DRI テレコムウォッチャー


対照的なAT&TとVerizonの経営戦略

2007年2月15日号


 2006年第4四半期の決算では、AT&Tの増収傾向、Verizonの減収傾向が際立つ。この傾向はここ1、2年来続いていた現象であるが、最新の決算は、この傾向が今後も持続することを示唆するものとなった。しかし、AT&Tには企業買収によるシナジー効果が働いていること、VerizonはFiOSサービス推進による投資が大きいことを勘案すると、両社の業績の差異はさほど大きいものではない。
 今後1両年、AT&TにはRHC中でもっとも優れたBellSouthの業績とシナジー効果が反映されるので、AT&T優位の決算はまだ続くだろう。
 実は、Whitacre、Seidenberg両氏(両氏とも旧ベルシステム以来RHCに勤務してトップをきわめた類似の経歴を持つ)は、対照的な経営戦略を追求しており、それが決算の上でも反映されているのが特徴的である。
 本論では、2006年第4四半期のAT&TとVerizonの収入、純利益を紹介した後、両社の戦略を解説することとする。

2006年次第4四半期決算におけるAT&TとBellSouth業績の特色

 Verizonは、2007年1月29日、同社の2006年第4四半期および2006年通期における業績を発表した。これによれば、同社の2006年第4四半期の収入は、2005年同期に比し26%増大し、226億ドルを計上したものの、利益は前年同期の17億ドルから10億ドルへと42%も落ち込んだ。この数字は、先に発表されたAT&Tの好調な業績(収入159億ドルに対し純利益19.4億ドル、収入には携帯分を含まず)に比し、あまりにも悪いため、米国市場関係者の大きな関心を呼んだ。
 しかし、Verizon、AT&Tの業績をそれぞれ前期(2006年第3四半期)と比較すれば、両社のM&Aによる収入の嵩上げ分の影響がなくなるので、両社の業績の実態は初めて完全なものとなる。表1に、両社の収入、純利益(携帯、非携帯の別)をまとめてみた(注1)。

表1 2006年第四半期におけるVerizonとAT&Tの業績比較(単位:億ドル)
項目VerizonAT&T
 総収入
     携帯収入
     携帯外収入
 純利益
     携帯利益
     携帯外利益
226.0(-2.8%)
101.0(+2.3%)
125.0(-6.2%)
10.32(-22.2%)
8.1(+1.0%)
4.34(-22.4%)
256.9(+3.4%)
98.0(+2.5%)
158.9(+4.0%)
19.38(+17.1%)
7.82(-8.0%)
14.69(+11.7%)
*括弧内は、前期(2006年第3四半期)に対する増減率。なお、純利益において、両社ともに携帯、携帯外の利益の和が純利益総計に合致しない。これは、原資料の携帯部門、携帯外部門の数値をそのまま転記したことによる。Verizon、AT&Tともに分計分の和が総純利益を上回っていることからして、多分、携帯外の利益に携帯部門利益の一部がダブル計上されているのではないかと思われるが、原資料の数値をそのまま転記した。

