2007年2月12日から15日に掛けて、スペインのバルセローナで恒例の世界携帯電話業界最大の展示会、3GSM World Congressが開催された。今回は、出展団体1300入場者5500名を記録したという。
VodafoneのCEO、Sarin氏は、この展示会前日の2月11日に、念願のインド携帯電話市場への本格参入を果たした後、この展示会に馳せ参じた。これまで記録的な成長を遂げてきた中国の携帯電話の伸びがやや減速し、それに代わって世界一の成長を続けているインドの携帯電話市場に参会者の熱い視線が注がれている最中のことである。Sarin氏は、キーノート・アドレスをこなした他、この機会をフルに利用し、Vodafoneの海外戦略を最大限参会者に説いて回った模様である。多分、Sarin氏にとって人生最高の日々だったのであろう。
本論では、VodafoneによるHutchison Essar取得とそのインパクト、さらにはインド携帯電話市場の概要について述べる。
インド携帯電話会社Hutchison Essarの株式取得とBharti Groupとの提携
Vodafoneは2007年2月11日、Hutchison Telecom International から、同社がHutchison Essarに有する株式67%を取得する合意を結んだと発表した。同社は、規制機関からの承認が得られれば、2007年第2四半期にでもこの株式取得を実現したいとしている。また、Vodafoneは同日、かねてから提携関係にあったBharti Groupとの提携をより深めるため、新たにMOU(了解覚書)を締結したと発表した。いずれも、Vodafoneが自社の将来をいかにインド携帯電話事業に賭けているかを示す出来事である。
2件の合意の骨子は、次の通り(注1)。
Hutchison CommunicationsからHutchison Essarの株式67%を取得
- Vodafoneは、Hutchison Communications(注2)がHutchison Essar(注3)に有する株式67%を110億米ドルで取得する。
- Vodafoneはさらに、Hutchison Essarの負債、20億米ドルも引き受ける。
- Vodafoneは、これを機会にEssar GroupがHutchison Essarに有する株式33%を今回、Hutchison Communicationsと合意したのと同様の条件で、買い取る用意がある(注4)。
なお、Hutchison Essarの株式取得には、Vodafoneのほか、Reliance Communications(インド第2位の携帯電話事業者)、Hinduha、Essar Groupの3事業者が名乗りを挙げていたが、いずれも用意した資金がVodafoneの提示額に及ばず、敗退した。
Bharti Airtelとの提携強化
- VodafoneはHutchison EssarとBharti Airtel(注5)との間で携帯電話インフラの広範にわたる共同利用についてMOUを締結した。
- このインフラの共有は、ルーラル地域におけるコスト削減、両社によるより安価なサービス提供エリアへの拡大、インド民衆へのサービスベースの拡大に寄与する。
- Vodafoneは、Hutchison Essar取得の機会に、Bharti Airtelに有している株式10%のうち5.6%を売り戻すことで合意した。4.4%の株式は、引き続きVodafoneの保有となるが、役員選任の権利は伴わない。
Vodafoneがインド携帯電話市場へ大々的進出する意義
Vodafoneの会長兼CEOのArun Sarin氏は、同社のインド市場への大々的進出について、次のようなコメントを発表している。
「わが社がすべてのサービス、製品により、インドの携帯市場への関与を深めることとなったことは喜ばしい。この声明は、新興市場においていかにわれわれが存在感を高める政策を遂行しているかを示す証拠である。この取引は当社が明示している投資基準に従って実施したものであって、当社はこれが株主にとって、すばらしい投資になると確信している。Hutchison Essarは、巧く運営されている企業であって、Vodafone Groupによく適合するだろう」。
インド携帯電話市場における最大事業者を目指すVodafone
インドの携帯電話市場は、世界でもっとも成長率が高い。2006年の携帯電話加入者の増加数は7200万であって、中国を抜いた。もちろん、5億の加入者数を持つ世界最大の携帯大国中国に比し、約1億5千万加入者のインドははるかに及ばないが、急速に中国を追いつこうと努力している。2007年には、インドは携帯電話加入者数において米国を追い抜くことは確実である。(注6)。
かねてから、欧州における携帯電話需要の飽和の事態に直面し、投資先を他の地域に求めてきたVodafoneのCEO、Sarin氏にとって、Hutchison CommunicationsのHutchison Essarからの撤退は天与の機会であった。同氏はすかさずこの機会を捕え、インド市場獲得への一大作戦展開に乗り出した(注7)。
Vodafoneは、5大陸27の国々において携帯電話サービスを展開しているのであるが、インド市場は、同社にとって、ドイツ、米国(Vodafoneは、米国最大手の携帯電話事業Verizon Wirelessの資本の45%を取得している)に次いで、3番目に大きい市場になるものと見ている。
Vodafone会長のSarin氏は、今回の投資合意が行われた数日後の2007年2月14日、ニューデリーで行われたインタビューの席上、Hutchison Essarを将来、Vodafonブランドに変更すること、2010年までにインドでナンバー・ワンの携帯電話事業にするのが目標だと語った。
