1996年米国通信法202条h項には、新聞事業と放送事業の資本持合に関する規定がある。
1975年以来、両事業相互の合併統合は禁じられているのであるが、この条文でFCCは、定期的にこの禁止規定を見直し、競争の観点からして、この規則が果たして必要であるのかどうかを検討すること、さらに、この規定が公益にそぐわないものになっていると判断した場合には、この規定を撤廃するか、あるいは、一部修正を行うべきであると定められている。
条文を読んだだけで、通信法制定当時、新聞、放送事業相互間の合併・統合の禁止を維持すべきであるとする民主党議員及び、通信、メディアの分野における競争が進展している状況からして、この規定を削除あるいは、修正すべきであるとする共和党議員の間で激しい議論が闘わされたことが伺える。この条文は、問題の解決を立法府である議会から独立規制機関であるFCCに移した妥協の産物であったことを示す。
1996年通信法制定以来の歴代のFCC委員長は、いずれもこの案件を解決しようとして、努力した。しかし、規定改正の賛成者、反対者の意見を調整することができず、その試みはすべて失敗に終わった。この間、メディア分野への新規事業者(インターネット事業者、衛星通信事業者電話事業者等)の参入は大きく進み、メディア業界からの新聞、放送分野でのM&A禁止を解除してほしいとの要望は年々強くなった。
前FCC委員長のPowell氏がこの問題の解決に大きな努力を払った事実は、なお記憶に新らしい。同氏は、2003年7月初旬、民主党FCC委員2名(当時の委員としてCopps氏は、まだ委員として在任している)の猛烈な反対を押し切って、新聞、放送事業相互間の合併、統合を全面的に承認する裁定を強行した。しかし、この決断が、あまりにもドラスティックなものであったこと、裁定に至る調査過程で、利害関係者の意見を吸収していないことの批判を受けた。
果たせるかな、この案件の提訴を受けた控訴裁判所第3巡回法廷は、2004年6月初旬、審理不十分のため、FCCに再審理を行う判決を下した。
Powell氏の後任者であるFCCのMartin委員長は、上記のような背景の下で、“もっとも問題が多く、意見が分かれている未曾有の案件(Martin氏自身の言葉)”に取り組まざるを得なくなり、2006年7月に、この案件の再調査を開始した。2007年12月13日、1年半の検討期間を経たのち、裁定を下した。ただし、民主党委員2名の反対は前回のPowell氏の場合と同様、猛烈をきわめ、裁定は3対2の多数決によった。
以上が、新聞/放送の資本持合についてのFCC案件審理の経緯である。本文では、FCC裁定の概要、賛否両論の対比、今後の見通しについて説明する。
FCC裁定の骨子
FCCが、2007年12月18日に下した新聞・放送事業兼営禁止緩和についての裁定の骨子は、次の通り(注1)。
FCCは、控訴裁判所第3法廷が2007年6月24日に下した差し戻し判決(2003年FCCが下した裁定は、検討不十分な資料、ヒアリングに基づいたものであって、再検討すべしとの趣旨)に基き、新聞・放送事業兼営禁止緩和案件について、2007年7月24日、この案件についての再調査を開始した。
この裁定は、上記調査の結果、多数決で票決(賛成3票、反対2票)されたものである。この裁定は、2003年の裁定結果に比し、公衆に対してできるだけ多くのメディアを提供することが公益に資するという側面と経営不振に陥りつつある新聞業界の救済とのバランスを図った最小限のM&A自由化措置であって、その範囲を最小限度に縮小(原則として自由化実施の市場数は、170から20)したばかりでなく、自由化実施に伴う条件も厳しくした点が特色となっている。
1.DMA20市場(注2)における統合・合併要件(統合・合併の両当事者の合意はFCCが個別承認する)
- 上位4社に入るテレビ会社は、統合の対象にすることができない。
- 主要日刊新聞社は、放送会社、テレビ会社のいずれかを1社に限り統合できる。
- テレビ会社を統合する場合は、統合後に当該DMA市場において、なお、8つのメディア提供会社(主要新聞社、完全な力を備えたTV局を含む)が存続するものでなければならない。
2.DMA最大20市場外の市場における統合・合併要件
DMA最大20市場以外の市場における、新聞社と放送会社あるいは、テレビ会社との合併は、公益に資するものではないと推定される。申請者が以下の条件を満たし、FCCが審査の上、上記の推定が解除された場合のみ、合併が特認される。
- 合併対象企業が倒産したか、倒産しつつある場合。
- 統合により、当該市場において、新たなローカルニュースの供給源がもたらされる場合、あるいは、これまでローカルニュースを提供していなかった放送局について、新たに最低6時間のローカルニュースの提供を開始する場合。
- 上記の統合を行おうとする企業は、明確で説得力ある証拠書類をFCCに提供しなければならない。
