業績悪化の責任を取って辞任した前任者Ricke氏の後任として、2006年11月、DTの会長兼CEOに就任したObermann氏は、以来、同社の財務建て直しに懸命の努力を続けている(注1)。
当初から、DTの財務再建は容易なことではなく同氏は苦難の道を歩むだろうとの予測がもっぱらであった。果たして、Obermann氏は、これまで西欧のいづれの大企業経営者も取り組んだことがないほどの難事業に挑戦せざるを得なくなっている。DT労組はObermann氏が、2007年春に提示したDT固定部門の抜本的な合理化計画(サービス部門、ケーブル架設、技術サポートに従事する従業員5万人を新設子会社に配転するとともに、給与も減額する)に強く反発し、5月11日からストに突入したからである。本論執筆現在の6月14日にもなお、ストを継続している。まさしく、DT民営化以来、未曾有の労使対決である。
ただ、ようやく、DT側の一時金の支給提案が契機となり、6月13日、労使双方が1ヶ月ぶりに交渉のテーブルについたことにより、早晩、このストライキは収束に向かうものと見られる。
ストを指導している組合、ver.di(注2)の委員長、Schroeder氏自身はDT経営委員会の副委員長という立場にある。このポストにある以上同氏は、これまでいかに強気の発言を繰り返していようとも、DTから多少とも合理化案を緩和させる条件と引き換えに、DTの合理化案を基本的に受け入れざるを得まいとの観測がもっぱらである。
ただし、どのような形で収拾されようと、今回のストがDTの経営陣、従業者相互間の亀裂、不信感を高めつつあることは否めない。さらにDTは、提供するサービスの品質が劣悪であるためユーザ層からの悪評を買っているさなかにある。今後、DTサービスからのユーザの一層の流出が続くであろう。
本論の末尾【参考】に記したとおり、DTの財務危機は深刻きわまりない。今後、DTが、390億ユーロもの巨額の負債を抱えドイツ有数の巨大企業として、電気通信、マルチメディアの諸事業を統合的に運営していけるかどうかが懸念される。
DTは、今回のストライキの期間において、組合が要求を呑まなければ、固定部門切り売り、従業員の強制解雇を考えざるをえないとたびたび牽制を掛けているのであるが、スト妥結後においても、DTが事業の切り売りを行わざるを得ない事態すら予想されよう。DTが固定部門のコスト削減により、節減できる金額はせいぜいで8億ユーロ(DTの発表)程度のものである。これだけでは、到底DTが直面している難局を乗り切ることはできまい。
DT新会長、Obermann氏が今後、この難局をどう乗り切っていくか。欧州のジャーナリズムは、この事態を興味深く見守っている。
本論では、この未曾有のDTストの経緯を、さらに【参考】では、DTの2007年次第1四半期の決算の概要について説明する。
長期ストを生み出した背景
DTのT-Com(固定部門)の従業員11,000名は、5月11日からストライキに入った。そのうちスト参加者は増えて、15,000 名程度となった。
ストに参加しているこれらの従業員は、いずれもサービスセンタ、ケーブル架設、技術サポートに所属する従業員で、DTから突然、新設される子会社への配転、配転と同時に給与の9%の引き下げ、1週労働時間の34時間から38時間への引き上げを提示されたのに抗議しての行動である。
DT側は、ストを終結しないと、当該部門を他社に売却せざるを得なくなるとか、組合の賛成、反対のいかんにかかわらず、7月1日から子会社設置の組織改正を実施し、その時点で、スト参加者は解雇の可能性があるとか様々の脅しを掛けて組合側にストの中止を迫っている。しかし、開始後1ヶ月を過ぎた今日も、ストは続いている。
労使ともに、容易に妥協できぬ理由は次のとおり、容易に譲れない立場に立っているためである。しかも、ドイツは現在、好況のさなかにあり、一般企業では従業員のベースアップの期待が高まっている。このさなかに、DTのしかも特定部門の労働者だけが、どうしてこのような労働条件低下を受け入れざるを得ないのかとの憤激が長期ストを支える原動力となっている。
DTの立場
DTが同社最大の部門、ブロードバンド/固定部門について抜本的な合理化路線を打ち出した背景としては、同社が特に2007年に入ってから、固定部門の収益悪化に歯止めが掛からず、人件費の縮減を図らないと、競争業者からのシェアの蚕食に対抗できないとの危機感がある。
