アップル社のCEO、Steve Jobs氏が、iPhoneによりスマートフォン市場に参入すると宣言したのは、2007年1月、Macworld trade show における基調演説の場においてであった。
この時、Jobs氏は、iPhoneは、AT&Tとの緊密な提携のもとに、同社のネットワーク利用者だけに販売するものであって、その性能は、アップル社が現に販売して音楽配信業界で圧倒的なシェアを有している音楽プレイヤ端末、iPodの機能、さらに同社のPCオペレーティング・ソフトであるアップルOSXによるインターネット検索、Eメール、画像の送受を兼ね備えたものであることを明らかにした。
つまり、携帯電話+音楽プレイヤ(iPod)+携帯PCの諸機能を備え、しかもスリムでコンパクトなデザインの機器により、これら機能を可能にするマルチ端末だという構想をぶち上げたのである。
Jobs氏は、”当社は1984年、マッキントッシュによりPC業界を変革した。2001年には、iPodを市場に出して、人々が音楽を聴く方法を変革した。当社は今回は、電話機のあり方を変革するのだ“と高らかに半年先に実現すべき高邁な目標を掲げた。さらに、同氏は新端末iPhoneの発売日時を2007年6月28日午後6時と定め、2008年末までに1000万台を販売すると宣言し、陶酔した3000人もの聴衆から万雷の拍手を浴びた。(注1)
Jobs氏の約束に違わず、2007年6月28日午後6時、米国各都市のアップルの販売店(164店)、AT&T販売店(約2800店)は、予定通りiPhoneの販売を開始した。当日、夕刻から夜半に掛けて、アップル製品の狂熱的なファン、端末オタクを中心に、一刻も早く新型スマートフォンを手に入れようとする購買者の行列で賑わい、あたかもカーニバルのような様相を呈した。
こうしてSteve Jobs氏は、1983年以来、マッキントッシュ、iPod、iPhoneと3種の画期的な製品を発表し、そのすべてにおいて新生面を切り開いた。正に、イノベーションの権化ともいうべきカリスマ的経営者である。PCソフトの開発一筋に、天才的な先見性と商才を発揮し、世界一の富豪となったBill Gates氏が第一線を退いた感がある現在、同年輩で息の長いイノベーション路線を追求するJobs氏のカリスマ性はますます高まった。
iPhoneは、Steve Jobs氏が豪語したとおり、素晴らしい製品であると認められている。特に、スリムかつスマートであり、掌中にスッポリ収まり、もろもろの通信、インターネット検索、画像の引き出し等のもろもろのサービスを瞬時になしうるこの万能端末は、あたかも魔法の杖を手にしたような満足感をユーザに与えるものらしい。
ただ、発売後2週間を過ぎた今日、徹底的にiPhoneの長所、短所を検討しつつある米国ジャーナリズムは、最近ではiPhoneが意外な弱点を抱えている点も指摘している。
さらに、発売後数日の熱狂から冷めてみると、果たしてiPhoneの売れ行きがApple社の予想通りに順調に進んでいるかどうかの疑問も提起されている。AppleもAT&Tも、現段階でどれだけのiPhoneを販売したかを発表していないからである。このマルチ端末が、果たして長期間にわたり大衆需要を引き起こすのか(換言すれば、Steve Jobs氏が断言するごとく、2008年末までに1000万の端末を販売しきるのか)について、強気、弱気の予想が飛び交っている。筆者は、本格的なiPhone需要は、現に発売されている端末からではなく、早晩出現するはずの第2、第3の改良型端末から発生するものと考えている。
本論では、米国ジャーナリズムが報じるiPhone端末の長所、短所に焦点を当てて、紹介する。
iPhoneの性能
iPhoneの性能の主なものを以下に列挙する。
端末の形体 | : | 大きさは、縦、横、厚みがそれぞれ、4.5×2.5インチ×0.5インチ。他社のスマートフォンとほぼ縦、横は同じ大きさ。厚みは一番薄い。また、キーパッド部分が少ないので、ガラス製の画面は3.5インチ。競争製品中で最大。重量は350グラム。 |
フィンガー・タッチ方式 | : | 原則としてキーを使用せず、情報の伝達、入手、検索はすべて指(時に両指)で行う。つまり、指がマウスの代わりをする。 |
