不況が深刻化するなかで、2009年が始まった。米国の次期大統領オバマ氏は2009年1月24日に大統領に就任し、民主党オバマ政権が発足する。新政権は、"Change" をキャッチフレイズに、大幅な政策転換により、この難局を乗り切る努力をするものと見られるが、すでに、2008年末に電気通信分野でもその予兆が出ている。
FCCのMartin委員長が、任期満了前に、すでに実権を全く失っていることである(注1)。
Martin氏は、積み残した幾つもの主要案件のうち、キャリア相互の接続料改定問題、USF改定の問題を2008年12月28日のFCC委員会に提出し、裁定をくだしたいとの意向であったが、下院エネルギー・商務省委員会の反対によって提出を見送った。Martin氏の下でのFCC委員会はまだ、2009年1月15日に開催されることが予定されているが、この委員会でも、重要な結論はなんら出されないものと見られている。
Martin氏の任期は2009年3月中旬であるが、同氏は任期終了前に辞任を余儀なくされるものと推測される。またMartin氏辞任後、後任FCC委員長が就任するまでの期間、民主党FCC委員のCopps氏あるいはAdelstein氏が、暫定的にFCC委員長を代行する模様である。Martin氏は任期満了までの期間、特命事項処理担当のFCC委員として留まるとの観測が強い。しかし後述のとおり、同氏は下院エネルギー・商務委員会から強烈な拒否反応を受けているので、オバマ氏の大統領就任前後に辞職(あるいは解任)される可能性も否定できない。
Martin氏がFCC委員長に就任したのは、2005年3月のことであった。しかし、FCC委員に就任したのは、その4年前の2001年3月のことである。従って、通算して約8年間の勤務実績を有しており、FCC業務には精通している。すでに、前委員長Powell氏の下で同氏の指示を覆し、ブッシュ政権とじか取引をして、ブロードバンドの非規制化を実施したという離れ業を演じたこともあった。また、ブッシュ氏がテキサス州知事当時の特別補佐官、2000年ブッシュ氏が第1回の選挙に当選した時の顧問弁護士というパーソナルな付合いもあり、ブッシュ大統領と近く、共和党人脈とのつながりも深かった。政治的野心も並々ならぬ者があったから、同氏が奔放不羈な振る舞いをしてきたことも、驚くには当らない。
このように長期間、辣腕を振るってきたMartin氏であるが、2006年秋の選挙において、上下両院において、民主党が多数議席を占めるや、自分の意思を裁定に反映して行くことが、段々、難しくなった。民主党のCopps、Adelstein両氏から突きつけられた条件を受け入れながら、ようやく裁定を下す(特に、幾つかのM&Aに関する裁定の場合)というケースも幾つか見られた。また、共和党委員、民主党委員間で見解が大きく異なる案件については、遂に裁定が下せないケースもあった。
FCC委員長は、自分が所属する政党の議会勢力が強い時は、自己の政策をスムーズに実施できるし、そうでない場合は努力が報われないで終わってしまう。Martin氏の予想以上の不評判は、本人の性格によるものもあるにせよ、運も悪かった。
本文で詳しく示すとおり、FCCともっとも関連の深い下院エネルギー・商務委員会は、2008年12月に、多くの筋から、Martin氏に対する批判(英語ではallegationという言葉が使われている。証拠に基づくものではないが、特定人に対する批判と意味する。内部告発に近いものであろう)が提出されているとして、委員長、Dingell氏の陣頭指揮による大掛かりな調査を実施し、2008年12月10日、内部資料として、調査報告書が完成した。
この報告書にサインしたのは、John Dingell氏とBart Stupakの両委員のみである。報告書作成に協力した他の共和党議員2名(Joe Barton、Larry Neal)は、最終的に署名を拒否し、当初にDingell氏が意図した超党派的な調査にするとの思惑は外れた。
Bart Stupak氏がMartin委員長の即時罷免を要求している(注1)ことからも、察することができるように、この報告書作成の目的は明らかである。オバマ新民主党政権樹立とMartin FCC委員長の任期満了辞任との間には、約2ヶ月のタイムラッグがある。この期間に、Martin氏をFCCに居座らせ実質的な仕事をさせたくないのである。
本文では、当該報告書の概要を説明する(注2)。
米国下院エネルギー・商務委員会、Martin委員長の業務運営のやりかたを糾弾する詳しい報告書を作成
2008年12月10日、米国下院エネルギー・商務委員会は、「欺瞞と不信:Martin委員長所管下のFCC」(Deception and Distrust: The federal communications commission under Chairman J.Martin)という題名の110ページに及ぶ報告書(本文は27ページ、残りは資料)を作成した(注3)。この報告書作成のための調査は、同委員会委員長、John D Dingell氏の陣頭指揮により2007年12月2日に開始された。調査完了まで1年以上を費やしたわけである。
この調査は、95箱の文書類を含む数10万点の文書、現職・OBのFCC職員、関連する電気通信業界従業員との73回のインタビュー、これら職員、従業員から徴したEメールを基礎にして実施された。
当然、この種の調査は、内部告発の標的となった本人、Martin FCC委員長からの意見聴取、あるいは関係者を呼び出しての公聴会により進行するのが常である。しかし、Martin氏は出席拒否、また公聴会には、Martin氏からの事後の報復を恐れて、証言者がいないとの理由から、上記のような匿名を条件にしてのFCC職員総調査の運びになったという。
