米国の公衆電気通信ネットワークは、伝統的に複雑な資金の補助制度により支えられている。最近、「ユニバーサル・サービス」という言葉は、電気通信分野だけなく、その他の公共サービスの分野においても、盛んに使われているようになった。その起源は、1908年、まだ創設されて日が浅かった長距離電話事業の独占事業体、AT&Tの革新的経営者、テオドーア・ベール氏が、電話事業の公共性を強調し、業者相互のコストの付け替えを敢えて行っても「全国にあまねくサービスを提供」すべきであるという理念として、打ち上げた経営理念に由来する。
この概念は、1996年電気通信法の重要な政策理念として取り入れられており、その後の電気通信環境の改変に応じ、議会もFCCも、ユニバーサル・サービス提供、資金供与のメカニズムの大幅な見直しと取り組んでいる。100年も前に創り出されたユニバーサル・サービスの理念が、今日なお、その輝きが失われることなく、米国(正確には、米国だけでなくわが国を含めた幾つもの先進諸国においても)の電気通信政策の中心課題であり続けているのは、稀有のことである。
ユニバーサル・サービスの枠組み改定についての動向は2007年3月にも、当ネットで紹介したことがある。本論は、いわばその続編である(注1)。
結論を先に紹介してしまうと、(1)USF改革の焦点は、基金拡大の動きの抑制とブロードバンド分野へのUSF配付対象の拡大にしぼられていること、(2)米国下院では、2006年に引き続きUSF改革についての法案が提出されたが、上院では提出に至っておらず、2007年内の法律制定は見込みがないこと、(3)FCCにおいても、Martin氏始め4人の委員はUSF改正について熱意を示しているが、この案件についての年内のFCC規則改定はきわめて薄いと見られること、(4)かたわら、ルーラル地域からのブロードバンド推進の要請、これの目的達成の手段としてUSFによるブロードバンドへの資金補助の動きがますます高まっていること、の4点が最近の大きな動きとなっている。
本論では、上記の点について、さらに紹介する。
議会では、下院に電気通信改革法案が提出されたが審議されず
下院では、Rick Boucher(民主党)、Lee Terry(共和党)の両議員が、2007年4月26日に2007年電気通信改革法案(Universal Service Act of 2007)を提出した。
その主要点は、(1)USF基金の効率的運用(たとえば、幾点かの項目について支出に上限(キャップ)を設けるとか、拠出事業者を拡大するとか)、(2)ブロードバンド提供に対するUSF拠出の道を開くこと、(3)(2)と関連し、特に採算が取れないため、大手事業者の進出が少ないルーラル地域へのブロードバンド提供がしやすいような方策(原則としては、ルーラル地域でUSF基金を受けてサービスを提供する業者には、ブロードバンド提供を義務付ける)を講ずること、の諸点である(具体的な法案の骨子については、本論末の「参考:下院で提出された2007年電気通信改革法案の主要点」を参照されたい)。
ただし、両議員が所属する下院エネルギー・商務・電気通信・インターネット小委員会の委員長、Edward Markey氏は、この法案の審議を差し止めてしまった。同氏は、この法案に不満であり、新たに自前の法案を策定したいと考えている模様である(注2)。
しかし、2007年10月に入った今日、Markey氏が構想しているはずの法案についての情報はなにもない。また、下院では、同種法案提出の動きすらない。従って、今国会における電気通信改革の法律の成立は、ありえないと断定できる。
米国の議会活動にとって、本年は、中間選挙で共和党が敗北し、ブッシュ大統領の人気も急落した典型的なレームダックの年である。しかも、イラク派兵の決着をつけるための論議が紛糾し、電気通信問題のみならずすべての分野における活動が停滞している状況である。これでは、電気通信改革法案がお蔵入りになるのも無理はない。
FCCでは、4委員(Mac Dowell委員を除く)がUSF改革に積極的
FCCも、かねてから最大の政策課題として、USF改革と取り組んでいる。
これまで、Martin委員長は、特にUSF資金の徴収について、電話事業にたずさわるすべての事業者から、収入、トラヒックにかかわらず、定額の負担を担わせる方法を強調していた。つまり、一言で言えば、人頭税的方式である(同氏は、“技術に中立な徴収方法”という婉曲表現を使っているが)。
ただ、下院のMarkey委員からの質問に対する書類による回答のなかで、同氏はルーラル地域における高速ブロードバンドの導入について、USF基金からどれだけ支援ができるかを検討中であるとの答えており、従前より、ルーラル地域問題に前向きに対処する姿勢を示している(注3)。