DTの2007年第1四半期のブロードバンド/固定部門の収入は、2006年第1四半期に比し、4.8%減少した。2007年第1四半期だけでDTテレコムは58万もの固定加入者数を失ったのであるから、この数字は当然ともいえる。しかし、この部門のブロードバンドの回線数は、2006年第1四半期に比し8.5%も伸びているのに、なおかつ総収入がこれほど落ち込んでいるのは、競争により料金が大幅に低落していることを意味する。
このように、DTによるこの改革案は、同業他社のBT、FT、わが国のNTT、米国の電気通信事業各社(AT&T、Verizon等)のように、相当前から競争の試練を受けて、人員削減、給与の抑制に努めてきた経験を持たず、収支の急激な悪化にさらされた事態に対処してのものであった。DTとしては、同業他社に比してはるかに多い従業員数(8万名)を労働条件の引き下げなしで雇用するゆとりはなくなったとして、今回の合理化案を提示したものであって、組合とこの点について妥協する余地はないとの不退転の決意を固めている(注3)。
Ver.diの立場
厳しい合理化案を迫られた労組Ver.diの側も、これまでの経緯からして、また労組員の意識の異様な高まりからしても、DTの要求を飲んでストライキを早期に収拾する立場にはない。
ドイツの大企業においては、事業運営の基本政策を承認する監督委員会の委員に労働者側委員を任命しているほどに労使協調路線が定着している。このような労使協調路線の下にあって、今回、DTが労働者側の意向を無視して、従業員5万人もの子会社移管、給与引き下げを提案したことは、きわめて異例の事態である。
現に、ver.diの委員長で、今回の労使折衝の労働側代表である Schroeder氏自身、 Obermann氏のDT新会長への就任を歓迎した経緯もある。Schroeder氏としては、それまでにもDTのさまざまな合理化路線に協力してきただけに、Obermann氏に裏切られたとい思いが強かったに違いない。また、年々力を失いつつあるver.diの存在価値を示すためにも、そう簡単にDTの要求には応じられない立場にある。今回のストライキが96.5%との効率で批准され、スト参加者の職場保持、給与確保の強い決意に支えられている点からしても、安易な妥協はできない。
DT労使双方、3ヶ月のストの後、ようやく終結に向けての交渉を始める - 妥結への兆し
当初、ストは6月8日から10日のG8サミットまでには解決するのではないかとの楽観的な報道も一部にはあった。しかしこの予想は外れ、労組側は整然とG8サミット後までストを継続し、落後者を出さなかった。ストが実際に、どのような損害をユーザに与えているかの報道は見当たらない。しかし、(1)労組側は、当初からビジネスユーザに対する被害を主たる目的にしていること(2)DT側は管理者を動員しているのはもちろんのこと、最大限の努力を払ってプレミアム料金により契約した部外技術者を投入していること等からして、案外、ストによる被害は少ない模様である。
さればといって、DT経営者側、労組側双方ともに、建前上、相手に譲れないとの姿勢を示すことは必要なことではあるが、他面、一定の時期が来れば、互いに拒否しあっていた交渉のテーブルに着く必要があるとの認識は共有していたようである。
数回の非公式の接触ののち、スト第4週に入った週半ばの6月13日、労使双方は交渉を再開し、さしも長期にわたるDTストも終結に向けて動きだした。
すでに、DTの労務担当役員、Sattelberger氏(幾つかの多国籍企業で経験を積んだ労使交渉のベテランで、最近DTがスカウトした人材)は、ver.diに対し、配転の対象となる労働者に対し、一人当たり1,000ユーロ程度の一時金を支出する意向を示し、しかもこの金額については、さらに交渉の余地があるともほのめかしている。
労使双方が、交渉再開に当たり妥結に向けての期待を表明していることからして、6月下旬に掛けて、労使交渉は妥結し(多分、6月末から7月初旬に掛けて)、ストは終了するのではないかと見られる(注4)。
【参考】 2007年次第1四半期におけるDTの決算 - 国内部門は軒並み不振、成長分野は海外部門のみ
表1 DTの2007年次第1四半期業績(単位:億ユーロ)
項 目 | 2007年第1四半期 | 2006年第1四半期 | 2007/2006増減比 |
総収入 | 154.5 | 148.2 | +4.1% |
国内 | 77.9 | 82.0 | −5.1% |
国際 | 76.6 | 66.2 | +15.5% |
純利益 | 4.6 | 10.9 | −57.9% |
純負債 | 390.9 | 377.9 | +3.4% |
表2 2007年次第1四半期におけるDT主要事業部門の収入・利益(単位:億ユーロ)
