2008年7月11日、Apple社は、予想されていた通り、3Gネットワーク対応の新型iPhoneを世界21国(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、ドイツ、香港、アイルランド、イタリア、日本、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国)で一斉に売り出した。フランスのみは、一週間遅れ(AppleとフランスのキャリアOrangeとの販売条件の調整のため)の7月18日の発売となった。
新バージヨンiPhoneの発売開始を告げたApple社のプレスレリースで、同社CEOのSteve Job氏は、「昨年iPhoneを市場に出してからちょうど1年後(筆者注:2007年の発売は6月28日に行われたので、正確には1年1ヶ月近く後)に、当社は、半値料金、倍の速度の新型iPhoneを発売する」と高らかに宣言した。さらに「iPhone3Gは、マイクロソフト社のExchange ActiveSyncをサポートし、iPhoneSDKにより創り出された第3者作成のアプリケーションを提供する。また、2008年末までには、全世界70国以上に、発売先を広げる」と述べた(注1)。
新型iPhoneは、おひざもとの米国はもとより、他の国々でも、好評を博している模様である。発売開始、わずか3日後の7月14日、Apple社は、新型iPhone100万台を売り上げ、さらに同社のApp Store(ネットを通じ、ソフトを販売するバーチャル店舗)により1000万件のアプリケーションのダウンロードがあったと発表した(注2)。
Apple社は、センセーショナルな殺し文句を打ち出すことにより、利用者、ジャーナリズムを惹きつける術に長けている。それにより話題を呼び起こしては、企業イメージを高め、売り上げ増を狙うという独自の広報活動を取っている。2007年1月、Steve Job氏が、初めてiPhone発売構想をぶち上げた時、同氏は2008年末までに1000万台を売り上げると約束した。この売り上げ目標が達成できるかいなかについては、旧型iPhone発売後、当分の間、論者の間で否定、肯定の意見が大きく分かれたことは、未だ記憶に新らしい(注3)。しかし、今回、明らかになった新型iPhoneの爆発的な売り上げ増のニュースからすると、当初、Steve Jobs氏の大言壮語に過ぎないと見る向きも多かったこの予測数値を、今では、疑う人がいない状況となった。
ただ、Apple社が、今回、プレスレリースの副題にも使った「速度は倍、価格は半値(Twice as fast at Half the Price)」という謳い文句も、いささかトリッキーではある。なるほど、米国における新型iPhoneの売り渡し価格は16GB対応が299ドル、8GB対応が199ドルと、それぞれ最初のバージョンに比し、ほぼ半値になっている。しかし、加入者は、義務付けられた2年間の契約期間に、旧機器の場合より15ドル高い月々の定額料金を支払わなければならない。この料金分(2年間で360ドル)を加算すると、旧機種と新機種との料金差はほとんどなくなってしまう。むしろここでは、今回大きく原価割れした低価格の端末をキャリアに売らせる。しかし、卸売り価格は、Apple社が十分に利益が上がる程度の水準に設定し、キャリアは、端末安売りの損失を月々の使用料から償還すると言う方式を採用した点が注目される。多分、Apple社は、旧バージョン販売の経験から、欧米、日本で通常に行われている方式を導入し、毎月のキャリアの使用収入から配分を受ける方式を断念したのであろう。
3GバージョンiPhoneでは、最初のバージョンiPhoneに比し、幾つもの改善が加えられた。その最たるものは、第3者が製作したソフトの取り込みである。Apple社は、2007年6月、旧機種を発表した当時は、Appleプロプライアトリーのソフト以外の使用をユーザーに一切認めないとの強い姿勢をとった。しかし、ソフト業者からの強い反対、FCCによる回線、機器のオープン化の基本方針の声明により、その後、急遽、180度の方針転換を行った(注4)。すでに、旧機種においても、iPhoneSDK(2008年3月発表、第3者業者によるソフト開発用キット)の発表によって、第3者ソフト利用の道を開いた。3Gバージョンでは、利用者は、Appleのバーチャル店舗、App Storeから、数多くの有無料のソフトにアクセスができるようにしている。
これが、旧機種iPhoneに対する新機種iPhoneの最大の改正であることについて、論者の意見は一致している。いわば、3GPhoneは、限りなく "携帯PC" に近い製品なのである。
以下、本論では、3GiPhoneに対する評価、それに対するユーザ・関連筋の評価、他のスマートホーン業者に対するインパクト、わが国での受け入れ見通し等について、さらに述べる。
