DRI テレコムウォッチャー


ブッシュ大統領の完勝に終わったWiretapping法制化 - FAA(FISA改正法)成立
2008年7月15日号

 ブッシュ大統領は、2008年7月10日、下院を通過し上院で可決(7月8日)されたばかりのFAA(FISA規制法案)に署名をした。洞爺湖サミットから帰国して、間もないことであった。DRIテレコムウォッチャーでたびたび報道したとおり、2006年以来、最大の議会と大統領との対立案件であったWiretapping法制化を巡る問題(よく、米国ジャーナリズムで、大統領にとっては、“喉に突き刺さった骨”と表現された)が、大統領の信じるままの形で、解決されたことになる。赫々たる成功であって、ブッシュ氏は、現在、上機嫌のはずである。
 署名にあたり、ブッシュ大統領は、次のような談話を発表した。
 「この法律は、わが国の諜報の専門家(intelligence professional)が、テロリストの会話の内容、将来計画を探知する助けになるものである。また、この法律により、わが国を守るために、政府に協力する企業は、将来、過去を問わず、訴訟からの免責が確実になる」。
 1967年に可決されたWiretapping法案であるFISA法をどのように改正するかについては、(1)部分的な改正に留め、米国市民の人権(具体的には通信に秘密)を尊重するものにする。通信の秘密を侵害されているとの事由で訴訟(40件以上)を提起されている米国の大手通信会社(主なものはAT&TとVerizon)に対しては、将来の裁判結果について免責を行なわない。(2)海外のテロ対策を通信手段の急速な進展の時代に即応したように、効率的に行えるようにし、米国市民の人権保は従となってもかまわない。米国大手通信会社に対する政府機密活動への結果であるWiretapping行為は、免責にするとのFISA改正についての大きな2つの方向が対立した。(1)は、リベラルな立場、(2)はブッシュ政権の意向に沿った立場だと分類してもよいだろう。
 ブッシュ大統領が署名したFAA法は、明らかに、ブッシュ大統領の意向に沿った(2)の路線の法律である。今回、米国議会、市民団体、ジャーナリズム業界(ブッシュ政権による令状によらないWiretapping問題を最初に提起したNewYork Times、The Nation等)のリベラル派は手痛い敗北を嘗めた。
 端的に言って、ブッシュ大統領は、2001年11月11日のテロ事件を反復させないためのWiretappiig法制の構築を“踏み絵”として使い、米国議会の議員連を説得(半ば脅迫)し、赫々たる成功を収めた。さらには、大統領選挙期間中に行われたこの大きな賭けは、リベラル派の希望の星と見られている民主党のObama候補を上院において法案可決に賛成させるというハプニングをも引き起こした。このObama 氏の公約違反(同氏は、2008年初めには、この法案は、フィルバスタリングを行っても、阻止してみせると公約していた)は、“チェインジ”を合言葉にしている同氏の革新的姿勢に共感した熱狂的な支持者層を離反させる効果をもたらしている。
 ただ、市民団体(ACLU、EFFを主体とする)、一部ジャーナリズムによる訴訟を通じてのこの法律に対する反対運動は、すでに始まっており、Wiretapping法制のありかたを巡る問題の根本的解決は、さらに長引くことが予想される。
 本論では、FAA成立の経緯、FAA法の骨子、問題点を紹介する。


FAA成立の経緯

 DRIテレコムウォッチャーで2008年4月に紹介したとおり、2008年3月末の時点においては、下院においては、特に大手電気通信事業者による政府のWiretapping行為に歯止めを掛けようとする趣旨を盛り込んだ法案が可決された。これに対し、上院では、ブッシュ政権寄りの法案が可決された。その後、この相反する法案を調整する方向での努力が進行した(注1)。
 2008年6月20日、ニューヨークタイムス紙は、最近、議会の上院、下院の幹部とブッシュ政権の関係者の間で、FISA改正法案の内容について合意が成立し、今後、米国上院、下院は、この合意の方向に沿って、立法努力が為されるであろうと報道した(注2)。
 合意形成に当たって立役者となったのは、下院では民主党リーダのSteny Hoyer議員、上院ではChristopher Bond議員である。
 ニューヨークタイムス紙が予測したとおり、この後、合意の線に沿って法案の審議は、急ピッチで進んだ。
 6月20日、FISA改正法案(以下、FAAと標記)は、293対129票で下院を通過した(注3)。
 上院においては、一部、民主党議員の審議日程延期の強い要求により、独立記念日7月4日以前の審議は見送られた。しかし、記念日後の7月8日、9日、10日における審議により、FAAは、10日、賛成69票、反対28票、棄権3票でFAAを可決した。民主党のDodd、Bingaman、 Leahy等の議員は、この法案を阻止するため、修正提案を行ったり反対演説をしたりして、懸命の努力をしたが、共和党議員はもとより、民主党議員の多数も法案賛成の投票を行い、衆寡敵せずの結果に終わった。
 興味深いのは、大統領候補者2名(Barack Obama、John McCain)と今や民主党Obama候補のもっとも強力なサポータであることを宣言したClinton氏が3人各様に異なった投票行動を取ったことである。Obama氏は、賛成票と投じるというセンセーショナルな行動に出た。McCain氏は、選挙スケジュールで忙しいとの理由で棄権した。Clinton氏は反対票を投じた。
 7月10日、ブッシュ大統領は、上下両院における待望のFAA法案成立を待ちかねたかのように、法案に署名した。