Vodafoneの進出がインド大手通信事業者2社にもたらす対照的なインパクト
インドの電気通信業界は、おおむねVodafoneのインドへの本格進出を歓迎している。
インドの携帯電話事業は、まだインフラが貧弱で、サービスも劣悪である。Vodafoneがこれまで、欧州諸国の激烈な携帯電話競争で培ってきた技術と多額の資金をインド市場に投資することにより、他のインド携帯事業者の投資を誘発し、携帯電話サービスの一層の拡大、サービス改善が期待されるからである。
大手携帯電話業者のなかで、もっともVofafoneの投資拡大を歓迎しているのは、トップ事業者であるBharti Airtelである。今回、Vodafoneと携帯インフラ共用のMOUを結んだ同社は、これにより巨額の使用料をVodafoneから期待できることとなり、同社の業績向上が期待できる。
これに対し、Bharti Airtelの取得競争でVodafoneに敗退したReliance Communicationsは、窮地に立つものと見られている。同社は、今後、自社サービス拡大のため、他社との提携を必要とするが、地元携帯事業には適当な提携先を見つけることができない。また、同社の技術はこれまでCDMA方式であり、今後、他社が使用しているGSMA方式ネットワークの構築も計画中であるが、投資資金の捻出に難儀している模様である。
インドには、ほどほどのサービスを提供している携帯電話会社が15社あるといわれているが、ますます激しくなる料金競争、特にルーラル地域にサービスを拡大していくのに必要な資金調達等々の問題があるので、今後、さらに合併、提携が進み、業者数は減少していくものと見られる。VodafoneのSarin氏は、今後10年間で携帯電話事業者数は、5社になってしまうと予測している(注8)。
参考:世界で最も成長が早いインドの携帯電話市場
現在、インドの携帯電話加入者数は、156.31百万であって、中国、米国に次いで世界第3位である。2007年1月の新規電話加入者数は681万であった。
1995年、携帯電話サービスが、他の電気通信サービスとともに民営化されて以来、急成長を続けることとなったが、加入者数が1000万を超えたのは、ようやく2002年12月のことであった。2003年以来の成長は目覚しいものがあり、2003年から2005年に掛けて、新規加入者の増数は月当り200万に達している。
技術は、第2世代のGSM、CDMA方式が主体であって、3Gの導入はまだ相当先のこととなろう(注9)。
このように、インドの携帯電話事業は驚異的な成長を示しているものの、事業者は料金を安く設定しなければ加入者を吸収できず、自然、高品質のサービス提供ができないというジレンマが顕在化している。
ファイナンシャル・タイムスによるとムンバイ、ニューデリーなど大都市でのサービスが特に劣悪である。過負荷のため、通話が途中切れになったり、混線したりすることは、しょっちゅう起こる。また、通常、相手方と接続するのに、たとえばムンバイでは10回から15回掛けないとつながらないとの不満が聞かれるという(注10)。
インドの主要携帯電話会社とその市場シェアを表1に示す(注11)。
表1 インドの主要携帯電話会社とその市場シェア
携帯電話名 | 市場シェア(%) |
Bharti | 22.8 |
Reliance | 21.1 |
HSNL | 18.0 |
Hutcison Essar | 16.4 |
Idea | 8.8 |
Tata | 7.2 |
その他 | 5.7 |
ところで、インドの携帯電話料金は、先進国のそれに比しきわめて安い。たとえば、Hutchison Essarの一分間料金は、長距離通話も含め2セントである。この料金は、先進国携帯電話料金に比し、10分の1程度であろう。
この料金は、携帯電話会社の収入、利益にも影響する。表2は、加入者数規模がほぼ同規模であるHutchison EssarとVodafone UKの収入、利益を対比したものである。
表2 Hutchison Essar とVodafoneUKの収入・利益比較
項 目 | Hutchison Essar | VodafoneUK |
加入者数(2006年第1四半期末) | 1540万 | 1630万 |
収入(2006年第1四半期) | 4.36億ドル | 23億ドル |
税引き前営業利益率 (2005年4月から2006年3月末までの1年間) | 32% | 34% |
上表が示すとおり、Hutchison Essarは、同規模の加入者数を有しながら収入額は5分1以下に過ぎない。しかも、こういう厳しい経営環境のなかでVodafoneUKとほぼ同程度の水準の営業利益率を上げていることが注目される(注12)。
(注1) | 2007年2月11日付けVodafoneのプレスレリース、"Vodafone agrees to acquire control of Hutch Essar in India." |
(注2) | Hutchison Communicationsは、香港最大のコングロマリット、Hutchison Whampoa Groupの電気通信部門を所管する子会社である。Hutchison Whampoa Groupは、華商系の企業であって、傘下企業の株式価値が高まったら、期を逸せず売却して利鞘を稼ぐ事業活動に巧みである。今回の売却でも、同社は巨額の売買益を得るはずであり、早くも同グループがこのキャッシュをどのように使うかに興味が持たれている。 |
