AT&TとVerizonは、2007年4月下旬、2007年次第1四半期の決算を発表した。
AT&Tの決算は、2006年末のBellSouthの統合分の業務を含んだものであり、これまでの類似の事業統合によるシナジー効果(主としてコスト節減)を生かし、大幅な増収、増益を実現した。
AT&Tの会長兼CEO、Whitacre氏は、決算発表と同時期に、同社会長を辞任(2007年6月2日)する意思表示を行ったが、同氏がこれまでの10数年にわたる旧RHC合併・統合の成果は、今回の決算数値に集約されているといってよい。Whitacre氏は、これまでの幾回ものM&Aを手際よく実行に移すことにより高い評価を得て来た現COO、Randall Stephenson氏を後継者に指名した。正に、花道を自ら作った堂々たる退陣である。
他方、AT&Tの最大のライバルVerizonの決算は、同社が3年前から莫大な金額を投じて遂行している光ファイバーによるブロードバンド計画、FiOSサービスへ多額の投資を行っていることもあり、今期は増収減益であった。しかし、同社が英国の携帯電話会社、Vodafoneと合弁で設立している携帯電話部門、Verizon Wirelessは、AT&T携帯電話部門、AT&TWirelessを収入額、サービスの優秀さにおいて凌ぎ、Verizonの財務を大きな柱になっている。また、FiOSサービスの加入者数は121.2万(FiOSTV34.8万、FioSInternet86.4万)の大台に達した。ようやく本年は、米国における唯一の本格的光ファイバー・ブロードバンドサービスもテイクオフしつつある。
Verizonは、AT&Tに比しはるかに事業規模が小さい企業となり、当面の業績においても劣っているものの、市場は現在の利益を犠牲にして将来に向け大幅な投資をしてきたVerizonの覇気を高く評価している。両社共に、株価は上向きであり、株価水準は抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じている。
経営戦略を異にする両社のいずれが勝者になるか。2007年は、その帰趨がかなり明らかとなる年となろう。
本論では、上記の点について、主として数値によりその論拠を裏付ける。
競い合うAT&TとVerizon(注1)
表1 AT&TとVerizonの業績比較(2007年次第1四半期決算から。単位億ドル)
項 目 | AT&T | Verizon |
総収入 携帯収入 非携帯収入 純利益 営業利益 携帯 非携帯 | 289.7(+83.9%) 99.97(+11.2%) 189.73 28.48(+97.1%) 46.64(+113%) 14.82(+91.7%) 31.82 | 225.84(+6.4%) 103.07(+17.0%) 122.77 14.95(-8.4%) 37.96(+19.6%) 27.29(+29.0%) 10.67(-0.7%) |
(括弧内は、前年同期に対する増減率である)。
AT&Tは、2006年末に待望のBellSouth合併を完了し、2007年初頭には米国のみならず、世界でも最大の電気通信会社としてのスタートを切った。決算報告も、携帯部門は、これまでBellSouthとの共同事業であったたため、財務諸表への表示が報告期によりまちまちである等、分析が難しかったが、今後は見方が容易となり、ライバルVerizonとの比較もやりやすくなった。
上記の簡単な業績比較からも、さまざまな結論を引き出すことが可能であるが、ここでは、重要な点3点について、触れておく。
世界最大規模の電気通信会社AT&TとVerizonの出現
AT&Tの2007年の収入は、1200億ドルを超えることが確実である。また、Verizonも900億ドル台の収入を確保し、将来1000億ドルの年商を狙うこととなろう。1996年米国電気通信法は、新規参事業者の参入による競争を推進し、利用者に手頃な料金による多彩なサービスの提供を目的として制定されてから、11年の年月が経過した。しかし、旧RHC3社のうち、SBC(現AT&T)とVerizonは、強靭であった。両社とも、あるいはM&Aを、あるいはケーブルテレビ会社、IT企業等からの競争に対処するための自社のサービス提供体制の変革を計ることにより、旧電気通信会社系では、準独占的な規模と実力を備えるところまでの変革を行い、その結果、米国でも数少ない年商1000億ドル規模の企業にまでのし上がった。
確かに、AT&Tは、規模においてVerizonを大きく抜き、業績もVerizonを凌駕している。しかし、携帯電話と光ファイバーに将来を掛けて邁進しているVerizonの経営努力を評価する向きも多く、市場は、新しい事業分野へ向け努力し業績面でも成果が上がりつつある両社を同等に評価している。
サービスの品揃えを目指すAT&T、携帯・ブロードバンドへの特化を目指すVerizon
携帯が全収入に占める比率は、AT&Tでは31.3%に過ぎず、同社が携帯通信・固定通信・インターネット・ビデオはもとより、電話帳に至るまで、バランスの取れた販売を目指していることが読み取れる。これに対し、Verizonの携帯収入が全収入に占める比率は45.6%と約半ばに達しており、同社がかねがね宣言しているように、携帯、ブロードバンドに特化した事業者の道を邁進している。なお、同社の電話帳部門は、AT&Tの電話帳部門と並んで、米国最大の規模であるが、これもすでに子会社化されており、この収入は表2に記載されていない(注2)。
携帯に強いVerizon、非携帯に強いAT&T
AT&Tは、加入者数において米国最大の携帯電話事業を有しており、2006年末からBellSouth統合に伴うネットワークの統合化の進展により、財務体質の強化が進んでいる。しかし、表1に示すとおり、AT&T携帯部門はVerizon携帯部門に比し、10%以上、収入が少ない他、営業利益もVerizonのほぼ半ば(54%)に過ぎない。要は、現段階では、AT&Tでは非携帯電話部門が、Verizonでは携帯電話部門が、それぞれ営業利益(ひいては純利益)の大半を支えている。
表2 AT&T、Verizonの主要サービス加入者数等
項 目 | AT&T | Verizon |
