DRI テレコムウォッチャー


崖淵に立つSprint/Nextel - 株価の急激な下落で噂される他社からの買収

2008年3月15日号

 約2年半前の2005年8月、携帯兼長距離電話会社のSprintと携帯電話会社のNextelが統合し、新生Sprint/Nextelが誕生したとき、観測筋はおおむねこの企業の将来に大きな期待を抱いた(注1)。
 合併前、両社は携帯電話業界第3位、第5位の業者であり、合併により、他の業界第1位のVerizon Wireless、第2位のCingular Wireless(現在AT&T Wireless)に加入者数、収入において匹敵する企業になった。しかも、新生Sprint/Nextelは、Sprintの高度の周波数帯の保有、Nextelが誇る呼び出し機能を活用した携帯音声サービスなどユニークなサービスを有しており、Verizon Wireless、Cingular Wirelessに十分対抗できるばかりか、この両社を凌ぐ業績を挙げるのではないかとすら思われた。
 しかし、その後、Sprint/Nextelの業績は下降の一途を辿り、また、期待されたWiMaxサービス、Pivotサービス(MSO数社との連合による汎用携帯サービス)の展開は遅れており、同社に対する期待は全く失われてしまった。
 このため、2007年秋には、Sprint/NextelのCEO兼会長であり、かっては同社のカリスマ的存在ですらあった敏腕経営者、Gary Foresee氏が役員会で解任されるという異常な事態が起こった。
 後任者選びが難航した後、2007年12月半ば、同社のCEOに就任したDan Hesse氏(元AT&TWireless会長)は、早速、Sprint/Nextelの改革に乗り出し、諸種の施策を講じているさなかである。Hesse氏は、2008年2月末、2007年通期および2007年第4四半期の決算において、295億ドルに及ぶGood Will(のれん)の償却と見通しうる将来の期間、配当支払いの中止を発表し、Sprint/Nextel改革の意志を示した。しかし、観測筋、ウオールストリートは、同社を厳しく評価しており、評価会社による格付けは軒並み引き下げられ、株価は転落の一途を辿っている。5月11日現在、6.20ドルという破産寸前会社に相応する水準にまで下がっている。
 現在、米国経済は、サブプライムローンのバブル崩壊の後を受けた金融逼迫、引き続くガソリンの引き続く値上げのため、減速を続けており、2008年第1四半期の成長率もマイナスになると見通される事態となっている。このような状況のなかで、Sprint/Nextelの将来は、きわめて厳しい。
 米国のジャーナリズムは、Sprint/Nextelが、Nextelをスピンオフするのではないかとか、さらに他社がSprint/Nextel取得に興味を抱いているとかの様々の予測記事を報道している。
 本文では、上記の状況について、さらに解説を加える。


2007年第4四半期に297億ドルのGood Will(のれん代)償却を実施

 Sprint/Nextelが2008年3月初旬に発表した2007年通期、2007年第4四半期の主な収入・利益等の数値を次表に示す(注2)。

表 2006、2007年次におけるSprint/Nextelの収支状況等
項 目2007年通期2006年通年2007年第4四半期2006年第4四半期
収入347(−4.0%)35185(−5.6%)90
Good Will(償却)−297−297
利益−29022−2964.88
加入者数(万)*5,3805,310
1,Sprint/Nextelには、多少の固定電話業務も有してはいるが、ここではWireless業務部分のみの数値を表示した。
2,上表の加入者数を除く項目の単位は、億ドルである。
3,*の加入者数の構成は、3500万がCDMA加入者(旧Sprint系)、1730万がiDen(旧Nextel系)、140万がPower Source系である。また、この数値は2007年末のものである。
4,上表中、括弧内の数値は前年同期対比増減率である。

 上表で明らかなように、Sprintは、2007年第4四半期において大規模なGood Will(のれん代)の償却を実施した。決算書での解説によれば、ここでGood Willとは、2005年8月、SprintとNextelが合併した時点において見積もられた有形、無形の資産評価額を上回るプレミアム分である。また、この額の規模は、合併時におけるNextel社の資産額にほぼ、相当するという。
 つまり、この償却は、Sprint Nextelは、当初、予期していたM&Aによるシナジー効果、新分野(特に、両社統合の条件としてFCCから指示されたワイアレスブロードバンド分野への拡大)がなんら成果を収めず、合併が失敗であったことを認めたものと解釈されよう。
 SprintとNextelが合併する直前、両社が生み出した収入、利益の総和は、他の強豪2社、Verizon Wireless、Cingular Wireless(AT&T Wirelessの前身)と同等であった。その後、収入が伸び悩み、利益は低下の一途を辿り、今回、ほとんど利幅が極めて薄い企業となった。
 上表で、これだけ不振な決算を計上したのにもかかわらず、加入者数が70万も増えているのは一見、奇異に感じられるが、決算書での説明によれば、この増加は、料金支払額が少なく、取り消し率が高いプリペイドの加入者の増加(歓迎はしないが、とりあえずキャッシュフローを高めるため、やむを得ず採用したマーケティング戦略)によるものであって、料金支払い額が大きく、取り消し率が低いポストペイドの加入者が減少している点が危機的である。
 携帯加入者70万増の内訳は、190万のプリペイド加入者増、120万のポストペイド加入者の減である。プリペイド加入者、ポストペイド加入者のARPU(一月一人当たり料金支払高は、それぞれ58ドル、28ドルであるから、上記のポストペイドド加入者の減少、プリペイド加入者数の増大傾向により、Sprint/Nextelの収入減の現象が説明できる。
 しかも、この傾向は2007年第4四半期に特に急ピッチで進んだ。この4半期に、IDenを使用する加入者数が68.3万減少(つまり、その大多数が他社に移ったと推測される)したと決算報告は記している。旧Nextelの簡易呼び出し機能付きの携帯通話は、長期間にわたり、大きなニッチ市場に焦点を当てた人気サービスであったが、いまやこの機能はVerizonもAT&Tも提供している。しかも、Sprint/Nextelは、掛け放題定額の料金の打ち出しで他社に出遅れ、これまた加入者が他社に流出する原因となっている。さらに、2007年第4四半期だけについてみると、加入者数は10.8万人減少している。次項で説明するとおり、この減少傾向が今後も当分持続することは、同社CEOのDan Hesse自身が認めている。
 こうして、Sprint/Nextelの加入者は、他社からの格好の草刈場になってしまった。

