世界中で金があまっており、投資ファンドの活躍が著しい。投資ファンドの中でも、買収した企業の株式を非公開にして、その後、この企業の財務を飛躍的に改善し、付加価値を付けた上で売却して利益を生み出すことを意図する企業買収ファンドが大きく投資を伸ばしている。2007年にはすでに5月末までに1600億ドルと、2006年を40%上回る速度で、投資額が成長している(注1)。
2007年5月末、米国では、買収ファンド大手2社(TPGCapital、GSCP)がAlltel(米国第5位の携帯電話業者)を買収資金の約3分の2をLBO(leveraged buyout)で調達することによって買収することで、Alltelと合意したと発表した。
この買収には、特別株主総会の他、FCC、SEC(米国証券取引委員会)等規制機関の承認が必要であり、実施時期は2007年第4四半期または、2008年第1四半期になると見られている。
この案件は、これまで比較的買収ファンドが目を付けていなかった電気通信分野を対象としたものである。その規模も27.5億ドルと多額であること、Alltelを取り巻く利害関係者(株主、従業員、顧客)に多大の影響が及ぶため、すでに米国のジャーナリズムは幾つもの論説を掲げ、この案件を論じている。米国政府はこれまで、終始、米国金融機関の先端的な手法の行使に賛成し、促進してきた経緯があるので、このAlltel買収の試みが頓挫するとは考えられない。しかし、2007年末に掛けて、さらに買収反対の動きは高まるだろう。
本論では、買収ファンドによるAlltel支配の計画概要、その計画の問題点を紹介する。
Alltel、TPGCapitalとGSCPに経営権譲渡で協定を結んだと発表
2007年5月20日、Alltel は大手買収ファンドのTPGCapitalおよびGSCPと同社公開株式のすべてを両社に売却する取り決めを行ったと発表した。Alltelのプレスレリースによれば、取り決めのポイントは次のとおり(注2)。
- TPGCapitalとGSCPは、Alltelのすべての普通株式を1株当り71.5ドル(時価に比し23%のプレミアムが付いた価格)で買い取る。買取総額は27.5億ドル。
- Alltelの会長兼CEOであるScott Ford氏は、引き続き現職に留まる。
- この買収実現のためには、株主および規制機関(FCCを含む)の承認が必要である。株主からの承認のためには、別途、特別株主総会を開催する。
- 買収実施の時期は、2007年第4四半期あるいは2008年第1四半期を予定。
今回の取り決め発表に当り、AlltelのFord会長は、その意義を次のように述べた。
「この取引は、株主に大きな利益をもたらすとともに、当社の顧客、従業員、われわれがサービスを奉仕するコミュニティーに対し、長期にわたるパートナシップを提供するものである。TPG、GSCPは、当社のすべての市場において、携帯事業を発展させるために必要な投資を確保し、顧客に対し高品質サービスの提供を可能にしてくれる」。
企業買収ファンドへのAlltelの身売りは何を意味するか - LBO行使によるAlltel経営方針変更に対し懸念が高まる。
予想される抜本的な経営変革
Alltel は、その後、5月24日にSECに対しTPG、GSCP両社に対する自社の予備的な売却計画を提出した。これにより、この計画の内容はかなり具体的となった。
その骨子は、次のとおり(注3)。
- Alltel は、Atlantis Holdings LLC(TPG、GSCPが設立する受け皿企業)の子会社であるAtlantis Merger Sub Inc傘下の企業になる。
- Atlantis Merger Sub Incは、Alltelの資産を担保にして、同社株式の買取に必要な27.5億ドルのうち23.2億ドルを借金により調達する。うち15.5億ドルは、銀行融資7.77億ドルは、ジャンク債の発行による(つまりこの取引は、LBO(Leveraged Buyout)行使を機軸とする。すなわち、買収額のうち、自己資本による分は約3分の1であり、3分の2をLBOで調達)。
- 役員が、現在のポストに留まれるかいなかについて、確約はない。ただ、CEO兼会長のFord氏のみについては、同氏から現ポストに留まる意向が明記されているだけである。また、役員所有の株式については、この株式分を現金で受け取るか、あるいは、新会社に対する持分として所有するかのオプションがあるとしている。
- Alltelの従業員の給与については、2009年12月末日まで、現在の収入の水準を維持する。また、新会社設立までの期間に退職する従業員は、現行の退職金を支払う。
- Alltel は、今後、他社との株式売買をすることを妨げられない。しかし、他社と新たに自社の売却について契約を結ぶ場合は、6.25億ドルのペナルティーの支払いが必要。
公益事業的性格を有する通信事業に、買収ファンドの経営は有効かどうか(注4)。
Alltelの経営が買収ファンドの傘下に入ることになった今回の取り決めについては、Alltelが年間収入80億ドル(日本円にしてほぼ年商1兆円)の大企業であり、さらに通信事業分野でのLBOの行使が米国ですら、まだ珍しいためであろう、さまざまの報道がなされている。
