米国のTV視聴世帯に於けるHDTVセットの普及率は2007年末には20%を越える。HDTVを購入する家庭では当然,多チャンネルサービスに加入しており,HDプログラミングは多チャンネル経由で受けることになる。ケーブルTV,DBS,IPTV事業者はHD放送をめぐり,熾烈な争いを始めている。
最初は提供するHDチャンネルの数が争いの中心であった。HD放送を増やすために新たに4つの衛星の打ち上げを行っているDirecTVは積極的にそのHD放送に於ける優位性を宣伝し始めた。2006年末にDirecTVはNFL Networkで放送される一部のアメリカン・フットボールの試合はDirecTVではHDで視聴出来るが,ケーブルTVでは出来ない事をそのTV広告で宣伝した。ケーブルTV事業者は黙っていない。Time Warner Cableは,そのニューヨーク市のシステムではNFL NetworkはHDで放送されているとして,DirecTVを偽りの広告をしていると訴えた。DirecTVは次に,同社の方がケーブルTVよりHDチャンネルの数が多い事を訴えるTV広告を流し始めた。Time Warner Cableはまたも訴訟を起こし,これを差し止め,Comcastは逆に(VODを加えると)同社の方がDirecTVより多くのHD番組を提供している事を誇張する広告キャンペーンに出た。
視聴者に取ってはHDチャンネルの数も大切だが,それ以上にそのコンテンツが重要である。EchoStarはケーブルTV事業者のCablevisionの子会社が始めたHD専用のDBSサービスのVoomを買収した事で,多くのHDチャンネルを持っているが,ポピュラーな番組が少なく,人気は低い。
また,画質も重要である。多チャンネルサービス経由でHD番組視聴者の一部は,地上波で直接に受信したHDチャンネルより,多チャンネル放送のHDチャンネルの画質が劣っている事に気がつき始めた。これは,多チャンネルサービスの殆どはHDチャンネルを再圧縮しているからである。光ファイバーでそのサービスを提供しているVerizonは,同社はネットワークが提供したままであって,再圧縮はしていないことをその広告で訴えているが,ケーブルTV,DBS事業者は使える帯域に限りがあり,圧縮率を高めずにHDチャンネルを増やしていくことは出来ない。DirecTVは十分な数の衛星が準備出来る前に,HDチャンネル数を増やすことに急ぎ,大きな圧縮をした結果,集団訴訟の対象になってしまい,DBSのHD画質は悪いと言う評判になってしまった。2007年10月にはケーブルTV事業者のCoxはDirecTVのHD画質はケーブルTVに劣るとの広告を行い,今回はDirecTVがCoxを訴えている。
実際にどの程度の圧縮が行われているのか? HD放送は地上波放送では,MPEG-2で18〜19 Mbps程度に圧縮されている。多チャンネル向けネットワークでは通常それ以上の圧縮をしている。これらネットワークは衛星で番組を全米のケーブルTV,DBS,IPTVのヘッドエンドに送っている。衛星のトランスポンダーの容量には限りがあり,また,高価であり,MPEG-2で16〜18 Mbps程度に圧縮されている。MPEG-4での配信も始まっているが,その場合は8〜12 Mbps程度に圧縮されている。
これを多チャンネル事業者は受信し,再圧縮をかけ家庭に送っている。どの程度の圧縮をしているかは公開されていない。その番組の種類,また,ネットワークとの交渉で許可される範囲による。ケーブルTVでは1つのアナログチャンネル(6 MHz)で2つのデジタルHDチャンネルを18〜19 Mbps(MPEG-2)で放送する事が出来る。実際には6 MHz帯域で3つ,あるいは4つのHDチャンネルを送ってるので10 Mbps〜14 Mbps程度まで圧縮されている事になる。
DirecTV,EchoStarは共にHDではMPEG-4を使っている。MPEG-4で6〜10 Mbpsで放送されているが,番組によっては6 Mbps以下もある様だ。
どこまで圧縮出来るかと言う規定はない。デジタル環境に於ける地上波再送信規制に対して放送局はケーブルTV事業者に対して再圧縮を許さず,そのままの状態で再送信する事を規制化する事を求めたが,FCCはこの意見を採用しなかった。