2009年1月20日、Barack Obama氏は、米国第44代大統領に就任した。同日、Martin氏は任期満了前2ヶ月ほど早く、FCC委員長を辞任した(注1)。
Obama新政権は、石油代替エネルギーの開発を基本にした生産構造の転換を軸にして巨額の公共投資を行うことにより、米国経済の再生を図ることを狙った一大プロジェクト(グリーン・ディール)の展開を行うことを宣言している。このプロジェクトのなかで、ITの徹底的な活用、これの基盤となる”ブロードバンド”への大規模な投資を行うことが確実であり、米国IT、電気通信に対する規制も、これまでとは全く異なった視角で、新たな展開を見せることとなろう。100年に一度と言われる世界不況の中で、2009年は、波乱の多い1年になることが予想される。
本文では、前FCC委員長、Martin氏辞任にいたる経緯、および、次期FCC委員長に予定されているJulius Genachowski氏の横顔、さらに、同氏が今後取り組むこととなる政策課題を紹介する。
詰め腹を切らされ、任期前辞職したFCC前委員長のMartin氏
2009年1月15日付けのFCC NEWSは、Martin委員長の辞任について、2つの記事を掲載した。1つは、Martin委員長が1月20日に辞任するとの報道、1つは、同氏辞任に関してのFCC委員、Copps氏(民)、Adelstein氏(民)、MacDowell氏(共)それぞれの声明(実質は送別の辞)である(注2)。
Martin氏、辞任に際し意見を述べず
最初のFCC NEWSは、客観的なMartin氏辞任に関する報道に留まり、辞任するMartin氏の意見表明がない。ただし、Martin委員長の下でのFCCの主たる業績(Principal achievements of the FCC under Chirman Kelvin J.Martin(March 2005-January2009)というタイトルの19ページにわたる資料が付されている。
この異例な発表は、同氏が意に反して辞職を強要され、しぶしぶこれを受け入れたことを意味する。氏は、民主党政権移行チーム筋からの強い辞職要請のほのめかしを前々から受けていたのであるから、Obama大統領が1月20日に就任後、満期をまっとうできるとは思っていなかったであろう。しかし、氏が主導し、是非とも自らやり遂げたいと考えていた一つの重要案件だけは遂行した上で、2月下旬ころに辞任したいとの強い意向を有していたと思われる。
それは、前々から法律で定められていたディジタルTV切り替え日、2月17日を見届けることである。Obama氏の下に結成され、鋭意、作業を進めてきた政権移行チームは、2008年末から、切り替え業務の進捗が順調でないこと、特に、アナログ受信器のままで、受信を継続したい人々のために販売するチューナーの提供が切り替え当日に間に合わず、積み残しの世帯が100万程度出ることが予想されること等を理由に挙げ、数ヶ月程度、切り替えを遅らせることを提言した。Martin氏を除く3名のFCC委員(Tete委員は、2008年12月に辞任)も、この意見に賛同した。Obama氏も大統領に就任する前から、議会にディジタル切り替え延長を可能にする法律を可決するよう、議会関係者に要請、この案件についての積極的な姿勢を示した。
この案件が、どのように議会で処理されるかは、Obama政権の議会との関係をサウンドする好個の事例となろう。ただし、早期切り替えを主張する強力な共和党議員も多いようであり、しかも、切り替え予定日が定まり準備作業は進んでいる。したがって、この難件の解決が難航する可能性もある。
FCCの各委員、友愛の情を込めてMartin委員長を送別
さて、FCCの3委員は、共に、Martin委員長が達成した業績と資質を讃えた送別の挨拶を送った。しかし、Martin氏と最も多く議論をし、幾つかの裁定内容を共有したのは、最年長の民主党委員、Copps氏であった。ここでは、同氏の声明の骨子を紹介する。
Copps氏は、まず、Martin氏が2005年夏、Katrina台風の時に示した陣頭指揮振りは、FCC委員長のリーダシップの見本として長く記憶にとどめられるだろうと絶賛した。さらに、民主党委員と共同で、インターネット開放の原則を設定(ネットニュートラリティ設定に向けての前進)し、また、ワイアレス市場の開放も推進した。デジタルテレビへの切り替え作業でも準備を進めたとMartin氏の功績を讃えている
