DRI テレコムウォッチャー


FCC、USFによる高コスト補助金に上限(キャップ)を設定する暫定裁定を下す
2008年6月1日号

 FCCが現在、解決を迫られている最大の政策課題は、ユニバーサルサービス制度の改定である。1996年電気通信法で定められているユニバーサルサービスの理念は、米国民にあまねく、安価にもろもろの電気通信サービスを享受させることを目的としたものである。FCCの電気通信政策は、時代の進展に即したユニバーサルサービスの提供を大きな柱として形成されてきたといっても、過言ではない。
 しかし、きわめて重要なこのユニバーサルサービス制度は現在、2つの側面から大きな手直しを迫られている。その1は、年々その額が嵩んでいるUSF(ユニバーサルサービスファンド、ユニバーサルサービスを実施するためユーザへの賦課(電話税の形で)あるいはキャリアからの徴収という形で徴収、蓄積した基金)、とりわけ、その大半をなす高コストエリアに対する補助金の支出の抑制が大きな課題となっている。その2は、ブッシュ大統領からも要請されているブロードバンドの振興目的に、ユニバーサルサービス基金を活用すべきかどうかという問題である(注1)。
 FCCは、2008年5月1日、上記の2つの懸案のうち、当面、早急な対策を要する高コストエリアに対する補助金抑制の課題について、暫定的な裁定を下した。
 今回の裁定は、共和党委員3名(Martin委員長を含む)の賛成、民主党委員2名の反対というFCCの党派的意見対立を反映したものとなった。民主党両委員、Copps、Adelstein両氏は、今回の裁定が、将来に本格的なFCC裁定が行われることを前提にした暫定的な位置づけになっている点を批判し、FCCは包括的なユニバーサルサービス改定の一環として、USF抑制の裁定を下すべきであったとMartin委員長の態度を強く批判した。
 両委員は、Martin委員長ができるだけ速やかに本格的な裁定を行うと約束しているにせよ、今回の暫定裁定の終期が約束されていないのであるから、Martin委員長の任期切れまでに(2009年2月)果たして包括的な裁定が出されるかいなか、疑わしいとの見方をしている。
 筆者も、大統領選挙の年であり、一般的に重要案件に関するFCCの政策形成を行うことが難しい2008年次において、Martin委員長は、任期中にユニバーサルサービスの抜本的改革を遂行するつもりはないと判断する。特に、ユニバーサルサービスに関する連邦・州合同委員会の提言があったのにもかかわらず、Martin委員長は、ブロードバンドサービスをユニバーサルサービスの対象とする方針に反対なのであるから、なおさらである。
 今回のFCC裁定の内容、その意義等について解説する。この解説の中から、筆者がどうして、上記の推測に達したかの論拠も汲み取って頂ければ、幸いである。


FCCによる暫定裁定の骨子
 FCCがUSFの高コスト支出に対する上限(キャップ)設定に関し下した2008年5月1日裁定の骨子は次の通りである(注2)。

  • USFの高コスト支出に上限を設定する。この上限値には、2008年3月の実績値を使用する。(補助金支出対象となるCETC(Competitive Eligible Telecommunications Carrier)の選出方法は変更しないので、支出対象となるキャリア数が増えれば、補助金支出の絶対額は減少する可能性がある)。また、上限値の算出、適用は州単位とする。
  • 例外として、次の2件の場合は、上限設定の対象から除外する。
    (1)インディアン居住エリア(tribal area)、アラスカ州の原住民(イヌイット等)居住エリア(Alaska Native regions)に対するサービス提供
    (2)CETCが自らのコスト算出資料に基づき、既存電気通信キャリアと同じ方法でコスト計算を行った場合(注3)
  • 今回の裁定は、USF改定の方向に向けた1つの階梯に過ぎぬ暫定的緊急対策である。
    高コスト支出の上昇があまりにも高騰するため、応急措置を取らざるを得なかった(注 4)。将来の本格的なUSF見直し裁定の際、この案件はしかるべき位置づけを与えられることとなろう。


