DRI テレコムウォッチャー


FCC、2006年末にAT&TとBellSouthの合併を承認
- 大幅な譲歩を余儀なくされたAT&T

2007年1月15日号

 FCCは、再三にわたる裁定実施予定変更の後、2006年12月29日、ようやく、2006年次の大きな規制課題であったAT&TによるBellSouth合併を承認した。世界最大の電気通信会社であったベル・システムが1つの長距離電話会社と7つの市内電話会社(RHC)に分割されたのは、1984年のことである。以来20数年を経て、市内電話会社の一つであったSBC(現AT&T)は、執念を持って幾つもの分割会社の事業統合を進め、再び世界最大(売上高において)の電話会社をAT&Tの社名により復活することに成功した。
 AT&T/BellSouthの統合が実現すると、旧7RHCで存続するのは、AT&T(旧SBC)とVerizonそれにQwest Communications(旧US West)の3社に過ぎなくなる。 
 1996年に制定された現行米国通信法は、AT&T分割後12年経過後に技術革新による各種サービス(その最たるものは携帯電話、インターネットサービス)の出現・発展とこれを基盤としての業者間の競争、市場の拡大を前提にして策定されたものであった。しかし、制定当時に想定されたようには、法の適用は必ずしも行われず、今では、通信法改正の必要が声高に叫ばれている。FCCの規制政策は、ここ数年来、通信法の不備をFCCの新規則制定で補おうという気負いがあったためもあろうが、旧来の既成秩序を維持しながら斬新的に新規則を積み重ねていこうといった種類の手堅い法的規制から外れた。これに代わり、大胆な改革をFCC規則により実現しようという意欲的な試みが見られることとなった。特に、かねてから抜群の調整能力を有する逸材として利害関係者からの期待を集め、満を持して2006年初頭にFCC委員長の座についたMartin氏(Powell氏の後任として)の活動は際立っている。しかし、自信に満ち溢れたMartin氏の政策は、今回、Net Neutralityという絶好の対立軸を掲げたIT業界とこの業界を強くサポートする2名のFCC民主党委員からの総反撃を受けて、意に添わぬ妥協を余儀なくされたのは、皮肉なことであった(注1)。
 本論では、FCCによるAT&TのBellSouth合併についての裁定の内容を紹介する。
 なお、AT&Tは、2007年1月末までに、2006年次の決算およびBellSouth統合後の戦略を発表する予定であるので、DRIテレコムウォッチャーの2月1日号あるいは、2月15日号をその概要紹介に当てたい。

FCC裁定の概要 - Martin委員長、AT&Tが米国にとりいかに重要な電気通信会社であるかを強調

 FCCは、2006年12月29日付けのAT&TによるBellSouth合併承認の文書の冒頭で、この合併は公益にいかに資するかまた、消費者の便益をいかに高めるかを次の通り列挙した(注2)。

  • 2007年末までにAT&T/BellSouthの営業地域内でのブロードバンドが利用可能になること
  • AT&TはBellSouthにゆだねる場合よりIPTVをより迅速にBellSouthの営業地域に提供できる能力を有するので、BellSouthの地域における高度ペイテレビの競争が高まること
  • Cingular Wireless(現在、AT&TとBellSouthがそれぞれ6対4の比率で所有)を統合的に運営することにより得られるワイアレス製品・サービスおよびワイアレスの信頼性が向上すること
  • エンド・ツー・エンドに張り巡らしたIPベースのネットワークで効率的、確実な政府ネットワークを提供できることにより、国家保安、災害復旧、政府サービスが高まること
  • 統合的な事業運営により、災害復旧、災害への事前対処が改善されること

 FCCの2人の民主党委員は、本来ならより十分の審理を尽くした上で裁定を下すべきであるとの立場を取っているので、声明のなかで上記の5項目については、意見を述べていない。
 なお、上記の第4、5項(ゴシックで示した)はFCC共和党委員がいかに、政府目的のためにAT&Tを頼りにしているかを率直に証明している点で注目される。全体を通してみると、FCC共和党委員は、政府が信頼して利用できる強力なAT&Tを望んでいることが明らかである。この論理を貫徹すれば、仮に将来、AT&TがQwest Communicationsの吸収を提案しても、上記5点の根拠をそのまま利用して、承認してしまうのではないかと考えられる。司法省、FCCが当初、なんらの条件を付さず、AT&T/BellSouthの合併を承認しようとしたのは、上記の考え方によったもの(換言すれば、合併による反競争抑止の基本理念を放棄)であろう。

AT&Tがコミット(誓約)したAT&T/BellSouth合併の条件 - 大きく譲歩したAT&T

 FCC裁定の主文(わずか1ページ半)には、今回の合併に際しAT&Tが遵守を約束したコミットメントが添付されている(注3)。しかしその実、この内容は、AT&Tと2名の民主党委員の長期にわたる交渉の末に成立したものである。
 民主党の2名の委員は、(1)両名の賛同を得なければ、AT&TのBellSouth合併は実現できないこと(2)AT&Tは付帯条件で大きな犠牲を払っても、なおかつBellSouthの早期合併を切望しているとの有利な条件をフルに利用して、AT&Tから相当に大きな譲歩を引き出すことに成功した。この案件について、Copps、Adelsteinの両委員はそれぞれ今回のFCCによるAT&T/BellSouth合併の承認のもつ意義、AT&Tに課された条件の具体的な内容について、詳しい声明を発表している(注4)。
 AT&Tのコミットメントは、かなり詳しいものであるが、表1から表4までにその主要点を示す(注5)。

