2009年3月10日、Broadband Initiativeがスタートした。このプロジェクトは、不況克服のためObama政権が法律(2009年American Recovery and Eeinvest Act)に基き実施するものであって、72億ドルの経費をブロードバンドの拡大プロジェクトに割り当てる公共投資政策である(注1)。
しかし、このプロジェクトは、単に景気浮揚のための一過性の政策には留まらない。実は、代々の民主党政権が念願としていた、ブロードバンドサービスのユニバーサル化を射程に収めたプロジェクトとして、評価すべきものである。将来、2009年3月10日は、米国通信政策史のなかで、”ブロードバンド・ユニバーサル化がキックオフした日”として、記憶されることとなろう。
本文で、その理由およびBroadband Initiativeの骨子、これに引き続くFCCによるブロードバンド・ユニバーサル政策のスケジュールを紹介する。
Broadband Initiativeの当事者、こもごも、ブロードバンド・ユニバーサルサービス化の目標を語る
Vilsack(米国農務省)、Wade(NTIA)、Copps(FCC)の3氏の発言
米国農務省長官、Vilsack氏は、2009年3月12日、Broadband Initiativeを発足させるに当り、次のように、このプロジェクトの意義を表明した。
「ルーラル地域にブロードバンドサービスを拡大するとのオバマ大統領の誓約は、ルーラル・コミュニティーの繁栄に必要な世界市場、教育、医療へのアクセスを提供するものだ。農務省は、ルーラル地域、サービス未提供地域に対し高速インターネットサービスを提供するというオバマ大統領の目標をサポートする準備ができている」。
このように、同氏は、今後、ルーラル地域へのブロードバンド投資が果たす役割を強調し、オバマ大統領からの負託に応じる決意を示した。
Broadband Initiativeにおいて、農務省より大きな投資額を担うNTIAの当プロジェクトの責任者、Wade氏(NTIA官房長代行兼シニア・ドバイザー)は、さらに、次のような意見表明をし、このBroadband Initiativeをこれに引き続く大規模なブロードバンド投資の導入段階だと捉えている。「オバマ大統領は、ブロードバンドの威力を信じている。全国へのブロードバンド導入により、米国の経済回復、経済成長が駆動に貢献できる。今回の補助金は、すべての米国国民がブロードバンドおよび、これを利用する技能へのアクセスを確実にしようというオバマ大統領の通信への優先順位尊重に対する前払い(ダウンペイメント)である」と。(注2)。
さらに、将来目標は米国民すべてにインターネットを使わせることであるとの主張を強烈に打ち出したのは、Broadband Initiativeに対しコンサルタント的立場に立つFCCの委員長代行、Copps氏である。同氏は、Broadband Initiativeキックオフに際し、別途、発表した声明文の中で、次のように述べている(注3)。
「われわれの全国戦略の目標は、米国市民のすべてに対し、価値の高い、高速ブロードバンドをもたらすものでなければならない。その市民が誰であろうと、ルーラル、都市部を問わず、どこに住んでいようと、金持であろうと貧乏人であろうと、快適な住まいに住んでいようと、快適さが劣る少数民族の地域に住んでいようと、健常者であろうと身障者であろうと。”すべて”(all)とは、誰でも(everybody)ということである」。
要するに、定義は異なるにせよ、Wade、Copps両氏ともに、目標としてブロードバンド・サービスのユニバーサル化を打ち出している点、しかも、両人ともに“ユニバーサルサービス”という言葉を多分、故意に避けている点が特徴的である(多分、特に共和党系の人々には、ユニバーサルサービスという言葉自体が、好ましからぬニューアンスを持つからであろう)。Wade氏のように、ブロードバンドのユニバーサル化=ユニバーサルサービスへのアクセスの保証(本人が申し込んだら、有料でサービスを提供できる設備を準備する)に留めるか、Copps氏が主張するように負担できない者には、補助金を与えてでも、現実にサービスを享受できるようにするか(現在の米国の音声サービスのように)、いずれの目標を設定するかが、今後、大きな論点となろう。
1996年電気通信法制定以来、歴代のFCC委員長が取ったブロードバンドのユニバーサル化に対する見解