裁定に対する5名のFCC委員の意見
 次表に、FCC裁定に対するFCC委員5名の意見の骨子を示す(注5)。
FCC委員氏名今回のFCC裁定に対する意見
Kelvin J.Martin(共)1、ユニバーサルサービス計画において、ルーラル地域における電気通信サービスへのアクセスを保証するとともに、高度サービス伝送のためのプラットホームを提供しなければならない(Provide a platform for delivery of advanced services)。
2、将来行われるべきFCC包括的裁定における最高コスト地域におけるサービス提供業者の選定は、逆オークション(reverse auction)によるべきである(注6)。
このほか、裁定の意図、内容についての簡潔な解説があるが、ここでは省略した。
上記1において、Martin委員長が、ブロードバンドに対するユニバーサルサービスを提供するとは決して言っていないこと、また、2において同委員長が考えている抜本的な高コスト地域に対する補助金設定の解決策は、逆オークション(補助金廃止の展望を内包している)であって、FCC、議会の民主党メンバーの意見とは、全く相容れないものである点に注目していただきたい。
Tayler Tate(共)包括的裁定において、ルーラル地域における逆オークションをも含めたより効率的なサービス提供のあり方がないかを探索すべきである点を強調し、Martin委員長の主張をバックアップしている。ユニバーサルサービスにおける高次サービスのありかたについては、“高次電気通信サービスのアクセスを増大させる”という表現をしてはいるが、決して“ブロードバンド”という語を使っていない点が注目される。なお、Tate氏は、USFを検討するFCC、州公益事業委員会合同委員会におけるFCC側の代表者である。
Robert M. McDowell(共)裁定に賛同すると述べただけで、来るべき包括裁定についての私見を述べることは避けている。共和党委員の間でも、いつも一匹狼的な行動をすることで知られているMcDowell氏であるだけに、この案件について、何か考える点があるはずである。当初、同氏は、今回のFCC裁定に強く反対したが、最終的にMartin委員長からの説得を受け、賛成票を投じたという経緯がある。
Michael.J.Copps(民)今回の裁定は、FCC・州公益事業委員会によるユニバーサルサービス検討委員会が勧告した提言のうち、USFに対する上限設定の部分だけを取り上げて、これを実施に移しただけである。この提案に反対(新たなユニバーサルサービス提供の主役の一部である競争電気通信提供事業者を今後、交渉の場から外す結果となる)である。
しかし、それより、この裁定が、総括的なユニバーサルサービス提供の枠組み設定についてのビジョンに全く触れないでしまったことは、問題である。
Martin氏は、この裁定を“暫定”であり、今後、包括的な改定の裁定を行うといっているが、この裁定には、終期がない。同様に、いつ包括的な裁定を出すかについての終期も示されていない。ブロードバンドに対してのユニバーサルサービス提供の仕組みをFCCが設定しない限り、ただでさえ遅れている米国のブロードバンドの発展は、ますます、諸外国に遅れを取ることとなろう。

本裁定で、唯一賛同できるのは、少数民即(インディアン、イヌイット)の居留地区をキャップ設定の対象外としたことである。
Jonathan S. Adelstein(民)表現は異なるが、おおむねCopps委員と同様の裁定反対の意見を述べている。
Adelstein氏はこのほか、USF基金の有効活用については、資金受給の対象者となる電気通信事業者数を絞り込むこと、FCCによる監査の強化等の他の方法もあるのではないかと示唆している。


今回のFCC裁定に対する評価、ユニバーサルサービス裁定の将来

今回のFCC裁定に対する評価
 今回のFCC裁定は、競争通信事業者に対するUSF補助金の総額が、2008年3月実績の数値によって定められ、今後、増額を認められないために、当然、競争電気通信事業者に対して、競争上、不利な影響を及ぼす。補助金受給事業者であるCETCの数が増えれば、補助金は据え置きではなく、CETC1社当たりにすると減額される場合も生じるからなおさらである。これに対し、既存電気通信事業者に対するUSF補助金の算出方法に変更がない。
 従って、競争通信事業者は、今回のFCC裁定に強く反対している。たとえば、ワイアレス業界の弁護士、David Fura氏は、「ルーラル地域のキャリアはキャップ方式導入により、多くのキャリアは基地局の増設ができなくなるといっている。従って、今回の裁定はルーラル地域ユーザにとって、恐ろしい痛手となる」と述べている(注7)。
 なお、2008年に予定されている高コストサービスに対する主な補助金受給電気通信事業者と受給金額は、次の通りである。
 Alltel(2.3億ドル)、US Cellular Corp(1.5億ドル)、Rural Cellular Corp(0.4億ドル)、Dobson/AT&T(1.27億ドル)。
 他方、米国においては、電気通信利用者が定期的に受け取る電話料請求書において、通話料に併記されるいわゆる電話税(多分、俗称であろう。電話料に賦課される地方税の他、USF(ユニバーサルサービス基金)に充当するための拠出金を含む)が高いという不満は大きく、これの減額、撤廃を求める圧力団体の行動も活発である。
 たとえば、この種の団体で最大の3団体、NTU(National Taxpayers Union)、ATR(Americans for Tax Reform)、AFP(Americans for Prosperity)は、2008年5月22日、今回のFCC裁定を高く評価しながらも、FCCに対し、さらに電話税緩和の方向に向けて努力して欲しいとの要望書を提出している。その要望の骨格は3点であって、逆オークションの実現、ルーラル地域における既存電気通信事業者と競争通信事業者との同一水準の補助金支出の廃止の他、USF基金管理にともなう不正の排除、適正運用が含まれている(注8)。

