今回は、2008年1月末に発表された両社の決算報告書に基づき、AT&T、Verizon両社の財務、携帯電話、ブロードバンドの比較を試みた。
固定分野から携帯、ブロードバンド分野への移行が着実に進んでおり、収支も安定しているという同様の企業体質を持ちながらも、経営戦略には相当に差異があると見られていた両社であるだけに、2007年次にその戦略の差異による成果が現れるものと筆者は推測していたが、結果は必ずしもこの推測を裏付けるものではなかった。
AT&Tの携帯部門が量的にVerizonに追い付いたこと、共に電話加入者の急激な減少に悩まされていること等により、両社は2007年末現在、きわめて似通った企業―あえて言えば、低位の収益率でそれなりに安定した公益事業的なマルティ通信会社―に収斂しつつあるのではないかとすら思われる傾向が出ている。
ただ、本論で紹介したとおり、2007年次第3四半期の両社の収入の伸び率は、2007年次の他の3つの四半期に比し、最低の数値を示している。両社は、この事実を否定しているが、明らかに、早くも両社はサブプライムローン崩壊による米国景気低迷の余波を受けている。
両社とも、決算報告において2007年第4四半期と2006年第4四半期との比較を示している。しかし、2007年第4四半期と前年同期(2007年第3四半期)との比較を表示してはいない。実際の最近の収入、利益の変動は、当然、前期との比較によらなければ得られないのにもかかわらず。本論では、後者の分析を行ってみた。
ついでながら、両社共に、2008年次の業績の見通しについては強気である。しかしこれは、米国の経済市況が低位成長の段階に収まり、GDP成長率がマイナス(つまりリセッション入り)にならないという条件付きでのことである。すでに米国では、ローンが返済できないため、持ち家を手放さざるを得ない世帯も増えていると報じられている。この現象が仮に量的に拡大し、さらに、時期的にも長引けば、AT&T、Verioznはもとより、他の通信事業者、IT事業者も、大きく業績が損なわれることとなろう。
AT&T、Verizonの収支比較
まず、表1、表2をご覧頂きたい。
表1 AT&Tの収入、利益(2007年通年、2007年第3四半期、第4四半期、単位億ドル)
項 目 | 2007年通期 | 2007年第4四半期 | 2007年第3四半期 |
総収入 | 1189.3(+2.9%) | 303.5(+0.7%) | 301.3 |
携帯部門収入 | 426.8(+15.3%) | 113.5(+3.7%) | 109.4 |
固定部門収入 | 762.8(−4.1%) | 176.6(−1.6%) | 179.4 |
純利益 | 119.5(+16.4%) | 31.4(+2.6) | 30.6 |
営業利益 | 204.0 | 54.9(0.2%) | 53.0 |
携帯部門営業利益 | 68.4 | 19.3(+2.1%) | 19.7 |
固定部門営業利益 | 135.6 | 28.8(0%) | 28.8 |
表2 Verizonの収入、利益(2007年通年、2007年第3四半期、第4四半期、単位億ドル)
項 目 | 2007年通期 | 2007年第4四半期 | 2007年第3四半期 |
総収入 | 934.7(+6.1%) | 238.4(+0.3%) | 237.7 |
携帯部門収入 | 438.9(+15.3%) | 114.4(+1.3%) | 112.9 |
固定部門収入 | 503.2(−0.8%) | 125.4(−1.2%) | 126.7 |
純利益 | 69.3(−6.6%) | 10.7(−15.8%) | 12.7 |
営業利益 | 118.0(+22.9%) | 46.8(+2.7%) | 11.9 |
注1. | 決算書には、数値は100万ドル単位まで記載されているが、100万ドル台を4捨5入し1000万ドル台まで表記するに留めた。 |
注2. | 2007年第4四半期の数値に付された%は、第3四半期に対する増減比率(筆者の計算による)である。これに対し、Verizonの2007年通期に付した%は、前年同期比率である。AT&T2007年同期についても、%が付されているが、2006年時はBellSouthを含まない数値で計算されたものであり、正確な比較に適していないので、掲載を略した。 |
注3. | 表1、表2において、携帯部門、固定部門の収入、営業利益(AT&Tのみ)の和は、総収入とイコールにはならない。AT&Tの場合には、相当に大きい電話帳部門があるのにもかかわらず、これを無視したのが不符合の主理由である。また、Verizonの場合には、多分、重複分削除の省略あるいは、その他の事情で些細な不符合が生じている。 |
