DRI テレコムウォッチャー


議会に対し電気通信会社のワイアタッピング免責を執拗に迫るブッシュ大統領

2008年2月1日号

 新年早々、米国では大統領予備選挙の開始、サブプライム崩壊に伴う景気浮揚策実施などの大きな記事が、連日センセイショナルに報じられている。2008年は米国にとって、また、わが国を初め世界諸国にとって、容易ならざる年となることを予感させる。
 上記の記事に比しはるかに報道量が少ないものの、同程度に大きい重要案件の解決を巡る案件が、ブッシュ政権と議会との間で2007年夏以降、継続して論議されていることを指摘しておきたい。テロ対策のためブッシュ政権は強く必要だと主張するが他面、広範囲な米国民を侵害する危険性が極めて高いと懸念されるワイアタッピングの範囲をどの程度に定めるべきかを法律で定める問題である。この案件については、DRIテレコムウオッチャーで過去2回、記事に取り上げた(注1)。
 議会上院、下院は、2007年10月以来、Protect America Act of 2007(海外勢力のテロ活動に対処するための政府インテリジェンス機関によるワイアタッピングの限度を定める法律)の改定作業を行っている。当初の目標期限であった2008年1月末に至っても、上下両院のコンセンサスを得た上での統一法案が策定できず、上下両院とも期限を2週間延ばし、さらに法案制定作業が継続している。
 これまでの経緯からすると、テロと戦っているインテリジェンス機関(NSA、CIA、PENTAGON等)の諜報活動を支援するため、議会は米国市民の自由権(通信の秘密)が多少犯されても、これら機関が仕事をやりやすいようにする法律を制定する責務があると主張する大統領、インテリジェンス機関と国内の米国人に対する場合、ワイアタッピングはあくまでも裁判所からの正規の捜査令状を得た後に行うべきであり、インテリジェンス機関の行動はその範囲にとどめるべきであると主張する議会の大方の民主党議員、市民団体(急先鋒は人権保護の活動で実績があるACLU)の意見が激しく対立している。
 この対立にさらに油を注いだのは、議会が制定する法律には、米国電気通信事業が行ったインテリジェンス機関に対する情報提供活動により有罪判決を受けた場合、過去に遡って免責をする旨の規定を設けて欲しいとのブッシュ大統領からの執拗な要請であった。
 法案審議の過程で、ブッシュ大統領寄りの議員が多い上院でも、エドワード・ケネディー氏(民)、大統領候補のクリントン氏(民)、オバマ氏(民)は、ブッシュ大統領の要請に反対した。特に、ケネディー議員は長文の書簡をブッシュ大統領に送り、ブッシュ政権が大統領令により幾百万人もの米国民のワイアタッピングを行ったかもしれないと痛烈に批判し、独立の検察官により、この案件についての徹底的な調査をすべきだと迫った(本論末尾の参考を見ていただきたい)。
 当初、2月1日で期限切れになるはずであったProtect America Act of 2007は、結局、期限内に上院における法改正が間に合わず、2月15日まで延期された。
 議会が、ブッシュ大統領が望む(1)Protect America of 2007の恒久化あるいは、これと同等の内容の法律の制定(2)さらには、電気通信会社に対する過去に遡っての民事訴訟の免責の要求を入れた法律が可決される可能性は、これまでの上院、下院における論議の過程からしてまずありえない。多分、1972年制定のFISA(Foreign Intelligence Surveillance Act)が復活し、米国の諜報活動展開にともなうワイアタッピングの枠組みは大きく正常に戻るであろう。しかし、ブッシュ大統領には、大統領令に基く2001年9月11日以降の大掛かり米国市民をも対象としたワイアタッピング命令の疑惑がある(その対象は幾百万人の市民に及ぶと推測されるらしい)。この案件については、多分、ブッシュ大統領退陣の2009年1月以降、公の場で議論され、政治問題化する可能性は十分ある。

 本論では、上記の経緯をさらに照会するとともに、参考資料として、この案件についてのブッシュ大統領の声明(2008年一般教書演説の一部)、クリントン上院議員の声明、ケネディー議員の大統領宛書簡の要旨を掲載する。