項 目 | 携帯 | ブロードバンド/固定 | 大口加入者 |
総収入 | 84.0(+10.9%) | 58.3(−4.8%) | 29.1(−5.1%) |
国内 | 19.5(−2.6%) | 51.5(−5.8%) | 29.1(−5.1%) |
国際 | 64.5(+11.6%) | 6.8(+5.6%) | - |
営業利益 | 10.7(+1.0%) | 9.8(−23.1%) | 0.4(−68.6) |
表3 2007年次第1四半期末、2006年次第4四半期末のDT施設数等
項 目 | 2007年第1四半期末A | 2006年第4四半期末B | A/B×100 |
電話回線数 | 5080万 | 5160万 | −1.6% |
ブロードバンド回線 | 1270万 | 1170万 | +8.5% |
携帯加入者数 | 1億920万 | 1億620万 | +2.6% |
従業員数 | 24.7万 | 24.9万 | −0.7% |
簡単な上記の3つの表からしても、2007年第1四半期におけるDTの財務の悪化 の状況浮き彫りにされている。これらの表は、いかに、DTの財務が危機的状況にあるかを如実に示すものとして興味深い。この表から、幾点もの結論が引き出せるが、その主なものは、次のとおりである。
●総収入は、前年同期に比し伸びているが、純利益は半分以下(57.9%の落ち込み)となった。
これは、収入を伸ばすことができた部門においても、激しい競争のため利益率が下がったためである。
部門別に収入、営業利益の状況を見ると、国内の各部門(携帯、ブロードバンド、大口加入者)は、軒並み減収であって、収入増は国際部門の携帯収入により、辛うじてもたらされたものであることが明らかである。
●国際収入は、国内収入とほぼ匹敵しており、近々、国内収入を追い抜く。
2007年第1四半期、DTの国内収入、国際収入の比率はそれぞれ50.4%、49.6%であり、ほぼ両部門の収入の規模は同等となった。今後、DTは、ますます国際携帯部門への傾斜を強めるものとみられるので、早晩、国際部門の収入は国内部門を大きく追い抜いて行く。
●減少が著しい固定電話加入者数と電話・ブロードバンドの料金の低下
表3が示すとおり、DTは、2007年の初頭から3ヶ月間で、58万加入もの電話加入者を失った。2006年第1四半期以来の1年間における加入者の喪失数は200万を越えるというが、競争による他社への電話加入者の移動は加速度がついている模様であり、これが、DT主要部門である固定/ブロードバンド部門の収益悪化を招く大きな原因となっている。ブロードバンド回線数の増加数は、固定電話回線数より大きいのであるが、料金の低下率が高いので、収入増をもたらすに至らない。
●負債の増大による財務への圧力要因
表1が示すように、DTの負債水準は、バブル期に比し大きく減少(600億ユーロを超えたこともあった)しているものの、まだ400億ユーロに迫るほどの規模である。しかも増大しており、これも財務に大きな負担となっている。
(注1) | Obermann氏がDT会長に就任した経緯については、2006年12月1日号DRIテレコムウォッチャー、「突然のDTトップ交代劇、新会長にObermann氏が就任」。 |
(注2) | ver.diは、ほとんどわが国では紹介されたことはないが、Vereinte Dienstleistungsgewerkschaft サービス提供労組連合)の略語である。Ver.diは、2001年にドイツのサービス提供会社傘下の5つの組合が統合して設立された大規模な横断的労働組合であって、本拠はベルリン、参加組合員数260万人。 |
(注3) | 多くのジャーナリズムが、この趣旨の論を紹介している。たとえば、2007.5.10 付けBusiness Week, "DT’s Woes Go Deeper than Labor.” |
(注4) | DT労使の交渉再開については、たとえば、2007.6.13付けForbs, ”Deutsche Telekom ,Verdi resume strike resolution talks.”なお、交渉再開により労使が妥結に達するだろうという見通しは、筆者の見解である。この件については、ジャーナリズムは一般に慎重であって、妥結時期の見通しを述べているものはない。案外、こじれて、7月を過ぎてもストが継続する可能性もありうることをお断りしておく。 |
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