 表1から、読み取れる主要点は次の通りである。

  • AT&T は、携帯部門、携帯外部門の双方で増収を達成した。また純利益は、携帯部門が減少したのに対し、携帯外部門が大きく伸びている。これに対し、Verizonでは携帯外部門が収入、利益ともに不振で、好調な携帯部門でも、総体の収入、利益減をカバーし切れていない。
  • 前期に比してのVerizonの収入減は、第4四半期が通常、クリスマス期を含んだ消費者需要が高まる時期であるだけに深刻である。また、非携帯部門の純利益の減少は、そのほとんどがFiOS構築のためのコスト(2010年までに180億ドル)によるものであろう。Verizonは、今後4年間、業績の悪化に耐えなければならず、(後述するがVerizonは市内通信部門の売り食いで業績を維持している面があるのである)これは、同社に大きな試練を課すことになると考えられる。
  • これに対し、AT&Tの業績は好調である。同社の強みは、携帯外部門が強い成長を示している点にある。この部門では、相次ぐ企業合併(AT&TWireless及びSBC communicationsの吸収)によるシナジー効果が予想以上に大きく、これがAT&Tの非携帯部門の業績を押し上げる原動力となった。今後、BellSouth統合に関し、同様のシナジー効果が発揮されるので、大過なければAT&Tの今後少なくとも1、2年の業績向上は保証されたといってよい。AT&Tの携帯部門(Cingular Wireless)は、加入者数ではVerizon Wirelessを抜いてトップであるものの、その他の面では未だVerizon Wirelessに遅れを取っている。今後、BellSouth統合に伴う経営の一元化により、Verizon Wirelessを急追するだろう。

異なった路線を歩むAT&TとVerizon

 ここでは、3点についてAT&TとVerizonの戦略の差異を指摘する。筆者は、この戦略の差異が、当面、Verizonに対するAT&Tの優位をもたらしたと考えている。しかし、Verizonは、長期的にみて携帯と光ファイバーによるブロードバンド(特にビデオ)に特化したスリムな利益率の高い企業への脱皮を目指しているのであり、長期的な成功を目指している。
 興味があることは、市場はAT&Tの堅実な歩み方、Verizonの革新を求めてのドラスティックな戦略導入の双方に支持者を有していることである。このことは、両社の株価が拮抗している点によく現れている(注2)。

事業の定義付けに見られる差異: 保守的なAT&T、革新的なVerizon
AT&Tのホームページの自社紹介で際立って強調されているのは、次の諸点である。

  • AT&Tブランドで、IPベースによる携帯、高速インターネットアクセス、市内・長距離、電話帳サービスをグローバルに展開する。
  • 前身企業(筆者注:ベルシステムの下での旧AT&T)の遺産継承をベースにして、新サービスを生み出していく。
  • 社会的責任を重視する。
  • 軍に対するサービス支援をする(筆者注:AT&T は、たとえばイラクに多くのコールセンターを設け従軍者の通信サービスを確保するなどの活動を行っている)。

 ここで注目すべきは、AT&TのWhitacre会長が心底からサービスの革新を追及しながらも、その目標達成はむしろAT&T独占時代の社会的責任重視のベースの上に立つ点を強調していることである。競争万能、グローバリズムが声高らかに叫ばれている今日、「社会的責任」という言葉の出現は、旧ベルシステム時代のノスタルジアすら感じさせる。旧AT&Tが分割された1984年以前、AT&T、地域電話会社のCEOが例年強調したのが、やはり社会的責任の重視であった。つまり、AT&Tが目指す企業像は、焦らず、旧来の基盤を生かしながらも目標を達成していこうという意味で保守的である。

 これに対し、ホームページにおけるVerizonの自社の定義は、AT&Tとは一味異なる。

  • マス市場、ビジネス会社、卸売り顧客に対し、ブロードバンド、携帯、固定電話市場のイノベーションを提供する企業である。
  • Verizon Wirelessは、全国5900万の加入者に対し、米国で最も信頼できるワイアレスネットワークを提供する。
  • Veriozn Businessは、世界最大のグローバルIPネットワークを運用している。
  • Verizon Telecomは、通信、情報、娯楽サービスの融合から得られる利益をもたらす光ファイバーネットワーク(FiOS)を構築中である。

 上記の表現からは、Verizonがすべての電気通信サービスを自社営業地域内に提供するという目標を放棄し、携帯、IPネットワークによるビジネス加入者、光ファイバーによるブロードバンドの特化に力を入れるという印象を受ける。

