FCCは、2007年3月22日、ブロードバンド市場の慣行に関する調査を開始した。
Martin委員長の意を受けて婉曲な件名が付されてはいるものの、この調査は明らかに、FCCとしてNet Neutralityの案件についての最終判断を下す目的で開始されたものである。
米国議会では、2006年にNet Neutrality案件について法定化への賛成あるいは反対を盛り込んだ幾件もの法案が提出あるいは審議が行われたが、そのすべてが廃案となった。また、2007年民主党優位の新議会でも、Net Neutrality法案提出の熱意は失われている。そもそもNet Neutrality問題を最初に提起したのは、2005年8月にFCCがガイドラインとして示した「インターネットの政策宣言」であったが、結局、筆者が予見したとおり、Net Neutralityに関する法的判断は、再び議会からFCCの手中に託されることとなった(注1)。
しかし、今回の調査により、FCCのインターネット政策に変化が生じるとは到底考えられない。Martin委員長をはじめとする共和党3名のFCC委員は、すでにその声明において、米国のインターネットは業者間の競争を通じて順調に成長しており、現在のところ、消費者保護の面からも、業者間の公正競争の面からも、さしたる苦情が挙げられていないと主張している。インターネット利用、提供するサービスについての資料が収集できることは意義あることであるし、その過程で問題が生じれば是正していくと政策変更については消極的な態度である2名のFCC民主党委員が、現状のまま推移すれば、電気通信、ケーブルテレビ双方の巨大企業(現在でも95%のブロードバンドサービスのシェアを占める)の反競争的行動により、現在オープンかつ差別のないインターネットの利用に制約が生じ、ひいては米国のインターネットの普及(今でも普及率が極めて低い)がさらに遅れると警告を発しているのとは対照的である。
したがって、今回の調査からNet Neutralityによるインターネットの規制が幾分でも織り込まれる結果が生じるとは、到底考えられない。
もっとも、2年後の米国新政権においても、Net Neutralityの論議は継続するであろう。仮に民主党政権が誕生すれば、インターネット政策自体が大きく変わり、それとの関連でNet Neutrality問題が位置づけられる可能性は十分にある。
以下、本論では、上記の点についてさらに詳しく論じる。
FCC調査の概要
2007年3月22日に発表されたFCCのNet Neutralityに関する調査の概要は次のとおりである(注2)。
FCCは、ブロードバンドの利用を促進し、公衆インターネットのオープンかつ相互接続的な特性を勧奨するために、2005年のインターネット政策宣言(Internet Policy Statement)において、4つの原則を発表した(注3)。この調査告示(notice of inquiry)は、次の項目を含むブロードバンド市場への参入事業者の行動に関する情報を求めるものである。
- ブロードバンド提供業者は、現に所有するネットワーク上において、トラヒックをどのように管理しているか。
- ブロードバンド提供業者は、様々なスピード、様々な容量のサービスに対し、異なった料金を課しているか。
- FCCは、エンドユーザーに対しコンテントの対価としての料金を課するコンテント提供業者とコンテントを提供しない事業者相互間に、異なった政策を設けるべきかいなか。
- 業者の慣行により、消費者はどのような影響を受けているか。
調査告示はさらに、政策宣言に "差別をしないこと(nondiscrimination)" の原則を新たに付加すべきかどうか。付加すべきであるとすれば、"差別をしないこと" をどのように定義すべきかについて、意見を求める。
筆者は、このアンダラインの部分は、2層料金の設定が "差別をしないこと" に該当するかいなかの討議を意味するものと解する。しかも、この最も重要と考えられる項目を一般の4つの項目と分けて、最後に列記した点に、FCC共和党多数委員のNet Neutralityに対する消極的な態度が伺われる。
今回のFCC調査の意義 - FCCに始まりFCCに終わったNet Neutrality論議
表 Net Neutrality確立に向けての議会、FCCの努力
| 議会あるいはFCCの努力 | 意義 |