民主党の委員両名は、Martin委員長よりさらに積極的である。たとえば、Adelstein委員は、後述するアリゾナ州におけるブロードバンド促進のためのセミナー用に、かなり大部の声明書を発表し、今後ブロードバンド・サービスを音声サービスと共にユニバーサル・サービスと位置づけ、ルーラル地域での普及、促進に努めなければならないと強調した。多分、同僚のCopps委員も同様の意見であろう(注4)。
これに対し、新任のFCC共和党委員McDowell氏は、2007年末、ウオールストリート・ジャーナルに、「米国のブロードバンドは非常に上手く進展している。今後も規制を行わなければ順調に進展する」との趣旨の挑発的な論文を掲載し、論議を呼んだ。この論説はUSFに触れていないようであるが、多分、USF改革にも反対なのであろう(注5)。
このように、McDowell氏を除き、FCC委員4名のUSFに対するコンセンサスが形成されてきたということは確かである。しかし、さればといって、FCCがこの案件についての裁定に着手できる状況にあるとはとてもいえない。議会と同様に、レームダックの2007年は、USF改革のように大きな、しかも利害対立が絡む問題の解決にはふさわしい年ではない。2007年には、FCCがこの案件についての規則制定に着手することはあるまい。
コンセンサスが高まるルーラル地域に対するブロードバンド拡大
ブロードバンド拡大に向けての議論はますます高まっているが、その焦点は、とりわけルーラル地域に当てられている。この件については、次のとおり、さまざまの議論が展開されている(注6)。
現在、米国のルーラル・エリアでブロードバンドを利用している家庭は17%に過ぎない。このように、ルーラル地域におけるインターネット利用は未だにダイアル・アップが主体であって、ほとんどの利用者がインターネットにアクセスできる都市部の利用者との間に、大きなデジタル・デバイドが生じている。
ビジネスにおいても、家庭の場合と事情は同様である。高速の通信手段が企業活動の大きなツールになっている現在、ダイアル・アップのインターネット利用では、効率の良いマネージメントはできない。このため企業誘致が進まず、これがますますデジタル・デバイドを悪化させていく結果となっている。
このデジタル・デバイドの格差はここ10年に大きく拡大したと、デジタル・アクセスの実態を研究しているAndrew Rasiej氏は指摘している。同氏によれば、「10年前には、学校、ビジネスを含め誰しもが、インターネットを追い求めている段階だった。今では、Fortune500社の従業員も顧客もサプライアも、365日、土曜、日曜もインターネットに接続されている。ところがルーラル地域では、家庭では多くの学生がインターネットを利用できず、学校でこれを利用している現状である。」氏の論理を筆者なりに敷衍すると、米国ではインターネット・リッチとインターネット・プアの大きなデジタル・デバイドが存在し、しかもその格差は拡大している。特に、都市エリア、ルーラル・エリアの格差が著しいということだろう。
ルーラル地域のデジタル・デバイド解消が進展しない主な原因は、通信事業者がブロードバンド構築は採算が取れず、ルーラル地域での構築をためらっていることにある。大手のAT&T、Verizon、Qwest、さらにComcast、TimeWarnerなど大手のブロードバンド業者は、激しい競争によりブロードバンドの構築を行っているが、これは採算が取れる都市部が中心であって、ルーラル地域になると進出を止めてしまう。
さらに、米国はブロードバンド拡大競争でOECD諸国の15位の低位に甘んじ、国際競争に遅れを取っているのであるが、この遅れを取り戻すもっとも手短なしかも効率の上がる方法は、ブロードバンドを付ける能力があるが、業者が設備を提供していない、しかも今後も設備を供給しそうもないルーラル地域の負担力がある住宅、ビジネスの加入者に対するブロードバンドの提供だという議論が強まり、コンセンサスが得られるような勢いである。
過疎の州も、この趣旨の説明に力点を置いたPR活動を盛んに行っている。たとえば、アリゾナ州知事の諮問委員会であるATTIC(Arizona Telecommunications and Information Council、ATICI)は、2007年5月7日、“Advanced Telecom and Broadband Deployment in Arizona” というタイトルで、国会議員、FCC委員、Jonathan Adelstein氏をも招いて大々的なセミナーを行った。これは、筆者の目に触れた本の一例であり、他の米国過疎州も同様の働きかけを行っている模様である。