表1 AT&Tのコミットメント(1) - ブロードバンド
項目AT&Tのコミットメント期限
ブロードバンドサービスの拡大
AT&T/BellSouthの営業エリア22州全域のどこででも(100%)サービスを提供できるようにする。
上記のうち、85%はワイアラインにより、残り15%は他のサービス(ワイアレス、衛星等)による。
AT&Tのビデオブロードバンドサービス(U-Verse、HomeZone) をBellSouthの営業エリアにも及ぼす。
上記BellSouth営業エリアの、ビデオブロードバンドサービス150万加入者分の設備を構築する。
2007年末

同上

合併発効6ケ月後から30ケ月内
ADSLサービス料金の低廉化
合併発効6ヶ月から少なくとも30ヶ月の期間、新規申込者に対するADSLサービス(765Kbsp以下のもの)の料金を月額10ドルとする。
2007年7月1日から2008年6月30日までにダイアルサービスをADSLサービスに切り替えるユーザに対しては、モデム使用料を無料にする。

 表1のAT&Tコミットメントのうち、民主党委員の要請により付加された部分は、主としてビデオブロードバンドについての箇所であって、通常ブロードバンドの条件は、すでにAT&Tが10月に行った提案が基本になっている(注6)。つまり、この箇所は、BellSouthとの合併問題が仮になかったとしても、AT&T自体がマーケティング上の必要により実施すべきであると考えていたことが伺える。

表2 AT&Tのコミットメント(2) - スペシャルアクセス
項目AT&Tのコミットメント
スペシャルアクセスに対する
規制導入
AT&T/BellSouth営業エリア内のスペシャルアクセスサービスに対し、プライスキャップの料金規制を受ける。
AT&T/BellSouth営業エリアにおいて幾つかの反競争的条件に服する。
州際スペシャルサービスに対し、サービス品質測定計画(Service Quality measurement Plan)を策定し、FCCに定期報告を行う。(上記の実施期間は4年間)

 ビジネス加入者を対象としたスペシャルアクセス(専用線)の料金に対する取り扱いは、FCC民主党議員がAT&T/BellSouthの規制について、この専用線のユーザである小売事業者から強い要請を受けていたものであった。これら業者の主張は、FCCがこのサービスについて料金規制を撤廃すると、この分野において強大な市場支配力を有するAT&T/BellSouthは、大幅な料金値上げを行うだろうというものである。
 この懸念はGAO(米国会計検査院)も先に発表したスペシャルアクセスについての報告書において強調したところである。
 このような背景において、FCC民主党委員2名は、きめ細かいスペシャルアクセスについての規制をAT&Tに飲ませた。その骨子3点を紹介したのが、表2である。
 Martin、Teteの両共和党委員は、この強制されたAT&Tコミットメントに強烈な反発を示し、これが今後のFCCの規制政策を拘束するものでない旨を明言している。

表3 AT&Tのコミットメント(3) - ネット・ニュートラリティー
項目AT&Tのコミットメント期限
FCC政策宣言
FCCが2005年9月23日に定めた政策宣言(4項目)を遵守する(注7)。
合併が発効してから30ヶ月の期間
ブロードバンドアクセスについての中立性保持、プロバイダを差別しない原則
ワイアラインのブロードバンド・インターネット・アクセスについて、ネットワークの中立性、ネットワークルーティングの中立性を保持する。
上記のコミットメントは、AT&Tとインターネット・コンテント、アプリケーション、サービスのプロバイダとの間でAT&Tがワイアライン・ブロードバンド・インターネット・アクセス網を通じ提供するサービスについて、差別を行わないとの合意により、満足されよう。
合併発効後(1)2年(2)もしくは、議会がこの案件について法律を制定する時点までのいずれか早い時期
適用除外
上記のコミットメントは、企業用加入者に対するマネージメントIP、VPN、IPTV については適用されない(説明が複雑となるので紹介を省いたが、IPバックボーン回線も適用除外)。

 いうまでもなく、この条件はAT&Tが最後の最後まで承諾を嫌がった項目であった。
 こうしてNet Neutrality推進派は、2006年春から秋の第109議会において法制化できなかった成果をAT&TのBellSouth統合についてのFCC採決という絶好のタイミングを捉えて、ともかくAT&Tとの間だけについては、所期の文言をコミットメントの形で飲み込ませることができた。今回のFCC採決が、その実、Net Neutralityの立場からすれば、推進派(議会・FCC共和党、Google、Yahoo!、E-Bayを含むIT企業)の勝利、不要を主張する反対派(議会・FCCの民主党、AT&Tを含むRHC)の敗北といわれるゆえんである。
 しかし、今回のAT&Tのコミットメントでは、Net Neutralityは終結せず、結局、2007年に始まったばかりの第210議会の立法を待たなければならない。この件については、次項でさらに説明を加える。