- 新規則により、すでに新聞/放送事業の統合を行っているか、行おうとしている企業(42あるという)は新規則により影響を受けない(すなわち、新聞部門、放送局の売却を強制されることはない)。
Martin委員長を初めとするFCC共和党委員とFCC民主党委員との激しい対決
すでに述べたとおり、今回のFCC裁定は、FCCの共和党委員(3名)、民主党(2名)が、幾たびも激論を交わし折衝を行ったうえ、最終的には、裁定案についてMartin委員長を含むFCC共和党委員の多数決の力により実現したものである。実のところ、2003年6月にも、当時のFCC前Powell委員長の下で、この案件の採決は強引に票決されており、歴史が繰返された(注3)。
Martin委員長は、多分、裁定を発表する数時間前に書いたと思われる声明文の末尾で、“私は、今後、このメディア・オウナシップの案件について、絶対に合意に達することはできないとの結論に達した”との見解をもらしている。これまで、きわめて冷静であるとして知られていた同氏にしては異例の感情の表白であって、それだけに、いかに互いに同僚であるFCC委員相互の間で、激しいやり取りが展開されてきたかが伺われる。
次表は、FCC共和党委員(多数派)、民主党委員(少数派委員)の裁定への賛成、反対の双方の意見をまとめたものである。
項目 | FCC共和党委
員賛成意見 | FCC民主党委員反対意見 |
FCC裁定の目的 | ● | 衰退しつつある新聞事業の救済 | | ● | メデイアの多様性確保 |
| ● | 新聞事業は、産業界平均以上の利益率を確保 | | ● | ローカルを代表するニュースの縮小、質の低下 | | ● | 特に、黒人、中南米諸国の少数民族の放送が縮小される。この件については、別途、委員会設置による検討が必要。 |
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FCC裁定は限定的か | DMAの20の市場に焦点を絞り、残り市場での統合には、厳しい制限を課した。 従って、十分に限定的 | 一見、限定的であるよう見える。しかし、次の点から、決して限定的とはいえない。1. | 最大20の市場は、まだ、放送、新聞事業者の数が多く、この市場での統合を認めただけで、その効果はきわめて大きい。特に、この地域には、黒人、中南米諸国の少数民族向けの放送会社を多く有している。 | 2. | 20市場外の市場については、厳しい制約が課されているように見える。 しかし、FCCは審査過程において、特認を乱発する可能性を否定できず、限定的といえない。 |
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FCC裁定にもたらす効果 | 1. | 新聞、放送事業の統合に伴い、コストが削減される。経営不振に陥っている新聞事業が救済される。 | 2. | 十分な資本力を有する企業が、新聞/放送事業が運営されることにより、ローカルニュースをも含め、放送、報道のカバレッジ、品質が高まる。 |
| 1. | 1、2は二律背反であって、両立しない。1の目的は達成されるであろうが、コスト節減は、ローカルニュースを配信するコストの節減を意味する。本社の企画に基き、取材した大都市中のニューズが中心となり、合理化の結果、ローカルニュースに従事するスタッフは削減され、ニュースは質量共に、貧弱なものとなろう。 | 2. | 実際には、巨大なメディア企業による新聞・放送事業の支配が大きく強まる。 |
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裁定に至るまでの意見の吸収 | 1. | 1年半の調査期間中、全国主要地域において、6回の公聴会を開催した(経費20万ドル)。さらにローカリズムについても、特に2回の公聴会実施を追加した。 | 2. | 学者、研究機関等に委嘱して、10編の研究報告書を作成してもらった(経費70万ドル)。 | 3. | 公衆から、16万件を超えるコメントを受け取った。 |
| 裁定実施までの過程でFCCが行った公聴会、研究報告、提出された意見は、確かに、数多い。しかし、これらの有識者、公衆の意見の多くがFCC多数意見に批判的、あるいは反対であるにもかかわらず、FCCは驚くべきことに、これら意見を全く、裁定でリファーしていない。FCC多数派は、あらかじめ結論を定めて突っ走ったかの疑惑がある。 |
裁定の効力 | FCCは、今回の裁定において、32年間解決できなかった放送、新聞両業界相互の資本持合の問題に対し、最終的にけりをつけた。 | 裁定に対し、絶対に納得できない。今後、議会、裁判所の行動、判断に期待を持つ(筆者注:FCC民主党委員は、これ以上、この案件について反対しないとの印象を受ける)。 |
