前回のDRIテレコムウオッチャーでは、Verizonの2009年第1四半期決算の内容を分析した。その結果、特に、ワイアライン部門において、MSO(大手ケーブルテレビ事業者)からの攻勢を受け、加入者数の目減りが著しい状況を示した(注1)。
今回は、同様の分析をAT&Tについて試みた。その結果、Verizonの場合と同様に、同社がワイアライン部門でMSOとの競争に敗退しつつある状況が明らかになった。また、MSO2社(Comcast、Cablevision )の2009年第1四半期の資料を基にして、これら2社が、いかに大手電話会社から顧客を奪っているかの状況も解明した。
これまで、Verizonのワイアレス部門は、米国最高の品質、ネットワークの優秀さを誇っていた。この事実は今でも変わりはない。しかし、AT&TがAppleから専売権を付与されたiPhoneの売れ行きがあまりにも好調であり、また、収入単金(APRU)を高める効果をもたらしているため、AT&Tワイアレスの経営体質が、Verizonを凌ぐ現象が生じている。
詳細は、本文をご覧頂きたい。
バブル崩壊期以来AT&T総収入が始めて減少(注2)
表1 AT&Tの収入・利益(2009年第1、2008年第4、第1四半期、単位:100万ドル)
項目 | 2009年第1四半期 | 2008年第1四半期 | 2008年第4四半期 |
総収入 | 30,571(−0.6、−2.5) | 30,744 | 31,342 |
ワイアレス部門収入 | 12,860(+8.8、+0) | 11,825 | 12,859 |
ワイアライン収入 | 16,678(−5.4、−2.3) | 17,624 | 17,072 |
純利益 | 3,201(−9.0、−0.7) | 3,519 | 3,230 |
営業利益 | 5,734(−4.1、+2.1) | 5,980 | 5,618 |
ワイアレス営業利益 | 3,341(13.0、12.7) | 2,936 | 2,685 |
ワイアライン営業利益 | 2141(−29.4、−8.9) | 2,950 | 2,352 |
1、 | 2009年第1四半期の項の括弧内の2つの比率は、それぞれ2008年第1四半期、2008年第4四半期の数値に対する増減比である。 |
2、 | AT&Tには、ワイアレス、ワイアレス部門の他、Advertising Solution(ペーパー、オンラインによる電話帳広告)、その他(主たるものは、中南米の携帯電話事業者、Telmex、America Movilからの配当収入)がある。上表には、これら収入は計上されていない。総収入とワイアレス部門収入+ワイアライン収入の間に差異がある主な理由はこのためである。 |
表1から読み取れる主要点は次の通り。
- 総収入が前年同期に比しても、前期に比しても、減少(つまり減収)している。
特に、前期に比しては2.5%とかなり大幅な減少となっている。AT&Tは、2005年から2007年にいたる3年間、その増率は数%のものに過ぎなかったとはいえ、必ず、前年に比し増収を計上してきた。この基調が崩れたのは、今回の決算が始めてである。
- ワイアレス部門の総収入は、前年同期に比し、8.8%と高い増率を示している。しかし、AT&Tの成長の牽引車であるこの部門すら、前期に比すれば、成長が見られなくなってしまった。
- ワイアライン部門の収入は、前年比5.4%の減収となった。この減収率もここ数年来、最高の値である。しかも、前期対比の減収率は2.3%であって、この比率が、年度全体の減収比率の半ばを支えている。
ワイアライン部門の不振の内訳分析―不況とMSOの追撃により、サービス加入者数、サービス収入が減少
表2 AT&Tワイアライン各サービス別加入者数(2009年第1四半期と2008年第1四半期との比較)
項目 | 2009年第1四半期 | 2008年第1四半期 |
固定音声電話加入者数 | 2678.0(−11.7%) | 3031.6 |
DSL加入者数 | 981.0(−1.3%) | 993.6 |
衛星通信加入者数 | 220.5(−1.2%) | 223.2 |
U-verse加入者数 | 132.9(+350.7%) | 37.9 |
総計 | 3932.6(−8.3%) | 4286.3 |
表2にAT&Tのサービス別加入者数の減少数を示した。2008年第1四半期から1年の間、AT&Tの固定加入者数は、U-verse加入者数を除きすべて減少を続けた。その最たるものは、本来、固定電話サービスの根幹をなしてきた固定音声加入者の減少である。その数値は、年率11.7%、絶対数にして約350万の減少となった。