表1 歴代FCC委員長のブロードバンドのユニバーサル化についての取り組み
委員長氏名/任期・取り組み | 任期 | ブロードバンドとの取り組み |
Read Hunt(民) | 1993年4月ー1997年3月 | ユニバーサルサービスを法定化した1996年電気通信法制定に携わり、これに基く所定のFCC規則を制定した。 |
William K. Kennard(民) | 1997年3月−2001年1月 | Hunt氏の職務を継続する過程で、E-Rate制度を実施に移した。図書館、学校のインターネット設置に毎年、巨額の補助金を支出するこの制度は、明らかに、ブロードバンドのユニバーサルの先駆的施策であった。 |
Michael K Powell(共) | 2001年1月―2005年3月 | ブロードバンドは、補助金支出によらないでも、競争業者間の競争により、発展するとの強い信念を持っていた。したがって、ユニバーサル化には、関心を示さなかった。 |
Martin(共) | 2005年3月−2009年1月 | 競争により、ブロードバンドを発展させるべきだとの信念は、Powell氏と同様であった。しかし、この分野で先行するMSO(大手ケーブル業者)と、AT&T、Verizon等の大手電話会社の競争条件を同一にすること点には、大きな力を注いだ。ブロードバンドのユニバーサル化を行うべきであるかいなかについては、USF(ユニバーサルサービスファンド)についての調査で、結論を出すべき案件であったが、Martin氏は結論を出すのを避けた。 |
Julius Genachauski(民) | 2009年1月― | 本人は、任命されたものの未だ上院の承認を受けていない。オバマ大統領の側近であるだけに、ブロードバンドのユニバーサルサービスについての取り組みは、同様のものと思われる。 |
上表により、補助金、税金等公共資金を投入してのブロードバンドの普及、促進政策は、民主党政権下のFCCにより推進され、共和党は終始一貫、これに反対、ブロードバンドは競争を通じて発展させるべきだとの主張をしてきたことが明らかである。
振り返ってみると、1993年クリントン政権発足の初期、ゴア副大統領は、光ファイバーを全国に張り巡らせての"情報ネットワークスーパーハイウェイ”構想を打ち上げたのであるが、現在のブロードバンドのユニバーサル構想は、その根幹において、ゴア氏の構想と変わらない。ゴアは、現在、環境対策の世界的な教祖(2007年ノーベル平和賞受賞)となり、なお、世界的な啓蒙活動を行っている。
オバマ大統領は、すでに、環境対策、自然エネルギーの利用に、莫大な投資を行うこと(いわゆるグリーン・ディール)を表明している。
筆者は、オバマ氏は、グリーン・ディールとリンクさせたブロードバンドのユニバーサル化を方針を打ち出すのでなないかと考えている。その次期は、後述の1年後に予定されているFCCによるブロードバンド報告書発表の後になるのではなかろうか。
Broadband Initiativeの計画概要等
Broadband Initiativeの計画概要(注4)
表2 Broadband Initiativeの計画概要
計画項目/担当機関 | RUS(農務省農業開発局) | NTIA |
プロジェクトの責任者 | Rick Wade(農務長官) | Rich Wade(商務省首席補佐官代理) |
資金金額・配付対象 | 25億ドル。補助金と融資。既存の補助方法が主体と考えられる。 | 47億ドル。補助金のみ。条件に適合したワイアレス、ワイアラインのキャリア、ベンチャービジネスに付与される可能性がある。 |
資金配付に当っての条件 | 特になし。 | *1) FCCが2005年に定めたネットニュートラリティーに関する4原則の遵守 |
資金配付の期限・プロジェクトの実施時期 | 資金配付の期限は、2009年9月(配付は2009年5月にも始まる)。配付を受けたプロジェクトの実施期限は、配付を受けてから2年後 |
公衆、利害関係者からの意見聴取 | *2) プロジェクト遂行に当っては、公衆からの意見の聴取に努める。また、利害関係者からの意見の吸収については、2009年3月16日から19日に掛けのラウンドテーテーブル方式での討論会を開催する。 |
*1 | この4原則については、2006年5月1日号のDRIテレコムウオッチャー「FCCが仕切る米国のネット・ニュートラリティー政策」を参照されたい。 |