ブッシュ大統領の望みのままの内容のFAAがなぜ成立したか

 今回のFAAの内容は、テロ対策の観点から見れば、なるほど、完璧に近いものであろうが、米国憲法が定める人権保証(修正憲法第4条が規定する裁判所の令状を取らない、捜査の禁止)に明白に違反するものと考えられる。しかも、現に進行中の裁判を無効にせざるを得ない判決を所管の裁判官に強要する趣旨の条文を含んでいるが、これは、前代未聞のことである。
 なぜ、このような異例の内容を持つFAAが成立してしまったか。
 この問題は、今後も米国において議論が続くであろうが、最大の要因はただ一つ。ブッシュ政権は、2001年9月11日のテロの再発を防ぐために、最大限の情報収集が必要である旨を力説、上下両院の議員を説得することに成功したのである。さらに、その根底には、本年が選挙の年であり、選挙民のマジョリティーは、大統領ブッシュの論理を受け入れているという現実がある。単純に言えば、米国民は、一部のインテリ層、リベラル層を除き、人権問題にさほど関心はないのである。
 2008年の4月から6月にかけて、上下両院の議会民主党の首脳陣と政府、情報コミュニティ関係者との間で、どのような議論が進行したかは、定かでない。しかし、ホワイトハウス側は、政府の要請を退けたため、AlQuedaについての情報不足のため、将来、第2の2001.9.11テロが再現されたとき、民主党は責任を取れるかと執拗に迫り、民主党幹部はこれに応じたというのが実態のようである。
 確かに、共和党は、Wiretapping問題を2008年の選挙の最大の武器として使うだろうということは、噂はされていたが、この噂は本当であったようである。
 たとえば、前述したように、FAA投票についてObama候補者とClinton氏の票が分かれた。共和党のMcCain候補は、今後の選挙運動において、Obama候補に信念がないこと(Wiretapping法反対→賛成への背信行為)、Obama、Clinton両氏のこの件についての投票行動の差異を強調して、Obama候補批判を選挙キャンペーンの一部にすることは、十分に考えられる。
 それにしても、2005年12月のニューヨークタイムスによるブッシュ大統領の令状なしでのWiretapping疑惑を報じたスクープ記事に始まり、EFF、ACLUの両人権団体が主導して提起された多くの訴訟、元AT&T職員からのAT&Tは米国政府依頼により大掛かりなWiretapping装置を稼動しているとの内部告発等、明らかに政府側に不利と思われる状況下にあって、自らの意図をほぼ忠実に満たしたFAA法を成立に導いたブッシュ大統領と大統領のスタッフの力量には、畏怖を覚えざるを得ない(注4)。


FAAの問題点

 FAAの問題点は、主として次の3点に要約されよう(注5)。
1. 電話サービス提供事業者および、ブッシュ大統領の特別命令を免責したこと。
同一の条文で、両者の免責が一挙に行われていることに注目されたい。しかも、Qwestの前社長が証言するとおり、ブッシュ大統領の令状無しのWiretapping指示の違法特別命令は、2001年9月11日以前にも行われていたと推測するに足る大きな疑惑があるのだが、この事実を考慮していない。
2. FAAに対する排他的権限付与の規定を設けたことによって、将来、大統領命令の違法行為は、防げるであろうというのが、今回の妥協に応じた民主党主流派の考え方である。しかし、実のところ、旧FISA法にも同じ規定があった。同じ規定があっても、ブッシュ大統領の特別命令発布が防げなかったのであるから、今後、ブッシュが違法行為を止めるという保証はない。
3. 米国人に対する今後の人権侵害の恐れ
今回のFAA法では、海外に住む外国人、海外に住む米国人を区別し、前者に対しては、令状なしの情報収集を徹底的に行える権限を情報機関に付与している点が特色である。

