DRI テレコムウォッチャー


開始されたObama政権下におけるブロードバンド公共投資
2009年2月15日号

 Obama大統領は、2月17日、デンバーにおいて、「American Recovery and Reinvest Act1」((経済)回復・再投資法案)に署名した。同大統領が就任後早々に議会に提出し、上院、下院で約3週間にわたり激しく議論されたこの法案は、ここに発効することとなった。
 この法律は、1934年の大恐慌以来の最大の不況に突入している米国経済を救済するため、減税、財政支出の双方の手段により、国民生活の所得の支援、失業者への救済、公共投資、ハイテク助成(特に、環境保全のための代替エネルギー開発)等に7890億ドルの巨額の資金を使うというものである。最大目的は、ここ数ヶ月で300万人も増大したといわれる雇用の喪失に歯止めを付けることであり、Obama大統領は、この法律の実施により、350万人の雇用創出を見込んでいる。
 就任後、1ヶ月未満でこの一大プロジェクト法律を制定したことは、Obama大統領就任後最初の大きな成果であると評価されている(注1)。もっとも、米国の経済情勢は、日増しに悪くなっている。この法律と平行して検討されている金融再生施策の策定も難航しているが、大統領が署名したばかりのこの法律は、景気対策に不十分である。Obama氏自身が、さらに追加の法律制定の必要があるのではないかと示唆している状況である。
 ところで、今回の法案審議においてブロードバンドに対する投資は、道路、橋梁、校舎等の他のインフラ投資とともに、当初から大きな投資対象とされていた。これは、ブロードバンドの費用対コスト効果の高さが、民主、共和の党派を問わず、認識されていたことによるものであろう。
 ブロードバンドインフラに割り振られていた民主党法案の投資額は60億ドルであったが、その後上院法案策定の段階で、これは90億ドルに膨らんだ。両院協議会においての査定で72億ドルに落ち着いた。
 American Recovery and Reinvestment法によるインターネット投資の意義は、(1)短期的には、E-Rate以来、最初のインターネットに対する政府資金支出計画であること(2)長期的には、インターネットの拡大(さらに言えば、インターネットのユニバーサル化)は、E-Rate制度実施以来の民主党の政策目標であって、Obama政権が安定すれば、必ずや、この目標実現のための法案策定、FCC規則制定に向けての過程が進行するものであることの2点に要約されよう。
 本文では、この法律に折り込まれたインターネット投資計画の骨子、および、今後に期待されるインターネットのユニバーサル化への展望について、解説する。

回復・再投資法に規定されたブロードバンドへの補助金支出の骨子

 補助金の規模と所管官庁:補助金総額は72億ドル。この金額のうち、47億ドルはNTIA(National Telecommunications and Information Administration、国家電気通信・情報庁、商務省の内局)に、また25億ドルはDepartment of Agriculture's Rural Utilities Service(米国農業省の内局、ルーラル地域の公益事業の振興を目的としている)に割り振られる(注2)。
 NTIAに割り振られる資金の使途:NTIAは、少なくとも2億ドルをコミュニティー・カレッジや図書館等の公共コンピュータセンタへのブロードバンド・アクセスを拡大するための交付金(原語はgrant)として支出することを義務付けられる。また、2.5億ドルは、持続可能なブロードバンド・サービス提供を促進する革新的なプロジェクトへの補助金に当てるよう義務付けられる。さらに、ブロードバンドの現状をプロットした地図(broadband inventory map)の作成費用として、3.5億ドルが割り当てられた。ディジタルTVへの移行のための経費としては、6.5億ドルが予定されている(注3)。残りの金額の一部は、FCCに移管される見込みである。
 当初、ルーラル地域におけるブロードバンド振興と並んで、都市部における高速ブロードバンドの開発、普及にも、力が入れられていた。この方向への投資は、普及率でも、また、スピードにおいても、米国は欧州、日本の水準に比して遅れているとの認識に根ざしたものであって、広帯域ブロードバンドを架設するキャリアに対し減税を行うという条文が織り込まれていた。しかし、合同委員会の審議過程で、この条文は、アッサリ落とされてしまった。

 高度ブロードバンドへの投資については、今回の法律制定を機会にワイアライン事業者、ワイアレス事業者、その他のベンチャービジネスが、自社に有利な投資を引き込もうとして、懸命のロビイング活動をした。さらに、Obama政権側は、これらの投資を認められる場合は、ネットワーク・オープンネスの条件を課するとの態度を堅持していた。上下両院の法案成立後、統一法案を制定する段階で、結局、都市部向け高速ブロードバンド向け投資は、すべて削除された。暫定的、緊急的な施策ではないと判断されたためである。