*2 | すでに、実施された。多くの項目について討論が行われた模様である。まとまった紹介資料がないので、本論では、この討論の内容については触れない。 Broadband Initiativeについては表2に示すとおりであって、これまでで最大の電気通信分野に対する臨時投資であるだけに、資金を配付するまでの手順は、慎重である。 |
FCCが果たす役割、FCCのブロードバンド・ユニバーサル化の政策目標
2009年American Recovery and Reinvest法において定められたFCCの役割は、次の2点である。
第1点は、投資主体であるRUS、NTIの投資業務の遂行に当り、コンサルタント的機能を提供することである。
2009年4月13日、FCCは、告示により、コンサルタント業務の項目を以下の通り、定めている(注5)。
- サービスが提供されていない地域
- サービスの提供が不十分である地域
- ブロードバンドの定義
- NTIAが補助金支出の条件とする相互接続義務
- NTIAが補助金支出の条件とする被差別の条件
補助金を支出するに必要不可欠な上述の定義を行うノーハウは、FCCが有しているからである。同時に、FCCによるこれらコンサルタント業務の遂行は、本来ならば、NTIAが補助金提供の主体となるべきであって、何らかの政治的考慮により、NTIAがこの業務を代行したと推測できる根拠を示しているといえよう。
第2点は、FCCが本格的なブロードバンド計画(すべての国民にブロードバンドへのアクセスすることを目標とする)に関する報告書を1年後に議会へ提出することを義務付けられたことである。
この点について、FCCはなんらの公式報道も行っていないが、ある情報によれば、この報告書には次の要件が盛り込まれることになるという。
- ユビキタスサービス提供のためのもっとも効果的、効率的なメカニズム
- 安い料金でサービスを提供するためのメカニズム
- 資金供与プロジェクトの進展をも含めたブロードバンド提供の評価基準
- 国家目標支援のためのブロードバンド活用計画
(注1) | ブロードバンドへの72億ドルの公共投資が定まった経緯については、2009年2月15日付け、DRIテレコムウォッチャー、「開始されたObama政権下におけるブロードバンド公共投資政策」。 |
(注2) | 2009年3月10日付けFCC News,“Visack,and Wade kickoff American Recovery and Reinvestment Act’s Broadband Initiative.” |
(注3) | 2009年3月10日付けFCC News,”Remarks FCC Acting Chairman MichaelJ.Copps American Recovery & Reinvestment Act of 2009 Broadband Initiative kick-off.”。なお、この声明文は、ブロードバンドへの投資が、共和党政権の下で、どのように放置されたか、また、そのため米国のブロードバンドがどのように遅れを取ったかを回顧し手いる。同時に、オバマ大統領の下で、今回のBroadband Initiativeを契機にして、ようやくブロードバンド・ユニヴァーサル化実現への時期が訪れたかを訴えた感動的な文である。是非、御一読をお勧めしたい。 |
(注4) | この項では、プロジェクト実施に際しての2009年3月20日付けFCCプレスレリースの他、幾点ものネット資料を参照にした。もっとも有益であったのは、2009年3月10日付けhttp://www.internetnews.com,"Broadband Stimulus Grants Taking Shape.”。 |
(注5) | 2009年3月19日付けFCC告示、”Comment procedures established regarding the commission's consultative role in the broadband priorities in the recovery act.” |
(注6) | http//viodi.com/2009/03/04/broadband-policy,”Telecom Council panel session:Update on U.S Broadband Policy.” |
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