AppleがAT&Tと提携して市場に出したiPhoneは、両社が詳しい販売実績を公表しなかったこと、iPhoneが素晴らしい幾つもの性能を持ちながらも、使用上幾つもの欠点も備えていたこと等のため、市場化は成功であるとの評価は当初から強かったものの、なお、一部のユーザ、観測筋は辛口の評価を続けた。案外、売れ行きは停滞しているのではないかとの憶測には根強いものがあった。
転期は、2007年8月第3週に訪れた。ファイナンシャルタイムスは、8月21日に、Appleは、欧州主要携帯電話事業者のT-MobileDeutschland、Orange、O2の3社とiPhone販売について合意したと報道した(その後、フランステレコム代表者は、将来の合意の可能性を肯定しながらも、合意自体は今後2、3週間後になると洩らした)。さらに、UBS Investmentは、iPhoneの売り上げが米国市場において順調に伸びており、2007年9月末には100万台を超えるだろうとの予測を発表した。この予測は、同趣旨のAppleの短期予測の実現が確実であることを確認したものである。
Steve Jobs氏は、2007年2月、2008年末までに1000万台のiPhoneを販売すると公言した。今後、販売に相当の加速度が付かなければ、この目標達成は難しいとも見られるが、欧州市場での獲得数及びクリティカル・パスを突破した後に新商品についてしばしば見られる爆発的な売れ行き増、iPhoneについてのマーケティング戦略の変更(たとえば、適当な時期に値下げを断行するとか)を考慮に入れると、この目的が達成されることも十分に考えられる。
Appleは、欧州携帯事業者との提携に当っては、これら事業者からの携帯電話収入(従量制収入を含む)の一部(10%と報じられている)を受け取るとの約束を取り付けたとのことである。これは、携帯電話業界では画期的な出来事であって、AppleによるiPhoneを武器にしての携帯電話事業への参入は今後、携帯電話事業者、携帯電話メーカの力関係にも大きなインパクトを及ぼすこととなろう。
以下、上記の点について、さらに解説する。
Apple、欧州3大携帯電話事業者との販売協定を締結へ(注1)
ファイナンシャルタイムスは、8月21日、Appleが欧州の3大携帯電話事業者とiPhoneを販売する件について合意したと報道した。
Appleの提携先は、T-Mobile Deutschland(T-Mobile傘下でドイツ国内を営業地域とする携帯電話事業部門)、Orange(フランステレコムの携帯電話事業部門、本拠とするフランスのみならず、欧州各国でサービスを提供している巨大携帯電話会社)、O2(スペインのTelefonicaの子会社、英国での携帯電話事業のほか、アイルランド、スロベニア、ドイツ、チェコの諸国でも携帯、固定電話事業を展開)の3大携帯電話事業者である。サービス提供エリアは、当面、3事業者が本拠とする国(ドイツ、フランス、英国)に限られる予定。
Appleと3事業者の契約の基本は、すでにAppleがAT&Tと結んでいる契約と類似したものであるらしいが、事業者側がiPhone販売の排他的権利を握る代償として、AppleにiPhoneサービス提供から得られる収入の10%を支払うことだという。ある業界エキスパートは、ドイツのファイナンシャルタイムス関係者に、”交渉に当たり、明らかにAppleは優位の立場に立った”と語っている。
Appleは、AT&Tからもきわめて有利な条件(Apple、AT&Tは、この条件を公表していない)を獲得したと報道されたものであったが、機器のメーカがサービス提供業者の収入の分け前に与る契約は、前代未聞である。ファイナンシャルタイムスは、この契約は、必ずや、今後のメーカとサービス提供業者の力関係にもインパクトを与えるだろうと推測している。これまでサービス提供業者は、携帯電話機を安く売り、欠損分を使用料により回収する方式が専らであった(すなわち、電話機販売について補助金を出してきた)。今後、この慣行は廃れ、電話機はそれ自体のコストに応じ値段が付けられていく慣行が広まるだろう。
いうもでもなく、欧州のみならず、全世界での最大の携帯電話事業者はVodafoneである。当然、Appleは同社と接触したものと見られるが、結局Appleは、Vodafoneに敵対する携帯電話会社3社にiPhone販売の権利を与えることとなった。この理由は定かでない。しかし、AppleがiPhoneについて米国において最初に提携を持ちかけた相手先は、AT&TではなくVerizonであったが、VerizonはAppleの提示する条件が同社に有利でないとして、これを拒否したと言われている。周知の通り、VodafoneはAT&Tの株式45%を所有しているAT&Tのパートナーである。してみると、この経緯だけからしても、VerizonはAppleの申し出を拒否する理由は十分あったものと考えられる。なお、3事業者は、今回のAppleとの合意を、8月末にベルリンで始まるIFAトレード・ショウの機会に公表するという。
以上は、ファイナンシャルタイムスのいわばスクープであるが、その後、フランステレコムの代表者は、フランス誌Paris Matchに、この件について次の内容の同社見解を発表した(注2)。この見解は、(1)フランステレコムは、iPhoneについてAppleと交渉しているのは事実である。(2)しかし、交渉の妥結は数週間後であって、9月に持ち越す。というものであった。してみると、8月末のトレード・ショウにおけるApple社と欧州3大携帯キャリアとの発表は行われないか、あるいは行われても、フランステレコムは参画しないということになろう。
幾つもの批判を受けながらも、堅実に伸びているiPhoneの売り上げ
iPhoneをめぐる最大の謎は、果たしてどれだけの台数が市場に出ているのかという点にあった。Apple、AT&T両社ともに、将来の売れ行きについての詳細な情報を出さず、決算時に出した両社の数字がそれぞれ食い違うというような状況であったからである。このため、iPhoneを支持し、反対するジャーナリズムが、それぞれ楽観、悲観の両極の情報を流し、読者を混乱させた。