これからが本番となる米国のブロードバンド政策 - 期待されるブロードバンドのユニバーサル化対策

 Obama新政権成立前の2009年1月初旬、政権移行期に技術・革新・政府改革政策(technology、innovation、government policy)ワーキング・グループのBlair Levin氏は、Obama新政権のブロードバンド政策について、次のように説明している(注4)。Levin氏は、Hunt前FCC委員長の下でFCCアドバイザーを勤め、その後、ベンチャービジネスの経営等にも携わった電気通信、ITの専門家である。Julius Genachowski氏が確定する前には、FCC委員長の有力候補の一人とも見られていた。
 「回復・再投資法に折り込まれるブロードバンド対策は厳しい不況下にある米国市民の困窮、景気の立て直しという目的達成を意図したブロードバンド対策に限るものであり、Obama政権が構想している包括的なブロードバンド政策の一部に過ぎない」とLevin氏は言う。
 筆者なりに理解すれば、本格的なブロードバンド政策は、FCC、上下両院が、FCC規則、立法を通じて、今後、十分な期間を掛けて審議された上で本格的に実施されることとなろう。
 これまで、Powell、Martinと二代の共和党FCC委員長の下で、8年間にわたり実施されてきたブロードバンド政策は、真剣なものではなかった。Powell元委員長は、競争がおのずからブロードバンドの発達を促すとの信念に基き、政策らしい政策に着手しなかった。また、Martin前委員長は、ブロードバンドサービスの担い手として、Comcast、TimeWarner、CoxなどのMSO(大手ケーブルテレビ事業者)がブロードバンド架設に先行しているのに対し、AT&T、Verizonなどの大手電話会社が立ち遅れている事態に注目し、電話会社にてこ入れをする政策を推進した。
 この政策は、Verizon、AT&Tが、それぞれ、FiOSInternet、U-Verseという光ファイバー利用の高速ブロードバンドサービスを立ち上げ、次第に加入者を増やすのに貢献したものの、所期の目的を達成していない。ここ1、2年のブロードバンドの成長動向を見ると、一時は縮まったかに思われたMSO、大手電話会社とのブロードバンド架設の格差が再び拡大している。他方、米国のルーラル地域におけるブロードバンドが存在しないか、存在しても、サービスが劣悪であるコミュニティに対するブロードバンド敷設が大きな問題となった。
 繰り返しになるが、Martin前FCC委員長は、なんら抜本的対策を打とうとしなかった。
 それどころか、同氏は、任期末期には、報告を義務づけられていた所定の報告書の提出をすら渋るようになった。これは、2008年10月に発表された上院小委員会による衝撃的な報告書によるMartin氏に対する強烈な批判へと発展したのである(注5)。
 そもそも、ブロードバンドサービスを将来、ユニバーサル化するか否かを検討する根拠は、1996年電気通信法254条に規定されている。この規定は、通信法制定後音声サービスのみに適用されていたユニバーサルサービスが、将来、その他の高次サービスにまで発展していく可能性を展望し、サービス拡大の決定、運用をFCCに委ねる内容のものである。
 電気通信法制定の翌年の1997年にFCC委員長に就任したKennard(民主党)氏は、議会共和党の強烈な反対を押し切って、E-Rate制度を創設した。この制度は今日に至るまで、学校、図書館を米国ブロードバンド利用の拠点(いわば、電話事業における公衆電話における役割)として機能している。
 以降、共和党委員長の下でも、ブロードバンドをユニバーサル化する方向に向けての歩みは、民主党FCC委員、議会の一部民主党議員により、継続的に進められている。
 今後、新Obama大統領、民主党優位の議員構成、Obama氏の盟友である新FCC委員長Genachouski氏という恵まれた体制の下で、米国のブロードバンド政策は、多分、ブロードバンドのユニバーサル化をも射程に入れた上で、強力に推進されていくことが期待されよう。


(注1) わが国の新聞(私は、日経と朝日しか読んでいないが)は、この法案をもっぱら“景気対策法案”として、その成立過程についてある程度、詳しい報道をしているが、共和党との対立の側面のみ強調して、この法案を早期に成立させたObama大統領の力量を正当に評価していない嫌いがあると思われる。米国の共和党系新聞はともかく、USA Today、Washinton Times、New York Times等米国の代表紙は、おおむねこの法案の成立をObama大統領による景気対策の第一着手の成功であると賞賛している。
(注2)わが国のジャーナリズムでも、大きく報じられたが、米国で当初、2009年2月17日に定められていたディジタル・テレビへの一斉切り替え期日は、6月に延期された。切り替えに関して今回確保された補助金は、その準備のために必要な経費である。不況のため、アナログTVセットをそのまま使い、チューナを利用してディジタルTV番組を見る世帯が増えている。多分、この予算の多くは、これら世帯に対するチューナ購買への補助金に当てられるものと見られる。
(注3)2009年1月9日付けwww.rcrwireless.com, "Obama transition team clarifies broadband support."
(注4)2009年1月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCCから石もて追われゆくMartin委員長」
(注5)2007年10月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「議論のみ多いが遅々として進まない米国USF改革」


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