DRI テレコムウォッチャー


FCC、Comcastのインターネット・トラヒック管理に介入
2008年9月15日号

 2005年8月、FCCは、すべてのインターネット・アクセスのサービスを電気通信サービスと区別された情報サービスとして位置付けた。当然、情報サービスは、規制が撤廃される。
 しかし、民主党FCC委員からの強い要請がありFCCによるインターネットの管理は、インターネット・アクセスについての政策宣言という形でこの裁定に付加された。当時の解釈では、この宣言はあくまでも、ガイドラインであって、強制力を持たないものだとされた。
 FCCは、その後、インターネットの運営に関する監視を怠らず、大きな裁定をくだす機会を捉えて、インターネット・プロバイダーによるインターネット運営の自由を制約する要請をこれまで2回、行った。
 まず、2006年12月、FCCは、AT&TとBellSouthの合併を承認した機会に、AT&Tに対し今後、3年間、同社がかねてから実施を計画していた2層料金(同一の品質を有するインターネット・アクセスのサービスであっても、それぞれ異なる料金を設定すること)の提供を差し止めることを約束させた(注1)。さらに、2007年11月、FCCは、携帯電話サービスに利用される700MHZ帯周波数のオークション条件を設定する裁定を下した際に、特定の周波数の利用方法について注文を付けた(注2)。すなわち、カバーするエリアが広いCブロックのライセンスを取得する事業者に対して、ユーザは、この周波数帯を利用して運営するネットワークにおいて、どのようなアプリケーション、電話機も利用できるようにすることを義務付けた。

 FCCは、2008年8月1日、インターネット政策宣言を発出してから、3度目のインターネットに関するユーザ保護の施策を裁定した。ここでFCCが槍玉に挙げたのは、ケーブル会社最大手のComcastであった。FCCは、同社の特定のトラヒック管理のあり方が、ユーザのネット利用の公平性を害し、さらに、コンテンツの内容に応じてのトラヒック管理はプライバシーを侵害するものであると批判し、このトラヒック管理方法の是正を求めた。
 一見、あまりにも些細な対象を問題にしたと取れる今回のFCC裁定は、法的に見ても、また、その裁定が妥当なものであると見てよいかどうかといえる点から見ても、さらに、そのインパクトからしても、きわめて肝要な内容である。本論では、8月1日に行われた裁定の骨子、FCC委員多数派、少数派のそれぞれの意見の要点、この裁定の有する意義について論述する。
 次号では、さらに、この裁定が引き起こしたインパクトについて論述する予定である。


FCC、Comcastにトラヒック管理の是正を求める裁定を下す

 FCCは、2008年8月1日、Comcastに対し同社のトラヒック管理のやり方が違法かつ不当であるとして、これの是正を求める裁定を下した(注3)。裁定は、賛成3、反対2の多数決によって行われた。なお、この裁定は、Free PressとPublic Knowledge両社(いずれも、出版会社)がFCCに対し提起した苦情に対するFCCの反応である。
裁定理由
 Comcastがpeer-to-peer(注4)によるインターネット・アプリケーションに対し適用しているトラヒック管理の方法は、混雑救済の対策としてトラヒック・コンテンツを監査し、その内容に応じて伝送の順位を定めるものである。この方法は、(1)自らが選んだインターネットのコンテントにアクセスし、また、自らが選んだインターネットのアプリケーションを利用するユーザの権利に不当に干渉している(2)ネットワークに挿入した機器を通じ、顧客のインターネットのコンテンツを監視し、peer-to-peerという特定タイプの接続方法を狙い撃ちにしてブロックしている(3)peer-to-peerにより疎通されるビデオサービスは、Comcastが自前で提供しているビデオサービスと競合する性質のものであって、Comcastは、競争相手阻止の目的を持っているのではないかとの疑いがある。
 上記の点からして、Comcastは、活力ある、オープンなインターネットを保護することを目的としたFCCの政策に違反する(注5)。
裁定の骨子
 上記の理由により、本裁定が発効して後、Comcastは以下の是正措置を講じなければならない。