この結果、サービス加入者総数も、8.3%の減となった。この数値は、収入の減少率、8.8%とほぼ見合っている。
では、同じ期間において、MSO(大手ケーブル会社)の財務、加入者はどのような状況であったか。代表的な3社(Comcast、TimeWarner Cable、CableVision)について、その概要を表3、表4に掲げる(注3)。
表3 2009年第1四半期におけるMSO3社の収入・営業利益(単位:億ドル)
項目 | Comcast | Time Warner | Cablevision |
収入 | 83.49(+5%) | 43.64(+5%) | 19.03(+10.6%) |
営業利益 | 7.8(+16%) | 7.16(+13%) | 2.9(+21.3%) |
| 括弧内の数値は、2008年第1四半期に対する増減比である。 |
表4 2009年第1四半期のComcast、Cablevisionのサービス別加入者数・加入者増数(単位:1000)
項目 | Comcast | *Cablevision |
ビデオ加入者数 | 24,104(−2%) | −23.1万(−0.7%) |
固定音声加入者数 | 6,769(+33%) | 24.5万(+6.7%) |
高速インターネット加入者数 | 16,258(+8%) | 14.2 万(+6.0%) |
計 | 46,131 | 15.6万 |
* | Cablevisionの数値は、加入者数の増減。また、TimeWarner Cableは、加入者数についてのデータを一切発表していない。 |
AT&Tは、2009年第1四半期の決算報告のなかで、"ワイアライン消費者部門の収入は、前年同期58億ドルから54億ドルへと減少した(この数字は、電話帳収入等を含んでいるので、表1の収入より大きくなっている)。これは、ビデオ、ブロードバンドでの収入増が音声収入の減をカバーしきれなかったためである"と述べている。珍しく、MSOからの攻勢による収入減を認めた箇所である。
また、上記の表1から表4を検討してみれば、(1)Verizonのワイアライン収入が、5.4%の落ち込みを見せており、しかも、この落ち込みは、同社のサービス加入者数が軒並み(U-verseだけを例外として)減少していることによること。(2)MSO3社の収入は、5%から10%と好調な伸びをしめしており、しかも、Comcastの事例で示した通り、ビデオ加入者の数こそ減少しているもののその減少率はわずかに留まり、その他のブロードバンド・サービス、音声サービスの加入者は堅調な増加をしていることが明らかになっており、AT&Tの証言が資料で裏づけられている。
もちろん、米国経済は、現在、大きな不況に見舞われているので、AT&Tの第1四半期の収益に、この不況が影響を及ぼしていることは確かであると思われる。しかし、どの程度、影響しているかは不明である。
iPhoneの急成長がAT&Tワイアレスの経営体質改善に大きく貢献
表5 AT&T、Verizonのワイアレス部門相互の比較(2009年第1四半期および2009年3月末)
項目 | AT&T | Verizon |
加入者数(単位:万) | 7820 | 7890 |
年間加入者数増(単位:万) | 690 | *340 |
収入(億ドル) | 129(+8.8%) | 151(+2.9%) |
営業利益(億ドル) | 33.4 | 28.2 |
営業利益率 | 39.5% | 31.2% |
APRU(ドル) | 59.2 | 50.7 |
* | Verizonは、2008年末、Alltel加入者数1320万の加入者数を同社取得により繰り入れた。340万の数字は、この1320万を除いた数値である。 |
表5によると、2008年次、AT&Tワイアレス部門は、Verizonワイアレス部門に比し、ほとんどの経営指標において、勝れた成果を収めた。
まず、Verizonは、Alltelを買収したため、加入数でAT&Tに大差を付けるかと推測されたが、年間の純増数でAT&Tは好成績を収めたため、加入者数の差異は70万の小差に留まった。収入の伸びは、Verizonに比し、はるかに高いし、営業利益率もAT&Tは、Verizonを抜いている。APRUの数値でもAT&TはVerizonに大きな差をつけた。
