疑問を呈しているのである(注5)。
(注1) | http://www.dayly/texanonline.com, "Apple gadgets entice despite economic woes." |
(注2) | 本稿は、2009年7月21日付け、Apple社のプレスレリース、"Apple Reports Third Quarter Results"のほか、次のネット資料を利用した。 同年7月21日付け、http://brainstomtech.blogs.fortune.com, "Apple reports record Q3 earnings." |
(注3) | 2009年7月21日付け、http://www.iphonworld.ca, "Apple's quarterly earnings results and the impact of iPhone3GS."。この資料は、Apple社が決算発表前に行った投資家相手のコンファランス・コールにおける発表事項を基に編集されたものである。 |
(注4) | http://sbk.online.wsj.com, "Despite Profits Apple is No Investment Opportunity." |
(注5) | もっとも、筆者は、iPhoneを初めとする全世界的なsmartphoneの量的拡大を背景として、ユーザによる電話端末、携帯端末、smartphone端末の利用の変化が生じている、この変化のゆえに、不況下にもかかわらずではなく、不況下であるからこそ、iPhone3GSの売り上げが拡大しつつあるのではないかとの仮説を抱いており、Brett Arend氏の説に組しない。つまり、固定電話から携帯電話への流れが、携帯電話の万能端末化により、加速化が進み始めたのではないかと推測している。 この推測が正しいとすれば、固定電話市場は、旧来の携帯電話のみならず、smartphoneからも、ますます手強い挑戦を受ける。Apple社のみならず、smartphone販売に成功する電話機器業者には、すくなくとも、今後数年、チャンスが持続するのではあるまいか。 |
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