注4. | Verizonについて、営業利益の部門別内訳は示さなかった。説明不可能な異常値が混在していたことによる。 |
表1、2から次の諸点が読み取れる
- AT&T、Verizonは、昨年同期に比し、それぞれ2.9%、6.1%と総収入を伸ばしている。まずまずの成長であろう。利益の水準、2007年通期の利益増(Verizonの場合、減益)では、AT&Tの業績が、はるかにVerizonを上回っている。この傾向は、2006年次と変わらない。
- 両社ともに、2007年第4四半期の収入、利益の伸びを前期の2007年第3四半期と比較すると、伸び率が、上記の通年比較の場合より低くなっている(通年の伸び率は毎四半期の伸び率の累積であり、大きいのは当然であるが、この要因を除去しても低い)。AT&T、Verizon両社は、2007年第4半期から始まったサブプライムローンのバブル崩壊による米国経済景気の伸びの鈍化の影響を否定しているが、この数字は、まだ軽度であるとはいえ、その影響が出ていることを示している(米国政府は、2007年第4四半期のGDPの伸び率を0.6%と発表しているが、両社総収入の伸びはこの数字に相応する)。
- AT&T、Verizon両社ともに、固定部門の収入減を携帯部門の収入増で補い、成長を続けるという構造になっている。固定電話加入者の減が著しいスピードで進んでいる折から、この現象は当然のことともいえる。特に、Verizonでは、事業における携帯電話の占める比率が高く、現在のペースで、携帯電話収入の増、固定部門収入の減が進めば、2010年次には、携帯電話の収入が固定電話を追い抜くこととなるものと考えられる。
- AT&Tが携帯電話への傾斜を深める経営方針を取り始めたこともあり、今回の決算内容からみると、AT&T、Verizo両社は、きわめて類似した企業―さらにあえて言えば、すでに、一部のアナリストたちから批判されているように準寡占的な企業―になりつつあるようである(注1)。
主要サービス加入者からみたAT&T、Verizonの経営比較
表3に、AT&T、Verizon両社の主要サービス加入者数を示す。
表3 AT&T、Verizonの主要サービス加入者数(2007年末現在)
項 目 | AT&T | Verizon |
携帯電話 加入者数(万) APRU(加入者当り収入、ドル) Churn(解約率、%) 固定電話 アクセス回線数(万) アクセス回線減少数(万) ブロードバンド FiOS(万)
U-verse(万) *1 衛星通信(万) DSL(万) 計 | 7,005(+14.9%) 50.28(+1.9%) 1.3(−20%)
6,157(−7.4%) 488
23.1(+770%) 211.6(+40.4%) 973.5(+11.4%) 1,208.2(+17.6%) | 6,570(+11.3%) 51.49(+1.4%) 1.21(+3.4%)
4,144(−8.1%) 364
計 244.3 FiosTV 94.3 Fios Internet 150.0
*2 90.0(+45.6%) *3 489 823.5(+17.9%) |
注1. | 括弧内の%は、2006年末の数値に対する増減比である。 |
注2. | *1 AT&TもVerizonも、それぞれ衛星通信業者(AT&TはEchoStar、Direct TV両社と、またVerizonはFchoStarとビデオサービス提供について提携している。表3に掲げた数値は、この提携により、AT&T、Verizon両社が販売した衛星通信ビデオサービスの販売数である。両社は、EchoStar、Direct TVの小売業者としての地位以外の役割は有していない模様である。 |
注3. | *2、*3は、いずれも推計値である。 |
表2及び、表1をベースにして、以下、AT&T、Verizon両社の携帯通信サービス、固定通信サービス、ブロードバンドサービスを比較してみよう。
携帯電話サービスで、ほぼVerizonとほぼ互角になったAT&T
携帯電話部門では、AT&Tは2007年次に大きく加入者数を増やした。2007年末には7000万台の大台に達し、ライバルのVerizon Wirelessをほぼ500万加入引き離した。同社は、2007年第4四半期、270万加入というこれまで米国のどの携帯電話会社も達成しなかった最大の加入者数を増やしたと誇らしげに報告している。