報道のうち、この取引批判に関する主たるものは、次の2点である。
法人税から負債分が控除できる米国の税制がもたらす利益:買収ファンドが行使するLBOは、当面、買収先の資産を担保にして企業買収を行い、買収実施後、経営を刷新して企業価値を高め、その後、企業の売却あるいは保持により、利益を生み出していくという方式である。
しかし、最近のWall Street Jounal紙は、買収ファンドが、買収後、負債による赤字計上を行って、買収前に比し大きく所得税を節減し自社の利益を高めることができる点を批判する記事を掲載した(注5)。
この記事では、具体的にAlltel に対する22.5億ドルのLBOの事例の紹介もあり、米国の税法の適用により、買収ファンドがいかに法人税の節減によって、利益を増大させることができるかを説明している。すなわち、Alltel は買収ファンドの傘下に入ることにより、仮に初年度決算において2006年の利益、12.98億ドルを挙げたとした場合、同社は、この利益から負債22.5億ドル分を控除して赤字決算により法人税を払わないで済ませることができるばかりか、さらにこの赤字分(9.55億ドル)を、次年度以降の決算に繰越して、法人税節減に利用することができるという。買収ファンド傘下にあるAlltelが、株主配当をする必要がないこと(公開株主がいない)を勘案すると、税金支払い免分(22.5億ドル)+無配当によるコスト節減分の双方のコスト節減により、これだけで相当の財務改善が期待できることとなる。これは、典型的なマネーゲームによる利得ではなかろうか。
莫大な株式売却収入を受けるAlltel役員、投資会社:Alltel株式の約8%はAlltel役員と部外取締役Warren Stephens氏(地元LittleRock市を根拠とする投資会社Stephens IncのCEO)によって所有されている。従って、株式が計画通りプレミアム付き(一株当り71.5ドル)で売却されると、計19.75億ドルの巨額の売却金が、これら株式所有者の懐に入ることとなる。
Warren Stephens氏は、最大の6.508億ドルを、またFord 父子(現CEO兼会長の父親、Joe Ford氏もAlltelの前会長であった)は、両人で、計4.272億ドルの株式売却金を受け取ることとなる。しかも、Steven Inc.は、今回の取引に当っては、JP Morgan、Merrill Lynchとともに、Alltelのアドバイザーになっている(注6)。
このように、買収ファンドが税制を利用して、いかにコスト節減ができるかという点、Alltelの大口加入者が当初から同社の経営陣、地元投資ファンドにより構成されており、ファンドによるAlltel取得の経緯を通じて、巨額の株式買収利益を手中に入れることからすると、冒頭に紹介したAlltelのCEO、のFord氏の発言(Alltelの買収ファンドへの売却が利害関係者の利益に資するという趣旨)が、いかにも白々しく響く。
Alltelのみならず、すべての企業は、ゴーイング・コンサーンとして、自社の従業員、株主、顧客、政府に対し、相応の責務を果たすべき社会的責務を有する。しかし、Alltel売却にたずさわる当事者たちの念頭にあるのは、ひたすら買収ファンド自体の利益拡大のみではないかとの疑念を禁じえない。
参考:Alltelという会社、その財務実績
Alltelという会社
Alltel は、アーカンソー州の州都、Little Rockに本拠を置く携帯電話会社である。
創業は1943年と古いが、近隣の中小電話会社、携帯電話会社の吸収合併を繰り返し、ルーラル地域を中心に事業を拡大、ここ数年来、急成長を続けている。この急成長は、Alltelの会長兼CEOのFord氏抜きには考えられない。同氏は、アーカンソー大学で金融を専攻し、卒業後もMerrill Lynch、Stephens Inc.で金融、M&Aの経験を積んだ後、1996年に上級副社長としてAlltel に入社し、2002年に同社のCEO兼会長に就任した。氏は、自社の内生的な成長により、事業の発展を図る方策を選ばず、積極果敢に、自分の専門とする金融手法による他社の合併を繰り返して事業を拡大した。また、利益を増大し難いルーラル地域をサービスエリアに持つAlltelの業績はきわめて良好であって、株価も高水準を維持している点も特筆に値する(注7)。
2005年、Alltel は、固定電話部門を分割して、携帯電話会社になった。現在、加入者数は、約1200万人、米国第5位の携帯電話会社(AT&TWireless、Verizon Wireless、Sprint/Nextel、T-Mobile USAに次ぐ)である。
Alltelのネットワークは、ディジタルのCDMAが主体であるが、まだ、アナログのAMPSが20%程度残っている。これまで、FCCからの周波数帯の入札に応じてこなかったため、2.5G、3Gへのネットワークの高度化が遅れている。今後、ファンドに買収された後は、ネットワークの高度化が大きな課題となろう。