今回が最後と見られるMartin委員長体制下のユニバーサルサービス裁定
 FCCのMartin委員長は、ユニバーサルサービスの枠組み抜本的改定を成し遂げないで、自分の満期終了を待つと考える。多分、今回の裁定が、ユニバーサルサービス改定に関する同氏の最後の裁定となるのではなかろうか。
 論拠は2つ。1つは、FCC内部でも、また議会でも、ユニバーサルサービス改定の論議が2極化しており、包括的な裁定に持ち込めないことである。Martin委員長が主導する改定方向は、逆オークションをルーラル地域の固定、携帯サービスに導入し、現在の複数キャリアでなく安いコストでサービスを提供できるキャリアにルーラル地域でのサービス運営を委ねることである。2つ目は、Martin委員長は、ブロードバンドをユニバーサルサービスの範疇に組み込むことに反対である。
 上記のMartin氏の政策に対し、FCC民主党委員、議会の民主党は、すべて反対している。
 こうして、両者の路線は容易に調整できず、2008年中に決着が着くはずがない。こうして、ユニバーサルサービスの大幅な改革は、次期FCC委員長(共和党の委員長となるか民主党委員長となるかは、大統領選挙戦いかんで定まる)の最大課題として、引き継がれていくことは必至であろう。


(注1)これまで、DRIテレコムウオッチャーでは、米国におけるユニバーサルサービス政策の動きについて、適時に幾回もの解説を加えてきた。本稿と密接に関係する記事としては、2008年1月15日号、DRIテレコムウォッチャー、「FCC委員長Martin氏はどこまで主要課題を達成したか)」がある。また、USF制度のあらましについては2005年10月15日号、DRIテレコムウォッチャー「FCCのハリケーン災害に対する救援対策ーUSF基金を動員」を参照されたい。
(注2)2008年5月1日付けの裁定本文、「Order in the matter of High-Cost Universal Service Support 」のほか、この裁定に関する同日付けFCCプレスレリース、「FCC takes action to cap high cost support under the universal service fund」によった。
(注3)Martin委員長は、今回の裁定に伴う声明文のなかで、“CETCのコストは、実際には、既存電気通信事業者より少ないのにもかかわらず、自らのコストを計算せず、既存電気通信事業者のコストを援用している”と批判している。
(注4)裁定において、いかに、高コスト地域に対する補助金の金額が増大しているかが説明されている。2001年の年間補助金は26億ドルであったが、2007年には43億ドルへと65%も上昇した。しかも、増額分のほとんどは、既存電気通信事業者ではなく、新たに市場に参入した競争通信事業者に対する支出であったという。裁定において、その旨、明示されていないが、さらに支出の対象サービスは、固定サービスより携帯電話サービスが主体である模様である。
(注5)FCCの5名の委員は、全員、2008年5月1日、今回の裁定について声明を発表した。表は、これら声明の骨子を紹介したものである。
(注6)逆オークション(reverse auction)は、通常のオークションが買い手が競り合って、最大の価格を提示した参加者に商品、サービスを落札させるシステムであるのに対し、買い手側が売り手に商品価格を提示させ、最も、安い売り手を落札者に指名するやり方をいう。著者は、この関係ノターミノロジーに詳しくないが、Competitive bidding(競争入札)と同義語ではないかと思う。
高コスト地域に対するサービス提供を逆オークションに掛けるべきであるというのは前々から、規制撤廃論者(特にFCC委員長のMartin氏)が強く提唱したものであるが、これには次のメリットがあるという。第一に、安いコストでサービスが提供できることである。第2に、同一サービスエリア内に単一のサービス提供事業者が指定されることにより、配付されるUSF基金が節減できることである。
(注7)2008年5月2日付けRCAWireless News, "FCC votes tocap universal services fund payment."
(注8)2008年5月23日付けThe Earth Times, "Three leading U.S Anti-Tax Groups Urge FCC to Make USF Phone Tax Cap permanent,Impose Reverse Auctions and Waste Crackdown."

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