アメリカのケーブルTV事業者はMPEG-4には消極的であった。MPEG-4は既存のMPEG-2より高い圧縮率があり,通信容量を有効利用するには効果的である。ケーブルTV事業者も通信容量の有効利用には関心が高い。しかし,ケーブルTV事業者はすでに6000万以上のデジタルSTBの設置台数があり,MPEG-4への移行はこれらSTBのリプレースを意味し,手間と膨大なコストを要するアップグレードになる。
IPTV事業者,特にDSL上でサービスを提供するAT&T等にMPEG-4は不可欠な技術である。1つのDSL回線上で複数のチャンネル,特にHDチャンネルを提供するには高い圧縮が必要になる。IPTV事業者は,最近サービスを開始したばかりであり,最初からMPEG-4対応のSTBを使っている場合が多い。使っていなくてもケーブルTV事業者の様に膨大なSTBの設置がある訳ではなく,リプレースは大変な事ではない。
DBS事業者もMPEG-4への移行を進めている。DBS事業者も大きなSTBの設置台数を持つが,他に容量を増やす手段が無い。衛星を打ち上げる費用は膨大である。現在の圧縮率のままで,今後増え続けるHDチャンネルに対応する数の衛星を打ち上げ続ける訳にはいかない。地域ネットワークのケーブルTV,IPTV事業者とは違い,DBS事業者は全米規模であり,各地の地上波局の再送信を提供する必要性がある。地上波再送信をHDで開始するのには膨大な容量が必要になる。STBリプレースメントのコストは高くても,衛星を打ち上げ続けるコストよりは遙かに低い。
これに対して,ケーブルTV事業者には他のオプションがある。容量の3分の2はアナログ放送が使っており,アナログチャンネルを減らし,デジタルにする事で容量は増やすことが出来る。また,器材が対応可能な範囲で利用する帯域を高周波化する事でもチャンネル数は増やせる。さらには,視聴者数の少ないチャンネルは常に流すのではなく,必要時だけに放送するスイッチド・デジタル・ビデオ(SDV)アーキテクチャーを採用する事も出来る。これら方法を採用するコストはSTBをMPEG-4対応の製品にリプレースするより確実に安い。
ケーブルTV事業者は次世代のSTBではMPEG-4を採用し,設置台数を増やしてからMPEG-4の採用を始める予定であった。しかし,HBOの最近の発表により,この考えは変えなければならなくなっている。有料チャンネルのHBOは複数のチャンネルを放送している。6月にフロリダで開催されたCable-Tec Expoにおいて,HBOは,26のHBOとCinemaxの全てのチャンネルをHDで放送する計画を発表した。
ケーブルTV事業者にショックを与えたのは,HBOがこのHD放送にMEPG-4を採用する事ではなく,MPEG-4での26チャンネルのHD放送を開始する時点で,MPEG-2によるHD放送は終了させる事である。HBOはそのチャンネルを多チャンネル事業者に配信するには衛星を使っている。HDチャンネルの配信の為に新たにトランスポンダーを借りることは大きなコストであり,それ以上の問題としてCバンド衛星の容量は満杯で,空きを借りるにも借りることが出来ない可能性もある。
HBOがこの移行を行う時点で,HBOのチャンネルをHDで提供する事業者はそのシステムをMPEG-4対応にし,HBO,あるいはCinemaxのHDサービスの加入者のSTBもMEPG-4対応にしなければならない。HBOのHDチャンネルをMPEG-2で提供する事は出来なくなる。HBOは最もポピュラーな有料チャンネルであり,デジタルケーブルTVへの加入世帯の80%近くは加入している。その全てがHDではないが,HDの視聴世帯は増えている。さらに,HBOのこの発表により,他のHDで放送するネットワークもMPEG-4への移行を進めていくことになるであろう。
HBOは移行は2008年中旬と発表しており,それまでに多チャンネル事業者はHD対応のSTBをMPEG-4対応の製品とリプレースして行かなければならなくなる。