iPodの取り込み | : | iPodの諸機能は、iTune Shop(音楽配信ソフト)により、加入者のPCを通じ使用する。 |
Internet Webの利用 | : | 同様に、MacOSXにより、加入者のPCからInternetWeb取り込み、同期することができる。これは、すべて省略なしの全掲載であって画面はきわめて鮮明。(携帯端末でInternet Webを完全に取り込んだのは、今回のiPhoneが始めてである。このInternet Webを端末で利用するソフトとしては、Apple社のSafariが使用されている。) |
AT&TのEDGEネットワークの利用 | : | iPhoneは、AT&Tが提供するネットのEDGE上でなければ利用できない。EDGEはGSMのバージョンアップ版であるが、いわゆる2.5世代のネットワークであって、そのスピードはきわめて遅い。AT&Tは最近、EDGEのスピードアップを行った他、Wi-Fi利用により、スピードの遅い点は救済されるはずだと弁明をしている。 |
EDGEとWi-Fiの双方に適応した デュアルモード端末 | : | 実のところ、iPhoneはEDGEだけでなく、無線LANであるWi-Fiにも、対応できるようにしたデュアルモード端末である。AT&Tは、米国最大のホットスポット提供事業者であって、iPhoneユーザは、全国で34,000を数えるホットスポットを利用できる。ホットスポットの電波エリアに入ると、iPhone端末は自動的にWi-Fi利用に切り替わる。 |
ユーザ自身がサービスを起動 | : | iPhoneをユーザは、AppleあるいはAT&Tの販売店で求めるのであるが、店でAT&T回線に接続してその場で利用することはできない。自宅に帰り、ソフトの指示するままに、自分でサービス起動作業を行う。起動料金は36ドル。 |
iPhoneの価格、月額使用料 | : | 端末は、内蔵するフラッシュメモリーの容量の差で2種類が入手できる。499ドル(4GB)と599ドル(8GB)である。この価格は大方のスマートフォンが高くても300ドル台であるのに比較すれば、きわめて高い。サービスは、主として、音声通話の月額利用度に応じて、月額60ドルから100ドルまで、3種類のメニューが用意されている。ユーザは、最低2年間の契約期間でしばられるし、後述するとおり電池の取替えにもかなりの支出を要する。結局、iPhoneはかなり所得の高い層しか利用できない。 |
果たしてiPhoneは、Appleが期待したほど売れているのか。
AppleもAT&Tも、iPhoneの販売数を発表していない。このため、6月28日の販売開始後、どの程度この機器が売れているのかについては、推計値が大きく開いている。販売後、数日で30万から50万の機器が販売されたのではないかという点については、大方の観測筋の意見は一致している。
しかし、販売後10日を過ぎた今日、すでに販売数は100万を越えているという楽観的な報道もあれば、売り上げは停滞しているという観測もある。売り上げが思ったほどではないと見られる根拠は2点ある。
その第1は、Appleの店舗でも、AT&Tの店舗でも、おおむねiPhone端末は容易に入手できるのであって、明らかに需要を上回る供給体制できているのである。これは、反面、売れ行きがApple社の想定以下であることを意味するとも受け取れる。
第2は、Apple店で2台のiPhoneを購入し、e-Bay等のネット業者にオークションに出し投機益を狙った人がかなり多かったのであるが、現在その価格は、当初の1000ドル程度から700ドル程度へと値下がりしており、しかもさほどの買主が付いていない模様である。これも、iPhoneの需給が逼迫していないことを示す証拠となろう。
次項で触れるとおり、当初の熱狂が過ぎた今、iPhoneの短所も喧伝されている。販売後、数日間にiPhoneを買ったユーザの多くは、熱狂的なApple社のファンであった。この期間が過ぎた現在、今後はiPhoneの機能、料金と他の競合機種の機能、料金を比較、検討し、iPhoneが果たして高額の投資に値するか否かを決定して購買する冷静なユーザであろう。しかも、iPhoneに関するジャーナリズムのほとんどの論評は、確かにこの機器は優れた性能を持っているが、最初のバージョンの現機種では欠点も多い。早晩、Appleは改良バージョンを販売することになるし、価格も下がるだろうから、もう少し待ってから購買する方が賢明であると述べている。こう言った報道も、ユーザの購買意欲を低めるものとなろう。