Copps委員は、メデイアによる放送局支配、ブロードバンド競争、FCC作業の透明性の問題等で、Martin委員長と意見対立があった事実を否定していない。ただ、率直な話し合いを行い、意見対立が解消しない場合は、異論がある点に合意する(agree to disagree)という形の結論を尊重し、このために、相互の信頼関係が薄められたことはなかったと主張している。
Copps氏は、また、Martin前委員長が、突拍子もないまことに創造的な施策をFCCウォッチャーに説明し、このため、関係者はキリキリ舞をさせられたことがあるとのエピソードを披瀝し、Martin氏の奔放不羈な性格の側面をも伺わせている。
この送別の辞は、今後、Martin氏とその家族の幸運を祈り、今後もこれまで、培ってきた友情を続けたいという言葉で結ばれている。弁護士を皮切りに政治の世界(ブッシュ大統領の選挙キャンペーンの責任者)に入ったMartin氏と学界からFCC入りしたCopps氏は、2005年3月以来、主義主張は異なるにせよFCC委員として同僚仲間であった。
Copps氏によるこの声明文は、論敵兼同期委員としての両面からの関係を浮き彫りにしており、情理兼ね備わった内容のものとなっている(注3)。
新FCC委員長、Genachowski氏に対する期待、同氏の課題
Genachowski氏に対する期待
次期FCC委員長には、Julius Genachowski氏が確実視されている。
同氏は、Obama氏の政権移行チームのメンバー(同チームの技術・メディア・電気通信政策・イノベーション計画ワーキンググループの長)である。氏は、コロンビア大学で歴史学の学士号を取得した後、ハーバード大学のロースクールに進学、Obama氏と同年に法律の学位を取り、優等で卒業した。しかも、ロースクールにおいてObama氏と共同で、Harvard Law Schoolの編集に当った経験を有している。Obama新政権の高官のなかで、Genachowski氏ほど、大統領に近い腹心はいないだろう。
同氏の経歴、FCC委員長としての資質については、ネットにおいてすでに幾つかの期待を含めた評論が掲載されている。これらによる同氏の経歴、資質の特色は、次の通りである(注4)。
第1に、同氏は、最高裁判所の書記、FCCのチーフ・アドバイザー(3代前のFCC委員長、Hunt氏の下で)、ITベンチャーの経営、コンサルティングなど、多様な経験を積んでおり、伝統的なFCC規制、新しいIT企業の実態の双方に通じている。
第2に、これまでのFCC委員長は、そのすべてが弁護士の経験を有し、伝統的な規制の進め方については深い経験を有していたが、ITベンチャーの実態については素人ばかりであった。今回、Genachowski氏は、初のITベンチャーの経験を有するFCC委員長になる。
この点について、かっての同氏の上司、Hunt元FCC委員長は、この事実を強調するとともに、Genachowski氏の性格を”協調性、洞察力があり、また構想力が豊かである(visionary)と激賞している。
第3に、繰り返しになるが、同氏が長年の民主党員としてのキャリアを持ち、Obama大統領と緊密な関係にある事実は、今後必ず、日程にのぼってくるであろうFCC変革の大事業遂行に当って、最大の強みになるものと見られている。
新FCC委員長、Genachowski氏の政策方向
すでに、新FCC委員長が、今後、取り組んでいくと見られる政策方向については、幾人もの論者による論評が、ネットに掲載されている。最大公約数的意見を次表に取りまとめた(注5)。
表 想定される新FCC委員長、Genachowski氏の政策方向
項 目 | Genachowskiの政策方向 | Martin前委員長の取り組み |
デジタルTVへの 切り替え | 2009年6月中旬に切り替えを延ばす。 | 当初予定の2月17日切り替えを主張。 |
Broadbandの 拡充 | 政府資金を大量に投入、Broadbandをユニバーサル化する。 | 主として、AT&T、VerizonとMSO(大手ケーブル事業者)との競争によるBroadband拡大推進を助成した。 |
Net Neutrality | Obama大統領、民主党の政策方針に従い、FCCのガイダンスにとどめず、法律で定める。 | FCCが定めたBroadband開放の宣言を実行に移し、法定化は不要との見解。 |
M&Aの承認 | 承認について、厳しい条件をつけ、安易に認めない。 | さほどの条件を付することなく、ほぼ合併側の意向に従って、承認を行った。 |
