DRI テレコムウォッチャー


Verizon Wireless、Alltelを合併へ - 止まらない米国携帯電話事業者の統合傾向
2008年7月1日号

 2008年6月初旬、Verizon Wireless(米国第2位の携帯電話事業者)は、Alltel(米国5位の携帯電話事業者)を買収することで、Atlantis Holdings(大手投資ファンドのTPG CapitalとGSCPが共同所有しているAlltel運営企業)と合意した。
 この合併合意は、今後、司法省およびFCCの承認を得なければならないが、両規制機関は両社合併にあたり、多少の条件を付することはあるとしても、合併を拒否することは考えられない。Verizon、Alltelの合併は、Verizonが望んでいるように2008年末、あるいは少し時期が延びることがあっても、2009年初めには実現することとなろう。
 これまで、米国携帯電話のナショナルキャリアは5社であったが、両社合併により、次表のとおり4社体制となる。

表 米国の携帯電話ナショナルキャリア4社とその加入者数(2008年3月末現在)
事業者名加入者数(万)
Verizon Wireless8040
AT&T Wireless7140
Sprint/Nextel5240
T-Mobile3080
注:上表中、Verizon Wirelessの加入者数8040万は、6720 万
(Verizon Wireless)と1310万(Alltel)の和である。

 ところで、上表の4社のうち、Sprint/Nextelは、最近、急速に加入者数を減らしており、他の携帯電話事業者の草刈場になっている状況である。同社については、(1)T-Mobileからの買収(2)Nextel部門のスピンオフの噂が絶えない。また、DT(Deutsche Telekom)に属するT-Mobileは、健闘しているものの規模が小さい。
 従って、米国携帯電話事業界におけるVerizon Wireless、AT&T Wirelessの占める地位はきわめて大きくなり、規制当局、議会筋、ジャーナリズムの一部識者たちから、寡占化傾向による弊害の危険が指摘されるゆえんである。

 Verion WirelessによるAlltel合併の条件、Alltel合併がもたらすインパクト等については、本文で紹介する。


Verizon、Alltel合併で合意 - AT&T Wirelessを抜き携帯電話事業首位の座を奪還

 Verizonは、2008年6月5日、Alltel CorporationsとAtlantis Holdings LLCとの間で、Alltel Corporationを買収することで合意したと発表した(注1)。
 合意の骨子は、次の3点である。

  • Verizon Wirelessは、Alltel Corporationsを59億ドルで買収する。Alltel Corporationsは222億ドルの負債を有しているので、実質の買収額は280億ドルに達する。Verizonは、買収額(59億ドル)をキャッシュで支払う(注2)。
  • 今回の合意は、規制機関の承認を得なければならない点を考慮し、合意の両当事者は、2008年末を合意内容実施の目標時点と定める。
  • Scott Ford氏は、両社(VerizonとAlltel)の合併が終了するまでは、現職(AlltelのCEO兼会長)の地位に留まる。


Verizon、Alltel合併の背景 - Verizonと投資ファンド2社の利害の一致

 今回の米国大手携帯電話事業2社の合併合意は、(1)AT&Tを抜いて是が非でも携帯電話業界第1位の地位を占めようとする買収する側、Verizonの強い執念(2)買収される側のAlltelを所有する投資ファンド2社(TPD CapitalとGSCP)が、2007年7月以来のサブプライムローン市場崩壊がキッカケとなって生じている金融危機に対する対応策という両者の思惑が合致したことによる点が大きい。
 Verizonは、2006年末に、AT&TがBellSouthを統合するまでは、加入者数においても売上高でも、米国最大の携帯電話事業者であった。ところが、この両社合併により、Verizonは売り上げでは、依然首位であるものの、加入者数においてはAT&Tに遅れを取る事態となった。しかも、最新の2008年第1四半期における決算では、AT&T Wirelessは、初めて収入においてもVerizonWirelessを抜き、初めて携帯電話事業者トップの地位につくという事態が生じた(注3)。これは、プライドの高いVerizonのCEO兼会長、Seidenberg氏にとっては、耐えられないことであったに違いない。事実、今回の合併の話を持ちかけたのは、Verizonの側だった。
 他方、Alltelを売却する側の投資ファンド2社にしてみたところで、サブプライムローン破綻をきっかけとした金融不安の継続により、金融会社を取り巻く環境は、Alltel取得当時とは打って変わって厳しいものとなった。2007年11月の取得以来、短期間でAlltelを売り払う決定に踏み切ったことは、従来の投資ファンド企業の行動からすれば、異例なことであった。数年間を掛けて買収企業の体質改善を試み、付加価値が十分に付いたところで、他社に売却して大幅な利益を得るというのが、投資ファンドのビジネスモデルだからである。しかし、現在の金融環境の下では、“投資ファンド”自体の企業イメージは大きく低落している。将来、TPG Capital、GSCP両社がVerizon Wireless以外の条件のよい買い手を見出せる見込みはない。幸い、Verizon Wirelessからの引き合いがあったので、渡りに船とこの申し出に応じたというのが、本音だったのだろう。
 ちなみに、2008年末、両投資ファンドグループがAlltel買収に投じる金額は274億ドル。これに対し、Verizonと今回、同意した売値は281億ドルであり、今回の合意が実行に移されれば、両社は7億ドルの差益を入手することができる。