(注3) | Hutchison Essarは、Hutchison Communicationsと地元インドの伝統あるコングロマリット企業Essar Groupがそれぞれ67%、33%の資本を持ち合って、設立したインド第4位の携帯電話会社。2006年末現在、2330万の加入者数を有し、市場シェアは16.4%である。 |
(注4) | その後、Essar Groupは、提携先がHutchison CommunicationsからVodafoneに変っても、33%の株式を手放さない旨を宣言した。インド政府は、外資の取得限度を74%とする外資規制政策を取っている。従って、Essar GroupからVodafoneが33%の株式を取得しても、そのうちすくなくとも26%分の株式は改めて他企業に売却しなければならない。従って、Essar Groupが引き続きHutchison Essarに提携先として残ることは Vodafoneも歓迎している。 ただし、インド地元資本の名門で、今回、Hutchison Essarの株式取得合戦において、VodafoneのライバルとなったEssar Groupが33%の資本を有しながら、Vodafoneの経営方針に素直に従うとは考えられない。必ずや、幾つもの条件を提示して、Vodafoneと鞘当を行うであろう。 |
(注5) | Bhati Airtelは、インド最大の携帯電話事業者である。加入者数は、2007年1月末で3551万加入。 |
(注6) | 2007.1.17付けhttp:// www.chetansharma.com, "India's wireless market."たった一枚の資料である。 |
(注7) | Arun Sarin氏は、その名前からも察せられるごとく、出自はインド人である(現在国籍は米国)。インドのInstitute of Technologyで学位、米国のカリフォルニアバークレイ校でエンジニアリングの修士号を取得、その後、米国電気通信業界に活動の場を求めた。2003年4月1日、その経験、手腕を買われて、当時売上げでも加入者数でも世界最大の携帯電話会社であるVodafoneのCEOに就任した。ただ、創業者Christopher Gent氏の収支を度外視した拡張戦略を受けた後、Vodafoneの経営を引き継いだArun Sarin氏の前途は多難であり、株主総会のつど、一部株主から退陣要求が出される始末であった。今回のHutchison Essar取得は、Sarin氏のポスト延命につながるのではないかとのうわさがすでに流れている。 |
(注8) | 2007.2.12付けhttp://www.domain-b.com, "How Vodafone's control of Hutchison - Essar affects Bharti and Reliance." |
(注9) | 2007.2.16付けhttp://voipforenterpraise.tmcnet.com, "India Telecom:6.81Million new Mobile Subscribers in January." |
(注10) | 2007.1.5付けhttp://www/iht.com, "India's Vast market lures telecom giants." |
(注11) | 2007.2.13付けFinancial Times, "Bhartj Airtel link is critical for Vodafone."に掲載されたパイ・チャートを基に、表示した。 |
(注12) | 2007.1.5付けhttp://www.iht.com, "India's vast market lures telecom giants." |
データリソースは、「インドの携帯電話市場」についての情報を提供する調査レポートをお取り扱いしています。
インドの携帯電話市場:低ARPU市場で収益を生むオペレータの戦略
Achieving Profitability in the Indian Wireless Market (米国 インスタット社)
インドの半導体市場:主要製品別の消費、製造、将来予測
In-Depth Analysis: Indian Semiconductor Market Update: Consumption, Manufacturing, and Future Development (米国 インスタット社)
インドの半導体設計サービス市場調査 / India's Design Services Market (米国 インスタット社)
インドの携帯端末市場調査 2006年 / Mobile Handset Market in India 2006 (インド RNCOS社)
アジアの通信、モバイル、ブロードバンド市場調査 2006年 - インド
2006 Telecoms, Mobile and Broadband in Asia report - India (オーストラリア BuddeComm)
南アジアのモバイル通信とモバイルデータ市場調査 2006年
2006 South Asian Mobile Communications and Mobile Data Markets (オーストラリア BuddeComm)
インドのモバイル市場調査:モバイルベンダが次に投資すべき市場か?
India Mobile Market: The Next Land Run for Mobile Vendors? (米国 The Diffusion Group)
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