報告書は、内容的に2部からなるといってよい。第1部は、Martin委員長は、どのようにして、情報を歪曲、隠蔽して、FCCの意思決定を自己目的に誘導して言ったかの事実提示の部分である。11項目の事例が列挙され、詳細に分析されている。第2部は、Martin委員長がいかにFCCトップの権力を乱用して職員を脅し、また、氏の命令に従わない職員を降格、罷免したかの模様を記述したものである。
次項では、報告書が指摘しているMartin委員長の非違的行為を前述の分類に即して、1件ずつ紹介する。
ビデオ競争に関する第13回報告書の発表及び第14回報告書の調査告示開始の差し止め
Martin委員長は、2007年11月、FCC委員会において同氏が作成させた議会に対する第13回ビデオ競争に関する報告書案(13th Annual Report to Congress on Video Competition)が否決されると、この案を修正することなく差し止めてしまい、報告書未提出にとどめた。その後、第14回ビデオ競争に関する報告書の調査告示も発出されることなく、結局、電気通信法により議会提出を義務付けられているこの報告書は、第12回報告書(2002年2月発表)を最後として、その後2年間、未発行のままとなっている。
後述するように、この報告書は、ケーブル業界に規制を行うべきかいなかの基準となる70/70Ruleの適用を定める統計資料を含んでいる。したがって、ケーブルテレビ事業者およびケーブルテレビ事業に対する競争事業者に対して、きわめて重大な影響を持つ。報告書は、Martin委員長は、報告書発表を差し止めたことにより、議会、公衆、業界に負っている責務を放棄したと、強く指弾している。
ところで、70/70Ruleとは、1984年通信法第612条g項に定められており、ケーブルテレビ業界のサービス提供加入者比率が次の数値を超えた場合、FCCは料金規制等の規制を課することができるとの内容のものである。すなわち、36チャネル超のビデオサービスが全加入世帯の70%に提供し得る状態になっており、さらに、その世帯のうち70%の世帯が現にこのようなサービスを受けておれば、70/70Ruleが適用される。
Martin氏は、これまでは、様々な機関の統計資料を総合的に勘案して決定していたケーブルサービス利用加入者数算出の根拠を変更した。すなわち、スタッフに命じて、Warren Communicationsが作成したデータだけを利用、報告書案を作成させた。それまでは、Warren Communications社提供のものも含め、他の幾つかの資料も総合的に利用されていた。しかも、Warren Communications社の役員は、FCC委員、Tate氏およびMcDowell両氏(共に共和党委員)に対し、同社の資料は、FCCの報告書作成に使用するのは、不適当である旨の書簡を提出したとの事実もあった。
かねてから、ケーブルテレビ業界の業務運営に批判的であり、介入の機会を狙っていたMartin委員長が、70/70Ruleの適用を意図して、上記のような行動に出たことは、明々白々である。
見解を異にする職員に人事で報復するMartin委員長
Martin委員長は、自分と意見を異にするとか、独自の見解を表明するとか、あるいは、前委員長(Powell氏)に近かったからという理由で、上級職員を辞職に追い込んだり、職員を配転等不利益処分にすることが、しばしばあった。しかも、多くの場合、なんらの説明、事前予告なしで行われることが多かった。このやり方により、FCC職員間で、"Martin化される(martinalize)“との隠語が使われたようにもなった。もちろん、こういうことは、前任のPowell委員長も、さらには、その他のFCC委員長も行ってきたところである点は、報告書も認めている、ただ、Martin氏の場合、度を越していたという。
また、Martin委員長は、FCC事務局を使って、FCC部局が相互に業務打ち合わせをするときには、必ず、事務局の事前承認を得ることを求め、また、他局が主催するワーキンググループ等への出席も禁じた。さらに、自分以外のFCC委員長には、できるだけ資料が渡らないようにし、裁定ドラフトの手交も前日になることが多かった。
Martin氏は、学生アルバイトの雇用にいたるまで、みずから決済を求めたため、事務処理は大きく遅滞した。また、照会、督促をしても、回答がなかった。
このような事務処理のやりかたにより、FCCには、Martin氏を恐れる空気が瀰漫しており、大きなモラールの低下が起こり、業務効率が低下した。
(注1) | http://government.zdnet.com, "Dems blast FCC chief martin for bad manners." |
(注2) | はしがきの記事は、次のネット情報による点が大きかった。 http://www.printthis.clickability.com, "Bush's controversial FCC chief loses power already." |
(注3) | この報告書には"エネルギー・商務委員会用に作成した多数スタッフの報告書(a major staff report prepared for the use of the Committee on energy and commerce)という副題が冠されており、明らかに公開を想定していない内部報告書である。ところが、丸秘扱いにされてはおらず、インターネット検索により、この資料を編み張りしてある他のネットニュースから、誰でも容易にアクセスできる。この点、公開資料と変わらない。さらに、この報告書は、厳しくMartin氏を弾効しているものの、報告書の結論もなく、Martin氏にどのような処分を望むかも明らかにしていない。怪文書と言わないまでも、奇文書といってよかろう。 |
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