新聞・放送事業 相互の資本持合 の規制緩和 | 規制継続の方針を貫く。 | 2007年末、規制緩和の裁定を下したが、係争中。 |
FCC改革 | 技術革新が急ピッチで進んでいる折から、FCCの組織が現状のままで良いかとの批判が多く出始めている。このような状勢にかんがみ、FCC組織の抜本的改革を行う。 | 改革らしい改革は行わず。 |
今回は、上表の個々の内容についての説明はおこなわない。ただし、Genachowski新FCC委員長による政策が、きわめて革新的な方向に変化することは確実である。ちなみに、Powell、Martin両共和党FCC委員長の下における通信・IT政策は、AT&T、Verizon等大手電話業者に極めて暖かく、MSOに冷たかったという事実は否めない。この方向は、おそらく大きく変化し、特にIT分野のベンチャー企業(筆頭はGoogle)寄りの政策が打ち出されるのではないかとの観測が多く為されている。
追記:2009年1月22日、Michael J.Copps氏は、FCC委員長代行に任命された。同氏の任期は、新FCC委員長(Genachouskiと目されている)が就任するまでの暫定的なものである。
(注1) | Martin氏が、一部下院議員から攻撃標的とされ、任期を全うできない情勢にある点については、2009年初のテレコムウオッチャーで解説した。2009年1月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCCから石もて追われ行くMartin委員長」。なお、同氏は、この後、Aspen Institute(保守党系のシンクタンク)の役員に就任するという。 |
(注2) | 2009年1月15日付けの次のFCC News ● Chairman Kelvin J. Martin announces resignation effective January 20th.” ● Statement of commissioner Michel.J.Copps on Chairman Kelvin Martin’s
Announced departure January 15, 2009. ● Statement by commissioner Jonathan S Adelstein on the announced departure of Chairman Kelvin Martin. ● Statement of commissioner Robert McDowell on the departure of Chairman Kelvin Martin. |
(注3) | 筆者自身も、Martin氏は、FCC委員長として異色の存在であり、しかも、場合に応じてよく民主党FCC委員の意見も十分に取り入れ、幅の広い裁定を幾件もこなした功績は大きいと考えている。"競争“の重要性を唱えるだけで、さほどに仕事をしなかった前任者Powell元委員長に比すれば、能力は隔絶していた。多分、Obama政権下の4年間(当面)、Martin氏の業績が顧みられる機会はないと考えられるが、この事実だけは指摘しておきたい。 |
(注4) | 主として、次の2つのニュース記事を参照した。 ● 2009年1月14日付け、FT.com,”Online innovator to be FCC nominee.” ● 2009年1月15日付け、Forbes.com,”Obama`s friend Julius Genachowski would be a big break from the past.” |
(注5) | Genachowski新FCC委員長が打ち出す新たな政策については、すでに幾つもの論評が、ネット上で検索できる。筆者は、特に次の3点の資料を参照した。 ● 2008年12月28日付け、http:www.sfgate.com,”FCC,TV,Internet set for big changes in 2009.” ● 2009年1月15日付け、FT.com,”online innovator set to be FCC nominee.” ● 2009年1月15日付け、Washingtonpost.com,”Change Sweeping to the FCC.” |
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