ようやく8月末、UBS Investmentが、AT&T販売店への聞き取り調査を実施し、これに基づく推計値を発表した。この結論に対し異議が出るとは考えられず、販売後2ヶ月間で、この議論の多かった新型マルチ機能端末、iPhoneのテイクオフが確実であることが示された。
以下、3期にわけて、iPhone販売数に関する情報、観測筋の予測の推移を紹介する。
楽観説が強かった販売初期の段階(6月末から、7月末)
iPhoneの販売が開始されたのは 2007年6月29日のことであったが、iPod+携帯電話機能+完全なインターネット検索機能を統合したマルチ端末機器を実現したとのApple社の殺し文句および、"2008年末までに1000万台を販売する“とのApple社CEO、Steve Jobs氏の発言が米国ジャーナリズムの関心を強く引き付け、販売前には、販売開始の週(実のところ29、30の2日間)で、少なくとも50万台、いや80万台は売りさばくだろうとの観測が強かった(注3)。
Apple、AT&T両社の販売数値発表 - 幾点かのiPhone機能欠点の指摘とともに楽観説、悲観説が交錯(7月末以降8月第3週まで)
2007年7月24日と25日、AT&TとApple両社は、待ち望まれていた2007年第2四半期の決算を発表した。この決算が、今回、特に待ち望まれていた理由は、両社がiPhoneの売れ行きについての数字を発表し、また、将来のiPhoneの見通しについての所見を発表するだろうと期待が見られたことによる(注4)。AT&TのiPhoneに関する記述は、最初にiPhoneの販売は力強いと前置きした上で、(1)2007年第1四半期末(6月29日、30日の2日)に稼動したiPhone機器は14万5千台(2)上記台数のうちの40%は、新規加入である旨の簡単なものであった。
これに対し、AppleのSteve Job氏は、”われわれは、2007年第1四半期中に、27万台のiPhoneを販売した。iPhoneの売れ行きは力強く、当社は2007年9月末までに100万台目のiPhoneを販売する予定である“と述べた。
両社の発表は、次の3点で注目すべきものであった。第1に、Appleが発表した27万台の数値は、観測筋が予測していた数値の最下限であって、iPhone支持者たちを落胆させ、iPhone反対派を勢い付かせた。第2に、定義が違うのであるから当然のことであるにせよ、AT&TとAppleの発表数値の差異が大きすぎる点が、批判の的とされた。その差異の多くの部分は(1)プレゼント、あるいは再販目的で2台を購入して、アクティベーションに至らなかったものによるもの(2)AT&T、Appleの販売店を利用せず、Appleのネットを通じて、販売された機器数がAT&Tの数値に継承されていないことによるもの等で説明されるはずであるが、それにしても差異が大き過ぎた。ひいては、AT&T、Apple両社の協調がうまく行なわれていないのではないかとの批判もなされた。第3に、Steve Job氏が新たに約束した2007年9月末までの販売数100万の達成は大きな成果であるかもしれない、しかし、2007年2月、同氏がiPhoneの販売計画を発表したときに打ち出した2008年末までの1000万台数の達成は難しいのではないかとの推測も為された。2007年9月までの販売数が続いたと仮定したら、2008年末の加入者数は500万台程度に留まってしまうからである。
2007年第2四半期の両社の決算発表以来、iPhone批判派は勢いを増し、やれセキュリティに弱いとか、電池のリチャージに経費、期間が掛かり、ユーザは大きな迷惑をこうむっているとか、iPhoneに対するさまざまな批判が提起された。
この間、iPhone購入者の多くが、特にデザインの卓越さと相まって、掌にスット収まり、指により駆動する(つまり指がマウスになる)この機器のもたらす利便性、快感は他のスマートホンでは絶対に得られないものであるとの賛辞を送り、実際に使用してみてのiPhoneの熱烈な支持者層が増加しつつある動きが、明らかに感じられた。
UBS Invesyment社、iPhoneの売上げの堅調さを検証(8月21日以降)
UBSのアナリスト、Benjamin Reitzes氏は、8月21日、AT&TのiPhone販売店を逐一訪問して聞き取りを行った結果に基き、2007年第2四半期における販売数予測の調査報告を発表した(注5)。
同氏は、iPhoneの売り上げは堅調に伸びており、2007年7月から9月末までの売り上げは80万台を超える可能性があると指摘している。これに、Apple社が発表した7月の販売数27万を加えると107万台となり、この数字は、同期におけるApple社自体の推計値100万台を超える。
こうして、販売後2ヶ月間続いたiPhone販売数の規模に関する論争には、事実上終止符が打たれることとなった。
(注1) | この項は、2007.8.21付けFT.Com、“Apple secures Europe iPhone revenue deals”および、2007.8.22付けhttp://www.redherring com,,”Three-Way Play for iPhone in Europe”によった。 |
(注2) | 2007.8.24付けCnet news.Com,”France Telecom confirms talks with Apple on iPhone”。 |
(注3) | iPhone販売開始前の予測、販売開始直後の行列に加わったApple製品オタクたちの行状については、2007年7月15日号DRIテレコムウォッチャー、「遂に市場に出たiPhone-果たして、ヒット商品になるか」を参照されたい。 |
(注4) | この項は、Apple、AT&T両社の2007年第2四半期決算報告資料によった。 |
(注5) | 2007.8.21付けhttp://uk.reuters.com,”Apples iPhone Sales Could top 800,000:UBS"から孫引き。 |
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