2007年末以来のFISA修正法の制定に向けての米国上院、下院の努力

 2008年2月1日のProtect America Actの期限切れに間に合うように、上下両院は2007年11月から12月にかけて精力的に、それぞれの法案作成作業に従事した。ただ、民主党議員が優位に立つ下院、勢力が拮抗する上院では、法案制定に必要な多数決の合意に差がつき、審理の進行には差が付いた。
 下院では、早くも2007年11月中旬にRESTORE ACT of 2007(米国内市民に対するワイアタップ要件が厳しくなり、電気通信会社の免責には触れない法律)が可決された。しかし上院では、両小委員会(Judiciary CommitteeとIntelligence Committee)におけるそれぞれの法案起草の段階以降、議長による調整が難航し、法案制定作業は2008年に持ち越した。
 2008年1月、Reid上院委員長(民)は、大統領にも、上院の民主、共和両党議員にも気配りをして両法案のいずれを先議すべきであるかに迷い、数週間を費やした。この間、Specter議員(民主党)からの調停案(通信会社は免責を受けるが、これに代わって米国政府が責任を負う)の提案もあったが、この提案はブッシュ大統領、民主党員、市民団体等から、異なった理由でのそれぞれ強い反対を受け、実らなかった。 Reid氏は、1月24日、ブッシュ大統領に書簡を送り、2月1日までに上院のコンセンサスを得ることは困難だから、Protect America Actの有効期間を30日間延期する法律を制定したいとの要請を行ったが、大統領はこの提案を拒否した。
 同日、上院は60対36票でJudiciary Committeeの法案審議を否決、Reid上院委員長はIntelligence Committeeの法案を採決することに定めた。この法案は、票決にかければ、多数決で可決されることは確実である。この時点で、ブッシュ政権は少なくとも、上院においては、その意志を貫徹するように見えた。ワイアタッピングに対する報道を忠実にフォローしているニューヨークタイムズも、その趣旨の記事を掲載した(注2)。
 しかし、一部の民主党上院議員は、強くこの法案の成立を阻止することを決意し、行動を起こした。
 先頭に立ったのは、Cris Dodd氏である。氏はかねてから、Intelligence Committeeの法案が提出されれば、フィルバスタリング(長時間の演説、牛歩戦術等により、議会での審議を遅らせる行動)を行うと言明していたが、この脅しがReis氏の判断に強く影響した。審議なしに法案を可決に持ちこむには、上院議員の5分の3(60票)の賛成票が必要だという(議院運営規則で定められているらしい)。Reid議長はフィルバスタリングを受けた上で期日の1月末日までに法案を通すこと自信がなかったため、結局、法案審議を断念して、またまたProtect American Actの期限30日延長を提案した(注3)。
 この間、上院民主党の重鎮、エドワード・ケネディー氏は、ブッシュ大統領に痛烈極まりない書簡を送った。ユーフォリズムで包まれてはいるが、この書簡の骨子は、“検察官をして、貴方の憲法違反の行為を調査させるべきだ”というものである。また、両大統領候補、オバマ、クリントン両氏も、上記Intelligence法案に反対票を投じている。
 エドワード・ケネディー、クリントン両氏がそれぞれ、大統領にあてた書簡、声明の骨子を本論説の末尾に掲載した。


15日間延長されたProtect America Act 0f 2007

 結局、ブッシュ大統領は、上院、下院からの要請に基いて、2008年2月1日から効力が切れるProtect America Act of 2007の終了期限を15日間延長する署名を行った。
 実のところ、なぜ上院、下院が延長決議に応じたのか、いささか疑問である。
 最初に会期延長(30日間)に賛成したのは上院委員長のReid氏であるが、下院委員長のPerosi氏がこれを15日に短縮した提案を行い、上下両院共に、この線に揃ったといわれている。
 ブッシュ大統領は、“議会が期日までに電気通信会社の免責を定めない法律には、署名しない。会期延長の提案を受け付けない”との姿勢であったが、この約束は履行しなかった。
 今回の署名に当っては、再度の延長は行わないと言明している。ブッシュ大統領が再度、約束を破るとは考えられない。
 常識的に考えれば、上院議員も下院議員も、前回の意志表示をしてから日も浅い今日、にわかに重要な法案の内容について、所信を変えることはありえないと考える。
 特に、ブッシュ大統領がもっとも執念を有する電気通信会社に対する免責案件について、上院のReid、Perosi両委員長が共に個人的に反対の意見を有しているのであるから。

