DRI テレコムウォッチャー


オバマ大統領候補、ネット利用による構造改革を打ち出す
2008年10月15日号

 米国の大統領選は、あと3週間足らずで決着が着く。10月15日現在、各種世論調査の結果からすると、McCain候補(共和党)に比しObama候補(民主党)が断然優位に立っている。ただ、11月4日までにどんなハプニングが生じて、形勢が逆転するやも知れない。
 さて、両候補とも、Technologyに関する綱領を発表している。今回は、Obama候補の綱領の概要を紹介することとする(注1)。
 本文で再度、紹介するところであるが、Obama 氏の綱領は、次の囲いに示すとおり5部から成る。

I.オープン・ネットワーク及び多様なメディア通路を通じての完全かつ自由な情報 交換の保証
II.相互に結び合った透明性ある民主制
III.21世紀に通用する政府の確立
IV.米国における緊急問題を解決するための技術、イノベーション
V.米国の競争力強化

 綱領の基本は、I、II、IIIの3部分である。ここでObama氏は、現在のBush政権の政治運営が新技術、とりわけインターネットの普及、高度化に力を注がず秘密主義であり、また、民意の吸収に熱意がないことを強く批判し、政権獲得後における草の根の立場からの抜本的な政府運営の改革を論じている。ネット利用による米国政府の構造改革を提示しているといってよい。この前半部門に比すれば、IV、Vの部分は、ありきたりの民主党の政策の説明であって、さほどの新味はない。
 原文は、細字のA4で9ページ。内容は充実している。本文では、ブッシュ政権の批判の部分をできるだけ省き、抄訳に近い形でObama綱領を紹介した。ただ、V部については、分量が多いこと、内容が通信・情報プロパーから外れることの理由で、小見出しを訳出するに留めた。
 詳細は、本文を読んで頂ければ明らかであるが、特に、(1)インターネット利用による住民の連邦政府運営への参画(2)政府通信・IT網の統合化及びこれの実現、運営を円滑にするための職位CTO(Chief Technology Officer)の設置(3)インターネットをユニバーサル・サービスとして位置づけ、特に、ルーラルエリア、過疎地域においてインターネットにアクセスできない地域をなくす点に重点が置かれている。
 また、この綱領には、これまでDRIテレコムウォッチャーで紹介してきた規制問題と共通する内容が幾つか含まれている。この部分については、4点を設けて、関連するテレコムウォッチャーの号をリファーすると共に、簡潔な解説を付け加えた。
 選挙戦が中盤以降に差し掛かるや、Obama大統領候補は、幾つもの点(特に、イラク、アフガニスタンでのテロ対策)で、旧来の革新的な姿勢を後退させており、リベラル色が薄くなったと評されている。しかし、今回の綱領は、きわめて革新的なものであって、仮にObama氏が大統領に当選しこの施策の実現を実施していければ、米国の統治機構は、大きく変革されることとなろう。ただ、Obama氏の理想主義が、強大な反対勢力との抗争において、どこまで貫徹されるかについての危惧はあるが。

I. オープン・インターネット及び多様なメディア通路を通じての完全かつ自由な情報交換の保証

  1. インターネットの開放性の保護
    インターネット上のオープンな競争の便益を保護するため、ネットワーク・ニュートラリティーの原則を強く支持する。新規競争業者が、既存事業者と同様の機会を持つことができるようにするため、同種サービスについて、ユーザに対し2通りの料金制度を設けることを禁止する(注2)。
  2. メディア所有における多様性の勧奨
    メディア所有の多様性の保証は、公益にとって重要である。多様なメディア環境を創り出す上で肝要な小資本ビジネスによるラジオ・テレビ放送局に機会を与える政策を推進する(注3)。
  3. 憲法修正第1条(筆者注:言論の自由を保障)の遵守、子供の保護
    テレビ、インターネットの利用に関しては、憲法修正第1条を遵守すべきであるのは当然である。しかし、これを悪用し、暴力、セックスをグラフィックにより表示して営利を図る業者の悪影響が及ぶのは、放置できない。テレビ、インターネットによる不良番組から子供を保護するため、所要の措置を講じる(注4)。
  4. プライバシー権利の保護
    ディジタル時代におけるプライバシー保護を強め、テクノロジーを利用して、個人のプライバシー侵害の責任を政府、ビジネスに負わせるため、次の施策を行う。
    • テロとの戦いにおいて有用なツールである情報を含む強力なデータベースが他目的に使用されないようにするようにする。この目的のため、これら情報が実際にどのように使用されたかを検証するための制限措置をサポートする。
    • FAAの改定を支持し、米国市民に関係する捜索と情報収集は、法の支配の原則に基いてのみ、行われることを保障する(注5)。

