ケーブルTV事業者の最大の悩みはいかにしてアナログ放送を止め,100%デジタルの放送に切り替えるかである。現在のケーブルTVはアナログとデジタルのハイブリッド方式である。地上波再送信と基本的なケーブルチャンネルはアナログで放送し,それ以上のプレミアムチャンネルをデジタルで放送している。アナログで放送されるチャンネルは60チャンネル程度であり,全体の帯域の半分近くを占める。1つのアナログチャンネルの6 MHz帯域に10のデジタルチャンネルを放送出来るので,アナログ放送の効率は悪い。しかし,米国で販売されているテレビはアナログケーブル放送に対応しており,アナログで放送していればプレミアムチャンネルに加入していない世帯ではSTBは不要である。また,デジタルサービス加入世帯でもその全てのテレビにSTBを設置する必要は無く,導入コストは安い。
しかし,いつまでもアナログで放送を続ける訳にはいかない。電話事業者の光ファイバーに対抗するサービスの提供にはより多くの帯域が必要であり,その為にはアナログ放送を終わらせ,帯域を効率的に利用する必要がある。さらにアナログ地上波放送は2009年2月に終了する。それ以後もアナログケーブル放送をするのであれば,ケーブル局はデジタル放送をアナログ変換して放送する必要が出てくる。
ケーブルTV事業者がアナログ放送を止めるには,その加入者が持つ全てのTVにデジタルSTBを付けなければならない。これは大変な事である。アナログケーブルTVの加入者数はまだ3000万世帯以上ある。これら世帯には1台以上のテレビがあり,それら全部にSTBが必要になる。これら世帯に平均2台のテレビがあり,1台のSTBのコストが$100とすると,そのコストは60億ドルになる。さらにすでにデジタルサービスに移行している世帯でもSTBが無いテレビもあるので,そのコストはさらに増える。これまでの解決方法は,いかに安い値段でSTBを作れるかであった。
BroadLogic Network Technologies社のビデオプロセッサー,TeraPix BL80000はこの大きな問題に新しい解決方法を提供出来ることで大きな話題を集めている。10センチ四方程度のTeraPixは80のMPEG-2チャンネルをいっぺんにアナログ信号に変換する事が出来る。ケーブルTV事業者はTeraPixを内蔵したゲートウェイをアナログケーブルTVサービス加入者宅の外に取り付ければ,このゲートウェイがベーシックチャンネルをアナログに変換して宅内に送る。工事は家の外で済み,アナログサービスへの加入世帯はSTB等の新しい機械を触ることなく,同じようにサービスを受け続ける事が出来る。特定のチャンネルは変換せずに,そのままデジタルで流すことが出来るので,プレミアムチャンネルはデジタルのままで送られ,それらのチャンネルが見たければ,必要なテレビだけにデジタルSTBを取り付ければ良い。
問題はTeraPixを使ったゲートウェイのコストである。サンプル出荷では1つ$300ドルもするが,大量生産が始まれば値段は下がる。1台のゲートウェイのコストが現在のSTB程度で出来れば,十分であろう。このコストを回収するためにアナログサービスの値段を上げる必要があっても,1つの家庭に数台のSTBを設置する事と比べれば,値上げ幅は少ない。また,利用者に取っても全てのテレビにSTBを使わなければならないことは面倒であり,STBが不可欠なDBS,IPTVとの競合ではこの機能は有利になる可能性もある。
しかし,課題も多く残っている。デジタル移行の際には大量のTeraPixゲートウェイが必要となり,それを各世帯に取り付けていくのは簡単ではない。家の外に取り付ける事で,STBの様に家庭に入らなければならない工事より簡単ではあるが,その代わりゲートウェイは厳しい環境に耐える設計になっている必要がある。また,電源をどこから取るかも問題である。外に取り付ける場合,家の中から電力を取ることは簡単に出来ない,同軸ケーブルで信号と同時に電力も送る方法も提案されているが,これは安全性等の面から課題がある。
しかし,TeraPixはデジタルからアナログへの変換をそれぞれのTVで行うのではなく,ゲートウェイとして一カ所でまとめて行うという新しい可能性を提供している。BroadLogic社はサンノゼに本社を持ち,約30人が勤務している。2回のベンチャー資金で合計3200万ドルを得ており,ベンチャーキャピタル以外ではCisco,Intel,Time Warner等の会社が投資を行っている。