マッシュアップはユーザー・コンピューティングの進化のバロメータ (IT アナリスト 新井 研氏)
2008年8月5日号
概説
グーグルマップ上に不動産情報を表示したり、アマゾンの商品情報を個人のホームページで表示したりするのがマッシュアップ。複数の異なる情報リソースや異なるアプリケーション・ソフトを組み合わせることで、利用者に新しい体験と価値が提供する。利用者のコンピューティング環境に大きなパラダイムシフトをもたらすものだが、実はITが社会をどう変えていくかといった指標としても注目したいものである。
■ 可能性秘めるマッシュアップ
マッシュアップには、ガジェットやウィジェットといわれる小さなアプリケーション・ソフトをひとつの画面上でまとめて表示させるような単純なものと、公開されたAPI(アプリケーション・インターフェイス)を使い、グーグルマップ上などに不動産情報やデートスポットなどを重ね合わせるものなどがあるが、基本的にはソフトウエアの再利用と再構成を行うことで新しい価値を生み出す技術である。ソフトウエアの再利用ではSOA(サービス志向アーキテクチャ)があるが、これもビジネス・プロセスを分解して部品化し、緩やかに再結合させて新たなアプリケーションを再構成する考え方であり、マッシュアップも広義のSOAといえよう。最近では、グーグルが携帯電話のアプリケーション基盤として投入したAndroidで、PCのオープンソースと同じ開発環境が提供されることから、携帯電話特有のGPSによる位置認識、動画/静止画機能、カメラ・バーコード機能などを組み合わせた新しいアプリケーションが部品化される道筋もついており、マッシュアップの世界は大きく広がりそうだ。
■ アプリケーション開発のハードルを下げる
2000年以降、Web上のアプリケーションに軽量でシンプルなインターフェイスのAjaxが多用されるようになり、一般ユーザーがWebブラウザから使えるようになったことから、マッシュアップはWeb2.0時代を象徴する技術といわれるようになった。それは、多少のAPIの知識さえあれば、プログラミングの知識がない人でもアプリケーション・ソフトの開発ができ、利用者と開発者の垣根を取り払うものである。札幌市の職員が作成した「出張JAWS」は、出張時に必要な、経費申請、旅費算定、交通機関や路線、ホテルの検索、経費清算までワンストップで処理できる便利ツールで2007年のマッシュアップコンテストのグランプリを獲得している。既存のリソースを組み合わせて作成されたものであり、プロのIT技術者が作ったものではない。
さらに最近では、一般消費者が趣味や娯楽目的でヤフーやグーグル上で利用するだけでなく、企業がビジネスで利用するビジネス・マッシュアップ、あるいはイントラ・マッシュアップなどといわれる動きもあり、企業における新たなエンドユーザー・コンピューティングを提供する可能性も指摘されている。通常企業内ではプログラミングの知識のある専門家が業務用アプリケーションを開発したり、マイクロソフトやIBMなどの専門の企業が開発したソフトウエアを購入して利用するものだが、マッシュアップでアプリケーションソフトウエアは、ITの専門家だけではなく、自分のビジネスの流れや、自分が何をどう楽しみたいかがわかっていて、簡単なマッシュアップの知識さえあれば開発できるようになるというのだ。いうなれば、アプリケーション開発のハードルを大きく下げる役割を果たす。
■ Facebook世代の果たす役割
2004年に米国でハーバード大学の現役学生が学生利用限定で始めたSNS・Facebookは現在MySpaceについで2番目に利用者が多いSNSサービスである。ここを訪問するとFacebook世代の人々がマッシュアップの発展に重要な役割を果たしていることがわかる。学生層が多いだけに比較的ITリテラシが高いユーザーが集中したFacebookでは、参加者がFacebookアプリといった仕組みを利用し、アプリケーション・ソフトを開発して、ウィジェットやガジェットのように公開し、自由に利用できる環境を提供している。2006年からは学生だけでなく一般にも公開しており、2008年8月時点でアプリケーション数は1万6000。アプリケーションは個人の趣味からビジネス用途、ユーティリティ、各種ツールなど多岐にわたっている。企業が提供するアプリケーションには自社サイトに誘導するものなどもあり、Facebookの開発基盤はもはや単なるSNSではなく、この上でアプリケーションが開発、稼動するいわばOS(オペレーティング・システム)の役割を果たしている。マイクロソフトは2007年10月にFacebookに2億4000万ドルを出資、広告の独占的契約と同社の株式1.6%を取得している。Facebookのユニークビジター数は1億5千万人とされており、グーグルやヤフー、マイクロソフト、MySpaceについで世界第5位の規模になっている。
いずれにしても、ここでは毎日140個ものアプリケーションが生産され、1億5千万人もの利用者が集う。ここを利用する学生を中心とした若い利用者層がFacebook世代といわれ、日常的にアプリケーションを開発し、ごく自然にマッシュアップを行っている。こういった世代が徐々に社会に進出し、世代交代が進むとマッシュアップがごく普通に行われることになり、現在のワードやエクセルのような感覚でマッシュアップが行われるのではないだろうか。
マッシュアップが、利用者と開発者の垣根を取り払い、利用者のコンピューティング環境を根本的に変える牽引要因になる可能性は高く、ITが社会をどう変えていくかといった指標としても注目したいものである。
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