  • FCCに対し現に実施している差別的なネットワーク・マネージメント実施方法の詳細を開示すること(裁定実施後30日以内)。
  • どのようにして、このような差別的ネットワーク・マネージメントの実施を中止するかを記述したFCC裁定を遵守する計画書を提出すること(2008年末までに)。
  • 顧客ならびにFCCに対し、現行のネットワーク・マネージメント実施方法に代わる新たな実施方法を開示すること(裁定実施後30日以内) Comcastが上述の裁定内容に従わない場合には、FCCは、すぐさま、その度合いに応じその差別的なネットワークマネージメントを停止する暫定的な救済措置(injunctive relief)を講じる。


両極化したFCC委員(5名)の意見

 裁定に当り、5名のFCC委員がそれぞれ提出した意見書の骨子は次表の通りである。
 今回のFCC委員たちの意見表明で注目すべきことは、共和党のMartin委員長が自党の共和党員ではなく、民主党委員2名と多数派を結成しこの裁定を行ったことである。
 本来なら、委員長をサポートすべき立場の共和党委員2名は反対意見を提出し、反対票を投じた。
 そもそも、Tete、McDowell両共和党員は、裁定の案を示されたのが、裁定予定日の前日であって、裁定内容の打ち合わせ、裁定内容は、Martin委員長が民主党のCopps、Adelstein 両委員が固めたものである。例によって、党派にこだわらず、是々非々主義で事を決するMartin氏らしい不羈奔放なやりかたである。

表 5名のFCC委員の意見概要
委員名賛否意見概要
Kelvin J.Martin (共)賛成Comcastは、一部インターネットユーザのコンテンツを監視、選別するという違法な手段によるトラヒック管理を行っている。これは、FCCが2005年に制定した公衆インターネットについての政策宣言に違反している。FCCが、今回の裁定を出したのは、Comcastに、今後、このような違法行為を行わせないようにするためである。
Michael J.Copps(民)賛成今回の裁定は、インターネットの公開性を確保する意味において、画期的な意義を持つものである。この裁定により、2005年の公衆インターネットに関する政策宣言には、生命が吹き込まれた。
今後、ネットワーク・プロバイダーによる不当な差別的トラヒック管理の禁止を政策宣言の5項目として導入することが好ましい。
Jonathan S.Adelstein(民)賛成政策宣言に基づき、FCCがインターネットユーザからの苦情申告申し立てに対し具体的な裁定を行ったのは、これが最初である。この裁定により、消費者は、インターネットに自由を保証されることとなろう。
Deborah Tate(共)反対今回の裁定は、ケイス・バイ・ケイスの案件について、FCCの判断を示したというものであって、さほど、画期的なものであるというものではない。FCCは、トラヒック管理というような民間企業の事業実施のやりかたについて、断定的な裁定を行うべきではない。調整者としての機能行使に留まるべきである。
Robert M. McDowell(共)反対今回の裁定は、違法である。2005年8月、FCCが政策宣言を出したとき、この宣言は、ガイドラインに過ぎないものであって、この宣言をあたかもFCC規則のように、今後のFCCの調査、制定に結び付けようとする意図はなかった。

今回の裁定の問題点

 Comcastのトラヒック・マネージメントの仕方に介入した今回のFCC裁定は、FCC多数派委員のネット・ニュートラリティー問題について取り組む態度を明確に示している。しかし、少数派委員2名が反対意見において批判しているように、法的に見ると問題が多い内容である。以下、問題点を指摘する。