表4 AT&Tのコミットメント(その4) - その他
項目AT&Tのコミットメント期限
米国内の雇用の増大
AT&T/Bellsouthは、米国外で雇用している従業員3000名を米国に呼び戻す。
2008年12月31日
身障者に対する配慮
AT&T/BellSouthはFCCに対し身障者向けの高品質サービスを提供する努力を記述した報告書を提出する。
合併発効後12ヶ月間

 上表の2項目は、社会政策的配慮からの施策であり、民主党委員側からの要請により織り込まれたものであろう。

今後の見通し - フォローアップは第110議会で

 AT&Tは、新年早々、大車輪で合併の実施に掛かっている。例えば、ワイアレス部門のCingular Wirelessのブランド名をAT&T Wirelessに変更することを定め、この作業に入ったという。
 このようにAT&Tは、多分、2007年1四半期中にも合併を完了するであろうが、問題は前項で解説したAT&Tのコミットメントが果たしてどの程度、解決されるかという点である。
 米国のジャーナリズムは、いずれもこのコミットメントが完全に実施に移されるとの前提で記事を流しているが、その見方は少し甘い。
 FCCの共和党委員2名もAT&Tも、今回のFCC裁定にあたっての文書のなかで、本来、AT&T/BellSouthの合併は、FCC、司法省、19の州が主張していた通り、無条件で認められるのが当然であったのだが、民主党委員2名の根強い主張があり、年内の決着を得るために止むを得ず承諾したという点を強調している。
 特に問題となるのは、スペシャルアクセスとNet Neutralityの部分である。
 スペシャルアクセスの部分についてMartin委員長は、本来、非規制のはずのスペシャルアクセスの料金に、キャップ方式(料金上限規制による規制を押し付けたのであるが、これはFCCに対するタリフの申請、承認という手続きを経る必要がある。しかしFCCは、このような手続きは拒否すると明言している。
 してみると、AT&Tコミットメントの、この部分は絵に描いた餅となりかねない。
 さらに、Net Neutralityの案件は、現在、開会したばかりの第109議会において、今回は民主党優勢の環境の下で、単独法案が提出され、これの可否につての議論が行われることがすでに明らかとなっている。2006年次に米国議会は、Net Neutralityの取り扱いに多くの時間を費やし、最終的には、RHCに有利な内容(FCCが定めた政策宣言を織り込んでいるが、2層料金を否定しない条文)を織り込んだ電気通信改革法案が廃案となった後を受けての第2ラウンドがまたもや開始されることとなる。


(注1)今回のFCC委員の票決を番狂わせにしたのは、新任の共和党FCC委員McDowell氏の棄権であった。Martin委員長は、McDowell氏のFCC入りにより、安んじて共和党委員3名、民主党委員2名の多数決により、無条件でAT&T/BellSouthの合併案件を当初は2006年10月中にでも承認できるとの皮算用をしていた。これが崩れたのは、この案件に関する投票は前職(IT企業のコンサルタント)のポストが競争関係にあるAT&T/BellSouthにからむため、倫理規範に反するとのMcDowell氏の強い信念に基づいたものであった。Martin委員長は、FCCの主任弁護士まで動員して、同氏の票決行動は違法ではないとの判断を引き出してまで、McDowell氏の投票を説得したが、氏は最後まで信念を貫いた。同氏の忌避がもたらした衝撃については、2006年11月1日付けDRIテレコムウォッチャー「難航するFCCによるAT&T/BellSouth合併の承認要件 - Net Neutralityの取り扱いが焦点に」
(注2)2006.12.29付けFCCニュースレリース、"FCC Approves Merger of AT&TINC and BellSouth Corporation"
(注3)2006年12月28日付けのAT&Tの上級副社長、Robert W.Quinn氏からFCCの秘書、Ms. Marlene H.Dortchに宛てた書簡
(注4)2006.12.29付けFCC News, "Statement of Commissioner Michael J.Copps,concurring." および "Statement of Commissioner Jonathan S. Adelstein,concurring."
(注5)本表は、2006年12月28日にFCC秘書、Ms.Marlene H.Dortch宛にAT&Tが送付した書簡を主な資料としたが、このほか民主党FCC委員Adelstein氏の声明、さらに2006年12月30日付けのHTTP://www.wlox.com, "What consumers Can expect From AT&T/BellSouth Merger." を資料として作成した。なお、UNE、相互接続料金の自己抑制についても詳しいコミットメントがなされたが、紙面の関係上、省略したことをお断りしておく。
(注6)注1で紹介した2006年11月1日付けDRIテレコムウォッチャー「難航するFCCによるAT&T/BellSouth合併の承認要件 - Net Neutralityの取り扱いが焦点に」に説明したので参照されたい。
(注7)FCCの政策宣言も、2006年11月1日付けDRIテレコムウォッチャー「難航するFCCによるAT&T/BellSouth合併の承認要件 - Net Neutralityの取り扱いが焦点に」に説明がある。

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