3GiPhoneに対する評価(注5)
総評:3GiPhoneについては、様々な論者が、その性能について論評しているが、2007年6月、旧バージョンが登場したときに比し、欠点を指摘する向きが少なくなっている。最大公約数としては、(1)消費者用ユーザに対するスマート電話端末として、最強の製品である(2)携帯PCとしての存在を大きくクローズアップしている。2008年7月11日は、1985年のMicrosoftによるWindows95の出現に匹敵する画期的な事件である(Windows95が第3者ソフト事業者に固定PCに対するソフト提供を容易にすることにより、固定PCをオープン環境の下に置いたのと同様のことを3GiPhoneが成し遂げたという意味)(3)旧機器は、デザイン性が高く評価されたが、3GiPhoneのデザインもさらにエクセレントであるなどと絶賛に近い評価がなされている等の意見が見られる。
デザイン性:サイズは、旧バージョンと同じ。軽量化は少し進んだ(4.8オンス→4.7オンス)。特にカーブさせたプラスティック製の背部が卓越したデザイン性を備えている点については、多くの論者が感嘆するところであって、"セクシー" だという言葉すら使われている。
選択肢が増えたe-mailのアプリケーション:Microsoft Exchange、Gmail、 Yahoo!、AOL等のメールが選択できる。Apple社のメールサービス、Mobile Meももちろん利用できる。
Apple Storeを通じての第3者アプリケーションの利用:すでに述べたとおり、ユーザはApple Storeを通じて、第3者のアプリケーションを無料または有料で利用することができる。
Apple社によれば、現在、利用できるアプリケーションは約800、そのうち200は無料。有料のものの90%は10ドル以下の料金だとのことである。有料アプリケーションについて、Apple社は30%のコミッションを得る。このコミッションは、将来Apple社の大きな収入源になろう。
3Gネットワークによるスピードアップ:3G使用によるスピードアップのメリットは、明らかに認められるという。ただし、AT&Tの3Gネットワークは、現在、米国ですべてのエリアをカバーしているわけではない。2.5Gの地域に入ると、自動的にスピードが落ちてしまうことは、止むを得ない。
GPS:改定バージョンでは、衛星利用によるGPSサービスも付け加えられた。まだ、固定PCからのサービスに比すると不完全だが、目標の位置、運行中の車両表示に十分利用可能だとのことである。
3G対応iPhoneで、なおも不満足だとされるサービス
最大公約数的に指摘されているのは、次の3点である。
(1)バッテリーの耐用時間の短さ、取替えの不便
Apple社は、最初のiPhoneバージョンの場合よりバッテリーの耐用時間を延ばしたと主張している。しかし、この機器をテストしたアナリストたちは、おおむね、旧バージョンに比し、むしろ耐用時間は短くなったと感じると不満を漏らしている。
他のスマートホーンは、バッテリーの取替えを自前で行えるし、耐用時間が長い。当分、この欠陥は是正されることはなく、iPhoneの欠点として残る見込み。
(2)ビジネス用eメールのソフトはまだ不十分
Apple社は、3Gバージョンでは、ビジネス用の環境に適合したように、ソフトを改善したと宣言している。確かに、第三者のソフトをかなりの程度、使えるようにしたことにより、ビジネス用の利用に適する能力は備えてはいる。ビジネス情報を取り込めるソフト、Microsoft Exchange ActiveSyncも利用できるようになった。
しかし、この面では強力な性能を誇るBlackBerry端末を出しているRIM(カナダのメーカー)に、未だ、及ばないと評されている。
(3)精彩を欠く音声サービス
旧バージョンに比し、音声サービスの品質は向上したといわれる。しかし、他のデータ、マルチメデイアのサービスが光彩陸離たるものがあるのに比し、iPhoneの音声サービスが精彩を欠いている点は否めない。これは、iPhoneが、その名称にもかかわらず事実上、携帯PCなのであって、音声サービスは、ほんの付帯サービスにすぎないことを示すものかもしれない。
脅威を感じ始めだした他のスマートホーン
3GiPhoneの売れ行きが爆発的に伸びているため、Apple社に先行してスマートホーン業界に参入しているRim、Nokia、Motorola等のメーカは、その脅威を感じ始めている。その最たるものは、Rimの人気機種BlackBerryである。
もっとも、スマートホーン市場の規模は、現在約1億台に達しており、2012年には、4億台にも成長するだろうと見られる。Rimは、iPhoneから、自社の住宅用市場のシェアを多少とも、蚕食されることがあろうとも、同社が強力な地盤を持つビジネス市場では、まだまだiPhoneに対抗できると強気である。