容易でない業績の回復 - 憶測を呼ぶ他社からの買収

 Sprint/NextelのCEO、Dan Hesse氏は、決算に際しての記者会見の席上、同社は諸種の業績改善策を講じているところであるが、早期の改善は見込めないと率直にSprint/Nextelが置かれている事態が深刻である事実を認めている。Hess氏が語った同社の見通し、および対策は次のようなものである(注3)。
 決算報告に述べられたように、Sprint/Nextelは2007年第4四半期にすでに10.8万の加入者を失っていたのであるが、同社は、2008年第1四半期、第2四半期には、さらに120万の加入者を失うこととなろう。
 対策としては、まず、コスト削減の対策として、すでに2008年2月、従業員の6.7%減に当る4,000名のレイオフ、125の小売店閉鎖を打ち出した。
 また、加入者減少の歯止め策としては、2008年3月10日から、“Simply Everything Plan”(すべてのサービスを提供するサービス)を開始する。このサービスは、音声はもとより、テキスト、eメール、ビデオ、音楽配信などすべてのワイアレスサービスを月額99.99ドルで提供するものである。
 しかし、上記の新サービスだけが、業績向上の特効薬になるわけではない。Sprint/Nextelは、今後、他の強豪携帯事業者に対抗していくためには、他社に対しての自社サービスの差異化を推進していかなければならない。”Simply Everything Plan”サービスの実施は、この差異化対策実施の第一歩を進めたものである(注4)。

 上記のような状況を受けて、Sprint/Nextelの将来について様々な噂が飛び交っている。まず、同社はすでにMorgan-Stanley社に接触して、Nextelのスピンオフについて話合いをしているという噂がある。さらに、Deutsche TelekomがSprint/Nextelの買収に動くのではないかとも言われている。Deutsche Telekomの米国携帯電話事業部門であるT-Mobileは米国第4位の携帯電話部門であるが、最近、始まった激烈な料金競争に勝ち抜くためには、一層の規模の経済が必要であり、Sprint/Nextelは格好の合併対象であるというのである。さらには、南米最大の携帯電話事業を経営している億万長者、Carlos Slim氏がSprint Nextelの買収に乗り出すのではないかとの憶測すら流れている(注5)。


(注1)2005年9月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「新生Sprint Nextel、ワイアレス・ブロードバンドに賭ける」
なお、その後のSprintNextelの経営・財務状況について、さらに、次の2編のレポート。
2006年9月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「業績不振のSprint Nextel、WiMaxサービスに賭ける」
2007年5月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「Sprint/NextelとMSO数社の連合、待望の汎用携帯サービス(Pivot)を開始」
(注2)2008.2.27付けのSprint/Nextelのプレスレリース、“Sprint Nextel Reports Fourth Quarter and Full –Year 2007 Results.”
(注3)Dan Hesse氏の談話内容については、2008.2.28付けのhttp://www.signonsanndiego,com,”Sprint swings to $29,4B loss in 4Q on Nextel deal write-down、ends dividends,shares dive."
(注4)実は、2008年3月初旬、他の携帯電話3社、VerizonWireless、AT&TWireless、T-Mobileは、相次いで音声サービスについての月額料金掛け放題化を発表している(料金はいずれも99.99ドル)。後発のSprint/Nextelは、掛け放題を音声以外のサービスにも広げて提供しようと計画したものに他ならない。米国携帯電話業界がこぞって、定額掛け放題サービスの競争に突入した意義は大きい。業界競争のいっそうの深化を意味するとともに、これにより、固定サービスから携帯電話サービスへの移行がますます進展するであろう。
(注5)2008.3.7付けhttp:www.intomobile.com, "More Sprint rumors-buyouts,spnoffs,acquisitions, oh my!"

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