 しかし、大統領であるとともに、米軍の最高司令官でもあるブッシュ氏から、一般教書のなかで言及された訴え(参考資料参照)であるだけにその重みは大きく、ハプニングが起こらないとも限らない。2月3日時点までのジャーナリズムの報道を見ると、群小のジャーナリズムは、その立場に応じて、議会はブッシュ大統領の要請に応じるべきではないかとの論調、ワイアタップ指令行為を批判する報道があい乱れている。ニューヨークタイムズ、ワシントンポストなど有力紙は、Protect America Act 法の延伸の記事すら掲載しないのは、気になるところではある。

参考資料:ブッシュ大統領の議会への協力要請(年次教書による)と民主党2議員の反対声明

ブッシュ大統領の協力要請(2008年大統領一般教書から。この案件のほぼ全訳)
 わが国を守るために、われわれはテロリストたちが話をする相手方、話の内容、テロリストの計画を知る必要がある。昨年、議会は、これらを行うに助けとなる法律を可決した。議員諸氏が行動を起こさなければ、テロリストの脅威を探索するわれわれの能力が弱まり、米国市民の危険は増大する。議会は、重要な情報(インテリジェンス)の流れが、途絶えることがないようにしなければならない。また、議会は、米国を守るための努力に貢献したと信じられる企業の免責を保護する法律を作らなければならない。討議は、もう十分行われたのであって、今や決断すべき時である。

上院における共和党議員からのFISA修正法案の討議打ち切り提案に対するクリントン上院議員の反対声明(要旨)(注4)
 本日、私は、FISA修正法案の討議を行わないという動議に反対する。共和党員たちは、この重要な修正法案の討議を避けたのである。代わりに、国家のセキュリティーを省みることなく、政治面での得点稼ぎを選んだ。
 この法案は、徹底的な討論をするに値する。たとえば、この法案は、わが国民に対し深刻なインパクトを及ぼす規定を含み、電気通信会社に対し、政府による捜査令状を伴わないワイアタッピングへの協力に対する免責を過去に遡って認めるものである。過去に遡っての免責は誤っているというのが、私のかねてからの信念であり、私は、法案からこの条文を削除すべきであるとのドッド上院議員の修正案の共同提案者である。ブッシュ政権は、過去7年間にわたり、わが国市民の自由を公然と無視してきた。従って私は、ブッシュ政権が、わが国民のプライバシーの権利を保護するとは信じない。

ケネディー上院議員によるFISA改革法案に対する修正提案(要旨)(注6)
 リーヒー(Leahy)上院議員と私の提案は、簡単なことである。
 それは、検察官(Inspector General)に、ブッシュ政権が過去5年間にわたり、機密大統領命令により、どのような違法のワイアタッピングを実施してきたのかを調査させることである。
 われわれは、ブッシュ政権が過去5年間にわたり、令状によらない大掛かりなワイアタッピングを実施してきた事実を知っている。これにより、幾百万もの市民の権利が侵害されてきた可能性がある。われわれは、どのようにして、このようなプログラムがスタートしたのか、また、なぜこのプログラムが実施されたのか。また、幾人の人が監視されたのか、知らない。われわれは、近年、行政府において行われた最大規模の怪しからぬ憲法違反の一事犯について、つんぼ桟敷に置かれている。
 この事態を調査する機関としては、法廷でも満足ではない。法廷は、すべての資料を公開しないし、法廷審理により、ワイアタッピングの事実関係は多少、明らかになっても、なぜ、また、どのようにして、このような事態が生じたかは、解明できない。独立して、すべての官庁にまたがって、調査できる検察官の活動が、この責務にもっとも適している。

(注1)2006年7月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「最大規模の民事訴訟を引き起こした米国政府の民事訴訟プライバシー侵害」及び、2007年12月1日号、DRIテレコムウォッチャー、「自らが命じた違法なワイアタッピングの処理に困っているブッシュ大統領」
(注2)2008.1.28付けニューヨークタイムズ、"In Senate ,a White House Victory on Eavesdropping."
(注3)2008.1.28付けhttp://arstechinica.com, "Telco Immunity stalled :Senate blocks key vote."
(注4)2008.1.28付けhttp://firedoglake.com, "Hillary Clinton Statement on FISA."
(注5)2008.1.25付けhttp://www.allamericanpatriots.com, "Senator Kennedy Calls For Oversight Of Warrantless Wiretapping."

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