DRI テレコムウォッチャー/「IT・社会進化論」

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  音楽デジタル配信は普及するのだろうか?  (IT アナリスト 新井 研氏)
2007年6月5日号

概説

 先ごろマイクロソフトが、自社のWindowsVistaにレーベルゲートの音楽配信サイト、moraをよりPCに特化したmora winのサービスを9月から開始すると発表した。音楽配信市場は、昨年500億円を突破したが、9割は携帯電話向けの着メロ、着ウタといったものであり、PC向けの本格的音楽配信はまだまだお寒い状況だ。パソコンOSの覇者と国内メジャーレーベルの提携は音楽配信にとってどのような意味を持つのだろうか。

■ マイクロソフトと国内メジャーレーベルの提携

 WindowsVistaをすでにお使いのユーザーはご存知と思うが、MediaPlayer11の右上にMora winのメニューが付いている。原則的にはWindowsのMediaPlayerはこれまで標準的には自社系列の音楽配信サービス・MSNミュージックサイトが表示されるが、公式お勧めサイトとして、moraを担ぐことになった。というのも、MSNミュージックサイトは市場シェアの1%程度と言われ、ジリ貧状態、ついては国内メジャーレーベル(レコード会社)が集うレーベルゲートのMoraと手を組んだ方が得策と判断したと見られる。

■ mora winとは

 moraとは、国内メジャーレーベル17社(ソニー・ミュージックエンターテインメント、エイベックス、ポニーキャニオン、など)が、2000年4月に設立されたもので、個々に音楽配信サイトを持っていたものを、一同に網羅してその決済機能を一元化したものである。moraサイトでカタログを見て視聴時には各レコード会社のサイトで行い、購入に当たってはmoraに戻って決済をするというものである。音楽を聴くときだけ専用のプレイヤーをダウンロードするが、基本的にはブラウザの機能でまかなえるため、ネット上のサービスとなる。
 これに対し、mora winとは、WindowsMediaPlayer11といったWinodwsVistaに標準で搭載されたローカルな処理機能をベースとした付加機能なので、ネット上のサービスに加えてPCローカルに組み込まれた機能を使うことになる。たとえば、「WordWheel」という機能は、moraサイトからローカルPCにカタログなどのデータベースを同期させて、Vistaの検索機能で高速に楽曲の検索ができるというものだ。
 また「自動レコメ」機能は、現在再生されている曲に応じてお勧めの曲が表示されるもの。実はこういった新しい音楽を発見する仕組みは、ミュージック・レコメンデーションといったサービスジャンルであり、前に本欄で紹介したpandora.com(先月から北米に限定)が知られているが、mora winの自動レコメ機能は、pandoraのようなミュージック・ゲノムのように、メロディ、リズム、などの“音楽の遺伝子解析”アルゴリズムにもとずいたものかどうかは不明だが、とりあえずは、似たような曲を薦めてアップセリングができる仕組みとなっている。

■ iPodに近づいた部分

 音楽配信で成功したのは米国でのiTuneMusicStoreというのは異論はないだろう。その成功の最も重要なポイントは、楽曲の事実上の値下げに成功したためである。一曲0.99ドルで提供できたのは、iPod含めた垂直型ビジネスモデルであったことが大きい。楽曲で損してもiPodで儲かる仕組みであったことが、成功の好循環をもたらしたと言える。
 さて、今回のMora winは、単に音楽をダウンロードして決済するだけではなく、PCの機能を積極的に利用した点でiTuneに極めて類似した性格を持つことになり、成功の要因のひとつであるコンテンツとPC(正確にはMediaPlayer11)を垂直統合に踏み出したことになる。

■ CD価格の壁

 問題はもうひとつの価格の壁である。垂直統合と引き換えに価格を下げることが必要であるが、どうやらその気配はない。国内のメジャーレーベルは現在年商4,000億円の既存のCDビジネスをいかに守ってゆくか汲々としている。一曲、250円(安くて150円)のといった音楽配信の単価はCDビジネスを壊さないような設定である。
 音楽コンテンツは再販価格制度で保護されているため、流通による自由な値下げは認められていない。過去、音楽コンテンツの事実上の値下げは、レンタルCDの合法化といった抜け道によって実質的行われた歴史しかない。
 音楽CDの売り上げが3,000億円あたりまで落ち込めば、メジャーレーベルは音楽配信といった新たなチャネルを本気で考えるのではないだろうか。インターネットでいくつかの産業が“中抜き”により、価格破壊を起こした。しかし、レコード産業はこのイノベーションのメリットを十分に消費者に還元しているとは言いがたい。
 音楽配信の普及はこの一点、価格に集約されるであろう。



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