 筆者も、米国のジャーナリズムも、依然、従来から使い慣れている"Wiretapping"という名称を使用することが多いのだが、実のところ、この法律の根幹は、ひとたび、テロに関係があると疑いを掛けた人物に標的を当てたら(target)、電子的通信手段を駆使して、長期間、この人物の通信を徹底的に調査するという点にある。こういう捜査は、"Wiretapping"という名称では、カバーしきれるものでなく、"電子的手段を使った監視(electric surveillance)"なのである。
 FAA法は、海外に在住する外国人と米国人を区別し、前者に対しては、捜査の要件を極めて軽くし、後者の場合は、令状なしの調査要件をある程度、厳密にし、捜査の管轄権を普通裁判所に与えている。
 しかし、そもそも、AGとDNI主導で、迅速に疑惑がある人物に対する情報収集、捜査が行える仕組みになっているのだから、海外在住の米国に対する人権侵害が機密裡に行われない保証はない。
 さる民主党上院議員は、FAA法について、"AlQuedaと短縮ダイヤルで通信できる手合いはともかく、通常の米国人とはかかわりのない法律だ"と冗談をいったというが、FAAの有する危険性は冗談で済まされる問題ではない。
 すでに、米国政府のWiretapping による人権侵害の問題に深くかかわっており、訴訟を提起中であるACLU(米国憲法修正条項遵守を目的とした団体)、EFF(人権擁護を目的とした非営利団体)は、今回、成立したFAA法を違法であるとして、さらに訴訟提起を行った。
 注目されるのは、これまでこの案件についての発言がさほどなかったと考えられた米国の有力誌、The Nationの積極的な取り組みである。
 The Nationは、FAAは憲法違反であるとして、ニューヨーク地方裁判所に訴訟を提起した。訴えた相手は、司法長官Michel Mukasey、NDI長官のMike McConnell、NSA局長のKeith Alexander氏である。
 同誌は、訴訟提起の理由として、この法律が、長年にわたり守られてきた米国人の自由権の侵害が行われることの他、とりわけ、この法律の下では、これまでの寄稿者が、身辺調査を恐れて寄稿を拒否するので、独立した出版社の営業ができないと述べている。共同原告として、Amnesty InternationalUSA、Human Right Watch、Global Fund for Women等の人権諸団体が名を連ねている(注6)。


資料:FAAの骨子

FAAの骨子
AG、DNIの権限、外国人を標的にすること(電子的手段による監視)−外国人の場合

  • 本法は、司法長官(AG)と国家情報局長官(DNI)に対し、外国機密情報を入手する目的のため、米国外に居住する人物たち(persons)を標的にする(すなわち、電子的手段による監視を行う)権限を付与する。
  • ただし、米国内に住居をしていると信じられている特定人間の情報を故意に入手するため、米国外の人間を標的にすることは、裁判所が発行する令状を提示する場合はともかく、この権限を認めない。
  • 標的を定めるに当たっては、AGおよびDNIによる承認を要する。
  • 即刻、標的を定める(すなわち、電子的手段による監視)を開始する必要がある場合は、事前承認なしでこれを行うことができる。しかし、実施後7日以内に事後承認をとらなければならない
  • すべての承認は、海外情報監視裁判所(FISC、Foreign Intelligence Surveillance Court)に提出し、審査(review)を得なければならない。
  • 司法省およびIC(情報コミュニティー、NSA、CIA、等米国情報機関の総称)の監査責任者は自機関の活動が手続きを遵守して為されているか否かを審査し、その結果をAG、DNI、議会情報委員会に報告する権限を有する。
国外にいる米国人を標的にする場合の手続き
  • 外国に居住する米国人に対し、国内で情報収集が行われる場合は、管轄権は普通裁判所にある。この場合、担当する連邦職員(AGが認めた)は、特定の要件を備えた申請書を提出しなければならない。この要件には、標的となる人物が、外国の勢力のエイジェントあるいは、職員であると信じるに足ることを示す要件が含まれる。
  • このような情報取得の承認は裁判所が行う。この承認は90日間有効であるが、さらに、90日間延伸を求めることもできる。
  • ただし、緊急の場合はAGが承認を与え、数日後、裁判所から事後承認得ることができる。
FAAの排他的権限
 電子的監視、国内の有線・会話・電子的通信実施の排他的権限は、FAAに存する。
議会情報委員会への報告
 AGは、一般裁判所、特別裁判所が下した命令のすべてのコピーを年に2回、議会情報委員会に報告すべき義務がある。
電子情報サービス提供事業者への免責
 本法は、関連する裁判所に対し、これら事業者が提供する支援が以下のものであることをAGが証明する場合には、電子情報サービス事業者に反する判決を下すことを禁じる。
 テロリストの攻撃、米国に対する関連した行動に関するものであって2001年11月11日から、2007年1月17日までの期間の大統領の特別命令に関するもの(2)大統領の権限に属するものであって、合法的であることが示されているAGからの書面による要請あるいは、指令に記されているもの。
 関連する裁判所は、秘密裏に、承認の開示は、国家安全に反するとのAGの声明を審査することを要請される。