Verizonは、ワイアレスネットワークの信頼性では、米国第1の評価を得てきており、AT&Tの追随をゆるさなかった。営業利益率にしても、APRUにしても、2008年3月末には、VerizonがAT&Tより良好であったのである。たとえば、2008年3月末現在のAT&T、VerizonのAPRUは、それぞれ50.18、51.40ドルであったのであった。ところが、APRUをめぐる両社の力関係は1年間で劇的に逆転し、AT&TのAPRUは59.2ドルにと急上昇したのに対し、VerizonのAPRUは50.7 ドルと横ばいに留まった。
AT&Tは、2009年第1四半期、160万を超えるiPhoneを稼動させた。うち、40%は純増だという。これから推計すれば、この期、AT&Tは、自社加入者の96万を他機種から、iPhoneに変更させ、さらに、新たに64万のiPhone端末を同社のネットワークに接続したということになる。同様の推計を2008年の第2四半期から第4四半期にも押し広めると、2008年第2四半期から2009年第1四半期までにAT&Tが移行させたiPhoneの数は640万(他機種よりの移行分376万、新規加入分264万)となる(2009年に入り、Apple社は、iPhoneの出荷を制限しているという報道があるので、上記の推計は、さほど誇大であるとは思えない)。さらに、上記の数値をAT&Tが発表している年間690万の携帯電話加入者数を組み合わせると、2008年 第2四半期から2009年第1四半期におけるAT&Tの携帯電話加入者数増分の機種別構成は次のとおりとなる。
- 携帯電話加入者純増数690万内訳 : iPhone加入者 256万、他機種加入者434万
- 他機種からiPhoneへ変更した加入者数 : 384万
すなわち、この期間、AT&TにおけるiPhone端末所有者の比率は大きく増えて7.8%に達した。2008年次の数値を加えれば、優に総加入者の10%程度に達しているものと推測される。2年間の料金をAT&Tに前払いし、しかも、大量のデータ検索(iPhone機器にHTML言語のインターネット検索ができる)を利用するこれらiPhone加入者が、AT&T財務体質改善の機動力となっているのである。
最後に、Gartner Groupによる2008年次Smartphone出荷数の上位メーカ別比率を示した表を掲載しておく(注4)。
表6 主要メーカ別Smartphone出荷比率(2008年)
Smartphoneメーカー | 2008年における携帯電話出荷数 |
Nokia | 43.7% |
RIM | 16.6% |
Apple | 8.2% |
HTC | 4.2% |
その他 | 23.1% |
なお、Gartnerによれば、Appleは2008年iPhoneを1110万販売して、2007年の市場シェア2.7%から、一挙に市場シェア8.2%、第3位のSmartphoneメーカに踊りでたという。Nokiaは依然として、携帯端末すべてにおいても、Smartphoneでも、群を抜いたトップメーカである。しかし、RIM、Appleなど、後発の勝れた機種を出荷するメーカに追撃され、市場シェアは急速に減少(2007年の49.4%から、2008年の43.7%へ)している。
(注1) | 2009年6月1日付け、DRIテレコムウォッチャー、「携帯・ブロードバンド・TVサービスへの傾斜が進むVerizon」。 |
(注2) | 今回、AT&Tの記事を書くに当っては、すべての数値を次の2点のAT&T決算数値の資料によった。 2009.4.22付けAT&Tのプレスレリース - | "AT&T's First-Quarter Results Highlighted by Wireless Gains, U-verse TV Growth, Double-Digit Increase in IP Data Revenues." | - | "AT&T Investor Update." |
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(注3) | Comcast、TimeWarner、Cablevisionについての決算数値はすべて、これら3社の2009年第1四半期における決算報告から抜き出したものである。資料名の紹介は省略する。 |
(注4) | 2008年3月11日付けhttp://news.cnet.com, "Nokia retains top spot on smartphone market."に引用された数値を表にした。 |
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