BlackBerryが他社の機種に比し、iPhoneに対し防御力がある証拠としては、旧iPhone機種への、BlackBerry加入者からの移行がわずか5%に過ぎなかった点があげられる。これに対し、Motorolar、Samsung、Nokiaからの移行比率は、それぞれ16%、16%、13%であったという(注6)。
未だ定まらないわが国における新型iPhoneの評価
わが国で、Apple社と提携し、新型iPhoneの販売元となったのは、Soft Bank社である。米国の最新のIT・通信サービスをいち早くわが国に導入して新風を巻き起こし、Vodafoneの携帯電話事業(日本)を取得して以来、携帯電話事業を事業の主軸に据えている同社としては、iPhoneの販売権取得は、当然の成り行きであった。
2008年7月11日、午前7時、Soft Bank社は、同社の旗艦販売店、表参道店において、iPhoneの先行販売(他の販売店は正午)を開始した。米国で、旧バージョンiPhoneが発売されて以来、丸一年の間、日本のIT研究者・Apple社製品の愛好者等の海外ウオッチャーは、この機器をすでに十分に研究し尽くしていたのであって、この発売日を待ち望んでいた人々は多かった。表参道店では、1400人ほどの人が行列を作ったという。
同店での発売に先立ち、Soft Bank社の孫社長は、「携帯がスマートホーンになる元年だ。パソコンより、ネットにアクセスするのが快適になる時代が来る。皆さんとその日を迎えられて光栄である」と熱っぽく語った。
現在、わが国における最初のiPhone出荷分はすべて売り切れており、近々、第2回目の販売が開始される模様である。もっとも、Apple社は意識的に最初の出荷数を絞ったと見られ、iPhoneの売り切れは、7月11日に販売を開始した22カ国のほとんどで、グローバルに起こっている。この現象自体から、わが国におけるiPhoneの将来を読み取ることはできない。
周知の通り、わが国では、世界に先駆けて諸種の携帯電話サービスを開発し、独自の携帯文化が根付いている。たとえば、親指だけで迅速にキータッチを行い、メール交換をするビヘイビアに慣れ親しんだ携帯利用者が、にわかにキーボードなしで両手を使用する情報インプットの方式に移行するのには、大きな抵抗があろう。また、相当に普及が進んできたケイタイサイフのような新サービスもiPhoneは、提供していない。さらに、23000円という端末価格自体は、リーズナブルのものであるにせよ、データを使い放題にした場合の月額料金7280 円は、一般のユーザーにはズッシリと懐に響くはずである。
発売開始後間もない現在、わが国におけるiPhoneの将来を占するのは、あまりにも時期尚早ではあるが、かなりの規模のまとまった顧客数を獲得するまでには、未だかなりの期間を要するのではなかろうか。
(注1) | 2008年6月9日付けApple社のプレスレリース、"Apple introduces the New iPhone3G."
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(注2) | 2008年7月14日付けApple社のプレスレリース、"iPhone App Store Downloads Top 10 million in First Weekend." |
(注3) | 2007年7月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「遂に市場に出たiPhone-果たしてヒット商品になるのか」。 |
(注4) | 2008年5月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「快進撃を続けるiPhone、確実となった2008年末1000 万台販売目標の達成」。 |
(注5) | この項の総評については、幾点ものネット資料による評価を集約した。主に参考にしたのは、2008年7月11日付けhttp://news.cnet.com, "Cnet's iPhone 3G review in real time" および、2008年7月12日付けhttp://www.infosyncworld.com, "iPhone 3G review." |
(注6) | 2008年7月21日付けhttp://auto.research.msn.com, "Rim Getting Beat up Unfairly, Enough room for Black Berry and iPhone." |
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