音楽サイト“パンドラ”の箱を開けてみよう (IT アナリスト 新井 研氏)
2007年4月1日号
概説
ストリーミングでコンテンツを無料で提供するインターネットラジオは、これまでiPodなどのダウンロード・コンテンツの陰で目立たなかったが、最近ではよりインタラクティブに、よりパーソナライズできるようになってきたことから、もはやラジオ以上のものに進化している。音楽を聴く人のライフスタイルが大きく変わってきている昨今、このような動きは既存の音楽産業モデルや既存のラジオに大きなインパクトを与えるかもしれない。
■ 変わってきた音楽の楽しみ方
夕方、帰宅を急ぐ人々で混雑する都市の電車内。語学の学習かラジオを聴いているのかは不明だが、概ね4〜5人に一人がイヤフォンを耳にさしている。ソニーのウォークマンが登場して現在のiPodに至るまでほぼ30年近くが経過したが、人々の音楽の聞き方は大きく変化した。部屋の一角を占有する重量感のあるコンソール型ステレオでじっくり聴くよりも、常に持ち歩いたり、PCなどで聞きたいときに手軽に聞く方が主流になっている。
最近米国では音楽ネットラジオ局のpandora.comが注目されている。インターネット視聴率の米ネットレイティングス社の調査では、米国のネット利用者が長く滞在するサイト第4位がこのpandora.comであった。1位から3位まではソーシャルネットのMySpace、Orkut、Facebookであったことを考えると、ネットラジオでのこの位置は大健闘と言える。
■ pandora.comとは
通常音楽ネットラジオは一方的にコンテンツを流すが、音楽ネットラジオのpandora.comは、かなりの確度で自分の聴きたい音楽を無料で聴くことができる。曲名かアーティスト名を検索するとそれに似た音楽やアーティストの曲が流れる。基本的にラジオなのでダウンロードではなくストリーミング放送であり、ディスクに保存はできないが、メジャーな楽曲がフルで流される。たとえば、CelineDionで検索するとCeline本人の曲も流れるし、似た感じの曲や似たアーティストの曲も流れる。面白いのは、この検索をひとつのプレイリストというか放送局と見立て、自分の好みに合った“放送局”を最大100個まで登録できるのである。Beatles、ヒーリング、MichaelJackson、ドライビング、カントリーなどと、放送局をたくさん作っておけば、かなりの確度で聴きたい音楽を入手できる。たとえば“CelineDion放送局”では歌唱力の高い女性ボーカルの曲であったり、メロディアスなボーカル曲だったりと、かなり“近い線”の音楽を提供してくれる。気に入らない曲はBadマークを着け次々と飛ばし、気に入った曲にはコメントを記入したり、Goodマークを着ける。そうすることによって、次回からは自分の好みに合った選曲がなされ、ますます自分のお気に入りの“ラジオ局”に成長するというわけだ。
■ 音楽の“遺伝子”解析
似通った曲をうまく選曲してくれるのは、このサイトで行っている“ミュージック・ゲノム解析”によるという。つまり、音楽の遺伝子分析である。リズム、メロディ、楽器、ハーモニーなどの“遺伝子”を分析し、それに適合した選曲が行われ手いる。Pandora.comの創設者、Tim WestergrenはMusicGenomeProjectを、「2000年の1月6日から、多くのミュージシャンや音楽を愛する技術者などの協力で1万曲以上のさまざまなジャンルの音楽を聴き、そのエッセンスを分析した」と記述している。
音楽を聴きたい気分だけど、どの曲を聴こうかと迷ったり、なんとなく決めかねる気分の時がある。そういった時に、こんな感じの曲と指定すると、ある程度の枠内の曲を選定してくれるので、そんな気分のときはちょうど良い。好きなジャンルだけどこんな歌手もいたのか、こんな良い曲があったのかと気づかせる。それが時として全く無名のミュージシャンだったりする。つまり、ここは人と音楽の出会いサイトとであり、そこで気に入った曲があれば、ここからAmazonに飛んでCDを購入したり、iTuneにジャンプして有料でダウンロードもできるアフィリエイト機能もある。 さらに、今聞いている曲をほかの人が聴いていれば、その曲について語り合ったり、自分の聞いた曲のログが記録され、そのログをネタに交流もできるソーシャルネットの機能も持っている。平均滞在時間100分と言うのもこのためであると思われる。このpandora.com、建前上米国に居住者人しか登録できないことになっているが、米国のどこかのZIPコード(日本の郵便番号にあたる)を入れれば会員になれる。会員料は年間50jだが、広告を見ることを厭わなければ無料でサービスが受けられる。
■ まったく新しいパーソナライズド・メディア
電通が毎年発表している統計「日本の広告費」をみると、ラジオの広告費はジリ貧を続け、90年代中ごろに一時的に盛り返したものの、2000年から2006年まで連続マイナスで、2004年にはネットにも抜かれ、今後の見通しも暗澹たるものだ。Podキャストを通じてネットラジオの活動も行っているが、ビジネス的に成功している様子はみられない。 Pandora.comは基本的にはインターネットのラジオである。広告もそれなりに出ているし、アフィリエイト収入もある。レコード会社から楽曲の提供もあり、少なくとも6年間、ビジネスを維持している。このような100種もの好みに細分化できるネットラジオは、ほとんど好きな曲を聞けるパーソナライズド・メディアといえ、この動きは、音楽CDを購入したりダウンロードして音楽コンテンツを所有するスタイルに大きな影響を与えるかもしれない。ウォークマン、iPodによって変えられた音楽の聴くスタイルはpandoraでもう一度変えられてしまうかもしれない。
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