1. 2005年8月のネットワーク政策宣言4原則の準規則化とネットワーク・マネージメントへの介入も行える旨の表明との関連
 2005年8月5日に定められたネットワーク政策(4項目)は、発表当時のFCCの説明によれば、FCCはこの原則が履行されるように努力するが、あくまでも、ガイドラインに過ぎない性格のものであった。
 ところが、2007年11月に出版会社2社からComcastが行っているネットワーク・マネージメントは違法かつ不当であるとの苦情申請が出て、FCCがこの案件の仔細に検討を始める過程において、FCCは、(1)ネットワーク政策宣言を基にして、キャリアにFCCの政策を強制すること(つまり、ネットワーク政策宣言の準規則化)(2)新たに不当に差別的なトラヒック・マネージメントをもFCCの監視対象に加えること(4項目のネットワーク宣言の実質上の拡大)を決意し、この決意を基にして今回の裁定を下したものである。法的に見れば、強引極まりない裁定だと言わざるを得ない。
 この経緯は、2008年4月22日、Martin委員長が上院の商業・科学・運輸省委員会に提出した意見書に明らかである(注6)。この意見書は、インターネットにアクセスするに際し、消費者保護をどのように行うかという視点から組み立てられた論述である。その内容は、現にFCCが取り組みを行っているComcastのトラヒック・マネージメント案件についての取り組み、およびインターネット政策宣言との関連を上院の所管委員会に説明したものである。近々、実施する予定のFCC裁定について、事前に了解を取り付ける目的を有したものであったことは、いうまでもない。
2.トラヒック・マネージメントにFCCが介入することは、適切かどうか。
 インターネット・プロバイダーが行っているトラヒック・マネージメントは、高度に技術的な分野であって、果たして、FCCが介入するに適した分野であるかは、問題である。たとえば、Martin委員長は、Comcastが、コンテンツの内容に応じて、優先順位をつけた措置を郵便局が、封書を開示し、その内容に応じて、配達を早めたり遅らせたりする行為になぞらえて批判(いわば通信の秘密侵害)しているが、この批判は的を得たものとは思えない。業務上、顧客のトラヒックを整理するという目的で、インターネット・プロバイダーがコンテンツを監視する行為は、他に適切な手段がなければ、許容されると解釈するべきではなかろうか。コンテンツを業務上知りえた職員に、守秘義務を負わせれば足りる。氏は別の箇所で、インターネットプロバイダーは、子供向けのポルノをプロバイダーは、拒否する義務があると論じているのだが、ポルノを拒否する目的のためには、コンテンツをチェックする以外に方法がないのであり、これは、Martin委員長自らが、インターネット・プロバイダーによる業務上の必要によるコンテントのチェックを是認したことにならないだろうか。
3.料金規制は行わない旨を明言したMartin委員長
 Martin委員長が裁定に付した意見書は、裁定と同様に重要と思われる。このなかで、Martin氏は、FCCが今回、今後もインターネット・プロバイダーがユーザのコンテンツを読み取り、その結果に応じてインターネットをブロックしたり、伝送速度を遅くしたりするような行為に対しては、監視を続けることを強調している。しかし、Martin氏は他面、これは例外的な介入であって、FCCは、インターネット料金、料金のアンバンドリング等の経済的な規制には、関与しないと明言している。
 ちなみに、AT&T、BellSouthの合併を承認した機会に付された2層料金実施の3ヵ年間の禁止期間は、2008年末で期限切れとなる。 この時期に、Martin委員長が、このような意見を提示したのは、きわめて示唆的である。筆者は、一見、奇異とすら見えるほどに厳しいComcastに対する裁定は、Martin委員長からすれば、インターネット料金の従量制の方向に向けての動きを容認、あるいは、促進する政策を隠すためのいちじくの葉ではないかとすら、考える。



(注1)2007年1月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、2006年末にAT&TとBellSouthの合併を承認」
(注2)2007年8月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、700MHZ周波数帯オークション条件設定の裁定を下す」
(注3)裁定文は67ページからなるかなり長文であるが、筆者は次のFCCプレスレリースによった。2008年8月1日付けFCCプレスレリース、“Commission orders Comcast to end discriminatory network management practice”。
(注4)不特定多数の個人間でファイルを相互に接続する目的で開発されたアプリケーション(ウィキペディアによる)。
(注5)FCCは、2005年8月5日、DSLサービスを情報サービスと位置づける裁定を下した。
この裁定にあたり、FCCは、インターネットに関する次の4項目からなる政策宣言を定めた。
消費者は、適法なインターネット・コンテンツを自ら選び、これにアクセスする権利を有する。
消費者は、法律の要件に従うことを条件として、自らが選択するアプリケーションを運営し、また、サービスを利用する権利を有する。
消費者は、ネットワークに害を及ぼさない限り適法な機器をネットワークに接続する権利を有する。
消費者は、ネットワーク・プロバイダー、アプリケーション・サービスプロバイダー、サービス・プロバイダー、コンテンツ・プロバイダー相互の競争を保証される。
この政策宣言が発出された背景については、2006年5月1日号DRIテレコムウオッチャー、「FCCが仕切る米国のネット・ニュートラリティー政策」を参照されたい。
(注6)2008年4月22日付けの以下のFCC文書。「Written Statement of J.Martin, Chairman FCC Before The United States Committee on Commerce, Science and Transportation」


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