Alltelの財務業績 - 2007年次第1四半期Alltelの決算から
Alltel は、2007年4月27日、2007年次第1四半期の決算を発表した(注8)。
Ford氏は、この決算について次の諸点を指摘し、Alltelの業績、成長性が優れている点を強調している。
収入は約20億ドルに達し、前年同期に比し13%伸びた。又、純利益も34%成長した加入者数は、前年同期に比し86.7%増えた。
加入者1人当たり月額収入は(ARPU)は、前年同期に比し2%増加し、52.49ドルとなった。
表 Alltelの最近の収支状況(単位:1000ドル)
項 目 | 2007年第1四半期 | 2006年第1四半期 | 2006年第2四半期 |
総収入 | 2,078,548 | 2,088,233 | 1,843,233 |
営業利益 | 406,518 | 348,233 | 348,233 |
営業利益率(%) | 19.6 | 19.7 | 18.9 |
純利益 | 225,437 | 234,945 | 168,573 |
上表で注目すべき点は、Alltelの利益率が高いこと、および、2007年第四半期の決算は、確かに、前年同期(2006年第1四半期)と比較すれば、向上しているものの、前期(2006年次第4四半期)に比すれば、収入利益ともに下がっていることである。
Alltelが、この停滞を一時的なものと見ないで長期的な傾向であると判断したとすれば、ファンドへの身売りによって、将来への新たな突破口を見出したことは、同社としては自然な企業行動であるともいえよう。
【補追】 - 前号の記事(2007年6月15日号DRIテレコムウォッチャー「DT従業員1万5千名による合理化反対スト、ようやく終結に向かう」に対するもの
DT従業員の1ヶ月以上にわたるストは、6月20日、DT、ver.di双方の新協約の締結により終了した。DTは、給与カットの下げ幅の縮小、組合員に対しレイオフを実施しない期間の延長など、ある程度ver.diの言い分を取り入れたが、T-com(固定部門)の従業員を子会社に労働条件を切り下げて移転させ、コストを大きく節減するとの基本線を組合に飲ますことに成功した。
このストの中止は、DTひいてはドイツ企業全体の労使関係の転換(使用者側に有利に)を示すものである。また、新任後6ヶ月のDTのCEO、Obermann氏は、就任後最初の最大の課題を乗り切ることができた。いずれにせよ、このスト妥結条件ももたらすインパクトは、きわめて大きい。
(注1) | 英語では、private equity fund、private equity company という用語が使われている。private equityは、非公開株式であって、企業を非公開株会社にして(すなわち、株式公開をやめて)企業資産の付加価値を高めることを目的としたファンドをprivate fund、このファンドを運用する企業がprivate equity company である。これら用語の定訳はないようである。 日経では、「企業買収ファンド」、「企業買収企業」という用語を使っているので、筆者も当面、この用語を使った。なお、2007年6月16日付けThe Wall Street Journalの "Debt and the Corporate Tax Base" は、企業買収ファンドが現行の米国の税制を利用して、いかに法人課税を免れているかを浮き彫りにした優れた論説である。筆者が今回の論説を執筆するに当って大いに参考となった。 |
(注2) | 2007年5月20日付けのAlltelのプレスレリース、"Alltel to be acquired by TPG capital Partner s for $71.50 per share." |
(注3) | 2007年5月24日付けArcansas businsss.com, "Alltel Buyout Details Emerge in Proxy Filing." |
(注4) | 現在、米国で特に、公益的事業への買収ファンドの投資が疑問にされているわけではない。このタイトルは筆者の問題意識により付けたものである。 |
(注5) | 2007年6月16日付けthe Wall Street Jounal, "Debt and the Corporate tax Base." |
(注6) | 幾つもの記事があるが、たとえば、http://www.fin24.co.za, "Big buck for Alltel execs." |
(注7) | Alltelの概要、Scott T.Ford氏の経歴、業績については、それぞれ、WikipediaのAlltel、Scott T Fordの項を参照した。 |
(注8) | 2007年4月27日付けAlltelのプレスレリース、"Alltel sets records for wireless revenues, operating income in first quarter." |
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