第1ラウンド (FCCによる 政策宣言の策定) | 2005年、FCCはユーザがインターネットを公平かつ十分に利用できるようにするとの観点から、インターネットに関する「政策宣言」を定めた。この宣言に拘束力はないが、消費者の立場に立ったNet Neutralityの諸原則を含んでいる。 | 制定当時、民主・共和FCC委員が2名ずつで、FCCのMartin委員長が多数決による裁決ができなかった隙を狙って民主党委員2名が提案し採択されたものである。Net Neutrality法制化の橋頭堡が築かれた点に意義がある。 |
第2ラウンド (2006年における 法制化の失敗) | 2006年第109議会会期におけるNet Neutrality推進議員、反対議員による立法化に向けての活動。これらの活動は、Net Neutrality法制化を求めるISP業者(その最たるものはYahoo!、Google)および、Net Neutralityに絶対反対の立場を取るAT&T、Verizonの激烈なロビーング活動を背景としたものであった。 | 両派の立法活動は、主としてケーブルテレビ会社によるビデオ営業免許の一括付与を認める法案の一部にNet Neutralityをどのように規定するかという形で展開された。 数において劣った推進派(民主党議員が中心)の法案が可決されなかったのは、当然であるが、Net Neutrality法制化反対派の法案も、賛成派議員連の巧妙な議事運営行動により、結局、可決に至らなかった。 議会における1年以上の活動による賛成派、反対派双方の法案が不成立に終わったことは、この案件についての法制化がいかに難しいかを認識させるものであった。 |
第3ラウンド (AT&Tの2年間の Net Neutrality 遵守) | 2006年末、AT&TはBellSouth合併の条件として、FCC民主党委員両名が提案するNet Neutralityの条件を2年間の間、遵守することを約束させられた。 | Net Neutrality推進派にとって、これは思い掛けない大きな勝利を意味する。AT&Tは、この約束により、同社が念願とする2層料金の設定は、禁じられた。 また、事実上Verizon等他のインターネット所有事業者も2層料金設定は行えなくなっている。 |
第4ラウンド (ブッシュ政権下におけるNet Neutrality規制化の最終段階) | 今回のFCCによる調査告示 | FCCによるインターネット政策宣言に始まったNet Neutrality規則化の案件は、第2ラウンドの議会による立法活動の失敗、第3ラウンドにおける思いがけない2年間のNet Neutrality原則の限定的強制化(AT&T に対してのみ)を経て、規則化が必要か否かの審理は、再び、FCCの手中に戻った。 |
上表により、Net Neutralityの法制化、規則化の過程を辿ってみると、いかにFCC民主党委員2名(Copps、Adelstein)の果たした役割が大きかったかが伺える。両名は第1、第3ラウンドの主役であったし、また、IP事業者、マスコミ業界等広範な利害関係者層の意向を代弁し、ともかく2年間は2層料金実施に歯止めを掛けるまでの成果を収めてきた。それだけではない。実は、第2ラウンドにおいて廃案になった法案も、Copps、Adelstein両氏が実質上起案した「政策宣言」への付加、修正を軸にして論議が交わされたのだった。
開始段階ですでに予想されるFCC調査の結論 - Net Neutralityの本格的議論は次期政権に持ち越し
現在の「政策宣言」の維持に留めたいFCC共和党3委員
今回の調査は、事業者がインターネットをどのように利用しているかの実態調査が主である。最初からインターネット利用、事業者料金等に問題があるから、実態調査の後でできれば、是正をしたいという問題意識に基いたものではない。
調査告示(Notice of inquiry)というFCCの告示形態は、そもそも、このような軽易な資料収集主体の調査なのであって、本格的な規則制定のための調査とは異なる。
今回の調査開始に当り、5名のFCC委員はいずれも声明を発表しているが、Martin委員長をはじめとするTete、McDowellの3名の共和党委員はいずれもインターネットに対する消費者保護は「政策宣言」の発出で十分足りていると主張し、万が一、調査した結果、事業者に反競争的な事業者行動が見つかれば、是正するにやぶさかではないという立場である。
これに対し、すでに述べたように、Net Neutralityの法制化、規則制定化の努力を続けてきた民主党のCopps、Adelstein両委員は、今回の調査にきわめて不満足である。両委員は、現在、米国ブロードバンドの95%までが、ケーブルモデム、DSL、光ファイバーの伝送路を通じ、大手電話会社、大手ケーブル会社により提供されている。この寡占的性格により、インターネットのNondiscrimination(非差別性)が侵されつつあると警鐘を鳴らしている。
