DRI テレコムウォッチャー


米国4大携帯キャリアの現状(2008年第3四半期決算資料から)
2008年12月1日号

 米国経済は、2008年第3四半期から、景気後退に入った。しかし、この期のAT&T、Verizonの決算はきわめて好調であり、両社が不況に強い事実を如実に示すこととなった。
 本論では、AT&TMobility、VerizonWirelessの両社を中心とし、これに業界第3位、4位のSpring/Nextel、T-Mobileをも含め、米国携帯キャリア4社の業績を紹介する。
 これまでも、米国携帯電話業界におけるAT&TMobility、VerizonWireless両社の寡占的状況とも言い得る強さは、しばしば指摘されてきたところである。2008年第3四半期においても、(1)Sprint/Nextelの加入者減は100万を超え、依然として他社からの草刈場的現象が継続していること(2)4社中最小の規模であるT-Mobileは健闘を続けているものの、2008年第3四半期には、加入者取得の減少、収入の伸び悩み、利益減に見舞われ、息切れが見られること等の事態が生じた。これにより、AT&TMobility、Verizon Mobile両社の寡占的状況は、一層強まっている。
 さらに、AT&TMobility、VerizonWirelessの2社は、折を見ては継続して、他の携帯電話事業者を合併しており(最たる例は、2008年10月、FCCが認可したVerizonWirelessによるAlltelの取得)、これがまた両社の寡占的傾向を強める結果となっている。
 また、最近の米国の携帯電話業界における顕著な現象は、スマートフォンの売行きが進行しており、これが携帯電話業者収入における音声外収入、APRU(月当たり、一加入当りの収入)の増大をもたらしていることである。
 筆者は、最近の一部スマートフォンの価格が手頃な水準(200ドルから300ドル程度)にまで下がり、米国の通常家庭でも入手しやすくなったため、大衆需要が生じて始めているものと推測している。敢えて言えば、不況であるからこそ通話+インターネット機能の大半(メール、インターネット検索)を備えたスマートフォンの購入により、固定電話→携帯端末への転化に拍車が掛かっているのではないかと考えるのである。この仮説が果たして検証されるかどうかには、さらに携帯電話キャリアの今後数期の決算結果をフォローしなければなるまい。
 AT&T、Verizon両社は、携帯電話部門においては、このように快進撃を続けてきたのではあるが、固定回線の減少は依然、留まらないどころか、加速度が付くほどの勢いである。また、加入者に対し、通話、インターネット、ビデオのサービスをパッケージ料金で提供する“Triple Play”の分野では、明らかに、MSO(大手ケ−ブル事業者)の優勢が続いている。
 DRIテレコムウォッチャーでは、次号に、この問題を取り上げる予定である。

米国4大携帯キャリアの加入者数、収入・利益(注1)

表1 米国4大携帯キャリアの加入者数、収入、利益(2008年次第3四半期決算数値)
項目加入者数(前期からの増減)収入(前年同期増減比)携帯部門利益
AT&TMobility7,480(+198)112.7(+14.3%)23.2
Verizon Wireless7,080(+213)109.3(+12.2%)34.6
Sprint/Nextel5,050(−130)75.3(−13.4%)−2.5
T-Mobile USA3,210(+67)55.1(+0.7%)4.42
1.加入者数は、2008年次第3四半期末(2008.9月末)の数値、単位は万。
2.収入、利益の単位は億ドル。
3.Sprint/Nextelの利益は、営業利益。他は純利益。

 表1から、以下の点が読み取れる。

  • 米国の主要携帯電話会社は、AT&TMobility(AT&Tの携帯部門)とVerizonWirelessであって、両社はその加入者数、収入で競い合っている。現在のところ、AT&TMobilityが加入者数、収入の双方において、Verizonを凌いでいる。しかし、純利益の額では、Verizonが優位にある。
  • 業界第3位Sprint/Nextel、業界第4位T-MobileUSAは、AT&TMobility、VerizonWirelessと比較すると経営体力において劣っている。加入者数、収入の双方において、両社を合わせて、AT&TMobility、T-MobileUSA1社に匹敵する程度の規模である。