(注1)2008年4月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「長期化が予想される米国のワイアタッピング規制問題―最終的な解決は新政権下で」。今振り返ると、この論説の予測は、全く外れた。当時の米国ジャーナリズムの予測は、(1)多分、ブッシュ政権の下では、法案は成立するまいというもの(2)ブッシュ政権下で成立する可能性は十分あるという2派に分かれていた。筆者は、希望的観測に基いた前者の予測を採用したものであって、読者に誤解を与えたことをお詫びしておく。
(注2)2008年6月20日付けThe New York Times, "Deal Reached in Congress to Rewrite Rules on Wiretapping."
(注3)2008年3月11日、下院は電話会社に対し、過去に遡っての免責をしない条項を織り込んだFISA改正法を213票対197票で可決した。この数字と今回の下院の電話会社の免責を折り込んだ新法案可決の賛否投票数を比較してみると、興味深い事実が浮かび上がる。わずか5ヶ月ほどの間に、96名(ほぼ全員が民主党員)が態度を変えたのである。もちろん、この間に民主党指導部の方針が180度転換した影響が大きいのであろうが、あるネット紙は、AT&T、Verizon、Sprint、Qwestが共同運営している機関は、2005年以来、多額の資金をこれら議員に提供してきたのであって、この基金のインパクトも大きかったはずだといっている。2008年7月3日付のhttp://www.pioneerlocal.com, "Bean's record on wiretapping consistent despite donations."
(注4)多くの米国の新聞が、FAA成立の意義を論評している。ここでは、これらの新聞を通読した上で、筆者が達した結論を記述した。特に、2008.7.10付けNew York Times, "Senate backs Wiretap Bill to Shield phone companies." は参考になった。もっとも、2007年末、鋭い筆致でブッシュ政権の令状なしWiretapping疑惑を報じた同紙としては、今回の論調は、いささか歯切れが悪い。この記事では、民主党は、FAAでブッシュ政権と“妥協”したと発表しているが、市民団体は“屈服”したと見ていると報道している。
New York Times紙みずから、FAAの成立を米国議会の米国政府に対する屈服と考えていることは、明瞭であるのに。
(注5)資料FAAの骨子を参照されたい(重要な箇所はゴシックにしてある)。これは、http;//www.govtrack.us, "S.2248:FISA Amendments Act 2008"を部分的に翻訳したものである。成立したFAA法でなく、下院が可決した法案によったものであること、筆者の理解不足のため、良い翻訳になってはいないことをお断りしておく。
(注6)カリフォルニア連邦地裁のWalker裁判官は、下院がFAAを可決し、上院が審議に入る前の年7月3日、あたかも上院に影響を与えるためにその時期を選んだかのごとく、大統領が2001年11月11日後に発した特別命令は、明らかに旧FISAに反し、違法であると判示している。2003年7月3日付けNewYork Times, "Judge Rejects Bush View on Wiretapping." ところで、筆者がFAAの骨子の項で示したとおり、FAAは、電子情報提供事業者の免責を自動的に認めているのではない。大統領の権威をひけらかして、所管裁判所裁判官の判断にゆだねていると取れる条文になっている。今のところ、この点について触れた米国ジャーナリズムの記事にお目にかからないが、筆者は、硬骨リベラル派のWalker裁判長の今一度の出番があるのではないかと期待している。

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