実のところ、両議員の最大の願望は、今回の調査後に現在の政策宣言のなかに、もう一項目、Nondisciminationの原則を追加することなのであるが、少数派の民主党委員の力では、これは無理であろう。
FCC、Net Neutrality調査開始と同日付けでワイアレス・ブロードバンドのサービスを非規制化
FCCは、今回のNet Neutralityに関する調査開始と同日の2007年3月22日、
ワイアレス・ブロードバンドのサービスを非規制化する裁定をくだした(注4)。
すでに、DSLサービスは、ケーブルモデムによるブロードバンドサービスと競争条件を同一にするため、2005年8月に非規制化が終了している。従って、ワイアレス・ブロードバンドのサービスを非規制するのも時代の流れであって、民主党の2委員も反対する理由は見出しえず、賛成票を投じた。
非規制の主導者たちからすれば、非規制化とは、市場競争が規制を置き換える政策を指すものであって、片や非規制化=市場競争を主張しながら、片や、典型的な規制の一種であるNet Neutralityを推進するなと説く政策は首尾一貫性を欠くという議論は、きわめて説得力がある。筆者は、FCCがNet Neutrality調査の開始とワイアレス・ブロードバンドの非規制化の実施を同時に行ったことは、FCC共和党多数派委員による民主党少数派委員に対するシグナルであると見る。"わかっているだろうね。FCCは、DSLも光ファイバーもワイアレス・ブロードバンドもすべて規制を撤廃したのだ。規制撤廃下において、Net Neutralityの原則を規則化するなどという矛盾した行為をFCCが取れるかね" と。
上記は、今回のFCC調査が現行のFCCインターネット宣言に、なんらのNet Neutrality規制要因を加えることはあるまいとの観測を裏付ける大きな根拠2点を挙げたに過ぎない。
このような状況から、米国のジャーナリズムも、期を追うごとにFCC調査についての幻想を捨て去った冷めた論調のものに移行しつつある。
あるジャーナリスト(Davis Hatch氏)は、「詮索好きな人々は、FCCのNet Neutrality調査に懐疑的である」との表題を付けた小論説を "消息筋の観測では、Martin氏がFCC委員長として在任中、Net Neutralityに関してさしたる行動は期待できまい。ただ、この調査を通じて得られた資料が、次期委員長が活用することはありうる" との皮肉な結語でしめくくっている。至言というべきだろう(注5)。
(注1) | 2006年5月1日号DRIテレコムウォッチャー、「FCCが仕切る米国のネット・ニュートラリティー政策」。 |
(注2) | 2007年3月22日付けFCC News, "FCC launches inquiry into broadband market practices." |
(注3) | FCCは、2005年8月5日、DSLサービスを情報サービスと位置づけ、規制を撤廃する裁定を下した。この裁定を下すに際し、FCCは公衆インターネットに関する4か条の政策宣言を発表した。この政策宣言は、民主党Copps、Adelstein両氏の強い要請によって、付加されたものである。宣言の全文の拙訳を次に示す。● | 消費者は、適法なインターネット・コンテンツから選び、これにアクセスする権利を有する。 | ● | 消費者は、法律の要件に従うことを要件として、自らが選択するアプリケーション、サービスを運営する権利を有する。 | ● | 消費者は、ネットワークに害をおよばさない適法な機器をネットワークと接続する権利を有する。 | ● | 消費者は、ネットワーク・プロバイダー、アプリケーションサービス・プロバイダーとの競争に参画する権利を有する。 |
|
(注4) | 2007年3月22日付けFCCNews, "FCC classifies wireless broadband internet access services as an information services." |
(注5) | 2007年4月2日付けhttp://www.njtelecomupdate.com, "Inquiring minds are Skeptical of FCC "Net Neutrality Inquiry." |
テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから