今回は、FCCのCopps委員長代行が去る5月に議会に提出したブロードバンド推進戦略報告書(注1)の重要点を紹介する。
本報告書は、約80ページの中型報告書である。数字の資料は、推計値が幾つかあるだけであるし、本来、充実した内容のものでなければならない肝心の勧告の部分も不十分、内容的には中間報告に過ぎない。ただ、ブロードバンドのユニバーサルサービス化に向けてFCC、議会がどのような努力をして今日に至って来たかの経緯が要領よくまとめられている点が特色。今後、FCCのブロードバンド政策を論じる上で、資料として極めて役立つ。
さらに、この報告書でもっとも印象付けられるのは、電話が現在そうであるように、今後、ブロードバンドを21世紀のハイウェイとしてユニバーサルサービス化すべきであるという筆者、FCC委員Copps氏の烈々たる信念の表明である。
本報告書は、Copps氏みずからが述べているように、議会が今後、インターネット政策を策定する(すなわち、この件について新たな立法を行う)に当っての参考に供する目的のため執筆されたものである。しかし、Copps氏は、まずなによりも、まもなく就任する予定のGunachowski 新FCC新委員長に、ブロードバンドのユニバーサルサービス化という代々民主党が掲げてきた大きな通信政策目的遂行の旗を降ろしてくれるなと念願して、本報告書を執筆したはずである。
新たな政府資金、あるいは増税を要するため、不況下の米国で、ブロードバンドのユニバーサル化の実現は、今後、民主党政権下においても全面的に承認されることは難しいと予想されるからである。
本文では、本報告書の内容のうち、当面、読者に紹介したい3点(ルーラル地域におけるブロードバンドの重要性、把握されていないルーラル地域ブロードバンドの実情、3件の勧告の骨子)に絞って紹介する。
ブロードバンドの普及はなぜ米国ルーラル地域に必要とされるか(注2)
2008年農業法(2008Farm Bill、2008年5月22日制定)は、FCCに対し包括的なブロードバンド戦略を2009年5月22日までに提出するように要請する条文を含んでいた。また、2009年2月17日に制定された経済回復法案は、2010年2月17日までに、すべての米国民が強力なブロードバンドサービスにアクセスできるという目標を達成するための明確な道標を策定するようFCCに義務付けた(注3)。
この報告書は、(1)上記農業法の要請に対する回答(2)経済回復法に対する中間報告の双方の意味を持つものである。
共和党政権下のFCCは、ブロードバンドに政府資金を投入することに消極的であった。2009年2月までFCC委員長の地位にあったMartin氏にしても、FCCの任務は、規制の緩和あるいは撤廃により、事業者が競争条件を整備することであって、政府資金を投入することにより、ブロードバンド促進を図る必要はないとの強い信念に従って、諸施策を実施してきた。
政府補助は、ゼロあるいは、必要最小限度にすべきであるというのは、一貫した共和党の政策であり、Martin氏を含め、代々の共和党FCC委員長がブロードバンドへの政府資金投入に消極的であったのは当然ともいえる。しかも、民主党の主導により、2002年から実施されてきたE-Rate(学校、図書館に対するブロードバンド回線設置に対する資金援助プログラム)により、ブロードバンド拡充には、毎年、巨額の資金が投入されている。2008年までに累積した金額は237億ドルに達したのであるから、なおさらである。
J Copps氏は、次のように、ユニバーサルなブロードバンド網構築の重要性について語っている。
"ブロードバンドは、小都市、ルーラル・コミュニティーにとって、21世紀の州際ハイウェイであり、拡大しつつある国内地域、また、グローバル経済にとっての幹線ルートである。米国は、ブロードバンドを米国のルーラル地域に引き込むことにより、繁栄をし、利益を得るだろう。"
ところで、ルーラル地域に対するブロードバンド提供について、FCCと緊密に協力して戦略策定に当っている米国農務省長官のVilsack長官も、ルーラル地域における重要性について、Copps氏より、さらに具体的に述べている。
"ルーラル地域にブロードバンドを引き込むことにより、農作物を販売し、生産を向上することができるだけではない。ブロードバンドにより農民は、所要とする医療を得ることができ、より高度の教育を得、結果として盛んとなる経済活動、雇用の創出からの利益を得ることができる。"
ところで、Copps氏は、本報告書の内容については "本報告書は、技術上の問題、データの不足、高価なネットワークコストを含むルーラル地域ブロードバンドに関する共通の問題を確認した。また、2008年農業法により義務付けられた幾つかの提言を行った" ときわめて、謙虚である。
把握されていない米国ルーラル地域ブロードバンドの普及状況