携帯電話 加入者数(万) 加入者当り月額収入(ドル) 解約率 | 6221(+11.5%) 49.21(+1.4%) 1.3%(1.5%) | 6071(+14.5%) 50.73(+2.8%) 1.1%(1.1%) |
固定電話 アクセス回線数(万) | 6,542(+34.2%) | 4,415(-7.9%) |
ブロードバンド DSL回線数(万) U-verse(万) | 1,284(+72.8%) 2 | 739(+30.1%) *1 617.8 FiOS Internet 86.4 FiOSTV 34.8 |
*2 その他ビデオ契約数(万) | 170 | 61.8 |
*1 | Verizonは、直接この数値を発表していない。同社が発表したブロードバンド回線数から、FiOS回線数を差し引き計算した推計値。 |
*2 | AT&TもVerizonも、それぞれ衛星通信業者(AT&TはEchoStar、Direct TV両社と、またVerizonはEchoStar)とビデオ提供について提携している。 |
表2について、次の3点だけを指摘しておこう。
Verizonの携帯部門の強さ
すでに、表1においてVerizon携帯部門がAT&T携帯部門に比し高い業績を上げている旨を解説した。
表2は、加入者当り収入、解約率の2つの指標によりさらにVerizonの優位性を証明している。なお、米国の携帯業界でも、携帯は音声プロパーの時代は終わり、3Gネット、3G端末によるデータ、映像の送受、さらにはビデオ受信サービスを巡っての競争時代に入っている。AT&T、Verizon両社は、この部門でも、今後、激烈な競争を展開するだろう。
固定音声電話の収入減を携帯、ブロードバンド等新サービスでカバー
表2によるとVerizonは、年間約8%のアクセス回線を失っている。AT&Tは、BellSouth統合による増の数字のみを計上しており、ネットのアクセス回線減の数字を発表していないが、同社アクセス数の同等の減少を見ているのではないかと推察できる。
しかし、両社ともに、固定アクセス回線の減少は、携帯、ブロードバンドの加入者・収入増により十分カバーできると自信の程を示しており、固定加入者の減少をさほど悩まなくなっている。換言すれば、それだけ音声・固定サービス→携帯・ブロードバンド・データ・ビデオの新サービスへの転換がようやく進み出したということであろう。
100万の大台を超えたFiOS加入者
Verizonが社運を賭し懸命に推進しているブロードバンドサービスのFiOSは、TVサービス、インターネット・アクセス用サービスを含め、今期、初めて100万の大台を超えた。本命のFiOSTVの加入者数は、まだ34.8万と歩みがのろいが、インターネット接続用のFiOSInternetが61.8万になり、同社インターネット・ブロードバンド・アクセス加入者の10%を超えた点は注目に値する。
光ファイバーでVerizonに先行するNTTのように、今後、数年でVerizonのブロードバンドの主流が光ファイバーに移行していく可能性は強い。
これに対し、実質IPTV方式によるAT&TのU-verseは加入者2万程度で、Verizonに比し、大きく立ち遅れている。また、BellSouthの統合により、AT&TのDSL加入者数は、1300万を超え、宿敵Comcastのケーブルモデム加入者数を超えた。
AT&TのWhitacre会長、6月退陣へー後任はRendall L.Stevens氏
6月に退陣するAT&TのWhitacre会長は65才、1990年にSBCの会長になってから、今日まで17年間、トップの座を占めた。これは、類例のない記録である。最小のRHCであるSBCを合併に次ぐ合併により、世界最大の電気通信会社、AT&Tに育て上げた同氏の功績は大きい。しかも、被統合会社であるAT&Tのブランド名を自社のブランドに置き換え、しかもこのブランド変更政策が成功を収め、顧客を吸引している。同氏のビジョンとそれを実現に移す手腕は、水際立ったものであるといえよう。
同氏が手にする退職金+年金は1億6160万ドルと、これまた桁はずれの大きさであるが、この金額に対し、さほど批判は出ていない。高名なテレコムアナリストのHodulik氏は、「株主の価値を高めるために、彼は大きな貢献をしたのだから、高額の退職金をもらうのは当然だ」としている。
後任のRandall Stephenson氏は47才、1982年SouthWestern Bellに勤務したのが振り出しであった。ここ数年来めきめきと頭角を現わし、最初はCFO(Chief Financial officer)、2004年以来、COO(Chief operating Officer)として、Whitacre氏のビジョンを着々と実行に移してきた。
Stephenson氏は、世界最大の電気通信会社となったAT&Tのそれぞれの業務の業績を固めるのが、重要な業務となろう(注3)。また同氏は、みずから、Verizonに比し立ち遅れているU-verseを軌道に乗せIPVTによるビデオサービスをAT&Tの今後の重要な収入源にするという仕事が同氏の最大の課題だと述べている。
(注1) | 本項の数値は、すべてAT&T.Verizon両社の2007年次第1四半期決算からのものである。しかし、表1の「非携帯」の営業利益は、総営業利益−携帯の営業利益で計算したものであって、部門間の重複分控除の操作も行っていない不十分なものである。大体の目安として見て頂きたい。また、AT&Tについては、同社の資料から整合性のある数値が得られなかったため、一部、前年対比%が得られなかったことをお断りしておく。 |
(注2) | AT&TとVerizonが異なった路線を歩んでいる点については、2007年2月15日号DRIテレコムウォッチャー、「対照的なAT&TとVerizonの経営戦略」。 |
(注3) | 例えば、2007.4.28付けNew York Times, "AT&T Chief to Retire in June."、2007.4.27付けCNN Money, "The new face of AT&T." 等。 |
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