上記の状況からして、当初、iPhoneは2008年末までの販売目標、1000 万台を達成するだろうとの観測筋の見方が大勢を占めていたが、最近では弱気の観測も出ている。
果たして、どれだけiPhoneが売れるかを見極めるには、もう少し事態の推移を見守る他ない(注2)。
iPhoneが提供するサービスの問題点
iPhoneのサービスで欠点があるとして論じられている主要点は、次の3つである。
AT&TのEDGEネットワークを利用しているため、スピードが遅い
Appleは、機器の電力消費を減らして、電池の持続時間を高めるため、自ら3Gネットワークではなく2.5世代のEDGE選んだのだという。iPhoneは、AT&TのWi-Fiを利用できるデュアルモード端末であるため、Wi-Fiでカバーされる範囲にユーザがいる場合は、インターネットが早くダウンロードできるが、そうでない場合は、ダウンロードの遅延を我慢しなければならない。もっともAT&Tは、iPhoneサービス開始の直前にネットワークを補強し、速度を速めたと発表した。その成果も作用したか、この点についての苦情は少ないようである。
電池の取り替えに多大の手間、経費を要する
充電を100回から150回も行うと電池を取り替えなければならなくなる。多く利用するユーザなら、年1回程度の取替えが必要になるという。ところが、電池はハンダ付けされており、本体と一体となっているため、ユーザが新品と取り替えるわけにはいかない。AT&TにiPhoneを送付し、返送(3営業日を要する)してもらわなければならない。電池の取替え費用は79ドル、郵送料は6.95ドルである。
問題なのは、AppleもAT&Tも、販売前のPRではこの問題に触れず、iPhone販売後に初めて明らかにしたことである。
米国の消費者団体、Foundation for Taxpayer and Consumer Rights(FTCR)は、早くもこの問題を取り上げて、AT&Tに書簡を送り、消費者は適切な情報を与えられないと批判した。FTCRは、ユーザはiPhoneを購入した店舗において、無料で電池の取替えができるようにすべきであると主張している(注3)。
ビジネス利用には、Eメール機能が不十分
iPhoneでは、Yahoo!等通常の住宅用ユーザが利用するEメールの送受は問題なく行える。しかし、高度Eメールの送受に高度の性能を発揮し、ビジネス界で圧倒的な人気を有しているカナダRIM社のBlackBerryのサービスには、とても対抗できない。観測筋は、iPhoneのセキュリティーの脆弱性(すでに幾つかのiPhone機能への侵入に成功したというハッカーたちの声明が報道されている)と相俟って、iPhoneは、今のままではビジネス界からは歓迎される端末にはなりえないとの報道がなされている(注4)。
(注1) | 2007.6.25付けFT.com, ”Apple takes risks in bid to shake up the mobile market.” |
(注2) | iPhoneが、それほど売れないと見るアナリストは数多い。たとえば、Adrian Kingsley-Hughes氏は、2008年末で300万個売れれば上出来だと述べている。 2007.6.25付けhtttp://blogs.zdnet.com,”How can Apple turn the iPhone into a long-term success?" |
(注3) | 2007.7.9付けhttp;//blog.wired Com,”Consumer Group Calls For Free Phone Battery Replacement." |
(注4) | 幾つもの関連記事があるが、たとえば2007.6.27付けajc.com,”Reviewers find iPhone “amazing, but “not perfect." |
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