ルーラル地域におけるブロードバンドの普及を促進し、さらにサービスを改善するに当たっては、ブロードバンド導入の現状がどうなっているかが、把握されていなければならない。ところが、驚いたことにその現状把握がほとんど為されていない。本報告書は、この事実を率直に認め、今後、早急に実態把握を行う必要があることを強調している。
以下、報告書が述べているささやかなルーラル地域、都市部におけるブロードバンドの普及率を以下に表および、記述により、紹介する。
表 ルーラル地域、都市部におけるブロードバンド普及率推計値
項目/地域 | ルーラルエリア | 都市部 |
ブロードバンド普及率(世帯当り) Pew社による2007年の数値 NTIAによる2007年の数値 | 38% 38% | 57%〜60% 54% |
*ブロードバンド網へのアクセス可能率 | 82.8% | 99.0% |
障害者のブロードバンド・アクセス比率:15才超で30%未満(調査主体は明示なし)。大都市区域以外の障害者の比率は26.7%。これに対し、健常者の比率は60%超。
ネイティブ:アメリカンのブロードバンド・アクセス比率:ネイティブ・アメリカンとアラスカ州のイヌイットのブロードバンド・アクセス比率は、米国の人種の間で最低であり、平均30%。ルーラル地域では、もっと低い比率である。
都市近郊集落でも、インターネットが利用できない集落の実例:ヴァージニア州の集落、Weirwoodは、アフリカ系米国人の居住地域であるが、ブロードバンド幹線から1.5キロしか離れていないのに、インターネット・アクセスの引き込みがない。この事例をもってして、われわれは、インターネットを保有していない部落の実情を推測することができる。
上記の状況からして、すべての米国人が、手頃な料金でインターネットにアクセスできるため、政府の積極的な役割を必要とする。
3件の勧告−ブロードバンド政策遂行する関係機関の協調の部分が主体
この報告書作成を義務付けた2008年農業法は、報告書の中で特に、ルーラル地域のインターネットサービス普及、向上のため、関係する諸機関の協調のあり方について、勧告するよう要求していた。こういう背景もあり、当報告書は、勧告4件のうち、関係する諸機関の協調を最初に、また、比較的詳しく提言している。しかし、ルーラル地域ブロードバンドの実情把握がなされていない点もあり、本報告書の勧告の水準は、本格的な勧告の水準に達していない。以下、主要項目の骨子(大半はタイトルの表示のみ)を紹介する。幾つかの小項目の紹介を省略したことをお断りしておく。
ルーラル地域ブロードバンド構築に向けての諸努力の調整
連邦省庁の諸努力の調整:連邦省庁は、全国計画と整合性の取れた計画を実施する。
他の諸機関の諸努力の調整:中央官庁は、ネイティブ・アメリカン地域を所管する諸官庁との調整を改善するようにする。
州政府との協調:連邦・州合同委員会は、FCCに対し、同委員会の勧告を提出する。
また、これら勧告には、少数民族コミュニティー、身障者が有している独自の諸課題と取り組み、これの改善策の勧告をも含むこと。成功している州、地方のプロジェクト、最良の施策の目録を作ること。
(以下、4項目を省略)
ブロードバンド需要の評価
技術面の評価:各ルーラル地域に合った技術の採用に努力すること。
ブロードバンド利用状況に関する情報:正確な情報の収集
ブロードの状況を記載した地図の作成
ブロードバンド需要の喚起、維持
ネットワークコストへの対処:この問題に対処するためには、競争に委ねるだけでは、不十分である。政府のすべてのレベルにおいて、ルーラル地域ブロード利用の高コストを克服する方策を探求する必要がある。
ルーラル地域にブロードバンドを導入するに当っての諸課題の克服
諸課題には、ユニバーサルサービス計画の改革、ネットワークの開放性、周波数帯へのアクセス、中間マイルのスペシャル・アクセスの改革、事業者間接続料金、電柱へのアクセス、土地使用権等がある。
とりわけ、私は、20世紀において電話が果たしたのと同等の役割をブロードバンドが21世紀に果たすべきだとの意見を有し、今日に至っている。
ブロードバンドの現状報告の議会への提出
全国ブロードバンド計画の完成をも含め、ルーラル地域ブロードバンドの諸問題と取り組みためには、さらに一層の努力が必要である点にかんがみ、議会に本報告書の勧告についての所要の変更を提供するため、次期FCC委員長は、本報告書提出のおよそ1年後に、ルーラル地域インターネットサービスに関する現状報告書の完成を考慮すべきである。
補追:Julius Genachowski氏は、6月29日、上院の承認を得て、FCC委員に就任、同時にCopps氏は、FCC委員長代行の職を解かれ、単なるFCC委員の職に復帰した。
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