II. 相互に結び合った透明性がある民主制

市民への政府の開放
 ブッシュ政権は、米国市場においてもっとも秘密的かつ閉ざされた政権の一つである。わが国の進歩はロビイング活動により政治活動に寄付されたドル資金、政府と産業の間の回転ドーア、特権による部内情報へのアクセスによるシステムにより、息の根を止められている。これらすべてが、公益に反し、少数者のみを益するもろもろの政策を生んできたのである。
 オバマ政権は、最新の技術を駆使して、この動きを逆転させる。米国市民に対し、新たな段階の透明性、アカウンタビリティー、参画を創設する。また、最新の技術ツールを使用して、政府が特殊権益を有するグループ、ロビイストにより恩義を感じないで済むようにし、政府の意思決定への参画を促進する。次の施策により、市民を政府の現実の業務に統合させる。

  • オンラインにより誰しもがアクセス可能なフォーマットで政府データを利用できることにより、市民がコメントを提出し、価値を引き出し、自分のコミュニティーにおいてアクションを取る得るようにする。
  • 政府の政策決定を公開し、政府省庁の仕事に公衆を関与させるパイロット計画を打ち立てる。この計画は、ただ、意見を徴するのに留まるものではない。政府が一層、情報に基いた意思決定ができるのを支援するため、地方に散在している米国市民の広範囲な専門知識を引き出すことを狙っている。
  • 大統領指名職の行政官庁、規制機関部門の長は、自分の仕事の重要な部分の公開を義務付けられる。これは、すべての市民がインターネット上で、米国社会に影響がある案件の討議、審議の模様を観察することができるようにするためである。
  • 政府の決定は、官僚たちのイデオロギーに偏った予断によるものではなく、科学的に立証できる最良の証拠に基くべきであるとの基本原則に立ち返る。
  • ウェブサイト、検索エンジン等のツールを通じて、市民がオンラインにより容易に、連邦の補助金、契約、政府役人とロビイストとの契約内容を探索できるようにし、政府の秘密取引のベールを取り除く。
  • 米国公衆に対し、緊急を要しない法案が大統領の署名前5日間、ホワイトハウスのウェブサイトに、この法案の評論、コメントを提出する機会を与える。
  • 内閣閣僚に、案件についての質疑に答え、また議論に加わせるため、全国に、オンラインで放映されるタウンミーティングへの定期的な出席を義務付ける。これは、米国民に、直接、民主制と政策討議に参画してもらうためである。
  • ブログ、ソーシャル・ネットワーキング等の技術を使用し、政府の意思決定を改善するため、省庁内、省庁相互間、公衆との通信・情報の共有化を刷新する。

21世紀に通用する政府の確立
 21世紀に通用する政府を確立するため、技術を使用して政府を改革し、連邦政府と市民との情報交換を改善する。この目的のため、政府にCTO(Chief Technology Officer)の職を設ける。CTOの役割は、次の通り。

  • 各省庁の技術、情報に責任を持つ長と共働し、最良の技術が使用されるようにする。
  • 電子政府法(E-Government Act)の要請にも基き、連邦の各省庁の記録を公開、アクセス可能なものとする。
  • 緊急時に迅速に対処するため、基幹省庁間の機能の相互運用性(interoperability)を確保する。

III. 最新の通信インフラの構築−次世代ブロードバンドの導入

 相互接続された民主主義のビジョンを実現するためには、米国は、世界で最もすぐれた通信インフラを備えなければならない。
 かって米国はインターネットの導入で世界をリードしたが、ブッシュ政権は、技術への無関心、21世紀経済の理解の欠如から、このリーダシップを放棄してしまった。オバマは、再度、米国民がブロードバンド、ブロードバンド技術へのアクセスができるようにする目標に献身することによって、米国市民、とりわけ米国の若者がますます技術、知識をベースにしたものになっていく経済の下で競争し、成功できるようにする。
 とりわけ、次の政策を提示する。
ブロードバンドの定義の変更:驚くべきことに、FCCは、"ブロードバンド"の下限を200kbdsとしている。この定義がFCCの政策を歪め、ブロードバンド・アクセスを拡大しようとする努力を妨げているのである。この定義を改め、21世紀のビジネス、通信が要請する水準の速度にする。
ユニバーサル・サービスの改革:データ付きのユニバーサルサービス改革プログラムを確立する。この計画は、音声通信の支援から、これまでサービスが提供されていなかったコミュニティーに特に力点を置いたブロードバンドを手頃な料金で提供するのを支援する計画である。
無線周波数の開放:これまで、公衆への電波提供を妨げてきたワシントンの権益に挑戦する。電波利用の実態を洗い直し、ルーラル地域が、周波数帯を手頃な料金で利用できるようにする。また、警察、救急車等の公衆安全に携わる施設が、十分な周波数帯を持つことができるようにする。
学校、図書館、家庭へのブロードバンドの提供:学校、図書館、家庭に次世代ブロードバンドネットワークを供給する。
官民のパートナシップの促進:現にブロードバンドを欠いているコミュニティーに、これを提供するため、連邦政府が官民の提携をサポートすることを通じて、地域レベルでのイノベーションを促進する。