 以上を総括すると、米国では、固定通信の場合と同様、携帯通信分野でも、AT&T、Verizon両社の力が強大であって、しかも、期を追うに従ってこの傾向が強くなってきたということがいえよう。
 次項で、さらに4社の現状につき説明する。

激しく競い合うAT&TMobilityとVerizon Wireless

業績指標では全般的にVerizon Wirelessが優位

表2 AT&TMobility、Verizon Wirelessの業績指標比較
 (両社の2008年第3四半期決算資料から)

項 目 \ 携帯キャリアAT&TMobilityVerizonWireless
加入者数(単位:万)7,480(198)7,080(210)
収入(単位:億ドル)112.7(+14.3%)109.3(+12.3%)
利益率(部門利益/収入)20.6%27.3%
取消率(Churn)1.7%1.3%
月・一人当たり収入(ARPU)50.8ドル51.2ドル
データ収入比率(データ収入/総収入)24.1%25.7%
3Gネットのカバー比率22.7%60% 強

 上表から汲み取れるのは、次の諸点である。

  • 総体的に、両社は近似した数値を示しており、一見、さほどの差異がないように見える。
  • 仔細に見ると、AT&TMobilityが勝れているのは、加入者数と収入のみであって、事業の体力を示す数値は、すべて、VerizonWirelessがAT&TMobilityに勝っている点が明らかである。

 VerizonWirelessは、利益率、取消比率、ARPU、データ収入比率、3Gネットのカバー比率のすべてにおいて、AT&TMobilityを抜いている。これまで、様々な機関が、米国携帯電話事業者の加入者よりの評価を集計し、これを発表してきたが、終始一貫、トップの座を占めてきたのは、VerizonWirelessであった。つまり、サービス品質の点でも、AT&TMobilityは、Verison Wirelessより劣っている。
 VerizonWirelessの優位性を担保している最も大きい原因は、表2の最後の項目、3Gネットのカバー率にあると考えられる。Verizonの3Gネットカバー率はAT&TMobilityのそれを圧倒している(カバー率は倍以上)。これだけ、差がついているのであれば、上表の他の指標がそれぞれ、Verizonに接近した数値を示しているのは、不思議だと思われるくらいである。
 さて、両社ともに、スマートフォン端末の面でも激しく競争しているのであって、この点については、項を改めて説明する。

スマートフォンの分野でも、激しく競い合うAT&TMobility、VerizonWireless

3GiPhoneで業績を伸ばすAT&TMobility
 AT&TMobility、VerizonWirelessの両社はともに、スマートフォン(コンピュータを含んだ多機能型電話機)の伸びが、事業の成長を促進した点を強調している。両社はそれぞれ、iPhone(Apple製)、BlackBerry(RIM社製)をプロプライアトリーな主要機種として販売しており、これが、収入を高めるとともに自社APRUの増大に寄与している。
 AT&TMobilityは、2008年次第3四半期の決算報告において初めて、次の通り、iPhoneが同社の大きな牽引車の役割を果たしている事実を認めた。同社がこの期に駆動させたiPhoneの台数は240万個であり、うち40%が新規加入者である。また、この期にiPhoneは、米国でもっともポピュラーなスマートフォンとなり、これまで、トップであったRazr(Motorola製)の地位を奪った(注2)。
 iPhoneの売れ行きの増大をもたらした大きな要因は、Edge標準(未だAT&Tの主力である2.5世代ネットワーク)から、3G対応の新機種を出したこと、さらに価格が大幅に下がったこと(当初の599ドルから199ドルへと3分の1弱)が挙げられよう(注3)。

BlackBerryでAT&Tと競うVerizonWireless
 VerizonWirelessもAT&TMobilityのiPhoneの場合と同様に、プロプライアトリーな性能の良いスマートフォン、BlackBerry(カナダの携帯電話会社、RIM製)を販売している。BlackBerryは、米国のオバマ次期大統領が肌身離さずメールの送受信に愛用し選挙戦を闘ったことで、さらに広告効果を高めた機種である。同社は、性能をアップしたBlackBerryバージョンをまもなく出荷し、AT&TWirelessを追撃するという。事実、2008年第3四半期の同社の販売台数は約200万であり、AT&TWirelessの210万台に、さほど遅れを取っていない。
 ちなみに、最近の米国におけるスマートフォン売り上げの上位5社は次の通り(注4)。
       1、iPhone(Apple製)、2、Razr(Motorola製)、3、BlackBerry(RIM製)、
       4、Rumor および5、LGenV2(いずれも韓国のLG製)