しかし、この数字には、同社が2007年11月に合併吸収した携帯電話会社、Dobson Communicationsの加入者数170万が含まれているので、270万の加入増という数はむしろ少なすぎるのである。かのiPhoneの加入者も200万程度は増えているはずであり、その他の増もあるはずであるから、筆者には、多分、2008年次に多少、次期以降に、いくらかの加入者分を留保しているのではないかとすら考えられる(注2)。
AT&Tの携帯電話収入こそ、まだVerizonに及ばないものの、その差異は僅少であり、最近のAT&Tの急激な追い上げからすると、両社のトップ争いはますます激しさを増すものとみられる。
なお、両社に取って優位な条件は、米国第3位の携帯電話会社、Sprint/Nextelが業績低下の責任を取ってCEO兼会長のForsee氏が退陣した後、新会長Dan Hesse氏の新体制が未だ軌道にのらず、嫌気が指した同社の未だ5000万を超える加入者層は、AT&T、Veriozonの格好の草刈場になりつつあるとの事実である。
現在、米国の携帯電話のナショナルキャリアは、AT&T、Verizonの他は、Sprint/Nextel、T-Mobile USAの2社である。ただ、Sprint/Nextelが弱化しつつあるとなると、固定電話の場合と同様、米国携帯電話事業においても、AT&T、Verizonの半寡占的市場支配力が強くなるのではないかと考えられる(注2)。
両社とも光ファイバーに重点を置き、DSLは過渡的サービスと位置づけ
ブロードバンドの面では、AT&T、Verizon両社が、これまでのDSL中心から脱却し、光ファイバーによるブロードバンド推進に切り替えた事実が、作表からでも伺える。
まず、社運を賭して増設に努めているVerizonの光ファイバーサービスFiOSは2007年末、FiOSTVが94.3万(現時点ではもちろん100万突破)、FiOS Internetが150万と大台に達した。反面、DSLは500万を切り、減少を続けている模様である。
これに対し、HTTC方式の光ファイバーを使っているAT&TのU-verseは、サービス開始時点の遅れもあり、到底FiOSに及ばない。ただ、AT&Tは、U-verseの加入者は現在、急ピッチで伸びており、2008年末には100万加入を突破すると言明している。AT&TのDSL加入者数は、依然として1000万近くあるが、この加入者も最近は減少しているらしい。
両社ともに、DSLの加入者数を発表しておらず、筆者は推計値(といっても、両社が隠したい数値を両社自体が発表している他の数値の足し算、引き算により復元したに過ぎず、数値自体は正確だと考えるが)を使用した。
それにしても、かってブッシュ大統領が一般教書のなかでブロードバンドの振興を呼びかけたのにしては、RHCの雄、AT&T、Verizon両社の実績(小売業者の役割をして獲得した衛星通信事業者からのビデオ加入者数をも動員した)が、高々、1000万内外の程度では、なかなか、米国ブロードバンドの国際的地位も向上しないだろう。
また、ケーブル業者との競争状況が一体どうなっているのかは、RHC優位説、ケーブル会社優位説のそれぞれが並立しており、実態が不明である。いずれ、この件についても、近いうちにある程度の説明を試みてみたい。
(注1) | 企業が寡占的な企業になっているかどうかは、料金引き上げをどの程度、行っているか否かが、一つの指標になろう。たとえば、AT&Tは最近、低速DSLサービス料金を引き上げた。また、Verizonも数ヶ月前、FiOSサービスの引き上げたはずである。 |
(注2) | AT&Tは、iPhoneの2007年次の販売数を決算報告で発表していない。ただ、報道陣に対し、2007年末におけるiPhone稼動数は200万未満であると語っているとのことである。他方、Apple社は、2007年の販売数を決算報告において、370万であると公表しており、ジャーナリズムは、両社の発表数の差異の推測に興味を示している。一つの多分、確実な説明はApple社からの厳しい締め付けにもかかわらず、意外にiPhoneをアンロックする加入者が多く、これにより、両社の格差のほとんどを説明できるのではないかとの推測である。2008.2.4付け、http;//www.technewsworld.com.”The Case of the Million Missing iphone." |
(注3) | 2007.2.12付けhttp://www.usatoday,“Sprint CEO aims for winning strategy." |
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