ブロードバンドへの取組みに見られる差異
 AT&TとVerizonの市場戦略の差異は、ブロードバンドへの取り組みに顕著に見られる。
 Verizonは、光ファイバーによるブロードバンド・サービス、FiOSの展開に社運を賭している。つまり、同社の将来は現にケーブルテレビ会社が有しているビデオ部門におけるシェアを奪い取ることにあると考えて、ケーブルテレビ会社と同等のビデオサービス提供を進めている。しかも、Verizonはあまねく光ファイバーを敷設しようとは考えていない。米国全土で所得層の多い地域を狙い、この地域だけに光ファイバーによるサービス(本命はケーブルテレビ会社と競争するFiOSTV)を提供しようというのである。明らかに、ケーブルテレビ会社に対するクリームスキミング(良いとこ取り)作戦の展開である。
 これに対し、AT&Tの光ファイバー導入政策は穏当であり、及び腰であるとすら言える。Verizonより遅れてスタートした同社のブロードバンドサービス、U−verseは、FTTC(ファイバー・ツー・ザ・カーブ)によるものであって、端末へのファイバー引き込みを要せず、ラストマイルは従来通りカッパーを使う。従って投資もFTTH方式(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)を取るVerizonのFiOSより格段にコストが安い。典型的なIPTVサービスである。このサービスを補足するHomezoneにしたところで、DSLあるいはDirectTV利用であって、多くの投資を必要としない。全国展開を意図しているものの、未だ加入者数の獲得はわずかに留まり、実体が見えてこない段階にある。
 AT&T は当面、ブロードバンド・ビデオのサービスには、さほど力を入れておらず、市場から撤退しても打撃を蒙ることはないとの観測をしているアナリストもいるほどである。

固定電話サービスに対する考え方:AT&T は保持、Verizonは不採算部門からは撤退
 AT&T は、固定電話部門を携帯電話部門と並んで、同社の主要事業部門と位置づけている。これは、表1の決算数値から見ても当然のことである。同社は、収入、利益において、未だ固定通信中心の会社なのである。2007年からBellSouthの収入、利益が加わるので、この動向は強まることがあっても衰えることはあるまい。
 これに対しVerizonは、携帯、光ファイバーによるブロードバンドへの特化を強めており、この傾向は表1からも明らかである。同社の非携帯部門の収入は大きく減少を続けている。利益もFiOSへの投資の影響が大きいためもあるが、落ち込みが著しい。
 Verizonが、固定通信部門にこだわらない政策を有していることは、これまで幾たびも中堅電気通信事業者に対し、自社加入者の譲渡を行ってきたことでも明らかである。最近も同社は北部ニューイングランド地域3州(メイン、オハイオ、イリノイ)の150万加入者分の資産を地元の電話事業者、FairPoint社に13億ドルで売却する計画だと発表した。調査会社のIDCは、Verizonが、ミシガン、オハイオ、イリノイ、インディアナの各州のルーラル地域でもさらに340万の加入者資産を売却する計画であると予想している。
 まことに思い切った採算重視から出た加入者切り捨て政策の遂行であるが、新会社に移行された加入者に従来どおりのサービスが維持されるかどうか、公益事業的性格を有する巨大電話事業体に、このような行動がみとめられて良いだろうか等々の疑問が生じる。組合のIBEWも強く、このVerizonの提案に反対している。
 換言すれば、大手電気通信事業者であるVerizonは、みずから米国電気通信業界の最大の責務であるユニバーサルサービス保持の責任を不採算分野で放棄し、これをルーラル地域のキャリアに委ねる戦略を遂行している。この路線に対しては、今後、批判が強まっていくことが懸念される(注3)。

AT&TとVerizonの収支・利益、主要サービスの加入者等比較

 参考までに、表2に両社の決算資料に基づき、最新のAT&T、Verizon両社の幾つかの比較数値を示す。これら数値はそのほとんどが拮抗しており、両社がその規模、経営体力の点で、格好のライバルであることを浮き彫りにしている。しかし、BellSouth統合後のAT&T は、Verizonよりかなり規模の大きい企業となり、規模の比較という意味はなくなってしまうであろう。
 紙幅の関係もあるので、表2について特段の説明を加えることはしないが、本文の一層の理解に役立てて頂きたい。