IV. 米国の緊急問題を解決するための技術、イノベーションの利用

 技術力をフルに使うことにより、医療の質を高め、環境にやさしいエネルギーの開発を進め、全国レベルで教育を改善し、米国が引き続き技術分野で世界のリーダになることを確実にすることができる。

  1. 電子情報技術システムへの投資による医療コストの軽減
    カルテも含め、病院・診療所の情報の電子化を行う。この事業に今後5年間で、年間100億ドルを投資する。
  2. 気候に優しいエネルギーの開発と生産
    次世代バイオ燃料の開発、燃料インフラの構築等に、今後10年間で1500億ドルを投資する。これにより、100万人の雇用が創出される。
  3. 21世紀の要請に応じるための教育の改善
    公立学校の生徒が、21世紀の要請に応じることができるように、所要の科学、技術、数学の知識を習得させる。この目的のため、有能な教師の配置、コンピュータへのアクセスの双方を組み合わせる。
  4. 新規雇用の創出
    コストの安い外国に生産を移すことをしないで、国内でのイノベーションを進め、給料の高い雇用を増加させる。海外への生産の移動(オフショアリング)は、米国の低賃金労働者に大きな課題を課することになる。オバマ政権は、人への投資を行うことにより、グローバルに多くの情報技術の職を満たせる技能を若者に付与することを確実にする。また、企業に対し、都市、ルーラル地域における情報技術労働者の雇用を増やすインセンティブを与えるような支援パイロット・プロジェクトを支援する。
  5. 公安ネットワークの刷新
    現在、使用されている1970、80年代の技術による旧型の公安ネットワークを刷新する。これにより、緊急事態、カテリーナ台風のような自然災害にも、迅速に対処できるようにする。

V. 米国の競争力の強化

  1. 科学への投資
    科学への投資額を2倍に増やす。
  2. R&Dへの減税の恒久化
  3. 移民法の改正
    熟練労働者(特に、米国の大学で学位を取った者)は、容易に米国に永住できるような方向で、移民法を改正する。
  4. 海外における米国事業の振興
  5. 競争市場の保証
    反トラスト規制を強化する。
  6. 外国における知的所有権の保護
  7. 特許システムの改正


(注1)www.barackobama.com, "Barack Obama: connecting and empowering all Americans through technology"。なお、McCain氏の綱領が、Obama綱領と同次元の充実した内容のものであれば、当然、両綱領を比較すべきであった。しかし、McCain綱領は、わずか2700 語の簡単なものであって、内容も規制撤廃、競争推進を強調した陳腐なものであるので(これは、筆者の私見だけではなく、幾人かの論者が指摘しているところである)、紹介は省く。
(注2)FCCの立場は、2層料金を含む料金設定は非規制とするが、それ以外のインターネット回線のオープンネスは、FCCの裁定(実はガイドライン)で定めるというものである。これに対し、Obama氏は明らかに2層料金の設定をインターネットプロバイダに認めないという立場を堅持している。2008年9月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、Comcastのインターネット・トラヒック管理に介入」
(注3)FCCは、2007年末、反対派、賛成派の間で長年にわたり論争が続いている、メディア所有権の案件について、新聞・放送事業兼営禁止を緩和する旨の裁定を下した。しかしこの案件については、その後、訴訟が提起され、FCC裁定は発効していない。Obama氏は、明らかに、伝統的な民主党の主張の上に立って、地域の弱小メディアを保護する立場を取っている。
(注4)FCCのMartin委員長は、テレビの有害番組から子供を守る対策に力を入れている。この対策の目的、手段についてのObama氏の見解は、現に実行されているFCC政策と、さほど差はないものと考える(筆者注:筆者は実は、この案件については不勉強)。
(注5)米国議会は、2008年7月1日、ブッシュ政権の強い要請を受けて、令状によらない米国国民のwiretappingが行われる可能性を大きく残したFAA(FiSA改正法)を可決した。Obama候補は、この法案に賛成票と投じ、同氏の支持者層から強い批判を受けた。I の(4)の「プライバシー権利の保護」は、この批判に対するObama氏の回答であり、政権取得後、FAAを改定するとの同氏の強い意思を表明したものと受け止められる。2008年7月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「ブッシュ大統領の完勝に終わったWiretapping法制化 - FAA(FISA改正法)成立」


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