FCCは2007年5月11日にアナログ停波後のケーブルTV事業者に対する地上波再送信規制をどの様にするかを決定した。現在の再送信規制はアナログ放送に対するもので,ケーブルTV事業者はそのサービス地域内の地上波局の放送をそのまま再送信する義務がある。地上波局のデジタル放送に対しての再送信義務は無く,任意である。2009年2月18日以後はデジタル放送が再送信義務の対象となるが,ここで問題が起きる。ケーブルTV事業者のアナログ放送での地上波再送信をいかにするかである。
ケーブルTV事業者の殆どはデジタルケーブルサービスを提供しているが,ネットワーク上はアナログとデジタルのハイブリッドで,地上波再送信と基本的なケーブルTVネットワークはアナログで放送している。ベーシックサービスの加入世帯はアナログケーブルであり,STB無しでこれら放送を受けることが出来る。3000万近いアナログケーブルTV視聴世帯があり,2009年2月までこれら世帯をデジタルサービスに移行させるのは非現実的であり,地上波のアナログ停波以後も,ケーブルTVのアナログサービスは続くことになる。もし,再送信規制の対象がデジタル放送のみであれば,ケーブルTV事業者は地上波放送をデジタルで再送信する事で,義務を果たし,アナログケーブルTV加入者に対してアナログ変換し地上波を提供する必要は無く,これら世帯では地上波放送が見られれなくなる可能性がある。
FCCと地上波局を代表するNational Association of Broadcasters(NAB)は,2009年2月18日以後もアナログサービスを提供し続けるケーブルTV事業者に対してはデジタル放送をそのまま再送信するのに加え,アナログ変換し,アナログでも再送信する義務を加える事を求めてきた。ケーブルTV事業者はこれに反対してきたが,9月11日にFCCはデジタルとアナログの両方の再送信の義務化を決めた。しかし,全体的にはケーブルTV事業者に譲歩した内容になっている。まず,この義務は3年間と言う限定された期間であること。もう1つはデジタル再送信の対象をNABは全ビットとして,帯域上のデータを全部そのまま,再送信をする事を求めていたのに対して,今回の規制ではデータ放送,副チャンネル等は任意であり,さらに,HDはHDのままで再送信する義務があるが,ビットレートを落としての再送信も可能になっている。
しかし,この決定はケーブルTV事業者に取って,大変な課題である。現在,多くのケーブルTV事業者は70程度のアナログチャンネルを放送している。このために850 MHzにシステムの550 MHz程度を使い,残り300 MHzでデジタル放送,VOB,ケーブルモデム,デジタル電話等のサービスを提供し,帯域を殆ど使い切っている状況である。アナログチャンネルを減らすことなく,全地上波局の放送をデジタルでも放送する事は問題である。特に再送信対象がHDになると帯域が不足する可能性が高い。もし,10の地上波局がHDで放送をすると,その再送信には約30 MHz,アナログチャンネル5つ分が必要になる。大都市では地上波局数は多く,HDで放送する確率も高い。さらに,ケーブル事業者はHDで再送信するだけでなく,SDにダウンコンバートした放送も再送信する必要が出るであろう。再送信義務はHDで果たすことが出来ても,ケーブルTV事業者の全加入世帯がHD対応のSTBとTVを持っているわけでなく,SDでも再送信をしないと見られないチャンネルが出来,視聴者は怒るであろう。
現在の地上波再送信の場合,ケーブルTV事業者は地上アンテナで地上波を受信し,それをそのまま再送信すれば良いが,デジタルをアナログに変換するにはその為の設備を導入しなければならない。地上波再送信ではケーブルTV事業者が広告挿入をする事は出来ず,値段も自治体とのフランチャイズ契約で決められており,儲けのあるサービスではない。これに大きな設備投資を行うことはケーブルTV事業者に取っての不満となる。
果たして,どれほどの数の放送局がこの地上波再送信義務に頼っているのと思う読者もいると思うが,答えは不明である。FCCも,ケーブルTV事業者を代表するNCTAもこの統計は取っていない。推定では1756ある地上局の約半分である。まず,1756の地上波局の内,386は非営利局である。これらの局は個別な再送信契約をする事は出来ず,再送信法の対象になる。残り,1370の民営局の内,約840は4大ネットワーク(ABC,CBC,NBC,Fox)の系列である。これら局は再送信法に頼らずに,独自にケーブルTV事業者と再送信条件を含めた交渉を行い,契約をしている。残り350の民営局内,幾つかは十分な視聴率を持ち,再送信法に頼らずに,ケーブルTV事業者と交渉をしているかも知れないが,その殆どは再送信法に頼ったものであろう。386の非営利局,それに350程度の民営局がこの法に頼っている事になる。