表2 AT&T・Verizonの収入・利益、主要サービスの設備数等
項目AT&TVerizon
 収入
 純利益
    携帯電話
    *2 加入者数
    APRO(加入者当り収入)
    年間解約率
    固定通信
    *3 アクセス回線数
    ブロードバンド回線数
    DSL
*1 849億ドル
73.5億ドル(+53.7%)

6,100万(5,420万)
49,29ドル
1.5%

4,630万(4,940万)
862(691万)
855万(691万)
4万(U-verse)
5万(衛星ブロードバンド)
881億ドル(+28.8%)
61.9億ドル(-16.2%)

5,900万(5,130万)
50.78ドル
1.14%

4,510万(4,880万)
*4 698万(514万)
608,6万
FiOS Internet 68.7万
FiOSTV 20.7万
* 1   収入は2006年通年分である。AT&Tが発表した通年の収入630億ドルには、携帯が除外されている。ここでは年間のAT&T携帯、Cingular Wireless収入の60%、219億ドル(366億ドル×0.6)を加算して収入を計算した。これによるとAT&Tの総収入は、わずかながらVerizonに及ばず、2007年を迎えたことになる。
* 2 携帯電話では、AT&TによるVerizonの急追が際立つ。本文で解説したとおり、AT&T は2006年第4四半期、大きく財務を改善した。また、同期に同社の獲得した新規加入者数は230万であって、Verizonの新規加入者数(220万)を始めて抜いた。
* 3 括弧内は、前年同期(2006年第3四半期)の数値である。AT&T は、年間310万(6.3%)、Verizonは年間370万(7.6%)の加入者数を失っている。多分、年間の喪失比率は過去最高であって、いかに両社が携帯、ケーブルテレビ会社、その他の競争業者からの激しい攻撃にさらされているかが伺われる。
* 4 VerizonはDSLの回線数を発表しておらず、この数値はブロードバンドの総数から、FiOSInternet、FioSTVの数値を差し引いた推計値である。説明文には、同社が衛星ブロードバンド加入者数を50万有している記述があるので、もしかするとブロードバンド加入者総数698万のなかには、衛星ブロードバンド加入者数が含まれているのかもしれない。FiOSサービスは、2005年夏のテキサス州におけるサービス開始以来、苦難の道を歩んでいるが、2006年末の合計加入者数89.4万は、早晩100万の大台に乗る数字ではあり、現在、規制環境が好転しており、地方公共団体における認可が進んでいるので、2007年には、大幅な成長が期待できよう。


(注1)表1は、AT&T、Verizon両社の2005年、2006年第3四半期、第4四半期決算の資料から作成した。2006年第3四半期決算については、2006年11月15日付けDRIテレコムウォッチャー「2006年第3四半期におけるAT&TとVerizonの財務状況」を参照されたい。この表を作成した目的は、発表形式が異なるAT&T、Verizon両社の財務を同じフォーマットの下で比較する点にある。推計に基づく加減乗除が含まれているため、多少、不正確の点があることをご容赦願いたい。AT&T、Verizonとも、前期(2006年第3四半期)との比較を避けて、前年同期との比較増減値を発表しているが、両者とも、この間、M&Aによる統合部分の影響を受けているので、収入が増大するのは当たり前である。したがってここでは、前年同期との対比に徹する方針を取った。
(注2)2007.2.12におけるAT&Tの株価は36.96ドル、Verizonの株価は37.57ドルである。AT&T は、ここ1、2年来、Verizonに迫っているが、どうしても株価で抜くことができないでいる。
(注3)この件については、米国のジャーナリズムが、かなり詳しく報道している。たとえば、2007.1.16、"Verizon to Sell New England Assets", 2007.2.7、"Union fight Verizon landline."

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