参考:下院に提出された2007電気通信改革法案の主要点
「2007年電気通信改革法案」(Universal Service Act of 2007)の主要点は、次のとおりである(注7)。
● | USF拠出事業者の範囲拡大 |
| (1) | 現在、USFを拠出している電気通信事業者(たとえば、市内通信事業者、長距離通信事業者)に、次の(2)、(3)を加える。 |
| (2) | 加入者に電話番号、IPアドレスを付与し、双方向の通話を提供している通信事業者(VOIP業者等) |
| (3) | 公衆に対し、ネットワーク接続(DSL、ケーブルモデム、WiFi、ブロードバンド等)を提供している事業者 |
● | USF徴収をどの財源から行うかのオプションを次の中から選ぶようFCCに指示する。
収入によるか、(b)現用の電話番号によるか、あるいは(c)利用度数によるか、さらには(b)、(c)の組み合わせによるか(筆者注:収入に基くのは、現行方式、電話番号による方式はUSF拠出事業者の拡大とあいまって、多くの拠出事業者から広く浅く、多分事業者区分に基いた固定料徴収を構想しているのであろう)。 |
● | USF支出に対する上限額(cap)設定の対象範囲拡大
現在、USF支出の上限は、コストの高いルーラル地域の市内通信事業者に対して、設定されている。これを他の項目にも、拡大する。ただし、学校、図書館に対するUSF支出(いわゆるE-Rate)に対しては、適用除外。 |
● | USF補助金を受ける資格要件の明確化
FCCは、(a)ユニバーサル・サービスをサービス提供地域全体にわたり提供できるかどうか、(b)州が定める最後の電気通信手段(last resort)の市内通話サービス提供の事業者要件を満たせるかどうか、(c)緊急サービスの機能を提供し、顧客の満足を満たせるかどうかなどの判断基準を定めなければならない。USF補助受給者は、これまでどおりUSF補助金を受けるためには、本法設定後1年以内にこれら要件を備えなければならない。 |
● | USF支出をブロードバンドにまで拡大
USFの資金を受ける通信事業者は、これをブロードバンド・サービス提供のために支出することができる。業者は、本法実施後、5年以内にダウンロード速度1メガビットを超えるサービスを提供しなければならない(この条件により、現在の市内通信事業者が市内通信サービス提供ができなくなるときは、特別に除外される)。 |
● | 原則としてUSF支出は、コスト実績に基いた資料を提出し、後で清算を受ける。
USF受給者は、コスト実績に基き、支出、経費の払い戻しを受ける方式で、USF補助金を受け取る。ただし、上限額(cap)の設定がある場合は除く。(筆者注:これまで、米国における高コスト地域に対するUSF補助の支出は、通信事業者からの将来収支の見積もりをベースにした資料提出を審査し、しかも公正報酬をも含めたものであったはずであるので、このコスト実績に基く払い戻し方式は、USFの大きな変革につながる)。 |
(注1) | 2007年3月15日号DRIテレコムウォッチャー、「米国において高まりを見せるブロードバンド・ユニバーサル・サービス実現への動き」。 |
(注2) | 2007.5.15付け、http://www/njtelecomudate.com、”FCC Chief Pledges Loyality To USF, Reform.” |
(注3) | 注2に記した資料。 |
(注4) | 2007.8.17付け、FCCプレスレリース、“Statement of Jonathan S Adelstein. Before the Committee on commerce, science, and transportation USA Little Rock,Arkansas.” |
(注5) | 2007.7.25付け、http://www.dslreports.com、”FCC: What Broadband Problem? ." |
(注6) | ルーラル地域におけるブロードバンド拡大の要望については、主として米国ブロードバンドの最新情報を掲載しているネット情報、http://benton.orgの最新号を幾点か参照した。個々の出典は省略。 |
(注7) | 2007.8.30付け、http://benton.org、“H.R.2054 Universal Service Reform Act of 2007.”に紹介された法案の要約によった。 |
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