利害関係者の反響―最終結論は司法の場に委ねられるー
上院の一部民主党員は、FCC裁定が下される前から、FCCの裁定を延期し、より審議を続けるようFCCに強く要請していた。上院議員、Byron Dogan氏は、この趣旨の法案を上院商務員会に提出し了承された。しかし、FCC裁定の後、上院の動きは見られない。
大手新聞会社、放送会社は、この裁定について、賛否両論がある模様である。たとえば、ニューヨークタイムスはこの裁定に反対であるが、新聞社の業界団体、Newspaper Association of Americaは、規制緩和をもっと徹底すべきであったとして、裁定を批判している(注4)。
消費者団体の評価も分かれているようである。新聞、放送事業相互間の合併、統合の範囲を限り、それ以外については、厳しい歯止めを掛けた点について、FCCの努力を評価している消費団体もある。しかし、従来どおり、全面禁止を貫くべきであったと批判する団体もある。
実のところ、裁定に基き、今後に発表される本件に関するFCC規則が明らかにならないと、将来、この規則が生き残るか否かは定かでない。
ただ、議会で、このFCC裁定に反対する法案を可決する可能性は皆無である。FCC裁定反対派は、今後とも少数にとどまるからである。
いずれかの組織が、FCC規則に反対して訴訟を提起し、多分、2008年内、あるいは2009年早期に控訴審(多分、2007年に前回のFCC規則をFCCに差し戻した第3巡回裁判所において)の判決において、決着が付けられるであろう。予断は、全く許されないが、筆者は、今回のFCC裁定は、控訴審における審理に耐えられるような内容をギリギリ備えていると考えられるので、将来提起される訴訟は棄却され、FCC規則が有効と認められた可能性が高いものと推測している(注5)。
(注1) | 2007年12月18日付けFCCプレスレリース、“Newspaper/Broadcast Cross-Ownership Rule“ |
(注2) | DMA(Designated Media Area)とは、テレビ局、放送局が、同等のサービスを提供しているとみなされるとの観点から区分けされた地理的エリア(具体的には“都市区域”を指す)である。全国で210 のDNAが指定されている。DMAは、Nielsen Media Reseachが考案したものである。 |
(注3) | 2007年12月18日のFCCプレスレリーズにおいて、Martin委員長以下FCC委員5名は、それぞれ、声明文を発表して、新聞と放送の統合についての所感を発表した。メディアが多様化し、また、その伝達がきわめて多様化しつつある環境のなかで、米国民に対する公正なニュースの提供を確保するという重要問題にからむだけに、それぞれの声明は、力がこもった力作であった。表現の差こそあるが、共和党委員3名(Martin、Tete、McGowann)相互および民主党委員2名(Copps、Adelstein)相互の意見は、ほぼ共通している。従って、個人委員の意見の紹介は省き、裁定に対する賛成、反対意見のエッセンスを表に取りまとめた。 |
(注4) | 2007.12.18付けニューヨークタイムス、“FCC Eases Media ownership”。なお、この部分の執筆については、この記事に負うところが多かった。 |
(注5) | この裁定を下した同日、FCCは、Comcastの市場シェアを30%に押さえるという別の裁定を行っている(奇怪なことに、この裁定内容は、FCCのネットに掲載されていない)。しかも、この裁定は、Martin委員長と民主党FCC委員2名が賛成票を投じ、Martin氏以外の共和党員は反対票を投じている。 Comcastは、Martin委員長からも、FCC委員からも、もっとも批判されている大手ケーブル会社ではある。Martin氏からすれば、Comcastの経営力が意外に強く、Verizon、AT&Tが必死になって努力しているビデオ分野への参入が必ずしも順調に進んでいない点が、Comcastを攻撃する理由となっている。FCC民主党委員からすれば、Comcastが料金値上げを依然として、毎年、行っていることに強い不満を持っている。しかし、FCCが特定企業のシェアの上限を定めるなどと言うことは、規制の行き過ぎであって、この裁定の有効性は、将来、裁判所の判断を仰ぐこととなろう(Comcastは、このFCC裁定を不服として、提訴することは確実と見られている)。 筆者は、FCCは、FCCの民主党委員2名から、将来、新聞/放送事業の持ち合いの案件について、規則制定以降は、大掛かりな反対行動を行わないよう約束を取り付けたのではないかとの疑惑を持っている。裁定実施当日の奇怪な上記Comcastの上限設定の裁定がその根拠である。 |
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