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Must Carryにまつわる問題 
(ブロードキャスティングレビューシリーズ No.34)
2007年3月25日号

 ケーブルTV,DBS等の多チャンネルサービスへ加入している世帯が85%もあるアメリカで地上波放送局がもって来る事が出来たのはMust Carry規制のおかげである。もし,ケーブルTV等に対して地上波局の再送信を義務化するMust Carryが存在しなければ,ABC,CBS,NBCは存在出来たとしても,全米に1700以上のテレビ放送局があり,大都市であれば大手ネットワーク,スペイン語放送等のその他ネットワーク,独立系局,非営利局を合わせ,20もの地上波局が存在するようにはならなかったであろう。Must Carryは地上波テレビ局とケーブルTV等の多チャンネル事業者の利害関係のバランスを微妙に保ってきたが,テレビ放送のデジタル移行により,問題が出始めている。

 Must Carryと呼ばれるが,正式には現在の規制は完全な再送信の義務化では無い。地上波放送局にはMust Carryを選択しない自由もある。Must Carryを選択した地上波局の信号は,その地域で再送信を行う多チャンネル事業者は再送信をしなければならない。Must Carryを選択した局には,再送信料の要求,どのチャンネル番号を使いたい等のいっさいの交渉権は無い。これら再送信の条件を交渉したい局はMust Carryを辞退出来る。辞退した局は,再送信のライセンス料を含め,多チャンネル事業者と交渉が出来る。しかし,交渉がまとまらない場合は,多チャンネル事業者は再送信をする必要性が無い。

 これまで,ケーブルTV事業者に対して地上波局が再送信のライセンス料を要求する事は殆ど無かった。Must Carryを辞退し,条件に同系列の多チャンネルネットワークを放送する事,ケーブル局が広告を買う程度の事を要求する事はあったが,再送信の料金を求める事は無かった。しかし,ここ1年ほどで,再送信料の支払いを求める放送局が急増している。放送局はデジタルへの移行の為に大きな投資をしてきている。それにより始まったHD番組はケーブルTV事業者に取り,その加入者にサービスのアップグレードをさせるモーチベーションになっている。放送局は自分たちのHD化により,ケーブルTV事業者は収入を増やしており,デジタル化の投資を回収する為に再送信料金を請求して当然だと言い始めている。しかし,ケーブル局はこれに合意するとケーブルTVサービスの値上げをしなければならなくなると,反対している。この結果,支払いを求める地上波局の再送信を中止するケーブルTV事業者が出て,問題になっている。

 もう1つの問題はマルチキャストの再送信である。デジタル放送では放送局はHDの番組を放送している間でも,余りの容量で数個のSDチャンネルを放送する事が出来る。現在のMust Carryは主チャンネル1つに対してであり,マルチキャストのチャンネルは対象外である。地上波放送局はマルチキャストにより,チャンネル数が増えることはデジタル化の魅力の1つであり,デジタルへの移行を進めるためにはマルチキャストのMust Carryの対象になるべきだと言ってきた。

 最近,FCCのマーチン会長は地上波局がそのマルチキャストの容量を,FCCが許可する団体にリースする事を許し,ケーブルTV事業者に対してマルチキャストのチャンネルも再送信義務にする提案を出した。これにより,自ら放送設備を持つことが出来なかった小規模な事業者,非営利団体等が放送をする事が出来るようになり,Must Carryの範囲を拡げる事で,これらのバーチャル放送局を支援するのが目的である。

 ケーブルTV事業者はこれまでマルチキャストの再送信義務には強く反対してきた。再送義務のチャンネルが増えても収入にはならず,逆に広告収入のあるチャンネル,あるいは有料チャンネルの容量が減る事になる。このマーチン会長の提案には当然,反対をしている。

 地上波局の放送を直接視聴している世帯は20%以下,後はケーブルTV等の再送信で見ているのに,全米には1700以上もの地上波局が存在すると言うアンバランスな状態をMust Carry規制が何とか支えてきた。しかし,デジタル化によりバランスは大きくと崩れ始めており,Must Carryは放送局と多チャンネル事業者との間の争いの大きな原因になっていく。


 データリソースは2006年6月に「アメリカにおけるモバイル向けビデオサービス」を出版しました。
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