加入者・収入が急減したSprint/Nextel、企業体力が弱いT-Mobile

依然として、他の携帯キャリアの草刈場になっているSprint/Nextel
 Nextelを統合した2005年8月当時のSprint/Nextelは、6000万を越える加入者を有する米国における独立系唯一の大手携帯キャリアであり、将来性も有望視されていた。しかし、その後の同社の歩みは厳しく、2008年第3四半期の加入者数は5050万にまで減少している。
 75.3億ドルと未だ巨額の収入を得ているものの、営業利益段階で2,5億ドルの損失を計上している。株価も2ドルから3ドルの間を低迷しており、破産法第1条(再建申請の条項)の水準である。同社の加入者が、他の携帯キャリア3社に多く移行しており、あたかも、これら各社の草刈場になっていることは、今や周知の事実である。このような事態が今後も継続すれば、同社は後数年でT-Mobileに業界第3位の地位を譲るか、新たな組織改正(他社への身売りも含む)に活路を見出すかの選択を迫られる可能性も否定できない。
 Sprint/Nextelがどうしてこのような窮地に追いやられたかについては、諸種の議論がなされている。基本的には、同社の社名(Sprint/Nextel)が象徴するように、性格を異にする旧Sprint、旧Nextelの両ネットワークの統合が進まず、これが最後まで業務改善の努力の足を引っ張っているのである。合併当時、一部の論者がケミストリーが互いに合わない両者合併のメリットを疑問視したものであるが、不幸にしてこの予測は的中した。
 ここで、注目されるのは、FCCから承認されたばかりのNew Clearwire(Sprint/Nextelのブロードバンド部門とワイアレスブロードバンド企業、Clearwireとが設立した3G Wimax卸売り会社)による新規ワイアレス・ブロードバンド・サービスである)であって、Sprint/Nextelは、このサービスの成長に社運を賭けている。

企業体力が弱いT-Mobile
 T-Mobileは、4携帯大手事業者のなかにあって最小の事業者であるが、これまでDTが有する広範囲な欧州加入者との間の通話、ローミングの容易さを武器にしてAT&TMobility、VerizonWirelessに伍して業績を伸ばしてきた。しかし、今期は、売り上げの伸びが低く、また、加入者の獲得数も67万と比較的少なく(かつては毎期100万程度ずつの加入者増があった)、業績は停滞気味である。
 データ収入の比率28%、APRU 50ドル、Churn(取消し率)2.4%であって、これら事業業績を示す指標のすべてにおいて、業界第1位のVerizonWirelessにはもとより、AT&Tに比しても劣っている。
 その基本的原因は、ネットワークの近代化の遅れにあるだろう。
 T-Mobileは、2008年10月末に販売を始めたAndroid標準スマートフォン、T-MobileG1を牽引力にして、劣勢を挽回しようと懸命の努力をしている。
 同社は、未だEdge標準(第2.5世代)のネットワークが主体であるが、現在、旧ピッチで3Gネットワークへの切り替えを行っているところである。2008年11月末までには、米国120都市でこれの利用が可能になるという。


(注1)各社の2008年次第3四半期における決算報告の数値によった。
なお、「利益率」、「データ収入比率」、「3Gネットのカバー比率」は、筆者が設定した項目であって、数値の計算も行った。
(注2)2008.11.11付け、http://seattletimes.nwsource.com,”Apple’s iPhone passes Motorola’s Razr to become top consumer phone.”
(注3)2008年8月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「グローバル規模での3Gネット対応iPhone販売開始」
(注4)2008.11.17付け、http://www.dslreports.com,”iPhone 3G Most Popular Phone.”
(注5)2008年11月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、大統領選挙当日に2件の重要合併案件を承認」


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