両社統合によるVerizon Wireleassのメリット

 Verizon Wirelessにしてみれば、Alltel合併により、同社が34州にまたがる57エリアの1300万加入者を一挙に獲得して、宿敵AT&T Wirelessに加入者数、収入の双方において大きく差をつけ、米国第1の携帯電話会社になることができる。これが、より大きなAlltel統合のメリットである。
 次に、Alltelの顧客が受けるサービス品質向上の利点がある。Alltelの顧客は、今後、Verizon Wirelessと同等のサービスを受けることになるのだから、これら加入者がサービス向上のメリットを受けることは間違いない。Verizon WirelessのCEO兼会長のLowell McAdam氏は、この件について、「今回の合併によって、Verizon Wireless、Alltelの加入者は、すべて共通の信頼できる基本サービス、高度サービスを享受することができるようになるだろう」と述べている。
 たとえば、具体的には、今後、Alltelの加入者は、Verizonが得意とする音楽配信サービスを受けることができるようになる。また、両社加入者相互間の通話がローミングによらず、将来、直接に同一ネットワークにより接続される点も、両社加入者には便利になろう。
 さらに、近い将来、VerizonはLTE標準による3Gネットワークによる高速ブロードバンドのサービスを展開するであろうが、これまで、ローカルエリアのAlltel加入者が、このような最新サービスにアクセスできることは、ルーラルエリア開発の点からしても、大きな便宜を提供することとなる。これにより、最近、FCCオークションにより巨額の金額を投じて手に入れた700MHZ帯の周波数も、より効果的、広範囲に生かすことができるというものである(注4)。
 最後に、Verizonは、両社合併により、90億ドルもの資本経費、運営経費を削減できるので、シナジー効果も大きいとしている。


規制機関からの承認が遅延することへの懸念

 1996年電気通信法の本来の基本目標の1つは、諸種の事業者が、それぞれの分野において、自由に通信市場への参入を許可されることによって、ユーザーに対し廉価で革新的なサービスを提供することである。従って、20世紀末以来の長い伝統を有する反独占規制の手法を厳密に適用して、業者間のM&Aを厳しく規制すべきことは当然のことだと見られてきた。
 ところが、実際には、米国の規制機関は特に、旧ベル系電気通信会社からのM&Aの要請については、きわめて寛大であった。これまで、M&A実施に当たっての幾つかの条件付与(過渡的期間について料金規制を継続すべきだとか、重複する設備の売却を命ずるとか)を課することはあっても、M&Aをほぼ100%認めてきたのが実情である。この結果、周知のとおり、1984年の企業分割によって7社に分割された旧AT&Tが現在、3社に集約されている。また、当初、旧AT&Tとは、別個の形で(地域フランチャイズをベースにして)生成してきた携帯電話会社も携帯電話サービスの飛躍的な拡大に伴い、M&Aが大きく進展し、今では、ナショナル携帯電話事業者5社のうち2社(Verizon WirelessとAT&T Wireless)が他の3社を圧する力を持つ事業者にまで成長した。特に、Verizonは、事業の中核を携帯事業、ブロードバンド事業の2事業に置き、音声固定電話にはウェイトを置いていない。これまでも、収益率の低い固定電話施設は、適時適切に売却を実施してきた実績を有している。
 このような状況に対する批判も現在、相当に強い。従って、一部米国ジャーナリズムは、規制機関による承認が意外に難航するのではないかと予測している。
 代表的なのは、ワシントンポスト紙である。同紙は、今回のVerizonのAlltel統合が実現すれば、Verizon Wireless 、AT&T Wirelessの米国携帯電話事業におけるシェアが60%を超えることとなり、この事実は、規制機関、議会筋からの厳しい検討を招くこととなろうと報道している。
 同紙によれば、すでに上院のマーキー議員(上院の電気通信・インターネット小委員会委員長)は、競争を維持し、消費者の権利を守るため、規制機関の反トラスト関連担当者、議会の電気通信関連議員は、このVerizonのAlltel取得提案について最大限の検討を行うべきだとの声明を発表しているとのことである(注5)。
 筆者も、ワシントンポスト紙の予測に組みする。AT&TによるBellSouth統合のFCC審理が難航し、FCCのMartin委員長は、心ならずもFCC民主党2名の委員の提案になる条件をすべて飲んだ上で、予定期日を相当上回った2006年末日にようやく両社の合併を承認したという前例がある(注6)。もっとも、この時点では、FCCの新任共和党委員、McDowell氏が採決に加わらず、共和党、民主党2名、2名の同数という特殊事情があった。
 任期満了を数ヶ月後に控えたFCCのMartin委員長が、この件についていかなる行動に出るか、興味がもたれるところである。


(注1)今回の論説のうち、特に出典を明示していないものの記述は、ほとんど、Alltel買収に関する次のVerizonのプレスレリースによった。Verizonの2008年6月4日付けNews Release, "Verizon Wireless To Acquire Alltel: Will Expand Nation's Most Reliable Wireless Network."
(注2)Alltelは、2007年11月末、大手投資ファンド2社(TPG CapitalおよびGSCP)に所有するすべての株式を売却。プライベートカンパニー(株式公開をしない会社)に成ることで合意し、同年12月、合意は実行された。この結果、生まれたAlltel Corporationsは、上記投資ファンド2社子会社のAtlantis Holdingsが所有、運営している。
この間の経緯については、2007年7月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「Alltel(米国第5位の携帯電話会社)、企業買収ファンドに経営権譲渡へ」が詳しい。
(注3)2008年5月15号、DRIテレコムウォッチャー、「AT&T・Verizonの2008年第1四半期業績 - 際立つ携帯・ビデオ・ブロードバンドサービスへの傾斜」
(注4)2008年4月15号、DRIテレコムウォッチャー、「700MHZ帯オークション終了 - Verizon、AT&TはLTEネットワークを構築へ」
(注5)2008.6.8付けWashington Post Com, "Reactions are mixed on Verizon's Long-old $28.1billion Acquisition of Alltel."
(注6)2007年1月15号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC、2006年末にAT&TとBellSouthの合併を承認 - 大幅な譲歩を余儀なくされたAT&T」

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